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恋したあの娘は大魔王  作者: きゃたっつー
『みんな幸せで文句あるか?』の世界へようこそ
9/11

二人の天使


『はーい、みなさんおはようございまーす』


二日目、俺はこの日一人で学校に来た。美冬は昨晩、このあたりは地理が複雑ですと云っていたが魔界に比べたら随分とマシだろう。道の整備や都市計画は重点的に取り組んだが、それを形成したのは魔族である。力と知力、人間という種族はこの両局を保有することが可能だが魔族にそのような都合のいいことはいかない。

俺の様な悪魔やアルバートのヴァンパイアといった上位魔族を除いた残りの者、つまりゴブリン等というのは偏りが見られる。力があれば知力は無し、知力があれば力は無し。イコールの関係など夢みたいなもの、とまで比喩されている程、魔界での力量関係は皮肉なものであった。

要するに、大工などの作業を任せても3割がマニュアル、7割は勝手。


完璧に整備できているのは魔城の周辺くらいだ。だからなのか、上位魔族は道順を覚えるのが早い。変に婉曲していない以外なら一度で覚えることができる。


『それと、今週から部活の二次入部期間なので部活の変更や新しい部活い入りたい人は、早めに書類の提出をお願いしまーす』


俺が考え事をしていたら、あっという間に久能のお喋りが終わった。だがこのゲームは何回もプレイしているので特別なもの以外のセリフは覚えてしまっている。なので聞き耳を持って聞く必要が皆無なのだ。



「神流ちゃーん、おっはよ‼」


久能が話を終え教室を出た後、クラスメイトたちは一時限目が始まるまでの時間、各々が行動をとり始めた。友達と話す者、教科書を見て復習する者、教員に用事がある者。

何とも学生らしい行動と云える。しかし、俺にもたれ掛る様に抱きついてくる妄想女こと長月梢は前述の友達と話す者、の中で特例とされる『オモチャをいじりに来た』者。

梢の云うオモチャ、とは言うまでも無く俺。認めたくはないが初見の時からロックオンされてしまった。


「梢…重い」


身長があることに加え、丁度俺の後頭部周辺に押し付けられている二つの山の圧迫感。

妙な重力の重さを感じた。人間の女は体重について聞かれることを拒むらしいが、俺はこのレズビアン気質の梢を攻略できるのか分からないので、そのような事に気を使う余裕が生まれてこない。


「えー‼神流ちゃんひどいっ、自分が軽いからって飄々(ひょうひょう)と云わないで」


「体重なんか気にする必要なんか無いだろ。梢はスタイルが良いんだから」


「なっ……‼」


発言した後急激に静かになった梢。気付いたら顔が真っ赤になっていた。

なんだ?人間界で流行っている病か?


「どうした、インフルエンザか?」


「ちちち、違うからっ‼ちょ、ちょっと今日は暑いかなーって。あ、あははは…」


ふむ…インフルエンザかと思ったが誤算だったか。そうか、あと8ヶ月後にインフルエンザのイベントがごろごろと始まることを思い出した。まさか7人のメインヒロイン中5人がインフルエンザにかかるとは思わないからな。流石に5分の1の選択はギャルゲー良心が傷ついた。


 おっと、ここで選択肢が脳内に表示された。昨日の犬が最後、…製作者側の意図が読めない。ここまで選択肢が飛ばされるギャルゲーって…。


【『大丈夫か?』と云っておでこをくっつける/保健室までお姫様抱っこ】


 …このゲームの主人公は俺。だが手違いによって女になってしまった。…二つ目の選択肢【保健室までお姫様抱っこ】とはどういった事なのだろうか。先日の犬介が現れた時の選択肢は俺が女であることを知っていたかのようなものだったが、今回の選択肢は明らかに俺が男であることを前提としたようなものだ。


