第6章 星空の下で
「・・・・・ダイタさん、ダイタさん」
「う、う〜ん・・・なあに?」
立派な寝癖が付いた髪をかき上げながら、僕はひとつあくびをする。
心地よいさざ波の音に、優しく鼻孔をくすぐる潮の香り。
どうやら、レーブンブルクに着いたらしかった。
「やっと、着いたんだ・・・」
僕はベットからぐったりとした様子で起き上がった。
途中でラミリア王国に寄って防寒用の服を買ってきたとはいえ、さすがに、はるか北方にある大陸だけはある。すでに、時刻は夕方近くになろうとしていた。
ちなみに、フロティアさん達とは、ラミリア王国で別れたのだった。何でも、彼らは、一度、ラミリア王国にいるエレニックさんと会うことにしたらしい。う―ん。
「ここに『星のかけら』があるんだよね」
マフラーを巻き付けて、僕は桟橋に降り立った。
「はい」
その後に出てきたマジョンも、無意識のうちにマフラーを強く締める。さすがに雪国だけあって、けっこう・・・いや、かなり寒い。
「よお、ダイタ」
先に桟橋で待っていたらしいフレイが、僕らに声をかける。
「あっ、ダイタさん」
「ダイタ様〜❤」
その近くでふららさんとファミリアさんが僕達に手を振っていた。
「あの〜、ダイタ様はお聞きしましたの?」
「えっ? 何のこと??」
「『星のかけら』のことですわ❤」
「あ、それなら・・・・・」
真顔で訊くファミリアさんに、僕は少し、戸惑いを感じながらも、それに答える。
「ま、マジョンから聞いたけど・・・」
なんとなく気恥ずかしくなって、僕はファミリアさんから視線をそらした。
あの一件以来、なかなか、ファミリアさんとは目を合わせられなかったりする。
「レーブンブルクの北の雪原にあるんだろう!」
と、フレイが自慢げに言った。
「うん。 まずは、街に、レーブンブルクの街に行かないとね!」
そう言って僕が歩き始めた瞬間、突風が吹きつけてきた。
「うわあっ!?」
僕は思いっきり吹き飛ばされそうになって悲鳴をあげる。
「な、なんだ? 突然、吹雪いてきたぞ!」
突然の吹雪に、フレイは驚愕する。
細かい氷のような雪が風に乗って横殴りに僕達に襲いかかってくる。
―一体、どうなっているんだろう!?
僕達は目を丸くする。
「ふららさん、大丈夫ですか!」
「あっ、は、はい・・・・・」
フレイの言葉にふららさんは頷く。だが、そうは言いながらも、今にも飛ばされてしまいそうだ。
「と、とにかく、街に行こう!」
僕は意識を集中して身体を支えながら、街の方へと歩き始めた。
さほど大きくないが、二十軒くらいの家が立ち並ぶ街に入ると、僕にも普通の状態でないのがすぐにわかった。何故なら,民家も店も戸を閉ざし、人気は全く感じられないのだ。
「だ、誰もいないのかな?」
「いや、声が聞こえるぜ!」
フレイはくいっと街の奥を親指で指差した。
「えっ?」
僕はきょとんとする。僕には耳を澄ましてみても何も聞こえない。他のみんなも、やはり、僕と同じように、首を傾げるだけで何も聞こえていないらしい。
フレイって元盗賊団の一員だけあって、耳がいいんだな。
僕はしきりにうーん、と感心する。
僕達は吹雪にまぎれてかすかに聞こえる人の声を頼りに歩き出した。
声が漏れてきていたのは街の中心にある広場だった。その端に吹雪を避けるように数人の姿があった。
「やっぱりセルウィンに逆らうべきじゃなかったんだ!」
「この猛吹雪は、やはり、天の魔王の力なのか!」
「どうする? 逃げるか?」
深刻な表情で話し合う人々の声を聞き留めて、マジョンが声を上げた。
「セルウィン・・・!」
その声が聞こえたか、全員、僕達の方を見つめた。
「あの―、すみません」
「なんだ、あんた達は!?」
街の人達は、警戒心もあらわに、僕をにらんでくる。
「北の雪原に行きたいんですけれど,どういけばいいんですか?」
「なにぃ、あんたら、あの『北の雪原』に行くのか!」
信じられないといった顔で街の人達はジロジロと僕達を見つめてくる。僕達は次第に居心地が悪くなってきた。
「どこに行けばいいんだ! さっさと言え!!」
「ひぃぃ――!」
怒りの表情のフレイの勢いに圧されて、男は街の北側を指さした。
「こ、ここからずっと、そ、そう、丁度、まっすぐ北に向かったところにある。 だが、行かない方がいいと思うが。 猛吹雪で既に何人かが行方不明になっている」
「あ、ありがとうございます!」
僕は一礼して身を翻した。
まっすぐに北ね!
