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恋したあの娘は大魔王  作者: きゃたっつー
『みんな幸せで文句あるか?』の世界へようこそ
10/11

物憂げのプリンセス


 「今日は委員会がありまーす、それぞれの教室を見てから行ってくださーい。以上です、さよならー」


人間界の一日は流れるのが早い。いや、ゲームの世界だけに限定できるが。つい先ほど梢と昼を共にしたかと思えば、既に学校は終わっている。誰かがスキップボタンを押したように過ぎていった。心なしか、久能の言葉もスピーディーに聞こえてしまう。


「あーん、委員会があるんじゃあ神流ちゃんと帰れないよぉ…」


「後で待ち合わせすればいいだけじゃないか、何を悲しむ」


「そっか、待ち合わせすればいいんだ!神流ちゃんはそれほど私と帰りたいんだね!」


「さて、放送委員会の場所は…」


「無視しないでぇ‼」


一人妄想に更ける梢は無視して、委員会の場所を確認。他にも委員会の仕事を持つ生徒がいるので、紙が張り出されている黒板の前はしっちゃかめっちゃかだ。下級魔族の様に見えてきた。


「ぬぅ……見えない」


ここで問題発生。生徒が混雑するあまりに紙が見えない。その前に、俺の視点の位置が前に立つ女生徒の襟元だ。見えるとかそういうことではなくなっている。

 その様子を後ろから見ているのはもちろん梢。しきりに電波を飛ばしてくるのですぐにわかってしまう。それと鼻を押さえながら親指を立てるな。


「あっれぇー?神流ちゃんどうしたのぉ、委員会の場所が知りたいんでしょ?」


語尾を伸ばしてわざとらしく突っかかってきた。犬か。


「当たり前だ、遅刻してしまうとイベントが来るってしまうからな」


「イベント?ま、いっか。えーと…あ、そうそう。私クラスの委員長だから紙のコピーを持ってるのです!どうしたい、神流ちゃん?」


「お、人が少なくなったぞ」


「神流ちゃん、私を見て‼」


やはり今回のルートは原作とは大きく異なるようだ。梢が俺に何か求めるような行動をすると、ご都合主義が働き、無理やりに引きはがす。製作者が余程梢ルートが気に入らないのだろうか。

 人も減ったことだし、確認を早急に行う。


「放送委員会の場所は……ラジオ塔?」


な、何なのだラジオ塔とは…。俺が機械でプレイした時はラジオ塔など存在していない。

放送委員会の場所はどこかの空き教室だったはず。そして放送する所は職員室の隣にある小さな部屋だった。それが…ない。


「梢、ラジオ塔とは何だ?」


「そっか、神流ちゃんは知らないのか。ふっふっふ、ならば説明してあげるわ。

 うちの学校(古原木学園)は市の郊外にあって、住宅地もお店も少ないの。でもその分敷地面積だけは大量に取れたらしくて、予算の許す限り増改築したのよ。ラジオ塔の他にも料理部や茶華道部・将棋部といった文化系の部活が入る文化系部活棟や運動部の部室や体育館・プールが隣接する部活棟もあるの。凄いでしょ?」


「…それは凄いな」


どういうことだ、原作とまったく違う。郊外に立地していたことは事実。だがこれほどまで、大規模なものではなかった。寧ろ閑散としていたのだ。都市近郊のビル群のように教室が所狭しと並べられ、見るからに窮屈だった。

 この世界は…俺が行こうとしていた本当の世界なのだろうか。


――キーンコーンカーンコーン、ここで予鈴が鳴った。


「…あ!神流ちゃん時間が」


「時間?……開始時間っていつだ?」


「あと5分…」



俺が委員会に遅れることはないだろう。『設定』という最強の布石が存在するこの世界において、主人公の肩書を持つ俺は云わば設定そのもの。委員会の開始時間になった瞬間、時間が巻き戻るかもしれない。だから急ぐ必要などないが、そういう気分なのだ。


