表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/39

第15章 運命との出会い

最近、更新が遅れぎみですみません(汗)

ドゴゴーン、グワワーン。

「レー兄―、レー兄ってば―!」

 地の底からわき上がってくるような轟音(ごうおん)と唇音に負けない大声が呼ぶ。

「まだ、早いだろうが・・・・・」

 高級感あふれるベットの中から寝ぼけた返事。

 起こしに来たらしい少女は赤い髪を頭の左右でぎゅっとまとめて、爆発したように広がっている。

「予定を変更して、これ(・・)で起こそうと!」

エヘヘと笑いながら、少女は手をさりげなく後ろに回した。

その手には、自分の背丈くらいはある長い杖を持っている。

どうやら起きなかったら、これで叩き起こすつもりらしい。

と、その声が聞こえたか、ベットに横たわっていた少年が低く唸りながら上体を起こした。まだ、目は覚めていないようだ。目をこすりながら、伸びをする。

見たところ、少女とあまり変わらない年齢の少年だ。十歳くらいだろうか。

銀色の髪にスカイブルーの瞳の少年が上体を起こすと同時に、隣の机に置いてあったタオルは風もないのに勝手に舞い上がり、少年の肩のあたりではためく。

「何事だ。 ティナー? おちおち寝ていられないではないか!」

 ようやく、ベットの脇にいるのが誰かわかったのか、少年は腹立たしいと声を上げた。もっとも、言葉ほど怒っている様子はないのだが。

「それどころじゃないよ! レー兄! なんか凄いのが出てきて、このお城を壊しているんだよ!」

 ティナーと呼ばれた少女は少し不満そうに杖を隠すと、どこか楽しそうに物騒なことを言った。

「なんだと?」

「すごいよね〜❤」

 あくまで嬉しそうに言うティナーに、レークスは陰険な目つきでティナーを見つめていた。

じっと何事か考えこんだ後、ポンと手を叩く。その口元にはにやりと愉快そうな笑みが浮かんでいた。

「面白い。 望むところだ。 地の魔王の恐ろしさを永遠に刻みこんでやる、この俺に挑んできた、どこかのバカのお天気な脳みそにな!」

 余裕の高笑いを放つと、ビシッと指を突きつけ、レークスは立ち上がった。

 そんなレークスに、おずおずとティナーは心配そうに声をかけた。大げさに手を広げてみせながら。

「でもでも、すごく強そうだったよ! レー兄!」

「俺よりも強い奴などいない!」

 きっぱりとそう断言したレークスに、ティナーは明るくすっとぼけた声で訊いた。

「じゃあ、天の魔王よりも強いんだね❤」

 ティナーのその言葉に、レークスは顔をしかめる。

「どうして、そこでフレイムを引き合いに出す?」

 ぶすっとした顔でレークスは叫ぶが、ティナーはまるで聞いていないらしく、言葉を続けた。

「で、どうするの、レー兄。 行くの? 行かないの?」

「行くに決まっているだろうが。 城の塔から見てやるから、おまえも来い、ティナー」

 鷹揚(おうよう)にティナーに命じると、レークスは塔に登っていった。

 登るに従って外から派手な音が聞こえてきた。合間にズーンと地震のような振動。

 城から離れたところには森が広がっている。

 その森のど真ん中に巨大な魔物が立っていた。

 身の丈は城の塔に達し、二本の足で歩くたびに地震を起こしている。豪腕で塔を薙ぎ払い、マントで竜巻を起こす。頭には二本の角が伸び、目は溶鉱炉のように真っ赤に燃えている。しかも、確実に城を破壊しているようだ。

