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第3章 名もなき大陸の支配者

たった、一人の誰かでいい。

そうすれば・・・・・。



「運命の人ですわ」

 突然、こんなことを言われたら、誰だってびっくりすると思う。でも、それが、もし、本当に起こったことだったとしたら、一体、全体、どうすればいいのだろうか。

「と、突然、そう言われても・・・・・」

 僕は困ったように頭を抱える。

再び、フレストの街に戻ってきた僕達を迎えてくれたのは、甘栗色の髪の女性だった。どこか、気品があふれる様な雰囲気の女性だ。明らかにどこかの王女様か、お嬢様だろう。

「ダイタ。 やるな」 フレイが意味もなく、僕に話しかけてきた。

 何がですか??

「あの、お名前をお教え下さいですわ」

「えっ、ダイタ・・・」

「ダイタ様・・・❤ 素敵ですわ〜❤」

 だから、何がですか??

 僕が困ったように、横目でフレイを見ると、うすら笑いを浮かべながら、にんまりと僕を見つめていた。

 わ、笑い事じゃないんだけど・・・。

「あの〜、ダイタ様❤ わたくし、ファミリアと申しますわ」

 彼女、ファミリアさんは目を輝かせながら言った。

「あの、ダイタ様」

「えっ? ええ!?」

 ファミリアさんは、真意に満ちた表情で僕に迫った。その瞳はどこか、憂いに満ちている。

 だからね、ほ、本当に何なんですか??

