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第21章 海を仰ぐ

今回からレークス達の話です。

思い出すのは、陽光に揺れる桜色の長い髪。

耳をくすぐる笑い声。

くるくるとよく動く大きな瞳。

お気に入りだという場所に連れて行くと、お礼に頬にキスをしてくれた。

両手に抱えるほどの花束が大好きだと微笑む。

可愛くて、誰よりも綺麗だと思っていた。



胸を突く小さな痛みは、メリアプールを幾度も目覚めさせる。

夜の時間はとても長く、夢の最後を繰り返し思い返すのにいくらでも時間があった。

「・・・・・スチア」

小さなつぶやきは誰にも聞こえない。

メリアプールはそっと胸を押さえる。

何度も見る夢の中の少女は、一体いつになったら自分に笑いかけてくれるのだろう。


もう、泣き顔なんて見たくないのに−−。





「やっと、ついた−−」

城を目の前にして、ティナーは滝のような汗をかきながら溜息をついた。

「うーん。やっぱり、魔王の城のことなんて正確にはよく分からないんだよな・・・・・」

ここまで手にしてきた地図を皮袋にしまうと、アグリーは城を見た。

白い尖塔せんとうが幾つもそそり立ち、屋根には旗が風にたなびいている。周りを白い城壁が取り巻き、広さもかなりのものだ。

「やっぱり、何度見てもすごいお城だね」

城を目の前にして、ティナーは感嘆の声をあげた。

しばらくぼっーと城を見つめていたティナーだったが、すぐにレークスの方を振り向いて訊いた。

「これからどうするの?レー兄」

「ここで待つに決まっているだろうが!」

「えっ・・・・・?」

この辺り一帯に響き渡る大音量の一喝が、一瞬にしてアグリー達を静まり返らせた。

どうにか落ち着きを取り戻したアグリーは、恐る恐る一人ふんぞり返っているレークスに質問した。

「あの−、レークスさん?」

「なんだ!」

と、不機嫌そうにレークスは答えた。

「もしかして、一緒には来てくれないのでしょうか?」

「当たり前だ!」

またまた、レークスの怒声がこの辺り一帯に響き渡った。

「−−今、行かないと聞こえた気がするが。うーむ。まさか俺様の耳の錯覚とか、勘違いとかではないだろうな」

「そんなわけないでしょう。兄さん」

それを聞いて、アクアは恨めしそうにリアクを見つめた。

「ええっ−−!!行かないの?レー兄」

目を丸くしたアグリーの前に、ティナーが割って入る。彼女にとっても、あまりに思いがけないことだったのだろう。その表情は、アグリーからは窺い知ることはできなかったが、少し慌てているようだった。