「俺の城になんてことしやがるのだ! どこのどいつだ!」

「アグリーさん達の知り合い」

 唐突なティナーのセリフに、レークスは目を丸くして驚愕した。

「なにぃ!?」

 ティナーはそこでエヘヘと笑いながら、言い直す。

「――じゃなくて、全く知らない人だよ!」

「・・・・・真顔で冗談を言うな」

 大きな溜息をつくと、レークスはガクッと肩を落とした。

 こいつの場合、冗談なのか、本気なのかがいまいち分からないな。

じろりとにらんでみせたが、ティナーは全く気づかず考え込んでいる。

「でも、アグリーさんの全くの知らない人っていうわけじゃないみたいだよ!」

「どういうことだ?」

 少々の期待を込めて尋ねると、ティナーはなんとも複雑な顔でうなずいた。

「えっと、そのことを聞くのを忘れちゃいました。 てへへ❤」

 ティナーはしゅんと肩を落とし、情けない声でつぶやいた。やっぱり、質問と答えが今ひとつつかみ合わない。

「えぇい、もういい! 貴様に聞いた俺がバカだった」

 直接アグリーに、そのことを確かめさせればいいだろう。

 ティナーを振り払うように、ざかざかと歩き始めたレークスをティナーが引き留めた。

「ねえ、レー兄」

「なんだ? もう、おまえと話すことはないぞ」

 レークスがそう言い放つと、ティナーは我が意を得たりとばかり目を輝かせて説明を始めた。

「あのね。 このパターンだとね、必殺技を弾き返されたヒーロが一旦こてんぱんにやられて、新たな新必殺技を覚えるために地獄の特訓をするんだよ!」

「おい、それはリアクの入れ知恵か」

 不満そうなレークスを無視して、ティナーは断言した。

「それでね、その新必殺技で逆転勝利を収めるんだって!」

「つまり、なんだ、ここで俺がやられて、これからずっと特訓シーンが続くと言いたいのか、おまえは?」

 今までの苛立ちを思い出したのか、レークスはくわっと目を見開いてティナーに噛みついた。

 ティナーも負けじと、きょとんとした顔のまま、レークスに訊いた。

「違うの?」

「違うわい!」

 レークスはブツブツ言うティナーにそう言い放つと、思いついたようにティナーに言いつける。

「ああ、そうだ。 アグリーも呼んでおけよ」

「ええっ! 今から?」

 面倒くさそうに、ティナーは首を傾げた。

「緊急時に来れんような家来なら、罰を与えるだけだ」

「レー兄、すご―い!」

 当然のことのように言うレークスに、ティナーはぱあっと顔を輝かせた。

「ふっ、当たり前のことだ。 騒ぐな」

 レークスは前髪をかき上げた。本人はキメてみせたらしい。

 だが、当のティナーは、そのことには全く気づいていないらしい。

「見せしめのためにも、後で徹底的に教え込んでやる!」

「何を教え込むの? レー兄」

 ティナーは首を傾げた。

「お勉強とか?」

「おまえは知らなくていいのだ。 さあ、とっとと行くぞ!」

 レークスはごまかすかのように、威勢よく拳を突き上げた。


「こいつは素晴らしいな」

 レークスが感嘆の声を上げたのは、城の惨状を見てだ。

 その言葉に即座に反論したのは、金色の髪と澄んだ青い瞳が印象的な少年だ。 

「どこが素晴らしいんですか! せっかく造った城をこんなにメチャメチャにされたんですよ!?」

 彼――アグリーが腕を振って城を示す。

 塔は中程でへし折られ、木は蹴り飛ばされて木が木の上に乗っている。石畳で舗装された道路は陥没し、でかい足跡がハンコのように押されている。

「この壊しっぷりはある意味、芸術的だぞ」

「レー兄には及ばないけれどね!」

 ティナーはそう言って、はにかんだ笑みをレークスに向けた。

 とたん、レークスは満足そうににやりと笑う。

「そう誉めるな、ティナー。 照れるではないか」

「誉めてはいないと思いますが・・・・・」

 憮然とした態度で言うレークスに、アグリーはげんなりとする。

「あの、アグリー様」

 アクアが遠慮がちにつぶやく。

「どうかしたのか? アクア」

「もう、そこまで迫ってきているみたいです」

 困ったように顔を上げたアクアの目と鼻の先には、巨大な魔物の姿があった。次の一歩でレークス達を踏みつぶせる距離だ。

