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恋したあの娘は大魔王  作者: きゃたっつー
『みんな幸せで文句あるか?』の世界へようこそ
8/11

クラスメイトの利点

教室での一悶着があったのち、教員から渡された山の様な数の書類(らしきもの)を書かされた。なんでも個人情報保護法がうるさい、とかモンスターペアレントがどうのこうの…。

書類を書く作業には慣れているとはいえ、魔界で行っていた執務とは大違いだった。

まずは自宅の位置を簡単に書く。一般の人間ならすらすら描いてしまうだろうが、俺はそう上手くいかなかった。何故なら、俺はこの世界(みんな幸せで文句あるか)に来て僅か一日だ。いくらゲームのプレイ時間総数が10桁であろうとも、画面がフェードアウトするシステムには逆らえない。もし家から学校までの道のりが操作で辿りつかせるシステムだったなら、そのゲームはギャルゲーではなくRPGである。ギャルゲーマーの俺にしては侮辱に値する。

書類は今日中に提出らしいので、後々美冬に教えてもらうとしよう。

今朝の段階では『情報収集をしていた』と云っていたから、恐らく信用していいだろう。

このめ・ひのめあたりに聞いたとしたら、からかわれて終りだ。結果が目に見える。


 次に生年月日。今この教室にいる『紅炎熾神流』は元々『紅炎熾井槌』の筈だった。

しかし、その予想はくしくも外れて俺は女になってしまったのだ。魔王である俺の生年月日を書くとしたら、渡された書類の年を書く欄には入りきらない。そしてこの世界での年号などとうに忘れた。唯一覚えているとしたなら、生まれたのがこの年から逆算して3~4桁に達することぐらい。書けるわけがない、頭がおかしいとでも勘違いされるのがオチだ。これも保留。

 提出用書類はまだまだ沢山あるが、以上で最後にしておく。つまり、俺が何を言いたいのかと云うと…この時間が暇だ。設定上の都合からしても、俺は仮にも帰国子女である。故に道のりなど覚えていなくても不思議ではないのだ。わがままかもしれないが、もう少し配慮してほしかった。



「(暇だ…書類なんて明日集めればいいものを)」


 1時間目の授業。担当である教員が黒板に数式を書いている。数学の授業だが、この程度の計算なら頭に入っているので聞く気も板書する気もない。だから先ほど渡された書類を睨んでいた。

横に居る生徒は黒板に書かれた文字を次々に書いていく、眼鏡属性か…。眼鏡ブームは残念ながら俺の中には未だ訪れず。今はミリタリーに若干はまりつつある。あのような可憐で触れたらすぐに壊れてしまいそうな少女たちが、(いか)つい道具を使うこのギャップに萌えるのだ。魔族みたいに魔法が使えるわけでもないので、余計に萌えて仕方ない。

……俺がよからぬことを妄想していたのが伝わったのか、横に居る生徒はぴたりとペン筋を止めた。硬直するほど俺はこいつを見ていたのか…。

 

『あの、何か?』


急いでノートに目線を戻した時、隣の生徒から文字が書かれた紙を渡された。どうやら筆談らしい。


『凄い速さで書いていたから驚いた。迷惑かけたなら謝る。失礼したな』


一応だが、心の片隅にあった感情を書いて戻した。眼鏡ブームが来ていないと書いたら

激怒されそうだからだ。こういう委員長タイプは落としやすい反面、それまでのフラグが難関である。このゲームには堅物はいるが、違うベクトルの堅物なのでそれもまた面白い。


「……ふふ」


俺の字を見て笑ったのか、それとも思い出し笑いなのか。突然隣の生徒が笑い出した。不気味である。前者だった場合、ショック。


♦   ♦


「終わったぁーー!」


休み時間、梢はまるで呪縛から解き放たれたかの様に体を大きく反らして、背骨を伸ばしている。そして席が一番俺と離れているにもかかわらず、真っ先に向かって来るこの行動は恐ろしいというか何というか…。


「…あれ、神流ちゃんまだ書類書き終ってないの?今日中に提出だよ」


「いや…それは…」


しまった、未だ手つかずの書類を机の上に出したままだ。そして返す言葉も見つからない。『私が代わりに書いてあげようか』ということにはなり得ないので、対処に困る。


「生年月日も住所も空欄……」


ぱっと俺の書類を手に取り、何かに相槌を打つようにぶつぶつと唸っている。まるで初心者魔法使いだ。


「……神流ちゃん何歳?」


そして急にこちら側へ話を振ってきた。梢の頭の中で一体どのような脳内解析が行われていたか、知る由も無い。俺に年齢を聞くのは(いささ)か失礼ではないのか。

同年齢だ、設定上は。


「…お前と同じだ」


「……うん、神流ちゃんはそれでいいんだよ」


答えたのに複雑そうな表情をするな。まるで俺が何かやらかしたみたいではないか。

確かに今の俺は背丈が低い上に、ゲーム以外の知識は0に等しい。一般の人間からしたら奇怪に見えることも否定しない。しかしそれがどうしたと云うのだ、すべて設定通りに動いているだけだ。


