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第7章 星を包む あまたの夢

今回はレークス達の話です。

 一寸先(いっすんさき)は闇、という警句がある。

 遠い遠い昔、どこかの国の誰か偉い人が残した有名な言葉だ。

アグリ―は、この世に生まれて十九年間、ずっとこの言葉の意味をいまいち実感することができなかったのだけれど、この度ようやくそれを理解することができた。ただし、実感なんかできたって嬉しくなんかなかったのだが。

さて、それがどんな形でだったのかというとー―。



バタバタバタ、ドタドタドタ!

「レ―兄―! 起きてる?」

 静まり返った室内に騒々しい足音と声が弾けた。

 バンッと扉が押し開かれる。

「あれ〜? 起きてた」

 駆け込んできた少女は部屋の様子を見ると拍子抜けした声を漏らした。

赤い髪をツインテールで結んだ女の子は、部屋の様子をキョロキョロと見回すと、さぞかし残念そうに顔をしかめた。

「ティナ―、お前が起こしに来るたびに寝ているわけにはいかん。 物騒だろうしな」

 どこか高級感あふれるベットに座った部屋の(あるじ)は少女をにらみつけた。

 少年である。

 ティナ―と呼ばれた少女より少し年下の十歳ぐらい。銀色の髪にスカイブルーの瞳。『天の魔王、フレイム』の弟といえば、この世界ではほとんど知らぬ人がいない地の魔王、レークスだ。だが、実際のところ、『地の魔王』という言葉だけが一人走りしており、彼の名と顔を知っている者はほとんどいない。

「えっ〜、そ、そんなことないもん!」

エヘヘと笑いながらティナーは手をさりげなく後ろに回した。

「後ろに持っているものはなんだ?」

「ティナーちゃん、お手軽、目覚まし時計用の杖です―!」

 ティナーは思いっきりひきつった笑いを浮かべる。

 どうやら起きなかったら、これで叩き起こすつもりだったらしい。

「おまえなぁ・・・・・」

 レークスはこめかみの辺りをポリポリとかきながらつぶやく。

「いい加減にその『レ―兄』というのはやめろ!」

「えっ―! なんで――!!」

「俺はな、貴様の兄貴でも何でもない!」

 レ―クスはきっぱりとそう断言した。

 確かにそのとおりだったりする。

「で、でも、レ―兄はレ―兄だし・・・」

「これからは、俺のことを呼ぶ時は、『様』を付けろ! 『様』を!」

「ぶぅ――――」

 ティナーは不機嫌顔でレークスから顔を背けた。そして少し考えてから、人差し指を口元に近づけて言った。

「じゃ、じゃあ、レ―兄様」

「兄を取れ、兄を!」

「うっ、ううっ・・・・」

「おい?」

「・・う、ううっ・・・、やっぱり、『レ―兄』じゃないと呼べないよ・・・・・」

 そう言うと、ティナ―の瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。うっ、とレークスの顔が歪む。

結局のところ、レ―クスの抵抗もここまでらしい。

(ばつ)が悪そうにしながら、レークスはつぶやいた。

「わかった・・・。 わかったから泣くな」

「う、うん❤」

 先程までの泣き顔が嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべてティナーは答えた。

 調子のいい奴だよな。 こいつって。

 レ―クスは呆れたように、はあっ、と溜息を付く。

「レ―クスさん―! ちょっとよろしいでしょうか?」

 その時、ドアがパタンと開き、一人の青年が部屋に入ってきた。

金色の髪に、澄んだ青い瞳が印象的な青年だ。

「アグリ―か。 で、お前の用は何だ?」

 レ―クスは不機嫌な顔でアグリーに訊いた。

 ―いい加減、こいつらにも俺に『様』を付けさせねば!