 ゴウッと風を切って、足が接近してくる。

「心配するな、アクア」

 リアクはフッと鼻で笑う。

「こんな奴、俺様、一人で――」

 リアクはそう言い終える前に、その魔物の大きな右手に吹き飛ばされてしまう。悲鳴を上げる暇もなく、リアクは空高く舞い上がった。

「リアク!」

「兄さん!」

 アグリーとアクアの悲鳴がはもる。

「どうして、ここにクロレスがいるんだ・・・・・」

 アグリーはぎりっと歯ぎりした。

「やはり、貴様の知り合いか!」

 レークスがすかさず言い寄るが、アグリーは愕然とした様子で立ち尽くしていた。見れば、アクアもがたがたと体を震わせている。

「・・・・・あ、あいつは、アグリー様が、た、倒したはずなのに」

 怯えるかのように、アクアはつぶやく。

 そんな、そんなことって・・・・・。

 これは何かの間違いだ。そう思ってしまうほど、目の前のクロレスは以前、戦った時となんら変わらない雰囲気を漂わせていた。

 クロレスが生きているはずはない。確かにあの時、倒したはずなのだから――。

 アグリーは、そしてアクアはそう思う。

 しかしやはり――目の前の魔物は、アグリー達が以前戦った魔物――クロレスだった。

「どうして、ここにクロレスがいるんだ!」

 アグリーが再び、同じ言葉を叫んだ途端、 魔物がぴたりと止まった。

「アグリー・・・・・今の声は、アグリー=ピースか」

 魔物とは違う別の声が、辺りにこだまする。

「貴様、何者だ!」

「おや、わたくしのことを覚えていらっしゃらない? 薄情な方ですねぇ」

 魔物の肩先で、男が笑った。敬語こそ使っているものの、(ごう)(がん)な響きがある。

 どこかで聞いた声だったが、どうにも思い出せない。

 どこだ? どこで聞いたんだ?

 アグリーは記憶を思いっ切りかき回し、思い出そうとした。

 ところが、脳がちりちりと熱くなるばかりで、抽象的なイメージしか引き出せない。

 意思を無視し、頭が思い出すことを拒否しているようだった。ただ何故か、嫌な予感だけがしていた。

「無理もないかもしれませんね。 だいぶ昔のことですから。 ですが、お嬢さんの方は覚えていらっしゃったようですがね?」

 ちらり、と男がアクアに視線をやった。鋭く暗い眼差しに、アクアはびくんと背中を震わせた。

「また、お会いしましたね、お嬢さん。 以前はどうも」

「おい、どうしたのだ?」

 いぶかしげなレークスに答える余裕もなく、アクアは震える唇をこじ開けた。

「嘘・・・・・、嘘です! あなたが生きているわけがない! 私達の街を滅ぼしたあなたが生きているわけがない!」

「そう、ですね。 私とクロレスは以前、アグリー=ピース、あなたに倒されたのですから」

 その言葉に、突如、アグリーの心に動揺が走った。

 生きているはずがない――。

 そう心の中で何度も何度も繰り返すが、アグリーの目の前にいるのはまぎれもなく、あの時戦った男だった。

 アグリーは、喉を裂かんばかりの大音響を上げる。

「貴様は・・・・・ブレインなのか!?」

「ご名答。 アグリー=ピース、あの時の恨みを晴らしに参りましたよ」

 襲撃者ブレインが、にたりと笑って一礼した。


「ほう、あいつらに敵がいるのは驚きだが、つまりだ。 少しは魔王の配下として染まってきたということだな」

 その様子を、いつのまにか遠巻きにして見つめていたレークスが感嘆の吐息を吐く。

「わくわくするね! レー兄」

 ティナーは指をからませながら、胸をどきまきさせた。

「なにがだ?」

「勇者と巨大怪獣の戦い、ドキドキするね❤」

 うっとりと瞳を輝かせ、ティナーはこくこくと頷いた。

「そ、そうか・・・・・?」

レークスが呆れたように首を傾げる。

巨大怪獣ではないと思うが――。


 そんな二人を尻目に、アクアは両手を胸に当て、動揺を隠せないまま声を張り上げた。

「どうして、どうして、あなたがここにいるの!」

「簡単なことですよ。 わたくしがあの時、本当は死んでいなかった。 それだけのことです。 もっとも、このクロレスを復活させるのには、いささか時間がかかってしまいましたけれどね。 しかし、まさかわたくしも、あなた方があの地の魔王の城にいるとは思いませんでしたがね」

