第23章 その青い空の下2
「レークスさん!ティナーさん!大変です!」
城のバルコニーで語り合っていたレークスとティナーを呼ぶ声がした。ふと耳を傾けてみると、それはアグリー達のようだ。
「ゆ、夢の女神様が、リーティング様が、お二人にお話があるらしいんです!」
「えっ・・・・・?リ、リーティングさんが!」
ティナーは驚いて目を丸くして声を上げた。
「リーティングって、貴様の知り合いのあの女神か?」
「うん!驚いた?」
「うむ。驚いたな」
めずらしく素直に嬉しそうな顔をしたレークスに、ティナーは警戒感をあらわにした。
「あれ?めずらしいよね・・・・・。レー兄がそう言うなんて」
「まあ、一度、会ってみたいとは思っていたからな」
「そうなんだ!」
アグリー達に手を振りながら、ティナーはレークスにとびっきりの笑顔を向けた。
リーティングさんに久しぶりに会えるのもすごく嬉しい・・・・・。
でもそれと同時に、レー兄の口からぽろりと、「会ってみたかった」という言葉が出たのが嬉しかったから・・・・・。
「ただ、それだけだからな」
いぶかしげにレークスが唸る。
「うんうん!」
ティナーは満足げに笑みを浮かべて、何度も何度も頷いた。
いまいち信じられないという顔になりながらも、レークスはとりあえず話題を変えた。
「で、その女神とやらはどこにいる?」
眉をひそめたレークスを気丈に見上げ、アグリーは片手を高々と打ち上げた。
「そちらに案内しましたが?」
「なにぃ!?」
「ええっ!」
語尾の違いはあるものの、レークスとティナーは思いっきり声を合わせていた。
「それにしては、まだいないみたいだが?」
レークスはうつむき、そして反論した。
「そうかしら?」
背後からのくすっと言う笑い声に、レークスは思わず顔をしかめた。
「リーティングさぁぁぁぁぁんっ!」
「テ、ティナー・・・・・ちゃん・・・・・!」
振り返ると、そこには金色の髪の女性−−リーティングが慈愛に満ちた微笑を浮かべて立っていた。
ティナーは以前、一緒に暮らしていた時と同じように、彼女のもとへと転がるように走っていった。
以前、離れ離れになってしまった魔王城での出来事もあって、リーティングは顔をうつむかせて気まずそうにしていたのだが、ティナーには全く気まずさは感じられない。普通の接し方だった。
「リーティングさん、どうして・・・・・」
「ティナーちゃんに会いたかったから、じゃだめかしら?」
「ううん!また、会えて嬉しいよ!」
ティナーは瞳を潤ませて微笑んだ。
「で、こいつが夢月の女神なのか?」
「兄さん!」
「リアク!」
リアクとアクアとスチアを引き連れ、アグリーがのっそりと現れた。
「うん!紹介するね。この人がリーティングさん。私のお姉さんみたいな人だよ。あのね、リーティングさん。こっちがレー兄だよ!」
「おい、俺様達の紹介はないのかよ!」
渋い顔で、リアクがリーティングをじろじろと観察した。何だか、普段より余計にいらだたしげだ。やはり、無視されたことが気に食わないのだろう。
あまりにもぶしつけで失礼ではと、アグリーとアクアとスチアの三人は顔を青ざめたが、幸い、リーティングに気を悪くした様子はなかった。
「ところで、ティナーちゃん」
リーティングはそうつぶやくと、ティナーの背後でぶすっとした顔をしているレークスを見つめた。
「レーナティは・・・・・生きていたの・・・・・?」
リーティングは戸惑いの表情のまま、そうつぶやいた。意味ありげにレークスを見る。
リーティングは喜びのあまり、言葉が出なかった。
ティナーと再会できたことだけでも嬉しいというのに、死んだと思っていたレーナティが生きていたのだ。
言葉なんて見つかるわけがなかった。こんな時、一体、どんな言葉が見つかるというのだろう?