「わたくしと結婚して下さいですわ❤」

「えっー―――!!」

 僕は、ひたすら目を丸くする。その時、僕の肩を誰かがポンと叩いた。

「幸せになれよ! ダイタ。 ふららさんのことは俺にまかせろ!」

 フレイは何かを悟ったかのように、僕に言った。

 いや、だからね・・・・

「そ、そう言われても・・・」

「それはだめです!」

 僕の言葉をさえぎって、突然、大声で叫んだマジョンを見て、僕は、いや、僕達は、思わずたじろいた。

「どうしてですの?」

「ダイタさんは、『星のかけら』を探して、自分の記憶を取り戻す旅をしているんです!」

「ダイタ様、お記憶がないのですの?」

「うん。 なぜか、この名もなき大陸に訪れる前の記憶がないんだ・・・」

「そ、そんな・・・・・。 そんなのって――」

 ファミリアさんは目を見張って、僕を真っ直ぐに見た後、肩を震わせた。

「そんなのって悲しすぎますわ〜」

 嗚咽(おえつ)を漏らし、大粒の涙をこぼすファミリアさんを見て、僕の方がわけもわからず動揺してしまった。

「で、でも、その『星のかけら』があれば、もしかしたら、僕の記憶が戻るかもしれないんだ」

「・・・そうなのですの?」

「う、うーん、多分・・・・・」

 そう言われてみると、確かにそうだと言える確証は全くない。まだ、フレイの持っている『星のかけら』を見せてもらっていないし。

「わたくし、決めましたわ!」

 僕の言葉を聞いたファミリアさんは真顔になった。

「えっ? なに・・・」

「わたくしもダイタ様と共にいます。 ダイタ様のお記憶が戻るまで、そして、わたくしのことを考えて頂けるまで、ずっと、そばにいますわ!」

「えっー―――!! そ、それって、じゃあ、一緒に来るつもりなの・・・・・!!」

意表つかれた僕が聞き返すと、ファミリアさんは両手を胸の前に合わせて祈るように答えた。

「もちろんですわ❤」

「ず、すっとって言うのは何なのですか・・・?」

 聞きたくない答えが返ってくるのを予期しているかのように、マジョンは恐る恐る訊く。

「ダイタ様がわたくしと結婚すると言うまでですわ!」

「そ、それって、いつの話ですか・・・・・!」

 肩を震わせながら、マジョンは言う。どこか怒りがこもった口調である。

「さあですわ」

「さあってなんですか!」

「あなたには関係ない話ですわ」

「関係あります!」

 不遜(ふそん)な笑みを浮かべながら2人はにらみ合う。

「何なの・・かな」

ひたすら、言い争うマジョンとファミリアさんを見ながら、僕はつぶやいた。

「ふっ、もてもてだな、貴様」

 フレイが少し悔しそうに、僕の肩を再び叩く。

「だ、だからね、何なんですか・・・・・」

 力なくつぶやく僕を背に、二人の言い争いはいまだ続いていた。

「マジョンさんとファミリアさん、もう、仲良くなったのですね」

 ふららさんが嬉しそうに両手を前に組んでみせる。


 ―いや、それは、違うと思う―。


「そういえば、フレイが持っている『星のかけら』をまだ、見せてもらっていなかったよね」

 バリスタの港町からフレストの街に行くまでの間、いつでも見せてもらえたはずなのに、すっかり、そのことを忘れていたのだった。ファミリアさんに出会えていなかったら、まだ、忘れたままだったかもしれない。

「そういえば、そうだったな」

 軽い調子でフレイはそう言うと、持っている皮袋の中から青色の卵のようなものを取り出した。

「そ、それが『星のかけら』なの?」

「ああ。 それにしても、貴様、のんきだな。 貴様の方から譲ってくれと言ってきたくせに・・・・・」

「えっと・・・・」

 忘れていた・・・なんて言えるわけがない。

 『星のかけら』のことを言ってくれなかったフレイもフレイなんだけど・・・・・。

「まあ、いいさ。 ほら! なくすなよ!」

 フレイは思いっきり嫌そうに顔をしかめながら、僕に『星のかけら』を渡した。どうやら、いまだに、僕に『星のかけら』を渡すのをためらっているらしい。

「これが、『星のかけら』・・・、って・・・!?」

 僕の手のひらに『星のかけら』が触れた途端、僕の脳裏に不思議な光景がよぎった。



 雪景色――。

 藍色の帽子とコートを羽織った女性――。

 真摯な瞳で誰かを見つめている。

 いや、誰かを待っているのだろうか―。


 僕には、一目ですぐにそれが誰なのかが分かった。

 そうだ。僕にあの時、この名もなき大陸に訪れるように言ったあの女性だ。

 ふと、彼女は誰かを見つけたかのように、頬を染めて、はにかむように笑った。

 最初に出会った時とは、雲泥(うんでい)の差だな。

そう思わずにはいられないほど、自然ですごく優しい微笑みだった。傍から見ているこちらの方が照れてしまう。


(お願い・・・思い出して・・・・・)

 ふいに僕の脳裏に初めて彼女に出会った時のことが甦る。あの時、彼女は何を伝えたかったのだろうか。僕に本当は何を伝えたかったのだろうか。

 