「あのですね―、そろそろ――」

 言いにくそうに用件を切り出そうとしたアグリーのセリフをさえぎって、レークスは言った。

「『俺の家来をやめたい』などと言うのではないだろうな!」

「うっ――」

 アグリーは思わず絶句する。実は図星だったりするからだ。

「ん? なんだ? なんだか、とっても不服そうだな。 まさか勇者ともあろう者が一旦口にした約束を破ろうなんて考えているのではあるまいな」

「まさか!」

 表情に出やすいアグリーはレークスにあっさりと見抜かれてしまう。それでも今、この場でそのことを言うことが、どうしても現状打開の方策にあたるだろう。

 どんなことがあっても勇者が約束を破るわけにはいかないんだ。今の僕に出来ることはただ、堪え忍ぶことだけだ。ハートに揺るがぬ信念を秘めていればいつか必ず道は開ける。それまでの間に、レ―クスさんのミリテリアになれるように努力するしかないんだ。それしかない。

「その希望に輝く瞳。 さては貴様、(よこしま)なことを考えているのだろう?」

 レ―クスがアグリーをジロジロと見て冷やかすように笑った。

「よ、(よこしま)って! 僕はただ――」

 アグリーが言い返そうとした時、青年と女性がドタバタと部屋に入ってきた。

「おはようございます。 アグリー様」

「よう!」

「おはよう。 アクア。 リアク」

 アグリーは笑みを浮かべながら、それに応じた。どうやら、アグリーはレークスの攻勢に押されながらも、なんとか、逃げる口実を探していたらしい。

「で、貴様らの用件はなんだ?」

 レ―クスは眉間にシワを寄せながら、リアク達に訊いた。

「はい。 実はお礼が言いたくて・・・」

「お礼だと?」

「昨日は、私達に素敵なお部屋をご用意して下さりましてありがとうございました」

 アクアがレ―クスに対して、丁重に一礼した。途端、レークスは顔を真っ赤に赤らめて叫んだ。

「ふ、ふん。 いらん部屋が余っていた。 それだけのことだ」

 レ―クスは知らぬ顔でそっぽ抜くとその場を後にした。

「――それにしては、立派だったと思うが。 う―む。 もしかして俺様の目の錯覚とか、勘違いとかではないだろうな」

「そんなわけないでしょう。 兄さん」

 それを聞いて、アクアは恨めしそうにリアクを見つめた。

そんな二人を、アグリーは穏やかな笑顔で見つめていた。

 そして、昨日のことを思い出す。


 昨日、アグリーとともに、レ―クスの家来とさせられたリアクとアクアは、レ―クス達に二階の一室へと案内された。

 城の玄関に入ると、正面に赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた階段があり、左右に分かれて二階につながっていた。その踊り場の壁にアクアの目がいった。

「天の魔王の絵・・・ですね」

「フレイムの絵か!」

 ブスッとしてリアクが言う。

「レ―兄のお兄さんだよね〜❤」

 期待に目を輝かせて飛び跳ねるティナーを見て、レークスは顔をしかめた。

「まあ、レ―クスのガキよりは、魔王らしいけどな」

 あくまでバカにするように言うリアクをよそに、アグリーは絵をマジマジと見つめた。

 僕達はこいつと、天の魔王、フレイムと戦わなくてはならないんだ。

 だが、今のままの僕達では到底、勝ち目はない。

―だけど―!

 アグリーはレ―クスを見つめる。

 レ―クスさんが力を貸してくれたなら、地の魔王のミリテリアになれたのなら、きっと、勝ち目は出てくるはずだ。

―必ず―!