「い、いや、それはちょっとこま−−」

動揺しまくるアグリーの言葉とかぶさって、レークスは声を荒げた。

「ここで待つ!あとは貴様らの好きにしろ!」

レークスはそう言い放つと、憤然とした態度で魔王城を立ち去っていった。

「レークスさんって、どうしていつもあんな風なのでしょうか?」

アクアは手を顎に触れると、はあっと溜息をついた。

それを訊いたリアクが呆れたように非難じみた声を上げる。

「あいつはいつも、ああだろうが!」

リアクは興奮さめやらぬ顔でムッとする。

「で、でも−−」

「そんなことないよ!」

否定しようとしたアグリーの言葉をさえぎって、ティナーははにかんだ笑顔をアグリー達に向けた。意味ありげににこにこと笑みを浮かべる。

「どういう意味なのでしょうか?」

「うーん、とね」

アクアの質問に、ティナーは頭を悩まし、人差し指を立てながら答えた。

「あれは一種の照れ隠しだよ!レー兄の」

「・・・・・照れ隠し、ですか?」

「アグリーさん達を信頼して、あとは任せるってことだと思うよ!きっと!」

それだけ言ってとびっきりの笑顔をアグリー達に向けると、ティナーはレークスの後を追ってバタバタと駆けていった。

「どういう意味なのでしょうか?」

アクアは人差し指を立てて、不思議そうに首を傾げる。

「決まっているだろう!」

ふふん、とせせら笑うリアク。

「大方、魔王に怖気おじけづいて逃げ出したというところだろうが!」

「・・・・・それは違うと思うのですが」

悲しげに、アクアはぼそりとつぶやいた。

魔王よりはるかに巨大な力を持つ地の魔王が、魔王と聞いて逃げ出すのは確かにおかしいことだろう。

だが、当のリアクはそれには気がつかずに、フンと鼻で笑っていた。

「と、とにかくっ!」

アグリーは半ばヤケになって叫んだ。

自分を鼓舞するため、力強く拳を握り締める。

「僕達だけでスチアさんを救い出そう!」

「は、はい・・・・・」

アグリーの言葉に、アクアはちょっとうろたえながらも同意する。

私達だけで、スチアさんを救い出せるのでしょうか−−。

そんな思いが一瞬、アクアの心に過ぎったからだ。

「面白い!それなら俺様が一番に魔王を倒して、あのくそ生意気なレークスのガキをジャッフンといわせてやる!」

ビシッと指を突きつけ、リアクはフッと笑うと、早々とアグリー達に背を向けて始めた。

「はあ〜」

残されたアグリーとアクアは、呆れた顔で溜息を漏らした。そして魔王城へと入っていくリアクを、ただ、ただ、呆然と見つめていた。まるで彼らは虚を突かれたように言葉を失っていた。いや、言えなかったのだろうか?