「今日中の提出だから忘れないでね?」


最後にそれだけ云い、梢はふらふらと何処かへと消えた。本当に人間の行動は不思議である。最後にああ云ったのも、梢が委員長だからであろう。なんだかんだで、責任感はあるようだ。

だが、この後妄想に更ける梢が安易に想像できてしまうのがつらい。


「放課後…美冬に会えるよな?」


それからの時間、俺はただひたすらに時が流れるのを待っていた。



 現在のヒロイン登場数は4人。残りの者と出会うのはまだ先だろう。




♦  ♦ 


同時刻、より少し前。紫水美冬のクラス。


3年の階のとあるクラス、ここは紅炎熾家専属のメイド・紫水美冬の属するところである。

 完璧超人・紫水美冬。彼女の性格を知る者は皆そう呼ぶ。勉強・運動ともに上の上、オマケに生徒会長補佐という古原木学園特有の役職に就くほどの人望の厚さである。

信任投票では現・生徒会長と獲得票同数だったが、『私は人に仕える身ですから』と云い譲った。

紅炎熾家が世界の主要都市に置いている別荘の中、日本の別荘の管理を任されているのでこのめ・ひのめ、神流(今回の場合)の世話をした幼少期以降はずっと日本在住。という設定だ。



「美冬さん、久しぶりだね」 「一緒のクラスだね!」


美冬に話し掛ける二人の女生徒。


「はい、お二人と共に学べる機会ができ大変うれしく思います」


慣れた様子で、丁寧にあいさつを返す。お嬢様というかメイドというか。一般人からしたら区別できない。

2人の女生徒は美冬と軽く会話した後他のところにも訪問してくる、と伝え教室をあとにした。一瞬の出来事は嵐のようである。美冬は心の中で苦笑いを浮かべた。



「あら…美冬さん。御機嫌よう」


2人の女生徒が去ってから僅かのこと、とある生徒が美冬に話し掛けてきた。


「御機嫌よう…ふふっ、やはり私はこの挨拶よりいつもの方がしっくりきます。おはようございます、卯花さん」


 美冬と随分仲が良さそうな雰囲気を持つこの女生徒は、古原木学園放送委員放送委員長の夜船卯花。父親が企業家、母親が茶華道の家元というエリート一族の次女。立ち振る舞いからしてお嬢様、のフレーズが似合うように殆どの生徒が謙遜してしまう。対等に話せる相手がごく限られているので、その内の一人・美冬は家族の様に思っている。


「まあ。美冬さんでしたら違和感などございませんのに」


「魔王…お嬢様は堅苦しい言葉づかいを嫌いますから。私もなるべく型にはまらないように気を付けないといけませんね」


空気中にマイナスイオンが出る程のお淑やかさと癒し成分を放つ二者。一般とはいえ、通常のステータスが高い古原木の生徒からしても、美冬と卯花は別世界の人間に見えてしまうのだろう。


「話が変わりますが…今日は妹さんと登校したと聞きましたよ?」


一度、深呼吸をした卯花は美冬にそう尋ねた。

美冬に妹はいない。しかし美冬はあの3人が日本に居ない時に、自分が侍女として仕えている家にはとても可愛らしい三姉妹がいる、と周囲に話していたことから彼女と親しい者は神流・このめ・ひのめを妹と呼ぶ。


 卯花がこの質問を投げかける時、深呼吸をしたのは、まるで何かを決意するようであった。


「はい、先週帰国なさったお嬢様ですから。このあたりの複雑な地理を覚えるには時間が掛かると思ったので」


 設定上、美冬は卯花の実際に抱えている問題を知っているはず。しかし、魔王の使った空間移動が誤作動・副作用を起こした結果が今である。だから美冬には卯花が抱えている問題を知らない。観察眼の鋭い美冬は、卯花の深呼吸を見抜けたがその経緯まで見抜くことは不可能だったようだ。


「……そう。…早く学校に慣れるといいわね」


「ありがとうございます、お嬢様にも伝えておきますね」


―――。美冬はこの時、卯花のあの発言に違和感を感じていた。それ違和感が何か、は後に知る事となるだろう。



 余談だが、山の書類に唸っていた神流は偶然通りかかったというか、迎えに来た美冬のお蔭で何とか今日中に書き終ったらしい。





 


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