以上の事から俺が選択するものは……


「大丈夫か?」


ゆっくりとおでこをくっつけた。


「―――!?……ふへへ、天使が居たよぉ……」


「…梢?おい、起きろ……‼」




――。

「梢、おい。起きろー、梢」


「ん…ぅん?……あれ、私」


ここは保健室。梢はベッドに仰向けで寝ていたのだ。何度も呼びかけると曖昧な返事を返してきたので一安心。


「何でここに…?」


状況が呑み込めていない様子。まぁ、原因を知っているのが俺しかいないので無理も無いか。原因も俺なのだけれど。

上半身を起こして、おれの方を向く梢。たった数分しか寝ていない(気絶?)のだが、既に寝癖が立っていた。それに加え、俺が意識の有無を確認する為にピシピシとはたいた頬も赤い。笑いの衝動を抑え、質問に移る。


「…どこまでの記憶がある?」


「えぇと…神流ちゃんに抱き着いて、告白されて――いははは、はんなひゃんいはいほぉ‼(痛たたた、神流ちゃん痛いよぉ‼)」


ぎゅううぅぅ、と梢の頬を引っ張ってやった。嘘はよくないぞ、嘘は。


「神流ちゃんのドS…」


「…?なんだその言葉。まあいい、簡単に説明してやろう」


俺が引っ張った側の頬を抑え、涙目になってしまった。こんなイベントなかったから貴重である。あぁ、こういうCGを見ていたあの頃が懐かしい。


「俺が顔を近づけたのは覚えているか?」


「うん、何するのかなぁって期待してた」


…恥ずかしげもなくそういうことを言わないでもらいたい。言ってる側が恥ずかしくなってくる。


「お前が顔を赤くしていたからだ。風邪かと思ってな、熱を計ろうとした」


「…神流ちゃんは熱を計る発想がおでこなんだね」


「俺が体温計を常に持ち歩いていると思うなよ、梢だってそうじゃないか」


「それはそうだけど……」


「どうした…?」


「神流ちゃんの言葉を私なりに解釈するとね……」


一呼吸。


「神流ちゃんは顔が赤い人なら誰にでもおでこをくっつける浮気者よっ‼」


「哀れだぞ、梢」


「あいたっ」


ぺしっ、とチョップ一発。

誰が浮気者だ、そもそも付き合ってすらいないの。


「これで目が冴えたな、帰るぞ」


こうやって梢と話しているが、既に一時限目は始まっている。転校二日目にして授業をさぼるとは、何とも気分の悪いこと。

気絶した梢を運ぶようになったのは久能の指示。何故俺に運ばせたのだろうか。

古原木がノーマライゼーションやバリアフリーに力を入れていたので、小柄な俺でも運ぶことが可能。まさか各棟の各階に最低3つ、車椅子がありエレベーター付きには驚いた。


「ああーん、待ってよ私の神流ちゃーん」


「誰が梢のものだ」


「お姫様抱っこしてー」


「無理にきまっているだろ」


無理やりに飛びついた梢を引きずるように保健室を後にした。


余談だが、俺が梢を保健室に連れてきたときに保健教諭は衝撃の余りコーヒーを零していた。


♦   ♦


懐かしの予鈴が教室中、学校中に響き渡った。

学園もののギャルゲーでよく使われる予鈴というもの。数十をプレイしてきたがこの予鈴が揺らいだ作品は珍しかった。キンコンカンコン、は統一されているのだな。

先ほどの予鈴が告げたもの、それは―――


「かーんなちゃーん‼ご飯たっべよ?」


昼食だ。



 予鈴が鳴り叫び声が聞こえたと思ったら、俺は梢に腕を引っ張られ何処かへ連行された。

途中、美冬から渡された弁当がぐちゃぐちゃになることを恐れ、止まれと言ったが梢は完全無視の様子。寧ろ喜んでいたような…。梢の妄想展開が恐ろしい。

そして連れて来られたのは学園の敷地内にある大広場。中央に噴水があり、まるで会社が管理しているかの様な完成度だ。計算しつくされた設備計画。石造りの椅子や机がこれまた何とも言えない雰囲気を(かも)し出す。外観が良いので、何人かの生徒も訪れていた。


「さあさあ、神流ちゃんのお弁当を拝見させてもらいましょうか?」


屋根付きのテーブル。丁度噴水や何やらで人目の着かない位置にある席を陣取った梢は、(おもむろ)に俺の手に掛けてあった袋を優しく且つ迅速に取り上げた。一流のスリ師の如く。


「ふむふむ、お弁当の包袋はうさぎ柄。水筒の中身は…ミルクティー?」


まるで人間界から輸入品を検査する検査員の様に袋を漁る。別に怪しい物など入ってはいないが、これを行う意味がわからない。趣味なのか?

