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ライム・ア・ライト(第二章、あなたと再会の約束を2)

 ルカが案内した先は、二階にあるバルコニーだった。

「なんなんだ、一体・・・・・・」

 などとぼやきながらルカについていったラトは、バルコニーから外の風景を一望して、見渡して、我が目を疑った。

「ここって・・・い、移動しているのか?」

 そうなのだ。浮遊島は、まるで飛空挺のように空を移動していたのだった。

 ラトは手すりに手をかけ、その異常な風景をぼうっと眺めた。

 それは広い広いこの世界全土からすれば、俺の目の映るものはほんの一部だけなのだろうけれど、それでもここから見る景色はここがすでに旧都ソルレオンとはまるで違う所なのだということを嫌でも思い知らせてくれる。

 この小さな浮遊島のすぐ近くの眼下のところには、緑生い茂る平原が広がっている。それなのに、しばらくして視線をやると、氷に閉ざされた大地が見えてくる。かと思えば、さらにしばらくしてから見渡すと、地の裂け目からマグマさえ見える、灼熱の大地の姿もある。

 この浮遊島のスピードは、一般的にかなりメチャクチャなのだろう。そうでなければ、凍土と熱帯と平原がこの短時間で見れるなんて、絶対にありえることじゃない。

 しばらく間をあけたあと、おずおずとルカは口を開いた。

「おまえは、『ラミ』を知っているか?」

「貴様、ラミの知り合いなのか!?」

 驚いた表情を浮かべて、ラトはルカを見た。

 ルカは小さく首を横に振った。

「わからない。 だが、俺はラミを知っているかもしれない。 ラミは、何か言っていなかったか?」

 ルカはそう尋ねてきた。

何も言っていなかった、そう答えようと思ったラトだが、ふと以前、出会った時につぶやいていたラミの言葉を思い出した。

「会いたい人に会えない辛さは、本当にすごく悲しいことなのだから・・・・・・」

 そうだ。

あの時の彼女の言葉には、俺を責めるような調子は含まれていなかった。もし俺を責めようとして言ったのなら、俺は間違いなく猛烈な反発を覚えたはずだ。

それにむしろあの言葉には、どこか自分に言い聞かせるようなニューアンスみたいなものがなかったか?

会いたい人って、もしかしてルカのことか?

 ラトは考え込むように腕を組んだまま、沈黙で答えた。

 まっすぐにラトを見つめたまま、ルカはまた訊いた。

「何か・・・言っていたのか?」

ラトはルカに真摯な瞳で問いつめられて、何故か、いつものように強情を通すことができなかった。

見つめられて三秒ほどでラトはあっさり口を割り、ラミが言ったあの言葉のことを話し出していた。

「・・・・・・・・・・と、いうわけだ」

心の底では、誰かに聞いてもらいたがっていたのかもしれない。

自分でも驚くほど素直に、ラトは促されるままルカに事の次第を打ち明けていた。

それに、ラミのあの言葉のことだけではなく、いつのまにか、ララティアのことさえも話してしまっていた。

 ルカは、そんなラトの話を真剣なまなざしで聞いていた。

「おまえの話を聞いて、一つ思ったことがある」

 ふいに、ルカの言葉がラトの耳に飛び込んできた。

ラトはルカを見た。ルカは言った。

「おまえの言うララティアは、ラミに似ているな」

「ラ、ララティアと?」

と、ラトは言った。

「ララティアって、俺がさっき話したララティアのことか!?」

「ああ」

「あのララティアとラミが似ている? い、一体どこがだ? 冗談だろうが!」 確かに、最初はラトも、ララティアとラミは似ているなとは思った。だが、結局は外見だけが似ているだけで、中身は間違いなく似ていない。

 ラミはあんな暴走気味な性格ではないし、聞いたことをすぐ忘れるような頭の持ち主でもない。それに何より、ララティア特有の、人に無理強いするようなこともないだろうし。

「そういうことではない」

「どういうことだ?」

 ラトはきょとんとする。

「ラミも、おまえとララティアとの関係のように、俺に複雑な感情を持っているらしい」

 ラトはぽかんと口を開いた。

 複雑な感情って、一体何のことだ?