「いこ・・・うわぁ・・・!?」
そこで凍った地面に足を滑らさせて思いっきり、僕はひっくり返った。
「いたたた・・・・」
オシリをさすりながら、顔をしかめて僕は起き上がる。
「だ、大丈夫ですか! ダイタさん」
「ダイタ様!」
「は・・はは・・・・、平気・・だよ」
心配そうにしているマジョンとファミリアさんに、薄ら笑いを浮かべながら、僕は言うのだった。
「あれで大丈夫なのかね?」
街の人々は不安げに顔を曇らせて、顔を見合わせた。
吹雪が荒れ狂う雪原のど真ん中、僕達はひたすら前へと歩いていた。いや、歩かされていたにすぎない。突風が僕達の背中を押してくる。戻ろうにもこの風のせいで方向転換がきかない。
「みんな! が、がんばろう!」
僕は寒さで意識がなくなりかけているみんなを励まし続けた。
「もうすぐ、きっと・・・『星のかけら』が見つかるよ!」
「・・そ、そうですね」
マジョンが力なく頷く。
全員、ダメージがひどかった。凍傷になりかけている上、街で補充した燃料も底をつきそうになっている。
「ぼ、僕はあきらめない・・・絶対に・・・・・」
だが、既に僕も意識は朦朧としていた。僕はそれでも最後の力を振り絞って、前へと歩き始める。
(それは、あなたが私にとって大切な人だからです)
(?)
何故だか、あの時のリーティングさんの笑顔が僕の瞳に映った。頬を染めて、はにかむような笑顔を見せたリーティングさん。
雪景色――か。
――なぜだろう。
すごく懐かしく思えてくる。
どうしてなんだろうか。
僕はふと、初めて、『星のかけら』に触れた時のことを思い出していた。
あの時、見た光景もこんな雪景色だったっけ。
僕は、ははは、と苦笑する。押し寄せる睡魔と疲労と戦いながら、僕はその場に座り込んだ。
僕はこの場所を、この地を知っているのかもしれない。訪れたことがあるのかもしれない。いや、もしかしたら、ここに住んでいたのかもしれない・・な。
僕は薄れてゆく意識の中、彼女の、リーティングさんの声を聞いたような気がした。
カーニバルの音―。
今日はどうやら、お祭りらしい。
―って、えっ!?
「あれ?」
僕は気がつくと見知らぬ街に立っていた。いや、見知らぬ街ではない。あのレーブンブルクの街だ。
「あれれ? あれ?」
だが、それは、僕の知っているレーブンブルクの街ではなかった。ゴーストタウンのように静まりかえっていたはずの街は、まるで、何ごともなかったように街の人達で溢れ返っている。
それは、こことは違う別の世界へやってきてしまったのでは、と僕が錯覚してしまうほど、街は賑わいをみせていた。
「・・・どういうことなんだろうか? う、う―ん」
「あの―」
のほほんと考えごとをしていた僕に、誰かが声をかけてきた。
「へっ?」
「お待たせしてしまってすみません」
金色の髪を揺らしながら、柔和な笑顔を浮かべた女性が近づいてくるのを見た時、僕は自分の目を疑った。それは、僕のよく知っている人物だった。リーティングさんだ。でも、どうして彼女がここにいるのだろうか? それに、僕は別に彼女を待っていないし??
「あっ・・・、そうか・・・・・」
僕はポーンと手を叩く。
―これは幻覚なんだ―。
僕は、自分の脳が幻覚をつくり出しているのだと決めつけた。女神の幻だ。って、本当に彼女は女神なんだけど。
きっと、僕は、自分が死ぬという現実をうまく受け入れることができないのだろう。それか、死んでしまった僕を、リーティングさんが迎えにきたとか?
「せっかく、お誘いくださったのに、遅れてしまってすみません・・・。 ダイタさん」
今度こそ、僕は自分の正気を疑うことになった。
ぼ、僕がリーティングさんを誘った??