そして―ー


僕は彼女のことを知っているのだろうか―。



「ダイタさん・・・・・?」

マジョンの言葉で僕はハッとする。

「あれ?」

「どうかされたのですか?」

 マジョンは心配そうに僕を見つめた。

「今のって・・・」

「えっ?」

今のって何だったんだろうか。もしかしたら、僕の記憶に関係あることなのかな。

「何か、思い出されたのですか?」

「えっ、そういうわけじゃないんだけど・・・・・」

 僕は困ったように頭を抱える。そして、先程のことを簡単に説明した。

「夢の女性・・・?」

「うん。 やっぱり、僕の記憶は、その人と関係があるみたいなんだ」

 この名もなき大陸のことも『星のかけら』のことも彼女から聞いたことだし。

「で、どういう人なんだ」

 にんまりと嬉しそうに含み笑いを浮かべながらフレイは訊いた。

「ど、どういう人って言われても・・・・・」

「ほら、あるだろう。 綺麗な人だったとか、かわいい人だったとか・・・・・」

「え、えっと・・・・・」

 僕は思わずなんて言っていいか分からず、言葉を詰まらせていると。

「フレイさん・・・」

 神妙な表情でふららさんはフレイを見つめていた。

「ふららさん! ち、違うんだ! これは・・・・・」

 フレイは必死になって弁解の言葉を模索する。ふららさんとフレイは、ほぼ同時に次の言葉を発した。

「フレイさんも、その人と仲良くなりたかったんですね。 私もお友達になりたいです」

「あっ、その、なんだ、俺達の今後のために必要だと思っただけさ!」

「・・・・・・・」

 僕ははっきりと思った。

 間違いなく、会話が全く成り立っていない―と。


「そういえば、フレイはどうして『星のかけら』を持っていたの?」

 僕は何気に前々から聞いてみたいと思っていたことを切り出した。

「俺はもともと、とある盗賊団の一員だったんだ」

 ふふん、と得意げに人差し指を立てながら、フレイは続ける。

「狙った獲物は逃がさない、この辺りじゃ有名な盗賊団でな、とはいっても、まあ、秘宝やお宝専門のトレージャーハンターのようなものだったんだ」

「へえ―」

「もしかして、盗賊団、『魔のルーク』ではないですの!」

 ファミリアさんの言葉に、フレイは、ああ、と満足そうに頷いた。

「ファミリアさん、知っているの?」

 僕は思わず、きょとんとする。

「前に、お兄様から聞いたことがありますの。わたくしの兄は、ラミリア王国の騎士団長を

していますからですの」

「ファミリアさんって、お兄さんがいたんだ」

「はい❤」

 ファミリアさんは照れくさそうに頬を染めながら、嬉しそうに返事をする。

「『星のかけら』も、もともとは、ターンが持っていたものの1つでな・・・。 本当は、ターンが持っていた『星のかけら』、2つとも手に入れるつもりだったんだが・・・・」

 フレイは唇をぎゅっとかみ締めながら、悔しそうにつぶやいた。

「・・・俺達は、奴に、いや、奴らに全滅させられてたんだ・・・」

 フレイは「くそっ」「くそっ」と繰り返しながら、何度も何度も拳を叩き続ける。だが、行動とは裏腹に、フレイの表情は、どこか、苦しげで辛そうだった。

 ど、どうも、何か、まずいことを聞いてしまったかのような・・・・・。

 僕が申し訳なさそうにうつむいていると、マジョンが不思議そうに訊いた。

「奴ら?・・・ですか」

「ああ、ターンと、ターンの右腕と呼ばれる存在、ロクス・・・、奴ら、二人によって、俺達は全滅を余儀なくされたんだ。 俺だけが、なんとか、一人、生き残ることができて、『星のかけら』の一つだけは、手に入れることはできたが・・・・・」

 僕はふと、フレイと初めて出会った時のことを思い出す。

「あっ! だから、最初に出会った時、「俺の命を狙っている輩か」とか言っていたんだ。」

「ああ」

 何だか、ますます、申し訳なくなってきたような・・・・。

 本当にもらってしまってよかったのかな・・・。 『星のかけら』。

「そんな大切なものだったのに、本当に僕がもらってよかったの・・・?」

「ほ、本当はよく、ないが・・・」

 フレイは、少し口惜しそうにそう言うと、ちらっとふららさんを一瞥する。

「まあ、愛する人のためだからな!」

 フレイは、どこか、かっこつけるかのように、髪をさらっとかき上げ、にっと笑ってみせた。もちろん、愛する人というのは、ふららさんのことだろう。

「つまり、『星のかけら』を手に入れるためには、やはり、ターンと戦わなくてはならないのですね・・・。 それは・・・」

「それは」からの後ろの言葉は押し殺すようなつぶやきでひどく聞き取りづらかった。だけど、僕は、マジョンの隣にいたおかげで、彼女の言葉を最後まで聞き取ることに成功した。

――できれば、それは避けたかったのですが―ー

彼女は、「それは」の後、確かにそうつぶやいた。

「避けたかった」とはどういう意味だろう。

 疑念が矢になって僕の胸に刺さった。「避けたかった」。もともと、僕と一緒に行くといった時点で、なんらかの形でターンと出会う、または戦う予測はできたはずである。

そういえば、確か、初めて出会った時、マジョンはターンが『星のかけら』の一つを持っていることを既に知っていたんだっけ。まあ、フレイの話からして、多分、あの後に、ターンは、また、別の『星のかけら』を手に入れたのだろうけれど。