水筒の中身がミルクティーかどうか、迷っている梢。開ければいいものを…。


「開けないのか?水筒の中身が知りたいんだろ」


「え、開けていいの?流石の私でもその発想は無かったわ」


開けないで中身を知ろうとしたのか、それは無理難題だ。魔界の超能力者なら話は別かもしれないが。

 きゅっきゅ、と水筒のふたを捻る。


「ぉおー、このクリーム色はやはりミルクティー。可愛いなぁ」


「ミルクティーを持っていれば誰でも可愛いのか、初めて聞いたぞ」


「ち、違うわ。犬がミルクティーを持ってても可愛くないの、神流ちゃんだから可愛いの‼」


「理解できない…」


妄想癖というものは恐ろしい…感情豊かな人間の感性をここまで捻じ曲げてしまうとは。一種の完全病か何かかもしれない。魔界に帰ったら即刻注意を促そう。


「気を取り直して、お弁当のお披露目ターイム‼」


先程のミルクティートーク時、石のテーブルを叩いていたのが嘘のように気持ちを切りかえした。無敵なのか…流石はゲーム。ご都合主義のオンパレードである。

梢は発言通り自身の弁当を取り出して見せつける。どうやら自慢話が始まるようだ。


「私、梢さんのお弁当は手作りなのです。神流ちゃんみたいな娘に婿に行くために修行してたのです‼」


「俺と婚姻する前提なのか?そうなった場合美冬が作ってくれるが」


元々美冬は魔城専属ではなく、俺専属のメイドである。父や母の料理を担当していたのも別の召使。美冬は俺が拾った人間、両親に仕えていた召使は上位魔族。

人間の舌と魔族の舌には多大な差異がある。美冬が真っ当に料理をしだしてから俺の味覚も変わった。それほど美冬が作る人間界と魔界のコラボ料理は影響が大きかったのだ。


「え、美冬さんって誰?お姉さん?」


「俺専属のメイドだ、何でもできるから不便なことはないぞ」


「専属のメイド……これは強敵だわ。ってそんなことじゃなくて、神流ちゃんのお家は随分お金持ちなんだね」


「そういう設定だからな」


梢が自身の弁当を取り出してから随分と時間が経過した気がする。数えて噴水の定期的な増水が5回を越えた。自分のことを話すより他人の話を増幅させる方が得意らしい。

こういう性格の方が人に好かれやすいのか。確かに受け手になるヒロインは人気率が高かった覚えがある。


そして俺の云った『設定』という単語はもちろんご都合主義により、聞き耳を立てられることは無かった。


「そっか、設定なら仕方ないね。それよりお腹空いちゃった、早く食べよっ?」


意識が消えたように次の話題を繰り出す。これがご都合主義なのだろう。

本当に便利だ。…実際に体験してみると妙に感じる部分もあるがな。


「それで…美冬さんが作った弁当がこれなんだ。開けていい?」


ずっと梢が持っていたのだが、そこは触れずにおいておこう。


「ああ、朝渡されてな。開けていいぞ」


「では…ご開帳―‼」


梢が勢いよく開けた弁当箱、その先には……


「わお、何と可愛らしいお弁当」


キャラ弁なるものが姿を現していた。

薄焼き卵で(かたど)られ、ゴマやニンジンで作られたうさぎ。ブロッコリーで模造された森。チキンライスで表現された…畑?美冬のうさぎ押しが理解できない。

余りにも拍子抜けされたのか、梢が恐る恐る聞いてきた。


「神流ちゃん…これ食べるの?」


「もちろんだ」


かしこまる理由が理解できない俺は、可愛く作られたうさぎに向けて――


だんっ、フォークを刺して二等分した。




♦   ♦  



同時刻、美冬のクラス。


「美冬さん、お昼ご一緒してよろしいかしら?」