身の覚えのないことに、僕は頭をひたすら悩ませる。
いや、待てよ。そういえば、あの時、ターンとの戦いの時、リーティングさんは、僕のことを『マスター』って呼んでいなかったか。それなのに、今、リーティングさんは、僕のことを『ダイタさん』って呼んでいるし? あ、あれ??
「あの―」
リーティングさんは、僕の顔を覗き込んで、第一声と同じ言葉を口にした。彼女の言葉は、なぜだか、僕をひどく懐かしい気持ちにさせてくれる。
「ダイタさん、やっぱり、怒っていますよね?」
リーティングさんは、困ったような顔を浮かべ、ちらりと視線を横にやった。
「あっ、いや、そうじゃなくてね。 どうして僕はここにいるのかな・・・って思っていただけで・・・・ははは」
僕は慌てて、首を大きく横に振った。頭の反応が鈍っているのか、何を言っているのかが自分でもよく分からない。
「ど、どうしてって・・・ダイタさんがお誘いくださったことですし・・・・・」
「ははは・・・そ、そうだね」
―なぜ、ここにいるのかな?
どうしてもそのことが気になった僕は、直接、リーティングさんに質問をぶつけてみたのだが、やはり、何も分からずじまいだった。
「では、行きましょうか?」
「えっ、ど、何処へ?」
僕の腕をぐいっと組むと、リーティングさんはニコッと永久凍土の氷さえ溶かすような笑顔を向けた。
「カーニバル―。 お祭りですよ!」
「かーにばる?」
「さあ、行きましょう!」
「こっ、こっ、こっ、こっ、こっ」
笑顔の弾丸に撃ち抜かれ、僕がうまく口を動かせずにいると、リーティングさんは「ニワトリさんのまねですか?」とクスクス声を立てて本当におかしそうに笑った。
その笑顔がまたまたハートにクリティカルヒット。僕はますますしゃべれなくなってしまう。
そんな僕に笑いをおさめた彼女はにっこりと言った。
「行きましょう!」
「あっ・・・!」
リーティングさんはそう言って強引に僕の手を引いた。
柔らかった。 温かった。 ずっと握っていてほしかった。
僕はリーティングさんの手を振りほどけないでいた。
僕とリーティングさんの向かった先はカーニバル用の花で彩られていた広場だった。
「すごくきれいだね・・・」
「はい」
僕達は手をつないで広場の中央のステージに行った。夕暮れ時の日の光に照らされて、辺り一面、鮮やかな花達が咲き広がっていた。僕はそれを見て、素直に感動していた。
「さあ、踊りましょう!」
「えっ!?」
僕の手を握り締めると、リーティングさんは軽やかにステップを踏み始める。始めこそ、抵抗していた僕だったが、次第に彼女と踊るのが楽しくなってきた。
僕とリーティングさんは、同じ歌を口すさみ始める。
生まれた時から〜
二人にはずっと赤い糸が
つながっていた
生まれたのは〜
大きくて小さな希望
泣きたいよ〜
叫びさえも〜
この祈りが届かないのは
何かを見失っているから―
さよならと言えなくて
本当にごめんね
この星空に輝く小さな星
あなたのそばにいたかった
初めて歌った歌なのにどうしてだろう。僕はそれを一文字も間違わず、歌えてしまったのだ。
歌い終わると、リーティングさんは僕にニコッと軽く一礼する。僕もそれに答えるように一礼した。
「ダイタさん、次はあちらに行ってみましょうか」
「わっ、待ってー―!」
僕はリーティングさんに押されるままに、その場を後にする。
それからというものの、僕とリーティングさんは街の中を駆け回っていた。一緒に大道芸を見たり、フライドポテトやジュースを二人で分け合い、人工河の川辺で水をかけあい、息が上がるまで走り合った。僕は楽しかった。汗をかき、話をして、こうして並んで歩ける相手がいるのがすごく嬉しかった。
僕達は再び、広場の中央にあるステージに戻ってきた。
「ねえ、ダイタさん」
「えっ?」
「もらって頂けませんか?」
いつのまに持っていたのだろうか。両手いっぱいに白い花を抱えてリーティングさんが頬を染めて微笑んだ。藍色のコートと帽子が、陽の光にまばゆく照らされていた。
「スノーティルの花です」
「僕に?」
「この街では、大切な人に渡すと、ずっと、ずっと、そばにいられる―って言い伝えがあるんです」
「た、大切な人――って」
僕は意味を図りかねてあらぬ方向を向いた。耳先まで火照らしたままで。
「ダイタさんのそばにいたいです。 これからもずっと―」
リーティングさんもつやつやした頬を染めて、はにかむように微笑んだ。
「ダイタさん、大丈夫ですか!」
気がつくと、マジョンが心配そうに僕の顔を見つめていた。視線を動かすと、ふららさんやフレイ、ファミリアさん達も顔を覗かせている。
ここはどこだろうか。
どうやら、北の雪原じゃないみたいだけど
―ー。
周りを見回してみると、どうやらそこが宿屋の一室らしいということが分かった。部屋には、僕が寝かされているベット以外にも、もう一つ、ベットが設置されてある。
ひょっとして、ここってレーブンブルクの街の宿屋だろうか。
「よく無事だったよな」
フレイが独り言のようにさらりと言う。
「本当ですね」
ふららさんがフレイの言葉に頷く。
「まあ、俺の日頃の行いがいいからだろうな」
にやりとフレイは含み笑いをした。
どこがだろうか?