 そんなラトの思いとは裏腹に、ルカは最初に口にした言葉を再び発した。

「俺は・・・・・やはり、彼女を、ラミを知っている?」

 ルカは少しだけ悲しそうな顔をして、首を小さく横に振った。

「・・・・・わからない」

 そんなルカの言葉を聞き終え、ラトは不思議そうにうなった。

それから首を傾げた。

「おまえ、もしかして、記憶がないのか?」

 ラトは怪訝そうにする。

 それまでのルカの物言いでは、明らかにそうとしか考えられない。

 だが、それには答えずに、ルカはラトから視線をそらし、夜空へと視線をやった。

「・・・・・いや、すべての答えは、サークジェイドが握っているはずだ」

「聞けよ!」

 吐き捨てるように、ラトは叫んだ。

 だが、当然、ラトの言葉はルカに届くことはなかったのだった。





 翌日、ラト達は再び、旧都ソルレオンの門をくぐった。

 旧都ソルレオンは、不気味なほど静まり返っていた。

 普通なら、守備兵が多数待機して、門兵や巡回の兵だって必ずいるはずだろう。

 でも、ここにはそういった役割を果たす人間はいなかった。

 というよりもどのような類の人物も見当たらなかった。何しろ、街の人々は全て、すでに連れさらわれてしまった後なのだから。

 石畳の道に響くのはラト達の足音だけで、いかなる気配も感じ取ることはできない。当然、あるべきものがないことが、ラト達の不安を増大させていた。

「本当に、ここにサークジェイドがいるのかよ!」

 それまで敵に気づかれぬように無言で進んでいたラトだったが、ついに我慢しきれなくなって、ラトはアリエールを問い詰めた。

「間違いないはずよ」

 あくまで冷静な物言いで、アリエールは言った。

「だが、もぬけの殻なのはどういうことだ! そのサークジェイドとかいう奴は、すでに別の場所に新たな居城を構えたんじゃないだろうな!」

「だが、あれを見ろ」

 ルカは二匹(?)の会話に割って入った。

「家や壁には、ちゃんと灯かりが灯っている」 ラト達がそれまで通ってきた道には、門も通路も家も、決して真っ暗ではなかった。

 だからこそ、ラトはルカ達に告げられるまで、ララティアがさらわれたのだとは微塵にも思わなかったのだ。

「・・・・・少なくとも、ここに人がいることは間違いないようだ」

 そんなルカの言葉にも、ラトは納得しなかった。すかさず食ってかかる。

「それなら、何で誰も外にいないんだ!」

 街の人はいないにしろ、サークジェイドの配下の者はいてもおかしくない状況のはずだ。

「それは――」

 ルカがラトの疑問に何かを答えようとした、そのときだった。

「ルカ・・・・・?」

 見覚えのある赤い髪の女性が口を押さえたまま、ルカの目の前まで進み出た。

そしてルカの顔を凝視した。

「えっ?」

 と、今度は勝手に言葉が彼女の口をついて出た。

 ルカは、彼女を無言で見つめていた。

 まるで何かを訴えかけるようなその眼差しに、どこか見覚えがあったからだ。柔らかな笑みにも。彼女の顔と立振舞いの向こう側に、丘と何かを自分に請う彼女の姿が見えた気がした。

『自分を嫌いにならないで』

 頭の中で声が響いた。

 ルカは一瞬、言葉を失った。

俺は彼女を知っている・・・のか?

「ラミ・・・・・?」

 ルカはただ一言だけ言った。

「もしかして、ルカ?」 動揺するラミは、ルカにそう聞き返した。

 宝石のような美しい瞳が、ルカの顔を覗き込んだ。

 ラミの瞳に、ゆっくりと驚きと理解の色が広がってゆく。

「ルカ! 会いたかったわ!」

 と、ラミは叫んだ。

 彼女の顔が理解と懐かしさと喜びで輝いた。

「おい!」

「ぐええ!」

 ラミはそう言うと、思いっきりルカを抱きしめる。

 その反動でルカは尻餅をつき、ラトはそのまま、二人の下敷きとなった。

「会いたかった。会いたかったわ」

 ラミはとても嬉しそうに笑うと、何度も何度もそうつぶやいていた。

「こんな目に遭うなら、会ってほしくなかったわい!!」

 二人の下敷きとなってしまったラトは、激しく不満そうにそう絶叫した。

「おい!」

 しばらくの間、呆然としてラミを見つめていたルカだったが、不思議そうに顔をしかめた。

「えっ?」

 ラミは首を傾げる。

 ルカは真剣な瞳でラミに告げた。

「貴様は誰だ? 何故、俺のことを知っている?」

 ラミはそれを訊くと、悲しげに表情を崩した。

 ルカは何故だか不意に、息苦しさを覚えた気がした。

 柔らかな笑みを浮かべたまま、ラミは言った。

「・・・・・覚えていないのね」

「・・・・・すまない」

「いいのよ。 あなたが生きていてくれた、それだけで・・・・・私は」

 ラミは少しだけ悲しそうな顔をして、首を小さく振った。



 あれは多分、まだラミがルカと離れ離れになってしまう前の出来事――、ララティアがいた未来での事だ。

 誰もが生まれた時から名声を得ているわけではないように、あるいは生まれたその時から罪人としての宿業を背負っているわけではないように、もちろんルカも生まれた時から、人々に恐れられてはいなかった。