それからしばらくしてから、アグリーがやっと口を開いた。

「な、なあ、アクア。僕達は魔王を倒しにきたんじゃなくて、スチアさんを助けにきたはずだよな?」

「そ、そうですよね・・・・・?」

顔を青ざめながら、アクアは答えた。

そうなのだ。

アグリー達は確かにリアクに驚かされていた。いや多分、この場にレークスがいたとしても、きっと驚かされていただろう。

彼らは思った。

魔王を倒しにきたのではない−−と。


「く、くそ・・・・・!」

魔王城の城内を歩きながら、リアクはうめいた。

リアクはやっぱり速攻で迷ってしまったらしい。まあ、僕達がすぐにリアクを見つけたから良かったわけなのだが−−。

「良くないだろうが!」

仏帳面で、リアクは恨めしそうにアグリーを見続けた。

「う・・・・・うん」

力なくアグリーは頷く。

そうなのだ。リアクを追って魔王城に入った後、僕達もリアク同様、迷ってしまったのだ。しかも入り口がどこだったのかさえわからない。

「お気になさらないで下さい、アグリー様」心配そうに、アクアがアグリーの顔を覗き込む。

「くそ−−!このままじゃ、あのくそ生意気なレークスのガキをジャッフンと言わせられないじゃないか!」

頭をくしゃくしゃにしながら、リアクは叫んだ。不満げに激しく地団駄をドタバタと踏みまくる。

「とにかく、先に進みませんか?」

「そ、そうだな!」

アクアの言葉に勇気づけられ、アグリーは力強くそう答えた。

そしてアグリー達は再び、城の奥へと歩き始める。やがて彼らの目の前に、仰々しい扉が姿を現した。

「ここにグレイスが−−、そしてスチアさんがいるんだな」

感慨深げに、アグリーはつぶやいた。

そしてアグリーは、背後で何やらぶつぶつとつぶやいているリアクの言葉に耳をすました。

「ここに魔王がいるんだな!ふっ、つま−り、俺様の、最強勇者である俺様の出番だということだ!!!」

リアクは力強く拳を握り締めて、自分で自分の言葉に感嘆した。

そんなリアクを見て、アクアはげんなりとした表情をみせた。

−−兄さんの出番は一生ないと思うのですが−−。

意気消沈したまま、アクアは悲しげにそう思った。

アクアは拳を握り締めると、使命感に押されたかのように言った。

「とにかく、今回は身勝手な行動は謹んで下さい。リアク兄さん・・・・・!」

アクアの声はどこか硬かった。珍しくキッとした鋭い眼差しでリアクに詰め寄る。おずおずとリアクは一歩後ろに下がった。

「わ、わかった」

アクアの迫力に押されて、リアクはそう言うより他になかった。どこか、リアクの声からは力が抜けている。

「よし、行こう!」

アグリー達は頷き合い、そして扉を押し開いた。

扉を開いた瞬間、その場に流れる空気の質が一変した。扉の向こうの広間は明かりが消えていて、ただの真っ暗闇だった。もちろん、誰がいるのかどうかも確認できない。

でも、何かいる・・・・・!

アグリーは直感的にそう思った。

確認はできなくても、アグリーはそう確信していた。

まるで野生の獣と対峙しているかのような気配。暗闇の中からでもわかる、アグリー達を射抜くような強烈な視線。

それらすべてがアグリーを刺激して、アグリーの背中に冷たい汗が流れ落ちた。

「おまえが−−」

アグリーは震えながら、唇を噛みしめる。

「おまえが、魔王グレイス・・・・・なのか・・・・・!」

もつれる舌を必死に叱咤しったして、アグリーは部屋の向こうに呼びかけた。

返事の代わりに、広間の灯りがともされた。灯りによって広間の中が照らし出され、広間にいる男の顔がアグリーの目にも確認できるようになった。

そこには物々しい玉座の上に腰かけ、口元には歪んだ冷たい、そして不気味な笑みを浮かべる男の姿があった。

リアクは喉を裂かんばかりの大音量を上げた。

「貴様が魔王か!」

「くくくっ・・・・・ご名答。あなた方に恐怖という名の祝福を与える者です」

グレイスがにたりと笑って一礼した。



「ふざけたことを言いやがって!」

噛みつくような勢いで吐き捨てるリアクの後ろで、アグリーはがたがたと体を震わせていた。

そんな、そんなことって・・・・・!

これは何かの間違いだ。そう思ってしまいたくなるほど信じられない光景が、彼の目の前にあった。

にやにやと嫌らしい微笑みを浮かべているグレイスの横に、見覚えのある女性の姿があった。

優しい笑みをこぼした口元には、凍りついたようなかたくなな表情。真っ直ぐで慈愛に満ちた瞳には、冷たい目。

しかしやっぱり−−彼女は、以前、ラミリア王国でアグリーが助けた女性−−スチアだった。

そしてその背後には、ラミリア王国で彼女に襲いかかってきたアイズとイアズの姿もあった。

愕然としたアグリーは、言葉もなく、彼らの行動をただただ見つめていた。

言葉なんて見つかるわけがなかった。

こんな時、一体どんな言葉が見つかるというのだ?

そんなアグリーの姿に、グレイスはいっそう愉快げに笑み崩れた。そしてぽろりと、こんな言葉を漏らした。

「くくくっ・・・・・、そうですね。彼女のことも紹介しておきましょうか?彼女は私の新たなミリテリア、スチアですよ。おや?だ確かアグリーくん、君は一度、会っているらしいが?」