「絶対に、地の魔王のミリテリアになってみせるさ」

 そう自分に言い聞かせるようにつぶやくと、アグリーは二階に上っていった。

 さらに長大な廊下が続く。だが、薄暗くて陰鬱(いんうつ)な感じだ。

「おまえの部屋はここだ」

レークスが最初のドアを示すと、アグリーは意外な顔をした。

「お部屋、頂けるんですか?」

「当たり前だろう。 貴様は俺の家来なのだからな。 それくらいの待遇はしてやらねば俺の沽券に関わる。 それにここら辺が一番明るいのだ」

「僕達のことを心配して――」

「そんなわけはないであろうが。 ただ、早々にくたばられてはおもしろくないからだ」

 そう言った後、レークスはアグリーに改まった口調で尋ねた。

「ところでだ。 今後の参考に訊くのだが、今、勇者と呼ばれる奴はどのくらいいるのだ」

「今後の参考、ですか?」

「いつか、俺を倒しに来るかもしれない輩がいるかもしれないからな。 ここに暮らす宿代にそれくらいの情報をよこしても(ばち)は当たるまい」

「そ、そういわれても――」

「そうだな。 どうしてもというのなら俺様が直々に教えてやってもいいぜ!」

 アグリーの代わりにそう答えたリアクを見て、アクアはげんなりとした表情をみせた。

――兄さんには聞いていないと思うのですが――。

意気消沈したまま、アクアは悲しげにそう思った。

 アクアがそうしみじみと感じている間に、リアクは自慢げにニコニコしながら説明し始めた。

「まず、勇者というのは強い。 そしてなおかつかっこいい。 そして何よりもパーティーの主役だ!」

 リアクは力強く拳を握り締めて、自分で自分の言葉に感嘆した。そんなリアクを、レークスはイライラさせながら睨む。

「そんなことよりもだな。 勇者と呼ばれる奴はどのくらいいるのだ?」

「だいたい、百人くらいだな」

「そんなにいるのか?」

「俺様の予想ではな!」

「貴様の妄想など聞いてない!」

 らちがあかないと思ったレ―クスは面倒そうに一足飛びに要点を訊いた。

「では、一番強い奴は誰だ?」

「俺様だろうな!」

 きっぱりとそう言い放ったリアクを見て、レークスの手がわなわなと怒りで震える。それを見たアグリーが慌ててそれに答えた。

「あの、伝説の大勇者、ラスト=エンターティナー様です」

「ラスト=エンターティナー・・・だと?」

 レークスはいぶかしげに眉を寄せる。ティナーはそれを聞いてハッとした。

「ラスト様はお優しくてご立派な方です。 僕が勇者を目指したのもその人がいたからで――」

「そんなことよりもだな。 そいつの必殺技とか奥義とか弱点とかをな・・・・・」

「必殺技ですか?」

 アグリーの瞳が心なしか輝いた。

「何かあるのか?」

 期待を込めてレ―クスは問いただす。

「え―と、長剣をこう構えて『真空剣! 次元斬り』とかいって。 ラスト様は長身ですからかっこよさそうですしね!」

 言いながら、アグリーは剣を振る仕草をしてみせた。

「真空剣だと? それはどんなものだ?」

「さ、さあ、どんなものでしょうか? 思いつきですし」

「誰も貴様の、貴様らの妄想など聞いてない!」

 困ったように顔を曇らせるアグリーを尻目に、レークスはそう怒鳴ると、激しく地団駄を踏みまくりながらその場を立ち去っていった。 

 アグリー達はしばらくじっと考え込んだ後、お互いの顔を見合わせた。

「そう言われても、僕達は、まだ、ラスト様に出会ったことがないしな」

「そうですね」

 アクアもどこか疲れたように肩を落とす。

その時になって、しばらく、なにやら、考え事をしていたティナーが真剣な表情で顔を上げた。

「お父さんは生きているんだね」

「えっ?」

いつも能天気なイメージのティナーとは違う真剣な表情にアグリーは首を傾げる。だが、すぐにティナーはアグリー達に、はにかんだ笑顔を向けて言った。

「それじゃ、明日からよろしくね。 アグリーさん達!」

「あっ、こ、 こちらこそ」

 まだ、強ばりの残る笑みを返しながら、アグリーは割り当てられた部屋に入った。

「すごい部屋だな」

 思わず独り言が出るほど豪華な部屋だった。机や椅子、ベット、タンスなどの調度類もデザインこそ、どこか古風なイメージっぽいが、豪華さでは王国の王家の部屋といい勝負だ。しかも、それが一人に一部屋、与えられているのだ。

