第9章 彷徨う想い
今回はダイタ達の話です。
6人の神々―。
それは変わらない者―。
歳も取らずに、姿形も変わらない。
永遠の時を生きる者達。
変わりゆく者は彼らに憧れを抱くけれど、彼らもまた、変わりゆく者に憧れを抱いたのかもしれない―。
僕は無我夢中でその書記を読んでいた。落ち着きのない足が、がたがたとイスを細かく揺らしている。
あれから僕達はレーブンブルクの街を出て、ラミリア王国にある大きな図書館に訪れていた。
どうしてそんな場所にいるかというと、少しでも僕の記憶の手がかりとなる『星のかけら』の情報を得るために、マジョンがここを紹介してくれたからだったりする。
だけども、残念ながらそこには期待していたような情報は全くといっていいほど、得ることはできなかった。
でもでも、そこにはとても興味引かれる書記が一冊あった。
なぜなら、それには僕にとって、すごく興味あるような事が、いろいろと書かれていたからだ。
と、ここでその書記について、少しだけ説明を加えておく。どうして少しだけかといえば、僕も『星のかけら』の情報が書かれた本を探す合間に、ほんの少しの時間の間、読んでいただけなので、まだ、少しだけしか知らないからだ。でもほんのちょっぴりしかない時間でそれを半分くらい読んでしまった僕はかなり偉いと思うんだけど、誰もそんなことは聞いていないし知るわけがない。当たり前だけど・・・(汗)
6人の神々が歴史上に―つまり、この世界に姿を現し始めたのは、ごく最近のことらしい。ごく最近といっても、正確には、だいたい五百年程前くらいからだ。
この事実に僕は思わず驚いてしまった。
てっきり、『魔法』というのは、もっと昔から存在するものだとばかり思っていたからだ。
うーん。意外だったりする。
彼らは突然この世界に現れ、誰も気付かぬうちに人々に『魔法』という不思議な力を授けた。
彼らが自らの力を人々に授けてからわずか一年間。わずかその間に、『魔法』というのは、この世界ではありふれた力となってしまったというわけだ。すごい話である。きっと彼らの実力も大したものなのだろう。そんな彼らの一人でもあって、夢月の女神であるリーティングさんに、僕は『ミリテリア』として選ばれたのだから本当に驚くしかない。
「変わりゆく者って・・・やっぱり人のことだよね」
僕はしみじみと独り言のようにつぶやいてみせた。考え込むようにそっと、片手を顎につける。
「そうですね」
「うわわあああ!」
あまりに嬉しそうなのにつられてマジョンが僕の手元をのぞきこむと、僕は弓のように全身をしならせ、イスごとひっくり返った。ごちんといかにも痛そうな音に、マジョンは大慌ててでかがみこんだ。
「だっ、大丈夫ですか! ダイタさん」
「う、うん・・・・・・」
ぷっくりとふくれた後頭部をさすりながら、僕はどこか照れくさそうに言う。癒しの魔法をとマジョンはそっと手を差し伸べてくれた。
「はあ・・・・・・」
どうやら、慌てて本を隠そうとしたのが裏目に出てしまったらしい。
何だか、ものすごくかっこわるいところを見られてしまったような気が・・・・・・(汗)
僕は悲しげに深々と溜息を付くのだった。
「ダイタさん。 その本って『星のまどろみ』ですよね?」
意気消沈したまま、僕が振り返ると、マジョンは懐かしそうにその本を見つめていた。
「う、うん」
マジョンの真剣な表情に、僕は戸惑いながらも頷いてみせる。
ど、どうかしたんだろうか??