「まあ、何にしてもだ! あの野郎だけは、ぶっ飛ばさないと気がすまねえ!」

 僕の思案は、フレイの叫びによって中断を余儀なくされた。

 気を取り直して僕は言った。

「そうだね!」

「ダイタ様、わたくしも頑張って応援しますわ〜❤」

「応援・・・ですか」

「はい❤」

 いや、応援されても・・ね。

「ファミリアさんは戦わないのですか?」

 ふららさんがきょとんと首を傾げる。

「わたくしには、戦う手段がありませんもの」

「だ、だから、見ているだけなのでしょうか・・・」

 マジョンの声は落ち着いているかのようにみえたが、やはり、どこか怒りで震えていた。

「見ているだけではありませんわ。 応援していますっていいましたの」

「そ、それが見ているだけっていうんです!」

二人は一瞬、にらみ合って動きを止めた。

 そして、肩をいからせた瞬間、二人の口が同時に動いた。

「いい加減にして下さい!」

「あなたには関係ないことですわ!」

「関係あります!」

「関係ありませんわ!」

 な、何なのかな・・・・・。

僕は呆然と二人の言い争いを見ながらそう思った。

「ちっ、なぜ、貴様なんかがこんなにもてるんだ!」

 不機嫌そうにフレイは顔をしかめた。

「へっ?」

「マジョンさんとファミリアさん、楽しそうですね。 私もお仲間にいれてもらいたいです❤」

いまだに状況が理解できていない僕を尻目にふららさんは羨ましそうに穏やかな笑みを漏らした。


 僕達一行は、フレイの案内によってターンの居城へと向かっていた。

 森の中を走る立派な石畳の街道。分かれ道が出現しても、フレイはひょいひょいと迷うことなく進んでいく。

 もし、フレイがいなかったら、間違いなく僕達は迷っていただろう。

 僕はしみじみとフレイと出会えたことに感謝した。

 感激しきりの僕は、道中フレイにあれこれと質問攻めにあった。

 そのほとんどがふららさんに関することだった。聞かれること一つ一つに僕は律儀に答えた。

 フレイは、ふららさんが羽翼人だということに驚いていたが、それ以上に驚いていたことがあった。

「おい!」

「へっ?」

きょとんとする僕を、フレイは自分のところにぐいっと引き寄せると、こっそり耳打ちした。

「ふららさんって、赤が好きなのか?」

「えっ、どうして?」

「いつも、あの襟元につけている赤いブローチを大切そうに見つめているだろう」

「あっ!」

 僕は手をポーンと叩く。

「そういうわけじゃないよ! あのブローチは、ふららさんの彼氏のマドロスさんがくれた大切なものだから・・・ぐふっ・・・・・」

 僕は途中で口篭った。何故なら、フレイが突然、僕の胸ぐらをつかんできたからだ。

「な、な、な、なんで・・・」

 怒りの表情のフレイに揺さぶられながら、僕は、必死に弁解の余地を求める。

「何故、ふららさんに彼氏がいることを黙っていやがったんだ!!」

「あっ!」

 そ、そういえば、そ・・そのことをフレイに話していなかったっけ・・・。

「さては貴様も、ふららさんのことをねらっているな。 そうだろう!」

「ぢ、ぢがう・・って・・・」

 僕は、息つく暇もないほど揺さぶられながら、フレイに、マドロスさんのことを必死になって説明した。

 最初は、「本当か!? 本当か!?」とあからさまに半信半疑の表情を浮かべていたフレイも、そのうちに僕の誠意ある弁明を聞き入れてくれた。

「ふん、なるほどな」