アグリ―はレ―クスの言い訳っぽい理由を思い出して頬がほころぶのを感じた。

 やっぱり、レ―クスさんにも自分が気づいていないだけで愛する心があるのかもしれない。優しい心があるのかもしれない。もし、そうなら――。

 アグリーは自分の使命を新たにして大きく頷いた。



 がらんとした空間を真っ直ぐ立ち切るように、赤いカーペットの道ができている。

 道先にある立派な玉座には、レークスがふんどり返って腰かけていた。

 あの後、アグリー達はレ―クスに呼び出されて、私室から玉座の間まで移動することになった。何でも重大な任務があるらしい。

「なんだ? 俺様しかできない任務というのは?」

 やる気満々でリアクは問いかけた。

「・・・兄さんにできることでしたら、誰にでもできるのではないでしょうか」

 ぼそりとアクアが口の中でつぶやいた。だが、当の本人であるリアクはそんなことは露しらず、拳をわなわなと震わせ、意気込んで叫んだ。

「で、どんな極秘任務なんだ!」

「極秘任務・・って大げさな・・・・・」

 アグリーも思わず、ふかふかと溜息を漏らした。

しかしながら、レ―クスの次のセリフで、リアクのこの熱意は一瞬にして冷めることになる。

「今日の夜、パ―ティ―を行うからその準備をしろ!」

「なにぃ!?」

 驚愕の声を上げてリアクは叫んだ。

「聞こえなかったのか? 今日の夜、パーティーを行うから、その準備をしろ! 詳しいことはスル―プットやメシアロードから聞いておけ!」

「メシアロード?」

 アグリーは首を傾げる。ここに来て早一週間は経とうとしているのに、その人とは会ったことがないのだ。

 ちなみにスル―プットさんとは、初めて、この城に来た時や城で仕事をしていたりする時によく会っていたりする。

 その時、思い出したようにレークスは手を打った。

「いや、待てよ。 あいつは、メシアロードは、やたらと人見知りが激しいからな。 恐らく、貴様らとは会いたがらないだろう。 しかたない・・・。 スル―プットから聞いておけよ!」

 レ―クスはめんどくさそうにそうはき捨てると、「さっさといけ!」とばかりに手をひらつかせた。

「ご、極秘任務は? じゅ、重大な任務は? いっ、一体・・・・・」

 深い失望感に打ちのめされ、リアクは継ぐ言葉すら見つけられないまま、その場に立ち尽くしていた。


「パ―ティ―はいつもこの時期にやっているんだよ―!」

 楽しげにティナーは笑った。

 僕達はあの後、スループットさんから必要なものがかかれたメモをもらうと、城の門へ向かった。

一緒にとことこと僕達の後をついて来るティナーさんに、僕は勇気を振り絞って聞いてみた。

「パーティーって一体、何のパーティーなんですか?」

 それは、アグリー達が先程から感じていた疑問だった。どうやら、僕達の歓迎パーティーというのではなさそうだし―。

 というか、あのレークスさんがそんなことをするわけがない。

「それはね、帰ってきてからのお楽しみってことで〜❤」

 ティナーはドキドキと胸を高鳴らせながら、赤らんだ頬にそっと指先を寄せた。

 まあ、期待はしてなかったんだけど、ね。

 神妙な顔つきでアグリーは肩を落とす。

 でも、とアグリーは顔を上げた。

ティナーさんの笑い方はいつもの元気いっぱいなものとは微妙に違って、どちらかというとすごくナチュラルな笑顔だった。そういう笑顔を浮かべると、彼女がすごくチャーミングな少女に見えてくる。それほど、とてもとてもかわいらしい笑顔だった。

―きっと、ティナーさんにとっては、このパーティーは何か、特別な意味があるのだろう―。 きっと―。

アグリーはどこか慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、ティナーを見つめていた。

「じゃあ、行ってきます!」

「うん、頑張ってね!」

ラミリア王国へと向かうアグリー達を、ティナーは彼らが見えなくなるまで手を振っていた。彼女のツインテールが、風になびいてふさふさと揺れた。


「なんだ!? これは!」

 リアクがいぶかしげにメモを見つめる。

 ラミリア王国に着いたアグリー達は、ひとまず、渡されたメモを見てみることにした。だが、それが全ての間違いであったことに彼らは気付かれされることになる。そこに書かれていた内容は間違いなく、今日中には終わりそうにもないほどの膨大な内容だった。どうやら、城を出る前にティナーが言っていた「頑張ってね!」とは、このことを指し示していたらしい。

「す、すごいですね・・・」

 おずおずとアクアは視線をメモに向けた。

 パーティー用のケーキや料理の材料の買い物。それから始まって、パーテイー用の資金集め(!?)、城内清掃全般、ケーキや料理作り、パーティ―の下準備、飾り付け・・・ひたすら・・エンドレス。