「その本・・・・・・。 昔、お母さんに読んでもらったことがあるんです。 ・・・・・・私、この『星のまどろみ』が大好きで、よくお母さんに「読んで!」「読んで!」って言って、いつも駄々をこねていたらしいんですよ!」
マジョンは、ふふっと懐かしそうに笑みを浮かべた。それを見て、僕はちょっとうろたえてしまう。
マジョンの笑い方は、いつものどこか大人じみたようなものとは微妙に違って、どちらかというとすごくナチュラルな笑顔だった。そういう笑顔を浮かべると、実際の年齢よりもずっと幼い感じに見えてくる。それくらいとてもとてもかわいらしい笑顔だった。
僕は少し照れくさそうにしながら、人差し指を立てると、それに応えた。
「そ、そうなんだ」
「はい、死んだお母さんがよく読んでくれた本なんです」
「・・・・・・」
悲しげにそう答えたマジョンに僕は言葉を呑み込んだ。
マジョンはゆっくりとイスに座ると、本に視線を落とす。
その様子を見て、僕は胸を突かれた。
そういえば、僕は、マジョンのお父さんとお母さんのことって知らなかったっけ。
と、いうか、僕は全くといっていいほど、マジョンのことを何も知らないんだ―。いや、もしかしたら、知ろうとしていなかったのかもしれない。
聞くチャンスはいつでもあったはずなのに・・・・・・。
泣くまいと懸命にこらえているマジョンの背中を見て、僕は黙って拳を握りしめた。
僕はなんて無力なんだろう・・・・・・。
こんな時、マジョンの力にもなれない。励ましの言葉すらも見つからない。仲間なのに、何もしてあげられないなんて―。
自責の念が僕をさいなむように、襲い掛かってくる。
僕は悔しげに拳を握りしめた。
「あ、あの、マジョン・・・・・・」
しかし、僕が続く言葉を口にするより早く、マジョンは笑みを浮かべた。
そして、本に視線を向けると、声に出してそれを読み始めた。
「・・・・・・夢月の女神様は、人々を見守ることにしました。 時音の女神様は人々と共に生きることにしました。 そして―、星の女神様は愛する人のために・・・・・・、その人とともに生きたいと願い、人として生きることを選びました」
「えっ?」
本の一文を読んで聞かせたマジョンに、僕は肩すかしを喰らったかのような顔になってしまった。
そんな僕に、マジョンはにっこりと微笑んだ。
「私、この星の女神様の『人として生きる』ことを選んだのは、本当にすごいことだと思うんです」
「えっ?」
僕がきょとんとすると、マジョンは真剣な顔で僕を見つめた。
「・・・・・・普通、神々は『永遠の命』を持っています。 だから、永遠の時を生き続けます。 でも、星の女神様はそれを自らの手で止めてしまったんです。ただ、愛する人とともにいたくて―」
マジョンは瞳を潤ませ、両手をぎゅっと握り締めた。
「神としての記憶も失われ、人として転生していくことは、星の女神様にとって本当に辛かったことだと思うんです。 神々にしてみれば、人として生きる時間は、・・・・・・ほんのわずかといってもいいのですから――。 でも、それでも彼女は彼と生きることを選んだんです」
マジョンはもう一度、ぎゅっと両手を握りしめた。そして大きく息を吸い、切り出した。
「私も星の女神様のような強さを持って生きていきたいんです。 私も大切な人のために――、ダイタさん達のために力になりたいんです!」
マジョンは真剣な眼差しで僕を見つめていた。
僕は何も言えなかった。いや、答えられなかった。それに応えられないかもしれない、マジョンの想いに応えられないかもしれない、そんな思いが僕の脳裏に過ぎってしまったからだ。
ふとマジョンが表情を崩した。僕は何故か一瞬、息苦しさを覚えた。柔らかな笑みを浮かべたまま、マジョンは言った。
「・・・・・・それが今、私にできる最善のことだと思いますから―」
絞りだすかのようなか細い声だった。僕はさらに何も言えなくなってしまう。
そんな僕に対して、マジョンははにかむようにして笑った。
「この杖、死んだお母さんが私に残してくれたものなんです」