「レーナティさん・・・・・、生きて・・・・・生きていてくれたのですね。私、わ−−」
リーティングはそこで言葉を詰まらせる。
代わりに小さく微笑んで、彼を優しく抱きしめた。
「あなたが生きていてくれてよかった・・・・・」
リーティングは顔を伏せると、目を閉じて再び微笑んだ。
しばらくバツが悪そうにそれを見つめていたレークスだったが、意を決したかのように告げた。
「・・・・・勘違いするな。俺は地の魔王、レークス=エンタシス様だ!」
「ああっ!」とティナーがうめいたような気がしたが、空耳だろう。
「レークス・・・・・さん・・・・・?」
「そういうことだ」
リーティングとレークスが、しばらく視線を合わせる。
リーティングとティナーは顔を見合わせ、小首を傾げた。
大丈夫だよ、というようにティナーはこくんと頷いてみせた。
リーティングはティナーに微笑みかけ、それからレークスの手をとった。
「・・・・・そうなのね」
「ああ」
満足げにそう答えたレークスの顔を、リーティングは熱い視線で見つめた。
「あなたがレミィさんが探していたレーナティさんに似ている人なのね」
リーティングの真面目な問い返しに、レークスだけではなくティナーやアグリー達も目を丸くして驚いた。
「レミィラン様のことを知っているのか?」
「ええ・・・・・」
アグリーの問いに、リーティングは小さく頷いてみせた。
そして、逆にレークスに問い返す。
「あなたも知っていますよね?」
「ああ」
リーティングの言葉に頷き、レークスはばしっとリーティングに言い放った。
「だが、あの空間で出会って以来、会ってはいないがな」
「レー兄、行き方、分からなくなっちゃったんだもんね!」
えへへと笑いながら、ティナーは言った。
その途端、レークスはみるみる顔を真っ赤に染めた。
「よ、余計なことを言うな!」
「でもでも、本当のことだもん!」
・・・・・まるで、レーナティさんとティナーちゃんの言い合いみたい。
怒ったり泣いたり笑ったりと以前と変わらぬ表情を見せるティナー。
そして、レーナティよりは背は低いけれど、彼と一遍も変わらぬ表情を見せるレークス。
リーティングは急に懐かしさがこみ上げてきて、大きな瞳をうるうると潤ませた。
「レーナティさん、今度こそ、私が守ってみせます・・・・・!」
その唐突な行動に驚いたのか、レークスとティナーは言い合いをやめた。
「だから、俺はレークスだと−−」
「はい、わかっています・・・・・。あなたがレーナティさんとは違う別の方だって・・・・・。でも、それでも、あなたがレーナティさんに似ているのは確かなんです!私が守りたかったレーナティさんに!」
レークスの言葉をさえぎって、リーティングは真意の眼差しでレークスを見つめた。
「だから、今度こそ守りたいんです!あなたを!・・・・・それが、レミィさんの願いだから・・・・・!」
レークスはぽかんと口を開けた。
リーティングは日だまりのような笑みを浮かべて目を閉じると、両手を胸に当てた。
レーナティさんに似ているけれど、やっぱりどこか違う感じの人・・・・・。
でもやっぱり、レーナティさんの側にいるみたいな感じです・・・・・。
あの時、レーナティさんを守ることができなかったけれど、今度は守ってみせます−−。
あなたを−−、レークスさんを−−。
そしてレミィさん、あなたが愛したこの人を、私が愛したレーナティさんに似ているこの人を−−。
不意に、リーティングは何かの衝動にかられた。自分の心の水面から何かが浮上してくるのをはっきりと感じた。
リーティングは少し顔を曇らせて、ちらりとティナーを見た。
ティナーはそれに気づくと、何かを察したかのように輝くような笑顔を浮かべた。
「リーティングさんも、ずっと一緒にここにいよう!」
「は、はい!」
リーティングもそれに応えるかのように、にこっと自然な様子で微笑んだ。
辺りが和やかな雰囲気に包まれる中、リアクだけが陰険な目つきでレークス達を見つめていた。いや、リアクだけではない。アグリーとアクア、そしてスチアも呆然としたまま、その光景を傍観しているに過ぎなかった。
「・・・・・・・・・・おい、アグリー。この状況はまさか、俺様達の存在を忘れられているのではないか?」
いぶかしげな顔のまま、リアクはうーんと唸る。
「・・・・・多分、忘れられていると思うのですが」
それを聞いて、アクアは悲しげに溜息をついた。
「う、うん・・・・・」
その言葉に、アグリーは力なく同意する。
「・・・・・パーティーはどうなったんだろうか?」
「そ、そうですよね・・・・・」
悲しげにそうつぶやくアグリーに、スチアは困ったように苦笑する。
「・・・・・・・・・・」
リアクはじっと何事か考えた後、ぽんと手を叩く。その口元には、にやりと愉快そうな笑みが浮かんでいた。
そして−−。
「よし、こうなったら、俺様を祝う祭りの続きをするか!」
言うが早いか、リアクは上機嫌で城の外へと向かい始める。
「ちょ、ちょっと、それはまずいんじゃ・・・・・」
目を丸くしたスチアの前に、アグリーが大慌てで割って入る。アグリー達にとっても、それはあまりに思いがけないことだったのだろう。その表情はスチアから窺い知ることはできないが、少し慌てているようだった。
「あ、あの・・・・・、何か特別なお祭りなのでしょうか?」
スチアはまだ首を傾げていた。
だからこそ、失礼だとはわかっていても、スチアはそう聞かずにはいられなかったのだろう。
「あっ・・・・・ごめんなさい。な・・・・・、何でもないんです!気にしないで下さい・・・・・!」
アグリーの代わりにアクアは悲しげにそう答えると、アグリー達の後を追って城の外へと向かった。
「えっと・・・・・?」
−−一緒に行った方がいいのでしょうか・・・・・?