ちらりと、グレイスがアグリーに視線をやった。

暗く鋭い眼差しに、アグリーはびくんと肩を震わせた。

「な、なんだと?どういうことだ?アグリー!」

いぶかしげなリアクに答える余裕もなく、アグリーは震える唇をこじ開けた。

「そ、そんな・・・・・。スチアさんが−−」

「彼女には感謝していますよ。以前のミリテリア、デリルを失って途方に暮れていた私に希望を与えてくれたのですからね」

グレイスは罪悪感のかけらもなく、笑った。

アグリーは拳をぎゅっと握りしめ、動揺を隠せないまま、声を張り上げた。

「な、何故だ!?何故、スチアさんを・・・・・」

「魔王のミリテリアになるには、それなりの魔力が必要なのですよ。彼女にはそれがありました。それだけですよ。それのどこが悪いんです?」

「そんな・・・・・」

今度こそ、アグリーは打ちのめされた。よろけたところを、がしりと誰かにつかまれる。

怒りで顔を赤く染めたリアクだった。

「貴様は、俺様が倒す!」

リアクは壮絶な目つきで、グレイスを睨みつけていた。

「あなたは許せません!」

アクアは静かにグレイスに言った。

彼女の口調は平静だったけれど、そこにはやはり隠しきれない怒りの色がにじみ出ていた。

「魔王グレイス・・・・・」

アグリーは静かにささやいた。

「おまえだけは、この手で倒してみせる!」

目に怒りをたたえ、アグリーはグレイスを睨んだ。

アグリーの台詞に、グレイスはにんまりと笑みを浮かべた。

「くくくっ・・・・・、スチア、相手をしてあげなさい」

その言葉に応えるように、ざっとスチアは一歩前に進み出た。そのまま真っ直ぐ、アグリー達へと近づいていく。

それを見て呆れたかのように、リアクが手をひらひらさせて首を傾げた。

「なるほどな。人質か!」

だが、とリアクは自信たっぷりににやりと笑う。

「こいつはお笑いだな!最強勇者である俺様がか弱い女性に負けるはずなどないではないか!アグリー!ここは俺様一人でも充分だ!」

リアクは余裕たっぷりに前に出る。

「さあ、こ−−」

リアクの言葉をさえぎって、スチアが目にも止まらぬ速さで風の魔法を繰り出した。

へぶぅとおかしな悲鳴を上げて、リアクは吹き飛ばされる。

しばらくした後、ゴンと鈍い音がして、リアクは呆気なくその場に崩れ落ちた。

「リアク!」

「兄さん!」

慌てて、アグリー達は吹き飛ばされたリアクを抱き起こす。

「私が選んだミリテリアですよ。あなたごときに負けるわけがないではないですか」

グレイスが低く冷淡なつぶやきを漏らした。

「スチア、とどめをさしてあげなさい!」

そう吐き捨てると、グレイスは冷たく笑ってアグリー達に指を突きつけた。

「・・・・・」

スチアは無言で頷くと、片手を上げて攻撃態勢に入った。風の魔法の切先が、アグリー達に狙いをつける。

さすがにあの速度では、いくらアグリー達が戦い慣れてはいるとはいっても避けるのは不可能である。ましては、気絶したままのリアクを抱きかかえては。

「くっ・・・・・!」

アグリーはぎりっと唇を噛みしめた。

「終わりですよ・・・・・」

グレイスはにたりと笑ってささやいた。

それと同時に、スチアがアグリー達に向かって風の魔法を解き放つ。

すでに、アグリー達には為す術がなかった。

だが−−



「いけぇ−−!」

その時、どこからかリボンが飛んできて、アグリー達の体に巻きついた。そしてまるで一本釣りのように、アグリー達を虚空へと高く舞い上がらせた。だが、そのままの反動で、アグリー達は地面へと叩きつけられる。