そう言いながら立ち上がって、マジョンは自分の背筋ほどの杖をしっかりと握りしめた。姿勢を正しくし呼吸を整える。
「いつもお母さんは言っていました」
そう言うと、マジョンはにっこりと微笑んで母の声音を真似た。
「『いい、マジョン。 たとえどんなに願っても、決して時間は止まってはくれないの。 だからね、今、あなたができることを、やれることをしなさい。 自分のために、そして誰かを助けるために力を使いなさい。 そうすれば、きっといつか、あなたのことを、本当に大切に想ってくれる人が現れるはずだからね―』・・・・・・って」
「マジョン・・・・・・」
僕はまじまじとマジョンを見つめる。
「だから、大丈夫です!」
マジョンは心底からそう信じて拳を握りしめてつぶやいた。
そんなマジョンを見て、僕は思わず笑みを浮かべてしまった。苦笑しながら、僕はマジョンに笑いかける。
「そ、そうだね」
「はい!」
マジョンはにっこりと嬉しそうに頷いた。
僕はすっきりした表情でマジョンを見つめた。何か、もやもやしたものが晴れたような清々しい気分だった。
本を大事に両手で抱えながら、僕はマジョンのことを想っていた。そして、ふららさんやフレイ、ファミリアさんのことを想い巡らせた。
―みんなに会えてよかった―。
信頼できる仲間がいること―。
それがこんなにも嬉しく、安心できるものなのだと、僕は心からそうかみしめていた。
「よう! どうだったんだ!」
そう言って、図書館の入り口で僕とマジョンを出迎えてくれたのは、フレイだった。図書館の前で、早々からいるところから察すると、すぐに調べるのを諦めて出てきたらしい。
「・・・・・・いや、何も」
僕は困ったように、肩をすくめながらそう答えた。すると、フレイが待っていました! とばかりににやっと笑った。
「まあ、そうだろうな!」
「へっ・・・・・・? 何が?」
「つまり、手がかりってものは、そう簡単には見つかるわけがないってことだ!」
フレイはフッと愉快そうに笑った。
にやけ顔のフレイを軽く睨んで、僕はふてくされたような顔になる。
当たり前のことのような気がするんだけど・・・・・・。
僕はがくっと悲しげに肩を落とした。
「ダイタ様〜、大変ですわ!」
図書館から出てくるなり、ファミリアさんは僕に勢いよく抱きついてきた。
「ファ、ファミリアさん、、何をやっているんですか!」
それを見て絶句したマジョンが、怒りで肩を震わせている。
だが、ファミリアさんはそれを気にもせず、血相を変えて叫んだ。
「大変なんですわ!」
「ど、どうかしたの? ファミリアさん」
僕は思わずきょとんとする。
そんな僕に対して、ファミリアさんは先程と同じ言葉を連呼した。
「たっ、大変なんですの!」
「だから、何が・・・・・・っ?」
不機嫌にそう言いかけたフレイの言葉が、不自然な形で途切れた。
「おい・・・何か聞こえないか?」
「えっ?」
緊張した声でフレイに問いかけられて、僕はじっと耳を澄ましてみる。
行き交う人々のざわめきの向こうから、確かに異質に響くものがある。
だが、それがなんなのかまでは、僕には分からなかった。
「あっちの方から聞こえるぜ」
盗賊ならではの研ぎ澄まされた聴覚で、フレイはその出所をさぐり当てた。
フレイって有名な盗賊団の一員だっただけあって、すごく耳がいいんだよな。
僕はしみじみとそう感じた。
フレイがくいっと親指で指し示した場所は、通りを挟んだ向こう側―街の外にある森の暗がりだった。そこへ僕達が目をやった、その瞬間。
「―っ!?」
出し抜けに、まばゆい光が噴きあがった。
「な、なんだあっ!?」
片手で顔をかばいながら、フレイが叫ぶ。その横に立つ僕は、この光が、今まさに解き放たれようとしている魔力であることを見抜いた。
「・・・・・・これって、ミリテリアの力だよ!」
人差し指で指差してから、僕は自分の言葉に思わず驚愕した。
―どうして、ミリテリアの力だって分かったんだろう?
疑念が矢になって僕の胸に刺さった。
だが、すぐにひとつの答えともいえる思考が僕の頭を過ぎった。
もしかしたら、これも、僕が夢月のミリテリアとなったからなのだろうか??