 フレイはふんと鼻で笑った。ようやく、フレイから解放された僕は、はあはあ、と息をつく。

「まあ、つまりだ。 そいつは、過去の男ということか!」

 フレイはにやりと勝利の笑みを浮かべた。

唖然とした僕を尻目に、フレイは一瞬、ねちっとした笑みを浮かべた後、突然、高笑いをし始めた。

「あっ、だから、違うって・・・」

 だが、そんな僕の声もフレイの耳には届かなかったらしく、身体を大きく反らして豪快に笑っていた。

 マジョン達はそれを怪訝そうに見つめている。

 だめだ。 こりゃ。

僕は、ふうっと溜息をついて、がくんと肩を落とした。もうだめだ。こうなったら、もう、何を言っても駄目なような気がする。

いまだに、高笑いをしているフレイを見て、僕はげんなりとするのだった。


「ここがターンの城だ」

 ターンの城らしき影がぼんやり見えてきたあたりで、フレイは口を開いた。

 それはとてつもなく、巨大な城だった。

名もなき大陸の一画にそびえ立つ巨大な城だとは聞いてはいたが、まさか、これほどまでとは思っていなかったのである。

「それにしても、ここに来るまで、何も起こらないというのはおかしいな」

 僕が口をぽかんと開けて城の真上を見ていると、腑に落ちないといった顔でフレイがつぶやいた。

「えっ、何が?」

「馬鹿か! 貴様は! ここは奴の、ターンの拠点ともいえる場所だぞ! 何も起こらないことを不思議に思わんのか!」

「あっ・・・」

 フレイに一喝され、僕はようやく、そのことに気づく。

「そ、そういえば、そうだね」

「罠・・・でしょうか?」

 マジョンはいぶかしげに眉を寄せる。

「奴らならやりかねないな」

「ふっ、我が主は、そんなことはなさいませんよ」

 唐突に背後から涼やかな男の声がした。

「我々は勇猛果敢に正々堂々と戦うことがモットですから」

「何が正々堂々だ! 俺達と戦った時は、魔法で一掃だったくせによ!」

 フレイがきっ、と彼を睨み付ける。だが、彼は鼻で笑ってそれを受け流した。

「誰かと思えば、あの時、一人で逃げ出したお方ではありませんか」

「ち、違う! 俺は・・・」

「まあ、恥じることではありませんよ。 それが人として当たり前の行動なのですから」

 彼はクククと愉快そうに笑った。

「ロクス! 貴様!」

 フレイは腰の剣の柄に手を伸ばす。そして叫びながら、ロクスに斬りかかろうとした。だが、剣が彼に触れる前に、彼があらかじめ張っていた結界によってはじかれる。

「く、くそっ」

 フレイは苦悶の叫びを上げる。

 あの時と同じだ。

 フレイの瞳に、前にターン達との戦ったときのことが甦る。

俺は、団長や仲間から守ってもらっているばかりで、何も何もできなかった。

 あの時の戦いの時でも、俺は、奴らに一矢報いることもできず、団長を、仲間をみすみす死なせてしまった。

「まだ、するつもりですか・・・」

 顔を上げると、ロクスが彼を嘲笑するかのように見つめていた。

 (あざ)(わら)われて当然だ。

 確かにあの時の俺は、仲間を守ることもできず、ただ、逃げ切ることしかできなかった。


 だが、だが、今は違う!


 フレイは、ダイタ達の方を見つめる。


 大切な仲間をもう二度と失わないためにも・・・。

 そしてー―。


 フレイはふららさんの横顔をじっ―と見つめた。


 愛するふららさんのためにも!

 もう二度と諦めたりはしないさ!