「あっ、大丈夫ですか?」

えへへと笑いながら、紫色の髪の女性はリボンを納めるとアグリー達に駆け寄った。

あまり反省はしていないらしい。

「くっ・・・・・!」

アグリーはうめき、しかしすぐにかっと目を開いて叫んだ。

「危ない!後ろ!」

「くそっ!」

後ろから姿を見せた青い髪の青年が抜く手も見せずに銃を構えるとトリガーを絞った。緑色の光線がスチアの風の魔法に命中し、軌道を変える。

「フロティア!」

「メリくん!ありがとうね!」

青い髪の青年が心配そうに彼女に駆け寄ると、フロティアと呼ばれた女性が嬉しそうにその場をぴょんぴょんと跳ねた。

「あ、あの−−、あなた方は・・・・・?」

アグリーは目を丸くしながら、恐る恐る彼女達に尋ねてみる。

「スチアちゃんの知り合いだよ!」

フロティアは、アグリーの問いかけに力強く頷いてみせた。

「それだけじゃわからないだろう!」

それを聞いた青年は、げんなりとした表情で溜息をつくとフロティアをたしなめた。

それから顔をしかめて、アグリー達を見た。

「俺はメリアプール=スタンレチア。で、こっちが義理の姉のフロティア。スチアとは幼なじみなんだ」

「そうなんですか・・・・・?」

「うん・・・・・。今まで行方不明だったんだけど、ラミリア王国で魔法の配下に連れさらわれたっていう情報を聞いたんだ。それでいてもたってもいられなくて−−」

説明してくれたメリアプールは、しみじみとそうつぶやいた。

スチアの話をしている時の彼は、どこか熱がこもっていたように感じられた。

彼にとって、スチアはよほど大切な人らしい。

「くくくっ・・・・・、戦いの最中に世間話をし始めるとは呑気な連中ですね・・・・・!」

玉座にふんぞり返っていたグレイスが、いらいらと肘掛けを叩く。そして、こっちを威圧するかのように睨んでくる。

「スチア、今度こそ、とどめをさしてあげなさい!」

スチアは小さく頷くと、魔法詠唱の準備に入った。

「くっ・・・・・!」

アグリーはぎりっと唇を噛みしめた。

「今度こそ終わりですよ・・・・・」

グレイスは再び、にたりと笑ってささやいた。

それと同時に、スチアがアグリー達に向かって風の魔法を解き放とうとした。

くそっ、今からじゃ避けきれない・・・・・!?