腕を組んで、僕は真剣に考えてみる。だが、もちろん、考えこんでいても何も分かるわけがない。
僕が考えている間にも、あふれ出した白い閃光は、激しく明滅を繰り返しつつ、球状に収束していった。薄紫のコロナを陽炎のように立ち昇らせながら、天に向かって一気に駆け昇っていく。
その残光が、空の彼方へ吸い込まれるようにして呑み込まれた時。
ぐにゃりと蒼穹がねじれた。
墨汁を水面に垂らしたように、渦巻き模様を描きながら、ゆっくりとその一点が歪んでいく。甲高い耳鳴りのような音を立てて、空間そのものが軋んでいく。
それは門だ。こことは違う世界―そう、『始まりの地』から、異界の者を招くために作られたゲート。
僕達が聞いた音は、この予兆だったんだ。そして―。
硝子細工が砕け散るような音をたて、空が砕けた。数瞬、世界が薄闇へと転じ、淡い緑の光流が大地にめがけて叩きつけられる。まばゆい波濤のその中から、巨大な影が舞い上がる。
銀の翼を力強く打ち鳴らして、異界の空へと飛翔するその姿は。
「・・・・・・ワイバーン!?」
そんなマジョンの言葉をかき消すかのように、竜の眷属はその顎を大きく開くと、眼下の森にめがけて、灼熱の火球を吐き出した。
激しい衝撃が地面を揺るがし、街中で人々の悲鳴が幾重にもこだました。
「一体、全体、どうなってんだ!?」
炎に包まれていく森を前にして、フレイは呆然とつぶやいた。
突如として召喚された翼竜は、森の空を飛び回りながら、次から次へと火球を吐きまくっている。その方向はひとつとして定まってはおらず、四方八方、滅茶苦茶に爆発を生じさせていた。
「とにかく、あのワイバーンを止めないと!」
僕は必死の形相で叫んだ。拳をぎゅっと握り締める。
誰がどんな目的でワイバーンを呼び出したのかは、僕にはわからない。だけど、このままじゃ、森全体が、いや、もしかしたら、この街にも被害が及ぶかもしれない。
今それを止めることができるのは、おそらく、同じミリテリアである僕しかいない! ―ような気がする。多分。
「行こう!」
「はい!」
僕の言葉に応えるように、マジョンが力強く頷いてくれた。
それに少し遅れて、お手上げ、というポーズをしながら、フレイはわざとらしく溜息をついた。
「おい、おい。 ワイバーンとやりあう気か・・・・・・」
フレイは森の空で旋回しているワイバーンを一瞥した。
しばらく、じっと何事か考えこんだ後、ポンと手を叩く。その口元には、にやりと愉快そうな笑みが浮かんでいた。
そして――。
「・・・・・・俺も行くぜ!」
言うが早いか、フレイはワイバーンに向かって威勢よく剣を抜き放った。
「フレイ・・・・・・!」
僕が嬉しそうに言うと、フレイは凄みのある薄笑いを浮かべた。
「ワイバーンが相手なら、俺の腕をなるってものだ!」
「はははっ・・・・・・」
さぞ自信ありげなフレイの言葉に、僕は呆れたように苦笑した。
それから聞こえないような小さな声で、フレイはぼそりと言葉を付け足す。
「・・・・・・まあ、ふららさんのためにかっこいいところをみせたかったから、という気持ちがないわけではないがな」
フレイは一瞬ほくそ笑んだ。
恐らく、僕に聞こえないように言っているんだろう。自分では。
だが、それは僕の耳にはっきりと聞こえてしまったのだった。
まあ、フレイらしいといえば、フレイらしいけれど――。
なおも森の空を旋回しているワイバーンに、フレイはゆるみかけた頬をひきしめて言い放った。
「とっとと俺の手で退治してやる! そして、ふららさんにいいところを――」
とっさに言いかけた言葉をすかさず呑み込んで、爆炎の中へと駆け出していくフレイの背中を、僕だけではなく、マジョンも呆れたような顔で見つめていた。
「ダイタさん!」
やっとの思いでたどり着いた森の入り口―。
その場所で、突然僕は声をかけられた。
振り向くと、そこにはふららさんが立っていた。
「ふららさんもここにきていたんだ」
「はい」
ふららさんは僕らにぺこりとお辞儀した。
「俺は、ふららさんのためならたとえ、火の中、ワイバーンの中でさえ飛び込んでいけるさ!」
フレイは少々暑苦しいぐらい力強く、ふららさんに言った。そして、さっとふららさんの手を握りしめる。