 フレイは傷だらけの身体を必死で起こすと、ロクスめがけて剣を振り下ろした。


「ふふふ、ロクスが彼らの相手をしている間、私があなた方のお相手をしますか」

 僕とマジョンはまるで金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

 僕達の目の前に立っている人物は、明らかに人間ではなかった。魔物といった方が近いのではないだろうか。赤く燃える瞳は、これ以上ないというぐらい凶悪で陰険である。

 それに、どこか身震いするような恐ろしさを感じた。

 見るからに尋常ではない姿だった。

 しかも、彼、ターンは、まるで、僕達の動きを見透かしているかのように的確な攻撃をしてくる。そうかと思ったら、僕が剣で攻撃をしても、軽々とそれをかわしてしまう。

「ぅ・・・」

 僕は痛みをこらえながら、気力だけで立ち上がろうともがく。

「・・・こ、このままじゃ、まずいね」

 節々の痛みを懸命にこらえて上半身を起こすと、僕はつぶやいた。

「は、はい・・・・・」

 マジョンは重々しく頷いた。

 そして、僕にそっと触れると回復魔法を唱え始める。

マジョンは主に、回復系の魔法しか使えない。ファミリアさんは、やっぱり、応援だけしかできないらしい。そして、フレイとふららさんは、ロクスと戦っていた。

 あきらかに、どちらの戦いも、僕達が不利な状況であった。傷だらけの僕達に対し、ターンとロクスはほぼ無傷に近い状態だったからだ。

どちらが有利か、誰の目にも一目で分かるだろう。


 一体、どうすれば、どうしたら彼らに勝てるのだろうかー。

 そんな思いが僕の脳裏によぎった。

 どうしたら、彼らを倒すことができるのだろうか―。

 だけど、何の答えも見つからなかった。


 無理なのかな。

 やっぱり、無理なのかな。

 そうだよね。

僕なんかが倒せるんなら、もう、とっくに倒されているはずだもんな。

 ごめん。 みんな。 僕は、もう・・・。

 僕は頭をうもだれ、地面に膝をついた。


「私も一緒に連れていってもらえませんか?」

 ふと、僕の瞳に初めて出会った時のマジョンの顔が映った。

 マジョンは、僕のために一緒について来てくれたんだっけ。

「私もダイタさんみたいに探しに行きたいんです・・・。 かけがえのない人を・・・・・」

 真紅の森の掟を破ってまで、僕達について来てくれたふららさん。

「・・・俺達は、奴に、いや、奴らに全滅させられてたんだ・・・」

 ターン達に仲間を殺されたフレイ。

「わたくしもダイタ様と共にいます。 ダイタ様のお記憶が戻るまで、そして、わたくしのことを考えて頂けるまで、ずっと、そばにいますわ!」

 僕なんかを『運命の人』だって言ってくれたファミリアさん。

 僕がここで諦めてしまったら、マジョンは、みんなはどうなってしまうんだ・・・。


 僕はぐっと剣を握り締める。

 そうだよ。

 僕のためについてきてくれているみんなのためにも僕は絶対に諦めたり、逃げたりすることはできない。

 そして、決めたんだ。

 絶対に、あの夢の女性に会うんだって!


ごう!

 戦いの幕は、ターンの放った衝撃波によって再び切って落とされた。

 僕はターンめがけて勢いよく走りこもうとした。

 その時だった。

 僕の頭の中に聞き覚えのある女性の声が聴こえてきたのは。

(あなたに、ミリテリアの力を。 夢月のご加護を)

 あの夢の中の女性の声だった。



「ミリテリアの力・・だと!?」

 突然の出来事に、ターンは驚愕する。

 僕の周りを不思議な虹色の光が交差した。

 マジョンが、ふららさんが、フレイが、ファミリアさんが僕の視界から消えていった。


「これって・・・一体・・・・・」

 気がつくと、僕の目の前に藍色の帽子とコートを羽織った女性が立っていた。

(ダイタさん、あなたを、私、夢月の女神である、リーティングのミリテリアと認めます)

「ミリテリア?」

(この世界、“アーツ”には、6人の神がいます。 通常、魔法は、その6人の神々の力を借りて使われているものなのです)

「力を借りる?」

 僕はよく分からないといった表情で首を傾げた。

僕はいつのまにか、最初に彼女、リーティングさんと出会った場所にいた。

僕は、周囲を何度も何度も見回してみたが、やはり、以前と同じように辺りは真っ暗で何も見えない。

僕は、再び、目の前のリーティングさんに視線を戻した。

やはり、不思議なことに、彼女だけははっきりと見ることができる。

(はい。 例えば、神官や夢魔使いといった方々は、夢月の女神から力を借りて魔法を使います。 そのため、彼らは、主に回復系の魔法を使えるのです)

「夢魔使いや神官って・・・あっ! ってことは、マジョンも夢月の力を借りているの!?」

 僕はハッとする。

 マジョンはバリスタの港町の神官さんだし。

(ええ、そうです。 また、星魔術師や羽翼人といった方々は、星の女神から、占術師といった方々は、時音の女神から、魔術師や魔族といった方々は、魔王から力を借りているんです)

「ま、魔王・・ね」

 僕は困ったように頭を抱える。

やっぱり、そんなのがいるのか。

(そして、その4人の神々の力をはるかに凌駕する力を持つといわれています、天の魔王、そして地の魔王といった方々がいます)

