執事さんが鬱寸前です
……それから2か月。
「魔王様、明日は人間界の大臣と会合があります」
「あー、そうかー」
執事の、予定を伝える声が理解できているか曖昧にする返事をした魔王。
その姿は、数日前に勇者もどきを倒したとは思えない者の格好であった。
威厳あふれる毛皮のロングコートは王座に掛かったままで、宝石の指輪は全てダイヤモンドの机に放りっぱなしだ。つまり……全身ジャージである。
「魔王様、近頃城下では犯罪が減ったようです。何か特別な策でもしたのですか?」
「さあなー」
「……城近辺では電力が有り余っている様で、発電所の縮小も検討した方がよいのでは?」
「そだなー」
魔王は堕落していた。いや、寧ろ清々しい程の廃人だ。
第3ルームに置かれたテレビに映し出されるは、人間感覚でいうギャルゲー。
それに接続してある機械は特製で、あらゆるソフトの情報を読み取りテレビに映す出す。
魔王がパソコンのギャルゲーもゲーム機で行うギャルゲーも全て同じ環境でやりたい、という我が儘から作られたものだ。魔界でもそれなりの技術者が現れた証拠。
「…以上です、失礼しました」
ある程度の話を振った執事は部屋を後にした。
ぎぎぎ、と紫色の扉が閉じられる。防音性がかなり高く、部屋中に響いていた萌えボイスが漸く聞こえなくなる。
廊下をある程度進んだ辺りで、執事がふうっと息を漏らした。かなり疲れが溜まっているようだ。
「はあ…あのファイターの荷物が魔王様の第3ルームに持ち込まれて、早2か月。
あの方は変わられてしまった」
誰に聞いてもらいたい訳でもない、純粋な独り言であった。
「以前は他者を見ているだけでも威圧させるオーラがあったが…今は何事にも無気力になってしまった。試しに様々な情報を伝えたが、上の空だ」
壁に背を傾けて、以前との比較をする。
魔王専属執事になった頃は、話し掛けることは愚か近づくことさえ恐ろしかった魔王の姿は、感情を持たない野良猫が平気で城に近づいてくるまでに落ちてしまったのだ。
魔城は常日頃、魔王から無意識に放たれる魔力で安易な干渉を否定していた。
しかし今はどうだろう。城内には来ないまでも、橋の下にはネコが住みつき、カラスまでもが城の上空を飛ぶほどに。
見るからに魔王としての権威が断ち切れているのだ。
「魔力は下がっていないのだが…これでは魔王様の威厳が失われてしまう」
いくら堕落してしまったとはいえ、仮にも自分が使える主。
小さく握った拳を掲げる執事であった。
「魔王様、たまには外界の視察でも如何ですか?」
「千里眼で結構だ」
ある時は散歩に連れ出そうとし…
「兵士たちの戦闘訓練の相手など如何ですか?」
「話にならん、却下」
運動を促し…
「魔王様、こちらの書類にサインをお願いします」
「俺名義で書類にサインしておけ、極秘以外なら問題ない」
職務を行ってもらおうとしたが…
結局の所、魔王の様子が変わる事は無かった。いや寧ろ悪化したのかもしれない。
執事が用事のため部屋に入る度に、魔王の横に積まれていたギャルゲームのパッケージが減っていくのだ。毎日訪れている部屋は、日が経つにつれ右のゲームが左に行き、左のゲームが右に行くといった事を繰り返していた。
ひどい時では数分のあいだにギャルゲータワーが3分の2に減っていることも…。
とにかく、魔王のギャルゲー及び二次元キャラグッズに対する情熱は、一層激しくなっているのだ。
♦ ♦ 魔王の第1の部屋
主である魔王がこの真紅の椅子に座らなくなり、およそ3ヶ月が過ぎたこの日。
一人の人物が部屋を訪れていた。
「魔王様…、あの頃の貴方は何処へ行ってしまわれたのですか?」
西洋式の丈が長いメイド服に身を包んだ女性、服装から分かるように城で働くメイドである。魔王が部屋に帰らないとはいえ、玉座含めこの部屋を汚すわけにはいかない。
「貴方様が私を拾い、10年が経ちました…。万物を地に這わせるその姿を忘れたことなど一度もありません」
開口一番、玉座に向かったままその場から動かずに話し続けるメイド。