普通、火の海を前にしていうようなセリフじゃないと思うんだけど。
激しい脱力感が僕の気力を奪い去る。
そんな僕に追い討ちをかけるかのように、フレイは言った。
「よし、待っていやがれ! ワイバーン!」
フレイはにやりと勝利の笑みを浮かべた。
唖然とした僕を尻目に、フレイは一瞬、ねちっとした笑みを浮かべた後、突然、高笑いをし始めた。
「・・・・・・というか、すでにそこにいるんだけど」
だが、そんな僕の声もフレイの耳には届かなかったらしく、身体を大きく反らして豪快に笑っていた。
マジョン達はそれを怪訝そうに見つめている。
だめだ。 こりゃ。
僕は、ふうっと溜息をついて、がくんと肩を落とした。もうだめだ。こうなったら、もう、何を言っても駄目なような気がする。
いまだに、高笑いをしているフレイを見て、僕はげんなりとするのだった。
「一体、誰が何のためにこんなことをしているんだろうか?」
森の中を走りながら、僕は不思議そうに首を傾げた。
「きっと、悪い人ですわ!」
ファミリアさんがきっぱりと言う。
「そうとも限らないんじゃ・・・・・・」
「絶対に悪い人ですわ!」
拳を突き上げ頭から湯気を立ち上らせているファミリアさんの勢いに押され、気がつくと僕はこう答えていた。
「そ、そうだね」
「そうですわ!」
「う、うん!」
僕の無理やりな力強い返事に満足げに頷いて、ファミリアさんは話題を戻した。
「早く、その人を止めなくてはいけませんわ!」
「うん、そうだね!」
僕はファミリアさんの言葉に、力強くこくんと頷いてみせた。
そして視線を森の奥へと向ける。
吹きつけてきた熱風が僕の意識を否応なしに現実に引き戻していく。
行く手に見えた森の大半は真っ赤な炎に包まれていた。その幾つかはすでに手の施しようのないまでに激しく燃えさかっている。木の爆ぜるぱちぱちという音と共に、無数の火の粉がとびかって、視界をオレンジ色に染めあげていく。
「で、どうするんだ? ダイタ」
フレイがすっとぼけた言葉を口にした。
どうするっていわれても・・・・・・ね。
「えっと、まずは、召喚した人を探して止めないと――」
「まあ、それは、おまえの役目だな」
僕のセリフを遮って、当たり前のことのようにフレイは言った。
「えっ、えええっ――――!!!」
あっさりとそう言ったフレイの言葉に、僕は度肝を抜かれた。いくらなんでも、僕一人じゃ無理に決まっている。相手はただの魔道士とかではないのだ。ミリテリアだ。
僕一人の力では到底、勝ち目がない。
例え、僕もその人と同じミリテリアとしても・・・・・・!
ところが、フレイは何故驚かれたのかわからないといった顔で言う。
「同じミリテリア同士だろうが!」
「そ、そういわれても・・・・・・」
困ったように、僕は肩をすくめる。
フレイは腰に手をあて、ふんぞり返り、ふんっ、と鼻息を漏らした。
「ワイバーンの方は俺達に任せろ!」
それを聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
別に見ているだけ、とかではないらしい。
「あの、ダイタさん・・・・・・」
そんな僕達の会話が終えたのを確認したあと、おずおずとふららさんが口を開いた。
「えっ、なに?」
「私もその人に会いにいきます」
「そ、そうなんだ――って、えっ―――!? そ、それって、いっ、一緒に行くってこと?」
不覚にも緊張し、どうにか必死に返事を返した僕は、しどろもどろですべてを言い切ってから、ようやく彼女の台詞の不可思議な部分に気がついた。
「はい、どうしても気になるんです」
僕はぽかんと口を開いた。
き、気になることってなんだろうか。
どうしてもそのことが気になった僕は、直接ふららさんに質問をぶつけてみた。
「気になること?」
「この力は、もしかしたら、『星の力』なのかもしれません。星の女神様のミリテリアの方が引き起こしたことなのかもしれません」
爆風に長い水色の髪をなびかせながら、ふららさんは深く大きな溜息をついた。
羽翼人は、主に星の女神様から力を借りて魔法が使える。言ってみれば、彼らにとって、星の女神様は最も信頼うるべき存在だ。