 アグリー達は口をパクパクさせながら、一体全体、どれから手をつけていいものか悩んだ。

「と、とりあえず、買い物からしようか?」

「そ・・そうですね」

 アグリーの問いかけに、アクアはちょっとうろたえながらも同意する。

 不満を言いたい気持ちもあった。

というか、言いたかった。

だが、実際のところ、その言葉は彼らの口からは出てこなかった。

何故なら、彼らの瞳に、出かける前に見た嬉しそうに笑うティナーの笑顔が脳裏に過ぎったからだ。

「くそっ! まさか、あのガキ、俺様達の事をロボットか、正義のヒーローかと勘違いしているのではないだろうな! い、いや、しかし――」

 喜んでいるのか、怒っているのかわからない口調でリアクはにやりと笑う。勢いに任せて叫んだリアクだったが、一瞬、考え込んだように言葉を切り,そして、続けた。

「それも仕方のないことだな! なあ、アクア!」

「う、う・・ん」

 とりあえず言われるままに頷いてはみたものの、どうして、そんな考え方になるのかがアクアには全く理解できなかった。とりあえず、兄の思考回路に感心していいのか、呆れていいのかが分からず、アクアは首を左右に傾げるしかなかった。

「――あっ、はは、じゃあ、とりあえず、手分けして買いに行こうか・・・・・」

 意表をつかれたようにアグリーもたじろいていた。早く、この仕事を終わらせてしまいたい、そんな気持ちがいじりまじったような低い声だった。

「面白い! それなら俺様が一番に買い物を終わらせて、あのくそ生意気なレークスのガキをジャッフンといわせてやる!」

 ビシッと指を突きつけ、リアクはフッと笑うと、早々とアグリー達に背を向けて歩き始めた。

「はあ〜」

 残されたアグリーとアクアは呆れた顔で溜息を漏らした。そして、街の裏街道へと向かってゆくリアクを、ただ、ただ、呆然と見つめていた。まるで彼らは、虚を突かれたように言葉を失っていた。いや、言えなかったのだろうか?

それから、しばらくしてから、アグリーがやっと口を開いた。

「な、なあ、アクア。 リアクは一体、どこで買い物をするのだろうか?」

「さ、さあ・・・」

 顔を青ざめながら、アクアは答えた。

 そうなのだ。

アグリー達は確かにリアクに驚かされていた。いや、多分、この場にレークスがいたとしてもきっと、驚かされていただろう。

 彼らは思った。

 裏街道に、お店はない―と。



「えっと、パンとチーズに薄力粉、それに、はちみつに・・・・・」

 両手いっぱいに大きな袋を抱えて、アグリーはよろめきながら街の街道を歩いていた。すでに、彼の視界には茶色の大きな袋しか見えなくなっている。つまり、街道の前の視界はゼロだということだ。だが、それでもアグリーは、動ける限りはと前へと前へと進んでゆく。

だが―。

 ドンッ!

「うわあっ!」

「きゃっ!」

 アグリーと一人の女性が思いっきりぶつかり合い、地面に強く打ちつけられる。大きな袋からは果物やら、パンやらがぽろぽろと零れ落ちた。

「す、すみません」

 アグリーは申し訳なさそうに彼女に一礼した。ふと目をやると、彼女の膝からは血がにじみでている。アグリーはさっと自分のハチマキを取ると、彼女の膝にそっと巻きつけた。

「・・あっ、有難うございます・・・!」

 彼女はぺこりとお辞儀をすると、体中の埃を振り払った。桜色のふわふわとした髪に薄い蒼色の瞳の女性は、突然、心配そうに視線をキョロキョロと漂わせた。

「どうかしたの?」

「ご、ごめんなさい。 私のせいで―」

「えっ? 何が―って、ええっ――」

 思わず大声で叫びそうになってしまって、あっ、とアグリーは口を抑えた。

 彼女の視線が周囲に散らばっている果物やパンにいっていることに、アグリーはやっと気付いたからだ。慌ててアグリーは、果物やパンらを袋に詰め込み始める。

自分の不注意でもしヘマでもしたら、何を言われるか分かったものじゃない。いや、もしかすると、「使えない奴だな!」と怒鳴られたあと、追い出されるがオチのような気がする。そうなっては、地の魔王のミリテリアになるというのは、まさに夢のまたの夢になってしまう。

それだけは絶対にさけなくては―!