「そんな・・・・・」

 今度こそ、アクアは打ちのめされた。よろけたところを、がしりと誰かにつかまれる。

 それは怒りで顔を赤く染めた、リアクだった。

「貴様は、俺様が倒す!」

「先程、クロレスにやられた負け犬が、余裕ですな」

 ブレインがすっと、ごつごつとした手のひらを前に突き出す。

「やかましい、元祖負け犬!」

 リアクは愛用の剣を抜き払う。


「あいつが剣を使うところは初めて見るな」

 珍しいものでも見るかのように、レークスは吐き捨てる。

「いつも、レー兄に、剣を抜く前にやられているもんね!」

「まあな」

 ティナーがそう言って微笑むと、レークスは満足げに頷いてみせる。


「今度こそ、倒してみせる!」

 アグリーは指を突きつけてそう宣言する。

そして同じように、アグリーも愛用の剣を抜き払った。

「私達の故郷を滅ぼしたあなただけは、許さない!」

 アクアは手のひらを前に広げると、呪文を唱え始める。

 その光景を、ブレインがさも愉快そうに眺めた。

「面白い、あなた方の成長を見させていただきますよ!」

 どこから調達してきたのか、刃の光もまばゆい新品の洋剣を、ブレインはがちゃりと構えた。

「ブレイン」

 ざっ、とアグリーは一歩前に出た。そのまま、真っ直ぐクロレスへと、ブレインへと近づいてゆく。

「セルウィンの配下である貴様を、今度こそ倒してみせる!」

「それは、どうでしょうか?」

 決然とした表情でそう言い放つアグリーに対して、ブレインはにやりと余裕の笑みを浮かべた。



戦いの幕は、クロレスの怒りの咆哮が放たれるとともに切って落とされた。

「くっ!」

アグリー達は申し合わせたように、左右に散ってそれを逃れる。

だが、それは、細胞が分解するかと思える程の重低音で、周囲数十キロを揺るがした。

塔が唇音で崩れ、逃れていたアグリー達全員がショック状態で落ちてゆく中、レークスとティナーは耳を押さえてつぶやいた。

「すっ、すごいね・・・・・」

「うるさいだけだ」

 感心したように目を輝かせたティナーとは逆に、レークスはうんざりしたかのように抗議の声を上げた。

「こ、こうなったら!」

 リアクは額を押さえながら、不機嫌に唸った。

「俺様の新必殺技で・・・・・」

 右足をだんと出すと、リアクはびしっとクロレスに言い放った。

「超ウルトラスーパースペシャルデラックスエキスサイトシルバーデンジャラスキ〜〜〜〜ック――!!!!!」

 リアクは長い必殺技を叫びながら、そしてクルクルと回りながら、クロレスにキックを炸裂させた。パキッと鈍い音が響き渡る。

「やったな! リアク!」

 アグリーは思わず歓声を上げた。

だが――。

「ぐあっ!?」

 リアクはいきなりの激痛に、思わず叫んでしまう。

 そして、絶叫する。

「何故だ! 何故、俺様の新必殺技が効かないばかりか、俺様の足がやられるんだ!?」

 右足を押さえて、右膝がいとも簡単に屈してしまったリアクを見て、アクアはげんなりとした表情をみせた。

――やっぱり、兄さん、骨を折ってしまったんですね――。

意気消沈したまま、アクアは悲しげにそう思った。

どうやら、敵を倒すどころか、リアクは逆に攻撃をして骨折をしてしまったらしい。

 アクアがそうしみじみと感じている間に、リアクは自信ありげにニコニコしながら、再びかろうじて立ち上がった。

「ふっ、なかなか、やるようだな。 俺様にここまでのダメージを与えた敵は、貴様が初めてだ。 だが、俺様の新必殺技はあれだけではないぞ! 喰らえ! 必殺技、パートⅡ!!」