だからこそ、そんな星の女神様の――星のミリテリアが今回のことを引き起こしたのかもしれないというのは、彼女にとって、とても信じられないことなのだろう。
「ふららさんが行くのなら、俺も行くか!」
いきなり、意見を180度変えた彼を見て、僕だけではなく、マジョンも目を丸くする。
確か、フレイはワイバーンを押さえてくれるんじゃなかったっけ・・・・・・(汗)
「フレイは、ワイバーンの方を押さえてくれるんじゃ―」
なかったの―、僕はそう言いたかった。
有無を言わせないフレイのきつい眼差しさえなければ――(涙)
「あ、ありがとうございます」
照れくさそうに頬を少し染めながら、ふららさんは、輝くような笑みをこぼした。
「わたくしもいきますわ!」
「えっ? ファミリアさんも?」
意表つかれた僕が聞き返すと、ファミリアさんは両手を胸の前に合わせて祈るように答えた。
「当然ですわ❤」
「・・・・・・ま、また、応援だけではないですよね」
聞きたくない答えが返ってくるのを予期しているかのように、マジョンは恐る恐る訊く。
「いえ、もちろん、応援だけですわ❤」
「やっぱり、ファミリアさんは戦わないのですか?」
ふららさんがきょとんと首を傾げる。
「だって、わたくしには、戦う手段がありませんもの」
「だ、だから、見ているだけなのでしょうか・・・」
肩を震わせながら、マジョンは言う。どこか怒りがこもった口調である。
「見ているだけではありませんわ。 応援していますっていいましたの」
「そ、それが見ているだけっていうんです!」
二人は一瞬、にらみ合って動きを止めた。
そして、肩をいからせた瞬間、二人の口が同時に動いた。
「いい加減にして下さい!」
「あなたには関係ないことですわ!」
「関係あります!」
「関係ありませんわ!」
な、何なのかな・・・・・。
僕は呆然と二人の言い争いを見ながらそう思った。
「ちっ、なぜ、貴様なんかがこんなにももてるんだ!」
不機嫌そうにフレイは顔をしかめた。
「へっ?」
「マジョンさんとファミリアさん、すごく楽しそうですね。 私もお仲間にいれてもらいたいです❤」
いまだに状況が理解できていない僕を尻目にふららさんは羨ましそうに穏やかな笑みを漏らした。
「どこにいるんだろう?」
僕はそうつぶやきながら、周囲に視線を巡らせた。この騒ぎを引き起こした張本人であるミリテリアを見つけなくてばならない。
しかし、どこにもそれらしき姿は見あたらなかった。
「まさか、呼ぶだけ呼んで逃げやがったのか・・・・・・」
フレイがムッとしたまま眉を寄せる。
僕はそれを聞いて。神妙な顔で考え込んだ。
その可能性がないとはいえない。いや、むしろそう考えた方が、これだけ好き勝手にワイバーンが暴れ回っていることの説明がつく気もする。
――と、いうか、それって一番、最悪なパターンなんじゃないだろうか!
止められる者がいない。つまり、あと残るただひとつの方法は、ワイバーンとやりあう以外にない。
だけども、到底、勝ち目がなさそうな相手だ。
僕は、空を旋回するワイバーンに目を向けた。
瞳に入ってきた衝撃度満開な大きな翼に、僕は全身を震わせた。あまりにも驚いたせいで、思わず「無理だよ!」と僕は口走った。
「どうするんだ、ダイタ!」
大粒の汗をひたすらかきまくている僕を、執拗にフレイが急かす。
「どうするって言われても・・・・・・!」
そこで僕はハッとした。
猛々しい咆哮をあげながら、紅蓮の空を舞うワイバーン。その姿をじっと見つめていた僕は、翼竜が一定の場所を中心にして、旋回を続けていることに気づいた。
そして不規則に吹き出されるように見えていた火球もまた、あくまでその中心から外に向けてしか、放たれていないということを。
「あそこだよ! あそこにきっと、星のミリテリアの人がいるはずだよ!」
そう確信して、僕はその場所に向かった。僕の後を追うようにしてマジョン達も進んでいく。
苦もなく僕に追いつき並ぶと、フレイは愛用の剣をぎゅっと握りしめた。
そして、僕の持っている剣を一瞥してから、おもむらに問いかける。
「で、どうやってそいつを止めるんだ?」
「そのことなんだけど」
苦笑して、僕は自分の考えを説明した。