「へえ―、そうなんだ」

 僕は何度も何度も頷いてみせる。

 最初の頃よりは、少しはましになったとはいえ、僕はまだまだ、この世界のことにはうとい。特にこういった魔法のことについては。

(普通、魔法はその神々の力の一部を借りて使われているものなのですが、唯一『ミリテリア』の場合は、その神々、一人の力を最大限に借りて使用することができるのです)

「ええっー―!! じゃあ、僕もマジョンみたいに回復魔法とか使えたりするの!」

(はい。 そして、それとは、別に、ミリテリアでしか使う事ができない、大魔法『レバエレーションズ』を使うことができます)

「そ、それって、こ、攻撃魔法なの!」

(はい)

 僕はこみ上げてくる笑いを隠そうともせず、目を輝かせていた。

 もしかしたら、ターン達に勝てるかもしれない!

僕の胸に希望の火種がぼうっと一気に燃え上がった。

だが、それと同時に別の疑問が浮かび上がった。

「でも、どうして、僕を、リーティングさんの・・・夢月のミリテリアに選んだんですか?」

(それは、あなたが私にとって大切な人だからです)

「へっ?」

リーティングさんは頬を染めて、はにかむような笑顔を見せた。

 僕は一瞬、どこかで見た笑顔だな―と思った。

だが、すぐにそれがどこだったのかが分かった。

あっ、と僕は口をぽかんと開ける。

『星のかけら』に触れた時に見たあの時の彼女の微笑によく似た優しい微笑みだった。

「あっ、えっと」

 僕はひたすらあらぬ方向を向いた。顔を赤らめたままで。

(これからよろしくお願いしますね。 マスター)

「ま、ま、ま、マスター!?」

 両手を前に組んで、彼女、リーティングは頬を赤く染めながら、とびっきりの笑顔を見せた。



 僕はいつのまにか、元の場所に戻っていた。

「ゆ、夢月の力だと・・・!?」

ターンが憎らしげに僕を凝視していた。

「ダイタさん、大丈夫ですか?」

「ダイタ様〜、大丈夫ですの?」

マジョンとファミリアさんが心配そうに僕の所へ駆け寄ってくる。

「あっ、う、うん・・・」

 少し戸惑い気味に僕は返事をした。

 動揺はあるものの、先程までとは違って、気持ちは不思議と落ちついていた。まるで、追い風に吹かれたときのような、圧倒的な開放感だった。

「馬鹿な・・・な、なぜ、貴様がその力を!」

 得体の知れないものを見るようにターンは僕をねめつけた。

焦燥を振り払うように執拗に衝撃波を放つターンの攻撃が、だんだん、鮮明に見えるようになってくる。

こ、これも、ミリテリアの力なの!?

今まで力を振り絞っていたのが嘘のような開放感に僕はそら恐ろしささえ覚えた。

 その耳に、マジョン達の声が、ひっきりなしに飛び込んでくる。

「・・・それにしても、ダイタさんが夢月のミリテリアなんて・・・・・」

「ダイタ様〜❤ 素敵ですわ❤」

「ダイタ、何だか、よく分からないが、とにかく、やってしまえ!」

「ダイタさん、頑張ってください!」

 いつしか、僕には、それらが士気(しき)鼓舞(こぶ)するコラースのように思えてきた。

 その音色に止めどなく気力を引き出され、僕はますます軽快なステップでターンへと迫っていった。

 がぃん!

 もう幾度目か分からないつばぜり合い。

「お、おのれ!」

 僕の剣とターンが虚空から取り出した剣がからみ合う。一瞬でも別のことに気を散らせば、瞬く間に体勢が崩れるだろう。そのとき、こらえきれなくなったマジョンが思いほとばしる絶叫をあげた。

「ダイタさん、頑張って下さいー―!!」

「り、リーティングさん、力を貸して! レバエレーションズー―っ!」

 雄叫びを上げた僕の叫びとともに剣が虹色の光に包まれていく。僕は渾身の力を込め、ターンを剣でなぎ払った。

 ターンの断末魔の悲鳴はまばゆい光の中に呑み込まれていった。


「ターン様!?」

 ロクスが絶叫する。

「貴様の相手はこの俺だ!」

 わずかにできた隙にフレイが間合いを詰め、ぶんっと剣を振り落とす。

「愚かな! 私に剣が通じないのを忘れましたか!」

 ざく!

