第22章 その青い空の下
「本当に行くの?」
スチアがそう尋ねる。
メリアプールは黙って頷いた。
あれから、丸一日が過ぎている。魔王城から地の魔王の城に戻ってきてすぐ、メリアプールはスチアにスタンレチア家に戻ることを告げた。
「メルはここには残らないの?もし、いいのなら留まってほしいんだけど・・・・・」
「俺もできればそうしたいけれどね」
メリアプールは本心から笑みを浮かべる。
だけど−−。
「でも、俺は−−俺達は、別にしたいことがあるから」
メリアプールは笑ってごまかした。
そう、だけど−−スチアと彼の距離が縮まっていくのを、このまま見ているのはつらいから・・・・・。
「じゃあな」
「またね、スチアちゃん!」
メリアプールとフロティアは、魔法陣に歩み寄った。
レークスがメリアプール達のために造り出した魔法陣だ。これを通れば、一瞬でスタンレチア家に戻れるらしい。
最後に、メリアプールはスチアに振り返る。
「アグリーさんと仲良くな」
「ええっ?で、でも、まだ私、アグリーさんのこと、よく知らないし・・・・・」
その言葉に、思わずスチアは戸惑う。
メリアプールは苦笑しながら言った。
「これから知っていけばいいさ」
「・・・・・うん」
スチアが頬を桜色に染めて頷くのを見て、メリアプールは魔法陣に視線を落とす。
魔法陣に触れれば、スタンレチア家に戻れるのだ。同時にスチアとも別れる。
そういえば、まだアグリーさん達に別れも告げていなかったな。
そう思うと、足が動かない。
誰か、背中を押してほしい!
メリアプールは真剣にそう思った。
そうすれば、不可抗力だ。
他人のせいにできるじゃないか。
でも、それじゃだめだろう?
メリアプールは深呼吸して、魔法陣を睨みつけた。
−−さようなら、スチア。そしてアグリーさん達。
メリアプールは心の中でつぶやく。
そして、力を込めて足を踏み出した。
次の瞬間、メリアプールは何事もなかったように、スタンレチア家の正門の前に立っていた。
見覚えのある白亜の門。だけど今は、何だかとても懐かしい気がした。
それを見たメリアプールは、思わず声を詰まらせた。
「スチア・・・・・」
スチアと一緒に過ごした昔の出来事を思い出したのか、メリアプールは少し照れくさそうに頭をかいた。
「君の幸せが俺の幸せだ・・・・・」
つぶやくと、不意にメリアプールの目頭に熱いものがこみ上げてきた。
「メリくん・・・・・」
メリアプールが振り返ると、そこにはフロティアが立っていた。
メリアプールの顔を一目見て、怪訝な顔をする。
「大丈夫・・・・・?」
フロティアはメリアプールの横に並ぶと、子供にするように彼の頭をなでた。
普段なら、いつものメリアプールなら、その手を払いのけたはずだ。だが今は、その気力すらもない。
「泣いているよ?」
フロティアに言われて初めて、メリアプールは自分が涙を流しているのに気づいた。
慌てて、メリアプールは顔に手をやる。自分でも信じられないほどの涙が流れていた。
「よかったの・・・・・?」
「ああ」
メリアプールはそう言って、無理に笑おうとして失敗した。
「元気出してよ!メリくん」
メリアプールの肩を叩くと、フロティアはとびっきりの笑顔を彼に向けた。
「フロティア、おまえ、いい奴だったんだな」
メリアプールは頭をかきながら、そうボソリとつぶやいた。
フロティアが励ましてくれたことは、彼にとってはすごく意外なことだった。
すると、フロティアはにこっと笑って。
「私は昔からそうだよ。エレニックと初めて出会った時も−−それ以前も、ね」
フロティアはめずらしく、メリアプールの兄、エレニックのことを『ダーリン』ではなく名前で呼んだ。
メリアプールは意味をつかみそこねて、フロティアに聞き返そうとすると、すでに彼女は門を押し開けて中へと入っていた。
「私はメリくんのこと、好きだよ!大切な家族だもの!」
フロティアはそう叫ぶと、屋敷へと向かっていった。
「俺はあれだけ嫌いって言ったのにな」
情けない苦笑を浮かべ、メリアプールは空を見上げた。
もう一度、一から始めるか。
メリアプールは拳を握りしめ、フロティアの後を追った。
その頃、地の魔王の城ではお祭りが開かれていた。とは言っても、今回の主催者はレークスやティナーではない。
お祭りの正式名称は、『バンザイ!そしてありがとう!!リアク様、魔王討伐記念フェスティバル!!!』
その名の通り、リアクが魔王を討伐したことを祝うお祭りだ。おめでとうとかありがとうとかついているけれど、祭りの命名者も主催者もリアク自身だったりする。
でも実際のところ、リアクは魔王を討伐などしていないし、最初にスチアの攻撃でやられてしまったのもリアクである。
で、もちろんアグリーとアクアも、その仲間としてリアクと一緒に、そのお祭りのメインの出し物であるパレードに参加しているわけだ。
二人を乗せた人力車を必死になってひきながら(誰もひいてはくれなかったため(汗))、いつものように勝ち誇った口調で、リアクはアグリー達に言った。
「はぁ〜っはっはっはっはっ!見ろ見ろ、アグリー!アクア!みな、俺様を尊敬と感謝の眼差しで見上げて手を振っているぞ!誰もが俺様が勝ったことを喜んでいるのだ!!」