僕は思わず、問いかけたくなった。
「どこがですの?」
あくまで無垢な表情で聞くファミリアさんを前に、フレイは両膝と両腕を床に付け、「なにぃ!」と天を仰いで嘆いた。はっきりいって、オーバーアクションにもほどがあると思うのだが。
僕はベットから起き上がると、若干、苦笑まじりの声でフレイに訊いた。
「どうしてここにいるのかな?」
「どうして、だと!? 貴様のことが心配だったからに決まっているだろうが!」
フレイはすごい勢いで立ち上がった。そのあまりの勢いに、僕だけではなく、マジョン達も、思わず、後ろに一歩下がる。
「い、い、いや、そういう意味じゃなくて、僕達、遭難したはずなのに、どうして助かったのかな・・・と思って・・・」
僕はいささか辛らつすぎる口調で言った。
アゴの下を右手でなでながら、フレイは輝くような歯を見せてそれに答えた。
「ふっ、それはな・・・」
立ち上がるだけでは飽き足らなかったらしく、フレイは、髪をさらりとかきあげると、「たっ!」と開口一番ジャンプして、部屋のテーブルの上に直立不動の姿勢のままふわり舞い降りた。
僕は思った。いや、恐らく、フレイ以外は、きっと、思っただろう。
―テーブルは上に立つためにある家具ではない―と。
「――俺達にも分からないんだ」
僕ははあっとため息をつく。
分からないのなら、かっこつけなくてもいいと思う。
「だが、何でも美しい金色の髪の女性が俺達をここまで運んできてくれたらしい」
「えっ・・・それって」
「はい、何でも宿屋の人の話によれば、その方が私達を、このレーブンブルクの街まで運んできてくれたらしいのです」
僕の問いに、フレイの代わりにマジョンが答えた。
金色の髪の女性―。
その言葉に、一瞬、僕の脳裏にリーティングさんの顔が思い浮かんだ。
もしかしたら――。
「それに、これを私達に渡してほしいと宿屋の人が頼まれたそうです」
「これって―ー」
『はい、『星のかけら』です」
僕は戸惑いながらもそれをマジョンから恐る恐る受け取る。
「あれ? あれれ?」
いつもなら僕が『星のかけら』に触れた途端、何らかの記憶の光景が見れるはずだ。だが、今回は僕が触れても何の変化もない。
う―ん、どうしてなんだろう。
思わず、僕は首を傾げまくる。
「あっ!」
僕はそこで一つの可能性に気づき、ハッと口を押さえた。
もしかして、遭難した時に僕が見た夢ってこの『星のかけら』がみせた光景なんじゃ!?