 リアクはクロレスに向かって、勢いよく飛び跳ねる。

波動(はどう)流派(りゅうは)雷風獄炎(らいふうごうえん)ヘッドバット―――ッ!!」

 リアクの放ったヘッドバット――つまり頭突きは、クロレスの胸に命中する。

「こ、今度こそ、やっ、やったのかな?」

 アグリーは恐る恐るつぶやく。

 言っていることとは違い、まるでそんなことはあり得ないような言い方だ。

 すかさず走り寄ったアクアが、リアクに声をかける。

「大丈夫? 兄さん」

アクアは真剣な顔でリアクの前にしゃがみこむと、リアクの右足に治癒魔法をかけ始めた。

「何をやっているのだ。 俺様は・・・・・」

荒い呼吸の合間に、リアクはつぶやいた。

頭と脇腹を抱え込むようにしてリアクは咳き込んでいる。

「何故だ! 何故、俺様が攻撃する度に俺様にダメージが返ってくるんだ!!!!!」

困惑したリアクは、再び大声で絶叫した。

 そんなリアクの様子を、アクアは悲しげな表情のまま、見つめていた。

 ――兄さん、まだ、自滅していることに気づいていないんですね――。

 アクアははあっと溜息をついて、がくんと肩を落とした。

 それに、とアクアは思う。

今まで、兄はいろいろな人達に挑戦してきたんだけれど、誰にも勝てた(ためし)がなかったはずなのだ。

 でも、間違いなく、そのことを兄に指摘しても、それが伝わることはないだろう。

 そう思うと、尚更、アクアは思いっきり傷心してしまうのだった。

「何がしたいのか、分かりませんね」

 ブレインは楽しげに笑った。

 そして、アグリーに視線を向ける。

「次は、あなたの番ですよ。 アグリー=ピース」

 不適に笑うブレインに、アグリーは黙って剣を構えた。

「ふっ、以前は、まぐれでかろうじて勝てた我々の前にひるみませんか」

 ブレインは嘲笑するかのようにつぶやくと、クロレスに振り返った。

「アグリー=ピースは、わたくしの獲物ですよ。 手を出さないで下さいね」

 そしてまた、アグリーを見た。

「ふふふっ、いいでしょう! あなたには、再びお見せしましょう。 このわたくしの力を」

 ブレインは陽気に笑うと、虚空から剣を取り出した。炎に包まれた真っ黒い剣だ。

それはブレインの愛用の剣で、かって戦った時、アグリー達を散々苦しめた剣だった。

「終わりですよ。 アグリー=ピース」

 剣を一文字に振るって、ブレインは近づいてきた。

 アグリーは応戦しようと試みるが、一瞬早く、ブレインの横薙ぎに放った剣が衝撃波を伴ってアグリーを襲う。

「くっ!」

 アグリーはかろうじて、その攻撃を踏み留めることに成功する。

 だが、次の瞬間、ブレインの放った巨大な炎のドームがアグリーを包み込んでいた。

「アグリー様!」

 アクアが小さな悲鳴を上げる。

「アグリー!」

 リアクが顔を上げて、声の限りに叫ぶ。

 だが、何の返答もない。

「あっ!」

ティナーが驚いて、目を剥くように顔を上げた。そっと手を口元に触れる。

そんな彼らを見て、にやりと勝利を確信するブレインとクロレス。

平然としていたのは一人だけ。乾いた表情で成り行きを見守る、レークスだけだった。

「アグリーが貴様に、貴様らなんかにやられるわけがない!」

 噛みつくような勢いで吐き捨てるリアクの後ろで、アクアはがたがたと肩を震わせていた。まるで、今起きたことが信じられないように身体を強張らせる。

アグリー様は大丈夫・・・・・。

 そう信じているのに、何故か震えが止まらなかった。

 アクアは床の上に座り込むと、身体を固く丸めて震え始める。彼女の見開かれた目は何も見ておらず、口は空気を飲み込もうと開閉を繰り返すが、けれど胸は呼吸の兆候をなかなか示さない。

「アクア、しっかりしろ!」

 リアクがアクアの手をしっかりと掴むと、アクアは少し落ち着いたのか、リアクの胸に抱きつく。

「さあ、終わりにしましょう」

 アクアを守るようにその前に立ったリアクに向けて、ブレインは剣を構える。どうやら、一緒に切り裂くつもりらしい。

「やばいよ、レー兄!」

 ティナーが今にもやられそうなリアク達から目を背けて、声を上げる。

 が、レークスは腕を組んだまま動かない。

「レー兄!!!」

 ティナーが我慢できずに声を上げた時、

「なにぃ!」

 ブレインの悲鳴がこだました。

「えっ?」

 ティナーはびっくりして、ブレインがいた方向を見る。

 そこには、ティナーの父であるラストが立っていた。その隣には、ティナーの母であるミューズも微笑んでいる。

 どうやら、ブレインの一瞬の隙をついて、ラストが間合いを詰め寄って、彼に致命傷を与えていたらしい。

 その背後で、アグリーが荒い呼吸を立てながらも、にこりと笑みを浮かべていた。

 いささか、傷を負っているようだが、大丈夫なようだ。

「アグリー!」

 リアクはガッツポーズをしながら、嬉しそうに叫んだ。

アクアは声が出なかった。

ただ、大きく頷くと、少し寂しげに笑った。彼女の瞳から、涙かぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。

「この・・・・・こわっぱがぁっ!」

残されたクロレスは、怒りの咆哮を放つ。「原子すら残らぬほどに粉砕してくれるわ!」

クロレスは右腕を振りかぶった。拳の周りに炎が渦を巻いて轟音を発する。

「次は貴様か」

 ラストは腕を組んだまま、平然と炎の熱気を受け止める。

「砕け散るがよい!」

 クロレスは言い放つや、炎の拳をラストに叩きつけた。ラストの何十倍もある巨大な拳が炎とともに迫る。

「ラスト様!?」

 避けようともしないラストに、アグリーは悲鳴を上げる。

 だが――。

「これで終わりか」

 ラストはほんの数ミリも動かずに右手だけで、パンチを受け止めていた。

 すごい・・・・・!