メリアプールは悔しげに唇を噛みしめた。拳をぎゅっと握り締める。

「やめろ!」

その時、あろうことか、アグリーはスチアの懐に飛び込んでいった。

「アグリー様!」

アクアは悲痛な叫びを上げる。

今にもアグリーに向かって魔法を放とうとしていたスチアの目を、アグリーはすっと覗き込んだ。

スチアの目が一瞬、動揺して揺れた。

「君はそんなことをする人じゃないはずだ!僕は・・・・・、僕は君を信じている・・・・・!」

アグリーのその言葉に、スチアは大きく目を見開いた。

立ちふさがるように手を広げた姿が、彼女の脳裏に忘れ去らされた記憶を甦らせた。


『やめろ!嫌がっているじゃないか!』


真っ白な頭の中で、スチアは誰かの声を聞いた気がした。




「無駄です。あなたの声は聞こえていませ−−」

グレイスの勝ち誇った声は途中で切れた。

「あっ・・・・・、あの・・・・・と・・・・・きの・・・・・?」

スチアの苦しげな声が聞こえたからだ。

それを見たグレイスは、驚愕の声を上げた。

「馬鹿な!自由意志を取り戻したのですか!?」

「今だ!」

アグリーはそう叫ぶと、急いでスチアに駆け寄り抱きかかえた。

「大丈夫?スチアさん」

「は、はい。・・・・・えっと?」

スチアの問いかけに、アグリーは思わず苦笑する。

そういえば、自己紹介もまだだったんだよな。

「アグリーだよ!アグリー=ピース」

「ありがとう、アグリーさん」

彼女はぺこりとお辞儀すると、にっこりと微笑んだ。

「立てそう?」

「はい、大丈夫です」

スチアはアグリーの手の中から抜け出て、自分の足で立ち上がった。

「それより、気をつけて・・・・・!」

グレイスを凝視したまま、スチアはアグリーの片手に両手に置き、強い口調で言った。

「グレイスは−−、いえ、グレイス達は恐ろしく強いわ!」

「ふふふ、やってくれたわね!」

「グレイス様の手間をかけさせるなんてひどいわね!スチアちゃん−−!」

聞き覚えのある声に、アグリーは驚いた表情で後ろを振り向く。

いつのまにかアグリー達の前に、アイズとイアズが立ちふさがっていた。

濃紺がかかった黒い髪が特徴的で、はたから見ればまるで双子のように彼女達はそっくりだった。大きな黒いフードが身体を隠すかのように覆っている。

彼女達はスチアを−−そしてアグリーを凝視するかのように見下ろしていた。

「アイズ!イアズ!」

スチアはまるで嫌なものを見るかのように、非難じみた眼差しを彼女達に向けた。

「アイズ!イアズ!僕はおまえ達を許さない!」

彼女達はまじまじとアグリーを見る。

「あら?別に許さなくてもいいわよね。ねえ?アイズ」

「そうね、イアズ!」

彼女達は何故、そんなに怒っているのか分からないといった顔で言う。

首を大きく左右に振ると、アグリーは全身全霊の力を込め激しく抗議した。

「彼女を無理やり、魔王のミリテリアにしたおまえ達を許さない!」

「まあ、許さないですって?」

「野蛮ね」

彼女達は顔を見合わせるとくすくすと笑う。

「何だって!」

その言葉に反応し声を上げたのは、メリアプールだった。

「あら?グレイス様の命は絶対なのよね」

「それに感謝の言葉を言われるのならまだしも、不平を言われる筋合いはないわよね?イアズ」

「なっ−−」

「そ・・・・・、そういうことだったんだな!」

愉快そうに笑った彼女達に、アグリーが言い返そうとすると、背後から硬い声が割って入った。

「おかしいと思ったんだ!エレニック兄さんとフロティアの件だけで、スチアが俺達に黙ってどこかに行ってしまうなんてっ!」

メリアプールはそう絶叫すると、彼女達に向かって人差し指を突きつけた。

「貴様らは絶対に許さない!」

怒りに燃えるメリアプールとは裏腹に、あくまでも彼女達は冷ややかだった。

「どうします?グレイス様」

アイズが冷たく目を細めて訊いた。

「スチアちゃんのこと・・・・・?」

イアズが失望した様子で、軽く首を振ってみせた。

これまでのノリとは違う、静かな重圧感がアグリー達を襲った。

グレイスは一瞬、スチアを痛ましげに見つめてから、ふっと溜息をついて言った。

「・・・・・構いませんよ。ミリテリアはまた、新たに探すことにします!」

グレイスが冷たい眼差しでそう告げた瞬間、アイズとイアズはくすっと笑った。

「聞いたかしら?じゃあ、そういうことだからやっちゃいなさい!ドク!」

イアズがそう叫ぶと、彼女達の背後から蜘蛛のような魔物が姿を現した。そして、アグリー達に向かって白い糸を吹き出す。

「きゃっ!」

「うわぁ!」

逃げる暇もなく、糸はアグリー達に絡みついていく。それでもアグリーはなんとかそれを振り払おうとするのだが、全くほどける様子はない。

「くっ、くそっ・・・・・!どうすれば!」

アグリーは悔しげに拳を握りしめた。

スチアを救い出せたとはいえ、こちらが不利なのは事実である。しかも糸が絡みついているため、百パーセント逃げられない。

「どうすれば・・・・・、どうすればいいんだ!!」

だが、何も思いつかない。

眉を寄せながら、メリアプールが大声で叫んだのとほぼ同時に−−。



「これで、どうだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



ちゅどごーんっ!