スチアは人差し指を口元に近づけて、不思議そうに首を傾げた。
そして少し遅れるカタチで、スチアはアグリー達の後を追いかけ始めた。
それからまもなくして、リアクが再び開いたパレードの続きは順調に進行していった。
プログラムは『リアク様を称える歌』(もちろん、リアクの独唱)、その次は『リアク様を称える演説』(当然、リアクの独断の話)、さらにその次には−−とプログラムは目白押しだ。
明らかにリアクのためにある、リアクのためのお祭りだった。
そこへ怒りの表情のレークスが、ドカドカと割り込んできた。
リアクの表情が目に見えて凍りついた。
「何をやっているのだ!」
こめかみをピクピクさせながら、レークスは問いただす。
「いや、あの・・・・・」
「言い訳など聞かん!」
レークスは左足をだんっと前に出す。
「く、くそっ!こうなったら、俺様の本当の実力を見せつけてやる!行くぞ、スーパーギャレッ−−」
「遅い!」
「ぐわぁぁっ!」
ずがべし〜ん!とばかりに、レークスの放った炎の玉によって、リアクは勢いよく空へとぶっ飛んだ。そのまま雲を突き破り、宇宙の塵へと消えていった。
どうやら、彼は本当のお星様になってしまったらしい。
「リアク!」
「リアク兄さん!」
「リアクさん!」
慌ててアグリー達は、リアクを追いかけ始める。
「レー兄、やったね」
「ふん、当然の結果だ!」
嬉しそうにバルコニーから手を振るティナーを見て、威厳溢れる声でレークスはそう叫び返した。
「すごいですね!」
リーティングはにこっと微笑んでみせた。
「・・・・・・・・・・」
腕を組み、レークスはあらぬ方向に向いた。耳先まで火照らせたままで。
「あっ!レー兄、照れているんだね」
ティナーは苦笑まじりに、レークスに視線を送った。
途端、レークスは顔をしかめ、言葉を詰まらせる。
「そ、そんなはずないだろうが・・・・・!」
「えへへ・・・・・」
ティナーもつやつやした頬を染めて、はにかむように笑った。
その後、城のバルコニーの上で、リーティングはティナーとともに夜空を見上げていた。
時刻はもう夜だった。空を見上げても夕暮れの太陽は見当たらず、その代わり、三日月の月が彼女らの営みを見下ろしていた。
「ねえ、リーティングさん・・・・・」
微かに微笑みながら、ティナーはつぶやくように言った。
そして、リーティングの右袖を握りしめるとそっと寄りそった。
「・・・・・一緒にいてね。これからは」
リーティングはハッとする。
ドクンッ!と彼女の心臓が大きく胸をノックした。
「レー兄とリーティングさんと私と、あとアグリーさん達で・・・・・、ずっと一緒にいようね!」
ティナーは身じろぎもせず、きっぱりと言い放った。
「・・・・・うん」
だいぶ間があいてから、リーティングは言った。
「うん。私もね、ずっとそうなったらいいなと思っていたの」
リーティングは噛みしめるようにつぶやき、頷き、しかしまたすぐに顔を上げた。そしてまた、日だまりのような笑みをティナーに向けた。
「よかった・・・・・。じゃあ、これからはずぅっ−−とずぅっ−−と、一緒にいられるんだね!」
ティナーはそう言って、にこっと微笑んでみせた。
つられて、リーティングもくすっと笑う。
「えへへ!これからもよろしくね!リーティングさん」
ティナーはそう言って、満面の笑顔で笑った。
その笑顔を、リーティングは心からいとおしいと思った。
嬉しい。
夢だったから。
ずっと、ずっと・・・・・。
両手をつないでくれる人が−−。
側にいてくれる人がいることが−−。
ずっとずっと前から。
「・・・・・・・・・・ありがとう、ティナー」
リーティングは隣にいる少女に、ぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で呼びかけた。
「うん・・・・・」
声はティナーに届いた。目を閉じて、小さく頷く。
レーナティさん、今まで守ってくれてありがとう。
大好きです・・・・・!
今までも、そしてこれからもずっと・・・・・!
今回で完結です。
この後の話が『ライム・ア・ライト2』の話だったりします。順番が違っていたりしてすみません
最初に短くなります、と書いていましたが、実際は最後まで載せてしまいました
そのため、長いお話になってしまいましたが、ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。