 やる気をみなぎらせたアグリーは、それまで以上にばりばりとハイスピードで果物らを集め始めた。もちろん、果物などについた埃を落とすのも忘れずに。彼女もまた黙々とそれを手伝う。

 そして、集め始めてからいくらも経たないうちにアグリーは叫んだ。

「よし! これで最後だ!」

 アグリーの弾んだ声が街路に響き渡った。


「全部、見つかって、本当によかったですね!」

「ああ、有難う。 助かったよ」

 まるで自分のことのように喜ぶ彼女を見て、アグリーは彼女にとびっきりの笑顔を向けた。

全て見つかったことも嬉しかったのだが、見ず知らずの自分のためにここまで付き合ってくれた彼女の優しさが嬉しかったからだ。

「では、私はこの辺で・・・」

 穏やかな表情で彼女は微笑んだ。

「本当に有難う」

 アグリーも微笑する。

 そして、再び,アグリーは買い物の続きをしようと歩き始めた。

その時だった。高らかな声が街中に響き渡ったのは。

「ふふふ、見つけたわよ!」

「もう、鬼ごっこは終わりよ! スチアちゃん―!」

 アグリーは驚いた表情で後ろを振り向く。

 先程の彼女の前に、二人の女性が立ちふさがっていた。

濃紺がかかった黒い髪が特徴的で、はたから見ればまるで双子のように彼女達はそっくりだった。大きな黒いフードが身体を隠すかのように覆っている。フードに隠れていて分かりづらかったが、よく見ると二人とも魔族らしく、耳が尖っていた。

 彼女達は先程の彼女、スチアを凝視するかのように見下ろしていた。

「アイズ! イアズ!」

 スチアはまるで嫌なものを見るかのように非難じみた眼差しを彼女達に向けた。

「なぁに? その目は?」

「生意気ね。 ドク。 やっちゃってしまいなさい!」

 彼女がそう叫ぶと、彼女達の背後から蜘蛛のような魔物が姿を現した。そして、スチアに向かって白い糸を吹き出す。

「きゃっ!」

 逃げる暇もなく、糸はスチアに絡みついてゆく。それでも、スチアはなんとかそれを振り払おうとするのだが、全く(ほど)ける様子はない。

 それを見ていたアグリーは颯爽と彼女達の前に立ちふさがった。

「やめろ! 嫌がっているじゃないか!」

 彼女達はアグリーをまじまじと見つめる。

「あら? 別に嫌がっていないわよね。 ねえ? アイズ!」

「そうね、イアズ!」

彼女達は、何故、そんなに怒っているのか分からないといった顔で言う。首を大きく左右に振ると、アグリーは全身全霊の力を込め激しく抗議した。

「おまえ達のことじゃない!」

「まあ、おまえですって?」

「野蛮ね」

 彼女達はくすくすと笑う。

「ドク! この生意気な坊やを先にやってしまいなさい!」

 そう言って彼女が指をパチッと鳴らすと、先程の魔物がアグリーに対して糸を吐き出す。

アグリーはそれをなんなく避けると、スチアに絡みついていた糸を剥ぎ取る。

「そっちがその気なら!」

 アグリーは矢のような素早さで剣を引き抜くと、大きく剣を振りかぶった。

 どん!

 蜘蛛の魔物が彼女達に向かって吹き飛ばされた。彼女達は、地面に強く打ち付けられる。

悲鳴をあげる間すらない。

 何がおこったのかわからないまま、上体を起こした彼女達の瞳に、大きく剣を振りかぶったアグリーの姿が映し出される。

「今のうちだ!」

「あっ・・・は、はい!」

 アグリーはスチアの手を取るとそのまま、街の奥へと走ってゆく。荷物はというと、通行の邪魔にならないように、街道のはしっこに置いて。

 彼女達は、しばらく動きを止めたままだったが、やがて息をするのも忘れるほど顔を真っ赤にしてわめき出した。

「も、もう許さないわよ!」

「追って! ドク!」

 そう叫ぶと、彼女はビシッと音がしそうなほど鋭く、指先をアグリー達が逃げていった方向に突きつけた。蜘蛛の魔物はカサカサとその方向へと駆けていった。

「どうせ、逃げられやしないのだから・・・。 ―例え、今は逃げられたとしてもね!」

「ふふ。 ミリテリアになってしまった以上はね―」

 意味ありげにそうつぶやくと、彼女達はフッとその場から姿を消した。


 アグリー達は街の奥へ奥へと走っていた。既に街の正規の道から外れ、裏街道へと駆けている。

―いつ、また、どこで彼女を捕まえようとするのか、わかったものじゃない――!!

