第15章 運命との出会い
最近、更新が遅れぎみですみません(汗)
ドゴゴーン、グワワーン。
「レー兄―、レー兄ってば―!」
地の底からわき上がってくるような轟音と唇音に負けない大声が呼ぶ。
「まだ、早いだろうが・・・・・」
高級感あふれるベットの中から寝ぼけた返事。
起こしに来たらしい少女は赤い髪を頭の左右でぎゅっとまとめて、爆発したように広がっている。
「予定を変更して、これ(・・)で起こそうと!」
エヘヘと笑いながら、少女は手をさりげなく後ろに回した。
その手には、自分の背丈くらいはある長い杖を持っている。
どうやら起きなかったら、これで叩き起こすつもりらしい。
と、その声が聞こえたか、ベットに横たわっていた少年が低く唸りながら上体を起こした。まだ、目は覚めていないようだ。目をこすりながら、伸びをする。
見たところ、少女とあまり変わらない年齢の少年だ。十歳くらいだろうか。
銀色の髪にスカイブルーの瞳の少年が上体を起こすと同時に、隣の机に置いてあったタオルは風もないのに勝手に舞い上がり、少年の肩のあたりではためく。
「何事だ。 ティナー? おちおち寝ていられないではないか!」
ようやく、ベットの脇にいるのが誰かわかったのか、少年は腹立たしいと声を上げた。もっとも、言葉ほど怒っている様子はないのだが。
「それどころじゃないよ! レー兄! なんか凄いのが出てきて、このお城を壊しているんだよ!」
ティナーと呼ばれた少女は少し不満そうに杖を隠すと、どこか楽しそうに物騒なことを言った。
「なんだと?」
「すごいよね〜❤」
あくまで嬉しそうに言うティナーに、レークスは陰険な目つきでティナーを見つめていた。
じっと何事か考えこんだ後、ポンと手を叩く。その口元にはにやりと愉快そうな笑みが浮かんでいた。
「面白い。 望むところだ。 地の魔王の恐ろしさを永遠に刻みこんでやる、この俺に挑んできた、どこかのバカのお天気な脳みそにな!」
余裕の高笑いを放つと、ビシッと指を突きつけ、レークスは立ち上がった。
そんなレークスに、おずおずとティナーは心配そうに声をかけた。大げさに手を広げてみせながら。
「でもでも、すごく強そうだったよ! レー兄!」
「俺よりも強い奴などいない!」
きっぱりとそう断言したレークスに、ティナーは明るくすっとぼけた声で訊いた。
「じゃあ、天の魔王よりも強いんだね❤」
ティナーのその言葉に、レークスは顔をしかめる。
「どうして、そこでフレイムを引き合いに出す?」
ぶすっとした顔でレークスは叫ぶが、ティナーはまるで聞いていないらしく、言葉を続けた。
「で、どうするの、レー兄。 行くの? 行かないの?」
「行くに決まっているだろうが。 城の塔から見てやるから、おまえも来い、ティナー」
鷹揚にティナーに命じると、レークスは塔に登っていった。
登るに従って外から派手な音が聞こえてきた。合間にズーンと地震のような振動。
城から離れたところには森が広がっている。
その森のど真ん中に巨大な魔物が立っていた。
身の丈は城の塔に達し、二本の足で歩くたびに地震を起こしている。豪腕で塔を薙ぎ払い、マントで竜巻を起こす。頭には二本の角が伸び、目は溶鉱炉のように真っ赤に燃えている。しかも、確実に城を破壊しているようだ。
「俺の城になんてことしやがるのだ! どこのどいつだ!」
「アグリーさん達の知り合い」
唐突なティナーのセリフに、レークスは目を丸くして驚愕した。
「なにぃ!?」
ティナーはそこでエヘヘと笑いながら、言い直す。
「――じゃなくて、全く知らない人だよ!」
「・・・・・真顔で冗談を言うな」
大きな溜息をつくと、レークスはガクッと肩を落とした。
こいつの場合、冗談なのか、本気なのかがいまいち分からないな。
じろりとにらんでみせたが、ティナーは全く気づかず考え込んでいる。
「でも、アグリーさんの全くの知らない人っていうわけじゃないみたいだよ!」
「どういうことだ?」
少々の期待を込めて尋ねると、ティナーはなんとも複雑な顔でうなずいた。
「えっと、そのことを聞くのを忘れちゃいました。 てへへ❤」
ティナーはしゅんと肩を落とし、情けない声でつぶやいた。やっぱり、質問と答えが今ひとつつかみ合わない。
「えぇい、もういい! 貴様に聞いた俺がバカだった」
直接アグリーに、そのことを確かめさせればいいだろう。
ティナーを振り払うように、ざかざかと歩き始めたレークスをティナーが引き留めた。
「ねえ、レー兄」
「なんだ? もう、おまえと話すことはないぞ」
レークスがそう言い放つと、ティナーは我が意を得たりとばかり目を輝かせて説明を始めた。