 とにかく、ラジオ塔なる物へ急がなければ。


 ―――この時俺は知らなかった。放送委員会の始まる時間は20分繰り下げだったことを。



ラジオ塔にたどり着いたのは教室を出て5分。ラジオ塔がどういう風貌かは知らないが、学校の敷地内に塔が2つ3つあるわけではないことぐらい、人間界に精通していない俺でも理解できた。窓から見えたオレンジ色の塔らしき場所へひたすらに向かったところ、うまい具合にたどり着けたのだ。


「はあ……はあ…、魔力が使えないと不便だな。…魔界に帰ったら鍛えるか」


息が少し上がってしまっているので何処かで息を整えたいのだが、こんなことをしている時間はない。委員会が始まってしまう。


「人の気配がしないが…開いてるよな?」


少し委員会の存在を疑う。委員会がもうすぐ始まる、だが何故かラジオ塔の周りだけ閑散としているのだ。


「……取りあえず入るか」


比較的新しい造りのようで、スライド式の扉はすんなり開いた。

ラジオ塔の一階はだだっ広い一つの部屋になっている。中央に机、それを囲むように椅子が配置されているだけのシンプルなもの。機材が見当たらないことから放送室は上の階にある、と予想できる。


「ここで会議でもするのか?U字型に置いた方が会議しやすいと思うのだが…」


 俺が愚痴に似た言葉を漏らした時、突然閉めたはずの扉が開いた。



「貴女…どちらさまかしら、放送委員の方?」


丁度、入って来た人に俺は背を向けている形だ。相手は当然、俺の顔は見えないし俺も相手の顔は見れない。しかし俺は違った。声の主の正体が分かっていたのだ。


―――そう、物憂げのプリンセス。夜船見卯花。


 そしてゆっくりと振り返る。



「…委員会は終了したのか?」


「いいえ、放送員会だけ繰り下げで後…15分後に始まる予定ね。……あら…?」


「どうした?」


淡々と話していた卯花の様子がおかしくなった。寧ろ、何かに気付いたようだ。何なのだろうか。


「…卯月?貴女……卯月なの?」


―――刹那


「逢いたかった…ずっと……」


卯花に抱きしめられ、久しぶりに温かみを感じた気がした。ふわりと鼻腔に漂う香りはとても優しかった。


卯花とラジオ塔で出会った、その直後抱き着かれた。俺に一切の考える余地など与えられずにきたものだから、質問や避けるといった動作すらできなかったのだ。


「お、おい……」


「お願い、このままでいさせて……」


抱き着いたまま俺を話さないらしい。

 するとここで、選択肢が浮かんだ。なるほど、選べということか。


【突然すぎて訳が分からないので離れる/かわいそうなのでこのままにしておく/怖いので叫ぶ】


…何なのだ、最後の選択肢は。


ふむ…俺の記憶が正しければ卯花が抱えている問題は『兄の死』。出会いがしらに俺に抱き着いてくる行為は根本からおかしいのだ。梢なら仕方がないが。

考えられる原因を上げるとしたら、卯花の失った兄という人物が俺(女)にそっくりかもしれない、ということ。あるいは兄は存在しておらず、卯花の云う『卯月』という人物が俺にそっくりであること。この二つ。

魔界でプレイしていた『みんな幸せで文句あるか?』に『卯月』という謎の人物はいない。強いて挙げられる隠れキャラクターは、俺の名前の由来にした生き別れの「神流」だ。


 以上のことから、それらが結びつく答え。恐らく副作用によってできた謎の人物『卯月』は卯花の血筋をたどる物と考えに行きつく。…妹だろう。

俺が出すべき選択肢、それは―――


耐える。


 

「卯月…ありがとう……」


よりいっそう強くなる抱擁に、ただ耐えるのみ。

 自然と強くなる腕の力に軽い痛みを感じるものの、俺は無意識的に卯花から離れようとはできなかった。

俺が魔王であるプライドからしたら、とんでもない屈辱。しかし俺とて感情を持ちあわせていることは事実。ギャルゲー良心が痛むことも加え、今の卯花を放置したり突き放すといった非道な行為はできなかった。