まさに我田引水の見本のような台詞を吐くリアクに呆れて、アグリーはぽりぽりと頭をかいた。
「・・・・・何言っているんだよ、リアク。どう見ても、誰もが軽蔑と哀れみの眼差しで見上げているとしか思えないだろう・・・・・」
「はい・・・・・」
と、アクアもすかさず言葉を挟む。
「それに兄さんは、いつも何もしていないと思うのですが・・・・・」
そう告げても、まだ高笑いを続けているリアクを見て、アクアはげんなりとした表情をみせた。
−−これ以上、兄さんに何を言っても無駄なのですよね−−。
意気消沈したまま、アクアは悲しげにそう思った。
アクアがそうしみじみと感じている間に、リアクは自慢げにニコニコしながら、昨日の戦いの説明をし始めた。
「まず、最強勇者である俺様が奴に剣を振り落とした。すると、奴は俺様の剣技を見て怯んだのだろうな。俺様との距離を保とうとしたのだ。まあ、その隙を見逃す俺様ではない。素早く間合いを詰めて、奴にとどめを刺してやったのだ!!!」
リアクは力強く拳を握りしめて、自分で自分の言葉に感嘆した。
そんないい加減な自己解釈をし始めたリアクを見て、アグリーとアクアは思わず、げんなりとして無気力状態に陥ってしまった。
なおも自分の全く有り得なかった戦いっぷりと勝利を語り続けるリアクをよそに、アグリーとアクアは放心状態で呆けたように口を半開きにしながら、人力車に乗った姿勢そのままに座っていた。
「・・・・・おい、貴様ら」
声がして視線を動かすと、レークスが立っていた。レークスの背後からは、ティナーも顔をのぞかせていた。
「これは一体、何の騒ぎだ」
え−−と、今がどういう状況って・・・・・?
首を傾げたアグリーの目に、地面に転がったプラカードが目に入った。
『リアク様、魔王討伐おめでとう!!』
ああ、そうだった。
僕らはパレードの真っ最中だった。
って!
レークスさんが来ているじゃないか!
状況を思い出したのは、アグリーだけではなかった。アクアも、そして当の主催者のリアクも、「・・・・・レ、レークスさん!?」、「なにぃ!?」といっせいに騒ぎ出した。
「誰の許可を得て、騒いでいると聞いているのだ!」
「俺様だろうな!」
きっぱりとそう言い放ったリアクを見て、レークスの手がわなわなと怒りで震える。
それを見たアグリーが慌ててそれに答えた。
「えっ・・・・・えっと・・・・・、スチアさんの歓迎パーティーをしていなかったので、それの準備です・・・・・!」
明らかに怪しいプラカードを背中で隠しながら、アグリーは言った。
「まあ、いい・・・・・。ならば、そのことをティナーに伝えるか。あいつはそういうことだけは、好きだからな」
一瞬、いぶかしげに眉を寄せたレークスだったが、それ以上は追求せず、その場から立ち去っていった。
どうやら、危機は切り抜けた。
苛立つリアクに肘で小突かれつつ、アグリーはそっと安堵の息をもらした。
でもその時、アグリーはやっとある事に気がついた。
「・・・・・あっ!」
「くそっ!どうするんだ!?」
仏頂面で、リアクは恨めしそうにアグリーを見続けた。
「う・・・・・うん」
力なくアグリーは頷く。
そうなのだ。成り行きとはいえ、パーティーの準備を自分達ですると言ったも同然なのだ。
アグリーはちらりとと、背中のプラカードに目をやった。もちろん、プラカードはこれだけではない。他にもプラカードやリアクをたたえる帯は、あちらこちらにかけられているのだ。
「お気になさらないで下さい、アグリー様」
心配そうに、アクアがアグリーの顔を覗き込む。
「そうだぞ!アグリー!これで奴らの鼻をあかせるではないか!いや、きっとそうだ!そうに決まっている!」
気づかなかった、とばかりにリアクは人力車を引くのをやめ、そのまま飛び出した。
そんな彼に、アクアは冷たい視線で突っ込む。
「兄さん、それはないんじゃ・・・・・」
「行くぞ、アグリー!アクア!レークスのガキが俺様達を待ち望んでいるんだ、急ぐぞ!」
「もう、兄さん・・・・・たら・・・・・」
そう止めに入るアクアだったが、それ以上は何も言わなかった。
これ以上、兄に何を言っても無駄なのはさすがに分かっていたし、彼女自身もアグリーのことが心配でたまらなかったからだ。
いつか、平穏な日々は来るのでしょうか・・・・・。
暴走気味の兄とは裏目に、彼女はそっと天に祈りを捧げた。
「何とかアグリーさん達、パーティーの準備、し終えたみたいだね!レー兄!」
「何だ!?突然!」
先程までアグリー達の様子を見に行っていたティナーが、くすっと思い出し笑いをした。城のバルコニーの上でたんたんっと足を踏み鳴らしながら、レークスは顔をしかめる。
「レー兄、今回は何だかんだ言って、アグリーさん達のお手伝いしていたよね?」
「そんなものは忘れろ!」
レークスはぼうっと頬を火照らせた状態で怒鳴る。
「えへへ〜」
はにかんだ笑顔を見せながら、ティナーは思った。
−−やっぱり、レー兄はレー兄だよね−−。
例え、私の知らないレー兄の過去があっても、私が知っているのは今のレー兄だもん−−!
それで充分だよ!
幸せそうに、ティナーは胸を膨らませた。
次回で完結します。