 アグリーは思わず、感嘆の吐息を漏らす。

「な、なんだと!?」

 クロレスの驚愕をよそに、すかさずラストが詰め寄り、抜く手も見せずに剣を振るった。それと同時に、クロレスの身体が両断され、クロレスが力を失って倒れる。

「我々の存在(こと)をわかっていなかったようだな」

 ラストは一息つくと、まだ息のあるブレインをあざ笑うかのように言った。

「おのれ・・・・・」

 怒りに震えながら、ブレインは周囲を見回す。

「もう、手はないだろう」

 ラストがブレインに剣を突きつける。そこに苦しげなアグリーの声が重なった。

「ブレイン・・・・・、貴様の最後だ!」

 青い顔をして叫ぶアグリーを見ても、ブレインはただ不遜な笑みを浮かべているだけだった。

「・・・・・無駄なことです。 我々の今回の使命は貴様らを、アグリー=ピース、貴様を倒すことではないのですから」

「なにぃ!」

 アグリーはそれを聞いて、驚きの声を上げる。

 ブレインは傲慢な笑みを浮かべると、愉快そうに言葉を続けた。

「我々の今回の使命は、地の魔王を天の魔王の元に連れてゆくことなのですよ。 もっとも――」

 ブレインはラストを一瞬、睨むと、フッと冷笑を浮かべる。

「あなた方のせいで、地の魔王には会えずじまいでしたがね」

 そこで、ブレインは苦悶の声を上げた。

「ふふふっ・・・・・、で、ですが、すべてはあの(・・)()の思惑どおりに事は進んでいますよ。 ま、魔のミリテリア、ス、スチア=ローゼンブルも、魔王グレイス様の手に落ちたのですから―――――」

 最後にアグリーを睨みつけたブレインは、がっくりと地面に倒れ伏せた。



 戦いが終わった後も、アグリーは、いや、アグリー達はその場から一歩も動けないでいた。気まずい沈黙だけが続く。

 ――どういうことなんだ!

 アグリーは心の中で激しく詰問する。

 何故か、アグリーの心に、言い知れない不安と恐怖が襲った。

 魔のミリテリア、スチア=ローゼンブル。

 アグリーの瞳に、以前、ラミリア王国で出会った時のスチアの笑顔が過ぎる。

 あの時、やはり、あのアイズとイアズという魔族にさらわれてしまったのだろうか――。

 それに、魔のミリテリア。

 どういうことなんだ?

「くっ・・・」

 アグリーはぐっと言葉を詰まらせた。拳を突き立てたまま、ふるふると肩を震わす。その顔は一気に、まだ熟れていないリンゴのように、青ざめた表情に変わってしまう。

 それにと、アグリーはレークスを見つめる。

 あの天の魔王が、何故、今更になって地の魔王を――、レークスさんを求めているんだろうか?

 ブレインが言っていたあの(・・)()・・・・・って?


 アグリーはきつく唇を噛み締めた。先程の戦いでの勝利も、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。まるで、心に氷水(こおりみず)をかけられた気分だった。

「アグリー様―!」

「おい、アグリー!」

 振り向くと、アクアとリアクがアグリーに対して手を振っていた。

 既に、レークスさん達は先に階段を降り始めている。

「今、行くよ!」

 そう答えた後、アグリーは一瞬、後ろを振り返った。


 スチアさん・・・。

 彼女が本当に、あの魔王グレイスのミリテリアなのか―。


 アグリーは首を大きく横に振り、両手で拳を作るとぎゅっと握り締めた。

 いや、例え、そうだったとしても、僕が彼女を、魔王グレイスから、魔のミリテリアという束縛から救い出してみせる!

 必ず、護りとおしてみせるさ!

 煮えきるような熱い勇者魂を燃やしながら、アグリーは彼らの元へと歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