「何を仰いますか、昨年だって毎日一緒でしたよ」


一際目を引く古原木の淑女。美冬と卯花は昨年と同じようにお昼を共にするようだ。

卯花が持つお弁当は小型のお重、美冬が持つお弁当は一般的なサイズの物。


「ふふふ、随分と可愛らしいお弁当なんですね。妹さんがお作りに?」


「いえ、お嬢様用にキャラクター弁当を作ったのですが…あまりに可愛かったのでお嬢様の妹様と私の分も作ってしまいまして」


若干、照れくさそうに笑う美冬。キャラ弁を作った理由の、神流だけを優遇する訳ではないが専属ということでの行為だろう。何故うさぎの形を選択したのかは不明。

 自作のうさぎに愛着がわいている、とはいえ魔界出身の美冬にとって所詮食物は食物なのだ。可愛らしい筈だった容姿のうさぎは見るも無残だった。


「…お、美味しそうですね。やはりご自分でお作りになられたものは美味しく感じるのですか?」


「そうですね…卯花さんの仰ることも一理ありますが、私はお嬢様や妹様達が私の料理を食してくださるだけで嬉しく思います。私自身が美味しく感じるのは恐らくお嬢様たちへの愛情…と云いますか、それが余ってしまったのでしょう」


従者としての立場からそう答えた美冬。

一方、卯花の弁当は重箱を使っているだけのことはあり、豪華だ。野菜や魚がまるで絵具の様に重々しい雰囲気の重箱というキャンパスを色鮮やかに染めている。家柄が良いことと関係しているのだろう。両親が中途半端なものは食べさせない、という精神らしい。


「美冬さんらしいですね、妹さん達が羨ましいですわ。これほどまで自分を思ってくれる方がいらっしゃるなんて……」


「……?」


表面上楽しそうに振る舞う卯花だが、心の奥底では何か葛藤が見られる。彼女の今の精神状態を具現化するなら『悲壮』、だ。その感情を表に出さない卯花の心は余程の強さであろう。


「卯花さん…あの…」


鋭い洞察力が僅かな変化を見抜く。美冬は感じていた、卯花が“とある”ワードを口に、話にした時感情が揺らぐことを。

 しかしここで違和が生まれる。卯花が抱える問題は“兄”、美冬が思考したワードとは事実上異なっていたのだ。本当の理由はどれで、抱えている問題とは何か。


「あ…ごめんなさい、何でもないわ」


少し自分に笑いかけるように言葉を濁した卯花は、瞳の奥が熱くなる感覚に襲われ、不意に手を当ててしまいそうになった。


「…ご気分が優れないのでしたら無理を()さらずに保健室へ向かわれたらどうですか?」


「いいえ、大丈夫ですわ。ご心配かけちゃいましたね」


「卯花さん……」


複雑な精神状態であることは確か。だがその根本が不明である。無理に聞き出すことは余計に彼女の傷を開いてしまう、と考えた美冬は次の言葉を口に出さずに飲み込んだ。


「そんなことより、今日は委員会の日でしたね。今年から委員長に任命されて緊張してしまいますわ、数回目とはいえ早く慣れないと」


先程のつらく悲しそうな表情を一変させて卯花は話題を変えた。幾ら心を開いて話せる友であろうと、これ以上心配を掛けたくない。卯花の自助は逸脱している。

卯花の気持ちを汲み取った美冬。折角話題を変えてくれたのだ、深追いはしないことを決め委員会の話を続けさせた。


「委員会ですか…そういえば、お嬢様は確か放送委員に仮ですがお入りになられますよ」


「そうなんですか…ふふ、妹さんに会うのが楽しくなってきました」


「きっとお嬢様もそう思ってますよ」



華やかな空気を取り戻した2人であった。


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