まるで思い人を呼ぶかのような声色は、一つの演劇を見ている錯覚に見まわれる。
真紅の椅子に指を這わせ、進めては止めることを繰り返す。職務放棄をしているわけではない。
「………。ふふ、駄目ですね私も。主である魔王様と人間の私が釣り合わないことくらい、自分が一番わかってるじゃないですか」
玉座の背もたれに掛かっていたコートに指が触れる寸前、メイドは自嘲気味にその指を戻した。彼女は仕事と私事を一緒にはしない、そこの両分は理解している。
「さて、仕事に取り掛かりましょうか。……そこの執事さんも」
真紅の椅子から体を離し、扉の方向にそう声を掛けた。
「……ははは、ばれてましたか。流石はSランクの持ち主」
メイドに指摘され、扉の影から出てきたのは魔王に仕える専属の執事。
頭に手をあて、まいったと言いたそうに顔を緩ませた。
「Sランクがどうこう已然に、貴方がいつも身に着けてるネクタイが見えましたので。
もう少し身嗜みには気を使った方が良いですよ?」
「え!?あ、ははは…これは失礼しました。ははは……はぁ」
いくらSランクとはいえ、人間に自分の存在を気付かれ尚且つ身嗜みを指摘され、笑う事しかできなかった執事。何がショックだったのだろうか、大きなため息をついてしまった。
眉をハの字にしていることから、何か悩みがあるらしい。
「どうされましたか?先ほどから幸せの逃げる気配がしますが」
「……やっぱり貴女には隠し通せませんね」
「この城に務めてもう10年ですから、大体のお考えなら分かります」
執事と会話しながら箒で部屋を掃き出すメイド。Sランクというのは使える魔力の大きさに反映されるもので、SからDまである。
壮大な魔力を持つメイドは人間ながらも、上位魔族並の力だ。
執事の方もAAAランクであり、人間であるメイドが何もない空間から掃除道具を取り出しても何も驚かない。日常茶飯事のこと。
箒が床を掃く音が独り歩きしたままの部屋、二人は只々黙っていた。
そして、沈黙を破る様に口を開く。
「魔王様のことで、何かお悩みですね?」
メイドが執事に問いただした。
―――。
「最近の魔王様の行動、それを妙に感じる者は多々いるでしょう」
部屋の掃除を終わらせ一段落、休憩スペースのような場所で二人は紅茶を啜りながら
魔王について話していた。
「確かに私がここに来る前にその様な物を見たことはありません。ですが気にはなりません、魔王様がお気に召したのなら何かの事があっての行動だとおもっております」
「そ、それは一理あると思います…でも……やはり私は魔王様には凜として頂きたいのです!」
だんっ、と思い切り立ち上がった執事。如何に魔王のことを考えているか分かるが、ここは休憩スペース。疲れを取りに来た者も居るので、少し煙たがれた。
冷ややかな視線を浴びた執事は弱弱しく、再び椅子に座りなおした。
「…貴方がどれだけ魔王様の事をお思いにしているかはわかりました。ではここで一つ提案があります」
興奮した執事を前にしてもこの落着きぶりは、人間界と魔界を生きたメイドならではものだろう。
少し紅茶を口に運び、一呼吸。
「魔王様の行動の一つにでも疑問を抱いた時、アドバイスをしてみては如何ですか?」
「アドバイス…ですか?」
いまいちピンっとこない様子の執事は、頭にハテナマークを浮かべている。
察しの悪い執事だ、とは口にしない。
「魔王様の行動が奇行だ、と思ったらそこで諦めがついてしまいます。ですからその行動一つ一つをよく観察し、言葉にしてみては?何かに干渉されることで新たな発見が見つかるかもしれませんよ」
淡々と話を進めたメイドは、話し終えるとニッコリと微笑み紅茶のカップを置いた。
メイドという仕事柄、長い休養はできないのでそそくさと休憩スペースを後にし、出て行った。勿論執事は残されたままである。
「アドバイスをしてみる、か……」
何となく腑に落ちないらしいが、一応前向きに検討はしてみるようだ。
思いきりがいいのは執事の良さともいえよう。