 そう、彼が自らの力を使うまでは――。

「くるな! 化け物め!!」

 人々は殺意に満ちた声でルカを罵った。

「近寄るな! うわあああ―――――!!!!!」

 誰かがそう叫んだ。

「ルカ、気にすることないわよ」 彼らのやりとりを聞いていたラミが突然声を荒げた。ムッと表情を曇らせる。

「気にしてないさ」

 その言葉を耳にした時、ルカは表情を浮かべずにそう言った。

驚いた様子もなければ、何を言われたのかわからないといった戸惑いの表情も一切浮かべていなかった。

 ルカはまるで、何か微笑ましい出来事でもあったように微笑した。

 ラミはそれを見て、少し表情を曇らせた。

「本当? ルカはいつも気にしているのに、無理して言っていない?」

「そうかも・・・・・な」

 ルカは微笑みをより深くして顔を上げた。

「やっぱり、嘘じゃないの!」

「自分の力を恨んでも仕方ないさ」

 ラミは、ルカの表情を見つめ直した。

 驚きも苦悩のかけらもない微笑。

 でも、どこか寂しげな姿だった。

「そうかもしれない」

 ラミはぽつりとつぶやいた。

 もしかしたら、ルカは私の目の前からいなくなってしまうかもしれない。

 この時、何故だか、そんな不安が過ぎって離れなかった。

 急にその思いが、ラミの胸に重くのしかかってきた。

 ラミは胸元に手を当てると願うかのように言った。

「でも・・・・・、でも!」

「でも?」

 ルカは鸚鵡返しにつぶやいた。

 ラミが何を言おうとしているのか、まるで想像がつかなかったからだ。

 ラミは真っ直ぐにルカを見据えた。

「自分を嫌いにならないで」

 ラミは、はっきりとそう言った。

「私はあなたのことが好きだから、誰よりも好きだから・・・・・!!」

 ラミは顔を赤らめながらそう告げた。どこか、つぶやくような噛み締めるような声で・・・・・。

「だから、私のそばからいなくならないで」

 微笑んで、ラミは胸の前で腕を組んでみせた。


 願うことは祈り。祈ることは力だ。

 それは比喩的な意味でも正しいかもしれないけれど、それでも私の場合は、完全なる現実であるように願った。

 でも、この後、ルカは私の前から姿を消してしまった。聞いた話によると、彼は黒の導師『サークジェイド』に会いに行ったらしい。

 でも、それが本当のことなのかは、私には分からなかった。

 何故なら、彼は決して『力』を求めてはいなかったのだから・・・・・。

 サークジェイドに会いに行く理由など、始めからないのだから。



「うっ、ううっ・・・・・」

 気がつくと、ラミはその場で膝をつき、泣いた。ずっと泣いていた。

 ルカの笑顔や、彼と過ごした楽しかった思い出が、何度も何度もラミの頭を過ぎっては消えていった。

 泣きながらふと、ラミの脳裏に、あの時の会話の内容が蘇った。

 自分の力を恨んでも仕方ない、とルカは言った。

その通りかもしれない、とラミは思った。

「・・・・・すまない」

 ルカは申し訳なさそうに、再びそう言った。

 ラミは小さく首を横に振った。

「違うの。 悔しいの」

「悔しい?」

「あなたの力になれなかったことが悲しいの」

 ルカの問いに、ラミはそう答えた。

「そんなことはない」

 ルカの表情が不審(ふしん)に揺れた。ラミはきょとんとする。

「えっ?」

 その時初めて、ラミはルカが自分のことを見つめていることに気がついた。

ラミの瞳の表情が、「理解不能」に切り替わった。

 それでも、ルカは言った。

「何故だか分からないが、そう思うんだ」

「ルカ・・・・・」

 ラミは頬を染めて、日だまりのような笑みを浮かべた。

「一応、主役は俺なんだが!!」

 すかさず、ラトが割って入る。

だが、そんなラトの叫びなど露知らず、ラミは言葉を漏らした。

「ルカ! この鍵を使って!」

 ラミはそっと、ルカに銀色の鍵を渡した。

「これは・・・・・?」

 ルカは怪訝そうに鍵を見つめる。

「この鍵で、地下に、サークジェイドのいる地下に行けるはずよ」

「わかった・・・・・」

 ラミの言葉に、ルカは力強く頷いてみせた。

 どこで鍵なんか、手に入れたんだ?

 というか、何故、ラミは無事なんだ?

 そう疑問を抱かずにはいられないラトだった。

「ルカ」

 真意の眼差しで、ラミはルカを見つめた。

「なんだ?」

「気をつけてね」

「ああ」

 そう答えるルカに、ラミはとろけるような微笑みを向けた。

「心配するな」

 ラトは力強く宣言した。

 だが、別にラミはラトの心配をしているわけではなかった。

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