突然、グレイスの玉座の背後が爆発し、吹き飛んだ。続けて、誰かの切羽詰まった声がした。

「いいのか?思わず、魔法を放ってみたが」

「えっ?いいよ!こっちの方が近道だし!」

レークスの突っ込みに、ティナーは打てば響くように返した。

突然の爆発に巻き込まれ、うめいていたグレイスは、レークスを見て言葉を失った。

レークスの身体からは、強烈な力が放たれていた。しかもどんどん、その勢いは激しくなっていく。

「き、貴様は何者ですか!?その力は−−」

グレイスは絶句した。

それを見て、レークスは思いっきり傲慢な口調で言い放つ。

「俺が地の魔王、レークス様だ」

「私はティナーで−す!」

すかさず、後方のティナーも手を振りながら自己紹介する。

レークスの姿をじっと見たグレイスの顔がどんどん青くなっていく。

「あ、あなた様が、あ、あの天の魔王の弟、地の魔王ですと!?」

「あれ?レー兄のこと知らないの?」

「まあ、一度も会ったことがないからな」

不思議そうに首を傾げたティナーに、レークスはそう説明する。

「・・・・・お待ちしておりましたよ、地の魔王」

開け放たれた壁から、レークスがゆっくりと足を踏み入れた。そのレークスの前に、素早くグレイスとアイズとイアズが集まり、膝を曲げてレークスにこうべを垂れた。

レークスは一瞬、グレイス達をまじまじと見つめ、そして眉をひそめる。

「で、なんだ?フレイム直々に俺に用っていうのは」

「・・・・・正確にいえば、天の魔王フレイム様ではなく、天の魔王のご令嬢であらせられます、レミィラン様があなた様にお会いしたいのです」

「レミィラン?」

「黄緑色の長い髪の少女−−と言えば、お分かりになられますかと」

「・・・・・ああ!あの時のあいつか」

「レー兄、あいつって・・・・・?」

ティナーが不思議そうに首を傾げながら訊いた。

「以前、とある空間で迷った時、出会った奴だ。最もそれ以来、その空間の行き方はさっぱり分からなくなってしまったがな」

「ふう−ん、そうなんだ!レー兄、迷ったんだね」

レークスの言葉に納得したかのように、ティナーは人差し指を唇に触れた。若干、露点がずれてはいるが。

「あ、あのなっ!」

「そ、それって、夢の聖女レミィラン様のことじゃ・・・・・!?」

噛みつくような勢いで吐き捨てるレークスの後ろで、アグリーはがたがたと肩を震わせていた。

そんな、そんなことって・・・・・。

これは何かの間違いだ。そう思ってしまいたくなるほど、目の前のグレイスの言葉は彼にとって信じられない一言だった。

エローゼの街の災厄のことを教えてくれた夢の聖女レミィラン様−−。

そのおかげで、リアクやアクアと出会うことができたのだ。彼女に出会えたからこそ、今の自分があると言っても過言ではない。

なのに、そんな彼女が実は天の魔王の娘だと言われても、アグリーにはにわかには信じられない出来事だった。

「おい、どうしたんだ?」

先程の騒動で目を覚ましたいぶかしげなリアクに答える余裕もなく、アグリーは震える唇をこじ開けた。

「嘘、ですよね?そんなこと!・・・・・だってあの時、レミィラン様はエローゼの街の災厄のことを僕に教えてくれた・・・・・」

「なっ、なにぃ−−−−−−っ!?」

アグリーの言葉をさえぎって、リアクは突如、絶叫という名の雄叫びを上げた。「・・・・・ということは何か!あのエローゼの街の災厄を招いたのは、その夢の聖女ってことか!」

「・・・・・そ、それは違う・・・・・とは思うんだけど・・・・・」

愕然としていたアグリーだったが、リアクのあまりの勢いに思わず返事をしていた。

もしそうなら、僕に災厄を防いでほしいとか言わないだろうし・・・・・。

「・・・・・恐れ入りますが、お話を続けさせて頂いても構いませんでしょうか?」

グレイスが低姿勢のまま、顔を上げて、レークスに恐る恐る尋ねた。

どうやら先程からずっと平伏して、言う機会を窺っていたらしい。

「ああ、構わんが・・・・・」

思い出したかのように、レークスはグレイスに視線を向けた。

「それで、どうなさいますか?」

と、グレイスが言った。

「レミィラン様にお会いになられますか?それとも、お会いになりませんか?」

レークスはうつむき、何も答えなかった。

「レミィラン様はそれはそれは、あなた様をずっとお探しになられていました。でも、あなた様はお会いするかどうかをお悩みになられていらっしゃる。−−そうですね、ならば、こんなのはいかがでしょう?」