 卯花の幸せ度を表している様に打つ心拍。ゲームの世界で感じられるとは思っても居なかった。



♦   ♦ 


「神流ちゃんに委員会が遅れること伝えてなかったよぉ…、これじゃあ『この無能‼』とか言われちゃうかな………。それもありか…」


校舎とラジオ塔を繋ぐ渡り廊下、よからぬ妄想をブツブツと言いながら梢は歩いていた。

発言から察するに、神流が務める放送委員会の開始時刻の繰り下げを伝え忘れたらしい。

通常、一般的な学級委員長だった場合、反省の態度が見られるのだが梢は神流に罵倒される情景を思い浮かべており、反省の意図はないようだ。


「でもこういう事って先生から伝えるものじゃないかな…生徒はパシりじゃないっての」


古原木学園のシステムに憤慨しながらも、内心神流と話す機会が設けられている様に思えているのか、表情が緩やかだ


「早く着かないかな、ラジオ塔」


すぐ目の前にあるのだが、口にでてしまうのは妄想癖の賜物なのか…。

 しかし、ラジオ塔では神流と卯花が“とある”状態にあることを知らなかった。

そうとも知らず、梢はラジオ塔の扉を……


「かーんなちゃーん‼」


開けてしまった。


♦   ♦


「かーんなちゃーん‼」


…急に扉が開き、外の日が差し込んできた。…梢か。


「って…何してるんですか2人でっ!?」


「きゃあっ‼」


「うおっ」


梢が興奮気味に俺と卯花を話した所為で変な声をあげてしまった。もちろん卯花も同様に。


「ななな何してるんですか、卯花さん‼神流ちゃんは私のものなんですよ‼」


いや、どう考えても違うだろ。

肩に手まで置きやがって・・・ 何気に彼女ですアピールを入れてくるな。


「あ……」


一方、無理やり引きはがされた卯花は心ここに在らず、といった雰囲気で呆気にとられていた。どれだけ乱暴に引きはがしたのだ、この女は。


「…卯花さん……?」


「…え?……あ、ごごめんなさい。その……妹と似ていて…」


「いや…気にはしていないが……」


はっとして気を取りもどした様子の卯花は、何か慌てふためいた。

…抱き着かれたことに俺はそれほど動揺はしていないのだから、気にする必要はないというのに…。人の深層心理や感情の起伏に敏感なのだろう。設定が暗いからな。


「ごめんなさいね、ちょっと昔のことを思い出してしまって…。もう大丈夫」


無理やり作った笑顔で、俺たちに話し掛ける卯花。


「…そういえば……、何で梢がいるんだ?」


「そ、その言い方は神流ちゃんでも傷つくな…。えぇとね、放送委員が遅れて始まるっていうことを伝えに来たんだけど、その必要はないかな」


「そうだな、卯花もいるし」


後ろで微笑む卯花に目線を配る。もう吹っ切れたらしい。



 その後梢は『浮気は駄目だからね‼』と顔を真っ赤にしてラジオ塔をあとにした。

そうか、梢も学級委員の業務があったんだよな。…悪いことしたかも


「くすっ、友達思いなのね。あのこ」


「どっちかっていうとストーカーだけどな」


「まあ。そんなこと言ってはいけませんよ?」


「メンタルが強いからいいんだよ」


一時の騒動があったとは思えない静けさを取り戻したラジオ塔の一角の教室。

抱擁という肉体の会話から、今あるような普通の会話を始めることが出来た。


「始まる時間までもう少しあるわね、このままお話でもしますか?」


「それで構わないぞ。ただ、俺の話はつまらないからな」


「自己紹介してくださるかしら?委員会の会議でもそういう機会は少ししか設けられない

から」


「ゲームでもそうだったな、相変わらず使いまわしが雑だ」


「使いまわし?」


「気にするな、こっちの話だ」


設定のことを説明するのは面倒だ…。早急に解決しなければならない事項決定だな。

 

 その後の委員会では卯花の公言通り、自己紹介など僅かしか行われなかった。しかし行われなかった、というより卯花自身が自己紹介の行う意味がわからない、といった感じだ。


はあ、設定とはいえ放送員会になど入るんじゃなかった。仮だからこそ責任を感じることはないがやめた場合の影響は大きそうだ。


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