 それまで繰り出されていたのと同じ単純な一薙。ところがそれは、結界を張っていたはずのロクスの体を深く傷つけ、大きく吹き飛ばした。

「ばっ、馬鹿な! な、なぜ、私の結界が・・・通じないのです!?」

 ざっくりと切り割られた肩先を押さえ、ロクスはよろめいた。

「ど、どういうことだ!?」

「ごめんなさい・・・、フレイさん」

 いぶかしげに眉を寄せたフレイに、ふららさんは苦笑する。

「やっと、彼の結界の封印が解けました。 時間がかかってしまってすみません」

 あっ、あの、ロクスの結界の封印を解いていたんだ!? ふららさん。

 僕は内心、心臓バクバクさせながら、その戦いを見つめていた。

「ナイスだ! ふららさん!」

「あっ、はい!」

 フレイはふららさんに対して親指をぐっと立てると、ロクスに突っ込んでいった。

「この私がこの程度で倒されると思っているのですか! 結界がなくとも、貴様ごとき!」

「エルドランド!」

 ロクスの攻撃を、ふららさんの魔法がさえぎる。

「ロクスさん、私がいることも忘れないで下さい!」

「こ、この私が・・・・!」

 フレイがロクスの目の前まで迫る。。

「今度こそ終わりだ! ロクス!」

 フレイはロクスに剣を振り落とした。

「こ、この私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ロクスの絶叫が辺り一帯に響き渡った。


 終わったんだ―。

 辺りは痛いほどの静寂に包まれている。

 僕は静かに、ターンの城の方向を眺めていた。

 これで、ターンが持っているもう一つの『星のかけら』も手に入るんだ!

「あっ、そういえば!?」

 僕はその時になって、やっと、彼女、リーティングさんに、僕の記憶のことを聞きそびれていたことに気づいた。

 僕は内心、後悔したが、少し考えた後、こう思った。

 でも、大丈夫だよ、きっと!

 前みたいにきっと、『星のかけら』が何かを教えてくれるはずだと思うし・・・。

「やりましたね、ダイタさん!」

 マジョンが僕のところに駆け寄ってきた。

「うん、まあね」

「ダイタ様〜、すごいですわ❤」

 ファミリアさんが嬉しそうに僕を抱きしめる。

 あうぅ。

「ファミリアさんは何もしてないでしょう!」

 マジョンが、不服そうにファミリアさんをキッと見つめる。

「本当にすごかったです」

「俺の活躍の方がすごかったがな!」

 フレイが僕に向かって、自信満々で言った。

 ふと、その時、マジョンが不思議そうに僕に問いかけてきた。

「それにしても、ダイタさん、いつのまに、夢月の女神様とお会いしていたのですか?」

「へっ?」

「夢月のミリテリアになられたということは、もうすでに、夢月の女神様にお会いしていたということですよね?」

僕はあっ、と声を出す。

「あのね、それがね、あの夢の中のあの人が、夢月の女神様だったんだよ」

「えっ?」

「リーティングさんっていうんだって!」

「リーティング・・・・・!」

 マジョンはそれを聞いてハッとする。

 確かに、夢月の女神の名前はリーティングという。

 だけど、その名前は、ほとんどの場合、神官や夢魔使いといった職業の者達でしか知る機会はないはずだ。


マジョンは改めて、確信した。


 やっぱり、ダイタさんと一緒に行けば、何か、何かが分かるのかも知れません。


 ターンと戦うと聞いた時、本当は、行くことをためらっていた。

 もしかしたら、会ってしまうかもしれない。

 そんな気がしたからだ。

本当のことを知るのは怖い。

 だけど、このまま、知らないまま、いるのは、きっと、耐えられないと思うから。


――一緒に行きましょうー―。

 ダイタさんと!

 ダイタさん達と!


そしたら、もしかしたら、会えるのかもしれない。

父に! セルウィンに!



次回、ようやくもう一人の主人公のお話です

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