「…やってみるか」
カップに残った中途半端な量の紅茶を一気に飲み干し、足早に魔王の居る部屋に向かった。
第三ルーム(現在の魔王萌えグッズ専用室)
「魔王様、失礼します」
何か満ち足りた様な表情で現れた執事。身に着けているネクタイが呼吸とともに動くことから、先ほどの悩んでいた時とは大違いだということが見て分かる。
「何か用か?」
そんな生き生きしている執事が後ろに居ることなど、露知らず魔王は未だにギャルゲーに没頭中である。見慣れたジャージ姿も、トレードマークに見えてしまう。
「いえ、これも社会勉強の一環だと思いまして。ここで見学させてもらおうかと」
はきはきと自分の要件を伝えた後、紺色の絨毯が敷かれた床に正座で座り込んだ。
余計なプレッシャーを与えそうだが、相手が魔王なのでそんなことは気にしない。
互いにいい具合の関係といえるのか。
「何だ、随分と大人しくなったものだな。…メイドに吹き込まれたか?」
「い、いえ!?けけ決してその様なことではありません‼自分でそう考えました」
いくらジャージ姿の見てくれニートとはいえ、元の存在は最強の魔族。逞しいとは言えない背中からでさえ、その迫力は伝わる。威厳が失われるなど感じさせないが…。
「そうか…。邪魔はするなよ」
「はっ、肝に銘じておきます」
こうしてこの日から執事の業務に、
『魔王様のぎゃるげーむ見学及び萌え講学』という奇怪なものが加わった。
―――――。
「アルバートさん、最近良いことでもありましたか?」
「え?あぁ、あったと言えばありましたよ」
執事の業務が増えて数日、紅茶を啜ったあの休憩スペースで執事はそう聞かれた。
アルバート、とは執事の名前である。魔王から与えられたものだ。
「やっぱり。それで…どんな事ですか?彼女ですか?」
しつこく問いただそうとしているのは、城に仕えるウンディーネの者。水の精霊ということで、魔界の上下水道の管理をしている。城内業務としては清掃員長。
水回りならお任せだ。
「いえ、ボクみたいな者は色恋に浸ってられる立場ではないので」
あはは、と笑い華麗にウンディーネの猛追を避ける。.前回のメイドの時には出てしまったため息が見られないので、あの提案はかなり役立っているようだ。
「ぶう、つまんない生活だね~。上位魔族なら女の1・2くらいいるものだと思ってたのに」
口を膨らませて、如何にも興味ないといった表情をするウンディーネ。立場的にも執事の方が上司に値するが、この二人の間に階級など意味が無い様子。
「ま、そんな事はどうでもいいやー。…で?実際はどうなの、給料増えたとか?」
「違いますよ、魔王様のことです」
「魔王様?最近来た人間を倒してから寝込んでるって聞いたけど、それがよくなったの?」
城外での魔王様はどの様な情報を元に思われているのだ、と心配そうに顔を引きつった。
ウンディーネは城に仕えているとはいえ、掃除を大々的にやるものであって、魔王と関わることは行わない。基本、そこら辺はメイドたちが引き受ける。
「いや…ま、まあ魔王様のことでもありますが……」
恐らく今、執事はあのことを言うまいか葛藤している。
魔王が堕落していると知られたらどうなるか、お喋りのウンディーネに言っていいのか疑問である。
「魔王様が…。へえ、それは是非聞かせてもらおうじゃないか‼」
「えっ!?それは極秘事項で…って、ウンディーネさん!?脇腹は卑怯…っ‼‼」
やはり相手はあのお喋りウンディーネ。執事が口を割らないと考え、急に飛びついた。
しかも、そこからのくすぐりである。魔族とはいえ耐えられない。
「ほれほれー‼早く言わないと死亡診断書にくすぐり死って書かれちゃうよ」
「あははっ‼さ、流石にそれは嫌です……くっ、はははは‼」
くすぐられること数分、限界を感じたのか執事は遂に……
「言います、言いますから‼」
「ほれ言わんかー‼」
息絶え絶えながら、執事は声高らかに発した。
「魔王様がぎゃるげーむにはまったのです‼」