「どうかしたのですか? ダイタさん」
「あっ、いや、今回は何も見えないな―と思って・・・・・」
マジョンはそれを訊いて思わず首を傾げる。
「そ・・そうなのですか?」
「う、うん」
僕が困ったように頭をかいていると、すかさず、フレイが一言、口をはさんできた。
「ニセモノじゃないのか。 そう簡単に見ず知らずの奴に『星のかけら』を渡すわけないだろうしな!」
「きっと、そうですわ!」
フレイの言葉に後押しするように、ファミリアさんは言う。
見ず知らずじゃないんだけど―ね。
「・・・でも、本当によかったですね。 吹雪がやんで・・・・・」
「えっ!?」
ふららさんにそう言われて、僕はやっと窓の方を見つめた。そして驚愕する。
「吹雪が収まっている・・・?」
あれほど吹きすさんでいた風が途絶え、雪も止み、空を厚く覆っていた雲も上空の風に押し流されたかのように消えていた。街には、青く晴れわたった空が顔を出している。
「はい、私達が気がついた時には、すでに、吹雪だったのが嘘だったかのように晴れ晴れとした空模様になっていました」
律儀に、マジョンが僕にそう教えてくれた。
「もしかしたら、夢月の女神のご加護かもしれませんね」
僕は、マジョンの言葉を聞いて、ドキンと胸を高鳴らせる。マジョンは目を見張って僕を真っ直ぐに見つめた後、ニコリと微笑んだ。
「そうだね」
と、僕は小さくつぶやいた。そして、透きとおった空を見上げる。
――リーティングさん、有難う――。
片手を胸に当てて願うように僕は思った。
届かないかもしれない。
届くことはないのかもしれない。
でも、僕は思った。
――そして、約束するよ。 君が僕を守ってくれているように、僕も君を守るから。 必ず守ってみせるから―ー。
―その夜、僕達は、街で開催されていたカーニバルを楽しんだ。
夜空に花開く花火を見たり、射的をしていた時、誤って的外れな場所に飛んでいった矢が人に当たったり(冷汗)、すごく綺麗なパレードを見たり、と僕の胸は休む暇もなくドキドキさせられぱなしだった。
「すごく綺麗ですね」
「うん」
マジョンは僕を見た。真っ直ぐな透きとおったスカイブルーの瞳――視線が合うと、僕は一瞬、恥ずかしくなって目をそむけてしまった。マジョンの顔がフッと優しく微笑んだ。
「あっ、えっと・・・」
僕が言葉を詰まらせていると、僕の耳に聞き覚えのある声がした。どこからかかすかな声が聞こえてくる。街ではない。雪原の方だ。声はメロディを伴っている。
生まれた時から〜
二人にはずっと赤い糸が
つながっていた
生まれたのは〜
大きくて小さな希望
泣きたいよ〜
叫びさえも〜
この祈りが届かないのは
何かを見失っているから―
さよならと言えなくて
本当にごめんね
この星空に輝く小さな星
あなたのそばにいたかった
清流のような美しい旋律だった。
「歌? 誰かが歌っているのでしょうか」
マジョンは目を丸くして僕を見た。僕も驚いた表情でマジョンを見つめた。
僕はこの歌を知っていた。いや、ついこの間、リーティングさんと一緒に歌ったばかりの曲だ。
「もしかして―ー!」
僕は、いてもたってもいられなくなって、その場から走り出していた。
「ダイタさん!」
マジョンも慌てて僕を追いかける。
―リーティングさんにもう一度、会いたかった。
もう一度、会って伝えたかった。
――僕達を助けてくれて有難うー―と。
――そして、あの時の想いをー―。
――僕の想いをー―。
だけども、僕達が訪れた時には、そこには誰もいなかった。
「はあはあ・・・・・」
僕は大きく息を切らしながら、ガクッと肩を落とした。そんな僕にマジョンは諭すようにつぶやいた。
「想いの強さはカタチになります。 きっと・・・・・・」
マジョンは僕を見つめた。その眼差しは自愛に満ちている。
「だから、ダイタさんが、夢月の女神様に、リーティング様に会いたいと思っている限り、きっと会えます」
マジョンの言葉に、虚をつかれたように僕は目を丸くする。それから納得したように頷いた。
「そうだね! そうだよね!」
「はい!」
僕はマジョンに笑みを向けた。そして、レーブンブルクの街の方を見つめる。
カーニバルの光がほのかに街を照らしていた。それはまるで、僕の心を先程までの深刻な気持ちから温かな気持ちにさせてくれる希望の光のように思えた。
そんな街が見渡せる絶好の位置に一輪の白い花が咲いていた。
僕は、あっ、とつぶやく。
マジョンは笑みを浮かべて、はにかむように笑った。
「星の灯のようですね」
僕はそれに応えるように、コクンと頷いてみせた。
僕達の近くで、スノーティルの花が優しく風で揺れていた。
次回はレークス達の話です。