時々、後ろを振り返りながら、アグリーはそう思っていた。

普通の人間ならまだしも彼女達は魔族だ。もしかしたら。突然背後に現れて、彼女をさらってゆくかもしれない。

来るべき戦いに先駆けて、アグリーはぎゅっと剣を握り締めた。

「?」

だが、予想外のことに何故か後ろからは追ってくる気配はない。

「くっ!」

 アグリーはぎりっと唇をかみ締めた。

 ―なら、前、前方からだろうか!

 一本道だった街道から出ると今度は四方向に道が分かれていた。アグリー達は一旦停止する。

「ど、どっちにいけばいいんだろうか?」

 アグリーは戸惑った顔を浮かべながら、思考錯誤する。ここで下手に時間をロスしている暇はない。奴らが追いついてくるのも恐らく時間の問題だろう。だが、僕もこの街の道をよく知っているわけじゃないし・・・。

―やはり、適当に進むしかないか!

 そう思った矢先、誰かがアグリーの手をぐいっと引っぱった。

「えっ?」

 突然引っぱられ、何が起こったのかわからないまま、アグリーはすっとぼけた声を出した。ふと振り返ってみると、スチアがアグリ―の手をぎゅっと握り締めたまま、先導を切って駆けて出している。

「あ、あの!」

 アグリーが困ったようにそう叫ぶが、まるで何も聞こえなかったように、スチアはそのまま、振り向きもせずに前へと進んでいた。

 そして、街の中央広場、アグリー達が最初に訪れた場所で、スチアはようやく立ち止まった。

「へえ―、ここから広場に出られるんだな」

 感心したようにアグリーは、先程通ってきた裏街道へと通じる道を、じっ―と見つめていた。

「ところで、先程の彼女達って、君の知り合いなのかな?」

 そう尋ねようとして、アグリーはハッとする。

 いつのまにか、彼女はいなくなっていた。

 そう、まるでそこには誰もいなかったように―。

「どこに行ったんだろう?」

 アグリーは顔を曇らせる。

「アグリー様―!」

「おい、アグリー!」

 振り向くと、アクアとリアクがアグリーに対して手を振っていた。

「今、行くよ!」

 そう答えた後、アグリーは一瞬、後ろを振り返った。

 スチアさん・・・か。

 彼女らに捕まったのではないといいのだけど―。

 アグリーは、両手で拳を作るとぎゅっと握り締めた。

 いや、例え、そうだったとしても、僕が彼女を助けてみせる!

 護りとおしてみせるさ!

 煮えきるような熱い勇者魂を燃やしながら、アグリーは彼らの元へと歩き始めた。




 余談だが、リアクはやっぱり何も買ってはいなかったらしい。まあ、その分を僕が購入していたから良かったわけなのだがー―。

「良くないだろうが!」

仏頂面でリアクは恨めしそうにアグリーを見続けた。

「う・・うん」

 力なくアグリーは頷く。

そうなのだ。あの戦いの時、僕は荷物を置きざりにしてきてしまったのだ。しかも、それがどこだったのかさえ覚えていない。

「お気になさらないで下さい、アグリー様」

 心配そうにアクアがアグリーの顔を覗き込む。

「くそっ――!  このままじゃ、あのくそ生意気なレークスのガキをジャッフンと言わせられないじゃないか!」

 頭をくしゃくしゃにしながら、リアクは叫んだ。不満げに激しく地団駄をドタバタと踏みまくる。

 この後、小一時間かけて、ようやく僕達は荷物を見つけることができた。

だが、まだ残っている仕事は、それこそ山のようにある。急いで仕事を終わらせようと、僕達は歩き始めた。

「また、会えるかな?」

 独り言のようにアグリーはつぶやいた。

「えっ?」

 アクアは不思議そうに首を傾げる。アグリーはフッと小さく笑った。

「いや、何でもないよ」

 先頭をさっさと歩き出しているリアクを慌てて追いかけながら、アグリーは真っ青な空を見上げていた。

 また、会えるなんてそんな確証はない。

 絶対に会えるなんて、それこそ夢のような話はありえない。時間を戻す(すべ)はないし、未来をのぞくこともできない。

 そうだとしても、と、現在から未来、未来から過去へと想いをはせ、僕は思った。



 僕達は会えたんだ―。


 ―だから、きっと、きっと、また会えるさ!



 アグリーはこみ上げてくる笑みを隠そうともせず、リアク達の後をついて行った。


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