「話し合ってみるよ! もし、それでだめだったら、夢月の力である大魔法『レバエレーションズ』を使ってワイバーンを止めてみようと思うんだ」
口にしながら、僕は我ながらいい考えだと目を輝かせた。
「向こうもミリテリアだから、大魔法とか使えたりすると思うけれど、先手を取れたら、少しは有利になるかな、と思うしね」
「安易だな」
フレイが呆れたようにつぶやいた。腰に手をやって溜息を付く。
「まあ、とはいえ、それしか方法はないな」
フレイはニッと笑ってみせた。
「星のミリテリアさんを止めましょう」
ふららさんはにこりと微笑んだ。穏やかな笑みを浮かべている。
ほんわかした雰囲気の中、ファミリアさんが僕の肩を叩いた。
「ダイタ様、応援していますわ❤」
ファミリアさんは期待に目を輝かせながら言った。
「あっ、うん」
僕はどう答えていいのかわからず、ひたすらあらぬ方向を向いた。顔を赤らめたままで。
「ファミリアさんは応援だけでしょう!」
不服そうにマジョンが言う。
「えっと・・・・・・」
そんな二人を見て、僕はしゅんと肩を落とし、情けない声でつぶやいた。
せっかく、一生懸命に考えたことだったんだけど・・・・・・な。
深い失望感が打ちのめされ、僕は継ぐ言葉すら見つけられないまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
焼け崩れる森の奥に小さな広場のようなものがあった。周囲の惨状にもかかわらず、やはりそこにはまったく火の気がなかった。
そして、その広場の中央には――。
「えっ?」
僕は目をぱちくりさせる。
地面にぺたんと尻餅をついた格好で、青年が天を仰いでいた。放心状態といってもいいのかもしれない。
「こ、こんなことになるなんて」
青年はぼそりとつぶやいた。
ぱっと見て、彼の歳は二十歳前後といったところだろうか。レモンを入れた紅茶の色をした髪が、爆風とともに、ふわふわと肩口で揺れている。
広場にいるのは彼だけで、他には誰も人影はない。意気消沈している彼を前に、僕は―いや、僕達は思わず、呆然としてしまった。
「あっ」
不意にふららさんがつぶやいた。瞳をうるませて口を押さえる。
「どうかしたの、ふららさん?」
「マドロスさん・・・・・・」
ふららさんの宝石のような瞳が、青年の顔をそっと覗き込んだ。
彼女の瞳に、ゆっくりと驚きと理解の色が広がっていく。
「マドロスさん・・・・・・?」
ふららさんはつぶやいた。
彼の透きとおったグリーンの瞳が、ゆっくりとふららさんの姿をとらえた。
「ふらら・・・・・・?」
「マドロスさん!」
ふららさんは草を蹴ってマドロスさんに駆け寄った。慌てて意識を集中してふららさんを受け止めるマドロスさん。
ふららさんの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
「マドロスさん、会いたかったです!」
と、もう一度、ふららさんは叫んだ。
彼女の顔が理解と懐かしさと喜びで輝いた。
「もう、どこにもいかないで! 置いていかないで下さい!」
「ふらら・・・・・・」
涙をうっすら浮かべるふららさんに、マドロスさんは胸を突かれたように言った。
「ああ・・・・・・。 もう、どこにも行かない。 これからはずっと一緒だよ」
マドロスさんが抱きしめると、ふららさんはしゃくりあげた。
「ずっと・・・・・・。 ずっとですよね」
何度も確認するように繰り返すふららさんの頭を、マドロスさんは優しくなでる。
「待たせてしまってごめんな」
マドロスさんはふららさんを抱きしめながら、そう小さくささやいた。
余談だが、この様子を僕は鬼気迫る思いで見つめていた。
何故なら、隣にいるフレイがそら恐ろしいほどの目つきで僕を睨み付けていたからだ。静かな重圧感が僕に重く圧しかかる。
しかも、その後、顔を怒りで真っ赤に染めたフレイがばっちばっちんと背中を叩いてきたので、僕の首がぐらぐらと揺れる。どうやら、僕をノックアウト寸前まで追い込むくらいの勢いで叩いているらしい。
どう見てもただの八つ当たりとしか思えないこのフレイの行動は、僕達がラミリア王国に戻るまでずっと続いたのだった。
ああ・・・・・・(大涙)