突然、グレイスの顔に、うまいイタズラが浮かんだわんぱく坊主のような笑みがひらめいた。

「レミィラン様に伝言を送られるというのはいかがでしょう?」

そうくるのは何となく、分かっていた。

だが−−。

渋い顔でレークスは周囲を見渡し、眉を寄せる。

レークス以外の全員が、みなレークスに視線を集めていた。レークスに期待しているアグリーやアクア、いつのまにか復活して、気に食わなそうな目をするリアク、いぶかしげに首を傾げているメリアプール、目を輝かせて熱い視線で見つめているティナーとフロティア、実に様々である。しかもその大半が自分に期待しているのが、ひしひしと伝わってきた。

ティナーはレークスを、ひたすら熱い視線で見つめた。「頑張って、レー兄!」。言葉にすると、間違いなくこうだろう。

こいつら全員の前で、伝言を言わないといけないのか・・・・・!?

レークスは思わず、顔をしかめる。

グレイスはわざとらしく間をおいて、ねちりと嫌な笑いを浮かべた。

「・・・・・抹殺しましょうか?」

「はあ!?」

物騒な響きに、レークスは度肝を抜かれた。

ところが、グレイスは何故驚かれたのかわからないといった顔で言う。

「気に食わなければ殺す、というのは魔王として当然のことですよ・・・・・」

「確かにな、だが−−」

ちらりと意味ありげに、レークスはアグリー達を見た。

「俺の家来を早々に殺されてはたまらんからな」

「レークスさん・・・・・」

目を丸くしたアグリーに、レークスはにやりと笑ってみせた。

「これが終わったら、きっちりこき使ってやるからな」

アクアはきょとんとしてから、はじけるように笑った。

「は、はい、頑張らせて頂きますね」

「はい!」

すっきりしたアグリーの横顔を見て、アクアは満面に笑みを浮かべた。




「レミィラン・・・・・」

レークスはつぶやいて目を閉じる。

「一度だけだ。これで最初で最後と思えよ」

レークスはグレイスが差し出した魔力のこもった紙に目を落とすと、伝言を一気に書き込んだ。

息を吸い込み、一瞬の逡巡しゅんじゅんのち、レークスは口を開く。

「俺はおまえに会えてよかったと思っている。また、会いたいとも思っている。それだけだ」

レークスが宣言したと同時に、文字が光り輝いた。

そして紙から浮かび上がった文字は、二つの旋律が絡み合うかのように天へと昇っていく。

その時、ティナーがレークスの服を引っ張った。

「?」

いぶかしげに眉を寄せたレークスに、ティナーはそっと片手を差し出した。

ニコニコと笑顔で、レークスのことを見つめる。

ふと、レークスの脳裏にレミィランと出会った時の出来事が過ぎった。

−−あなた、誰?

レミィランの声が聞こえた気がした。

「ふん・・・・・」

俺は、俺だ!

レークスは鼻を鳴らすと、そっと握り返してくれた。レークスの手とティナーの手。二人の鼓動が重なる。

レミィランさんって、どんな人なのかな?

優しい人なのかな?

でも、レー兄のお兄さんの娘さんだし・・・・・?

うう−−ん。

とにかく、どんな人なのかは会ってみないとわからないもんね!

楽しみなような困るような想像に浮かれていたティナーは、えへへと幸せそうに空を見上げた。



グレイス達が立ち去った後、メリアプールは一人、呆然と広間に立ち尽くしていた。

「メリくん−−」

そう声をかけようとしたフロティアだったが、思わず言葉を止める。

メリアプールの声が聞こえてきたからだ。

つぶやくような噛みしめるような声だったから、それは独り言だったのかもしれない。

「・・・・・スチア、君の幸せが俺の幸せだ」

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