「あのね。 このパターンだとね、必殺技を弾き返されたヒーロが一旦こてんぱんにやられて、新たな新必殺技を覚えるために地獄の特訓をするんだよ!」
「おい、それはリアクの入れ知恵か」
不満そうなレークスを無視して、ティナーは断言した。
「それでね、その新必殺技で逆転勝利を収めるんだって!」
「つまり、なんだ、ここで俺がやられて、これからずっと特訓シーンが続くと言いたいのか、おまえは?」
今までの苛立ちを思い出したのか、レークスはくわっと目を見開いてティナーに噛みついた。
ティナーも負けじと、きょとんとした顔のまま、レークスに訊いた。
「違うの?」
「違うわい!」
レークスはブツブツ言うティナーにそう言い放つと、思いついたようにティナーに言いつける。
「ああ、そうだ。 アグリーも呼んでおけよ」
「ええっ! 今から?」
面倒くさそうに、ティナーは首を傾げた。
「緊急時に来れんような家来なら、罰を与えるだけだ」
「レー兄、すご―い!」
当然のことのように言うレークスに、ティナーはぱあっと顔を輝かせた。
「ふっ、当たり前のことだ。 騒ぐな」
レークスは前髪をかき上げた。本人はキメてみせたらしい。
だが、当のティナーは、そのことには全く気づいていないらしい。
「見せしめのためにも、後で徹底的に教え込んでやる!」
「何を教え込むの? レー兄」
ティナーは首を傾げた。
「お勉強とか?」
「おまえは知らなくていいのだ。 さあ、とっとと行くぞ!」
レークスはごまかすかのように、威勢よく拳を突き上げた。
「こいつは素晴らしいな」
レークスが感嘆の声を上げたのは、城の惨状を見てだ。
その言葉に即座に反論したのは、金色の髪と澄んだ青い瞳が印象的な少年だ。
「どこが素晴らしいんですか! せっかく造った城をこんなにメチャメチャにされたんですよ!?」
彼――アグリーが腕を振って城を示す。
塔は中程でへし折られ、木は蹴り飛ばされて木が木の上に乗っている。石畳で舗装された道路は陥没し、でかい足跡がハンコのように押されている。
「この壊しっぷりはある意味、芸術的だぞ」
「レー兄には及ばないけれどね!」
ティナーはそう言って、はにかんだ笑みをレークスに向けた。
とたん、レークスは満足そうににやりと笑う。
「そう誉めるな、ティナー。 照れるではないか」
「誉めてはいないと思いますが・・・・・」
憮然とした態度で言うレークスに、アグリーはげんなりとする。
「あの、アグリー様」
アクアが遠慮がちにつぶやく。
「どうかしたのか? アクア」
「もう、そこまで迫ってきているみたいです」
困ったように顔を上げたアクアの目と鼻の先には、巨大な魔物の姿があった。次の一歩でレークス達を踏みつぶせる距離だ。
ゴウッと風を切って、足が接近してくる。
「心配するな、アクア」
リアクはフッと鼻で笑う。
「こんな奴、俺様、一人で――」
リアクはそう言い終える前に、その魔物の大きな右手に吹き飛ばされてしまう。悲鳴を上げる暇もなく、リアクは空高く舞い上がった。
「リアク!」
「兄さん!」
アグリーとアクアの悲鳴がはもる。
「どうして、ここにクロレスがいるんだ・・・・・」
アグリーはぎりっと歯ぎりした。
「やはり、貴様の知り合いか!」
レークスがすかさず言い寄るが、アグリーは愕然とした様子で立ち尽くしていた。見れば、アクアもがたがたと体を震わせている。
「・・・・・あ、あいつは、アグリー様が、た、倒したはずなのに」
怯えるかのように、アクアはつぶやく。
そんな、そんなことって・・・・・。
これは何かの間違いだ。そう思ってしまうほど、目の前のクロレスは以前、戦った時となんら変わらない雰囲気を漂わせていた。
クロレスが生きているはずはない。確かにあの時、倒したはずなのだから――。
アグリーは、そしてアクアはそう思う。
しかしやはり――目の前の魔物は、アグリー達が以前戦った魔物――クロレスだった。
「どうして、ここにクロレスがいるんだ!」
アグリーが再び、同じ言葉を叫んだ途端、 魔物がぴたりと止まった。
「アグリー・・・・・今の声は、アグリー=ピースか」
魔物とは違う別の声が、辺りにこだまする。
「貴様、何者だ!」
「おや、わたくしのことを覚えていらっしゃらない? 薄情な方ですねぇ」
魔物の肩先で、男が笑った。敬語こそ使っているものの、倣岸な響きがある。
どこかで聞いた声だったが、どうにも思い出せない。
どこだ? どこで聞いたんだ?
アグリーは記憶を思いっ切りかき回し、思い出そうとした。
ところが、脳がちりちりと熱くなるばかりで、抽象的なイメージしか引き出せない。
意思を無視し、頭が思い出すことを拒否しているようだった。ただ何故か、嫌な予感だけがしていた。
「無理もないかもしれませんね。 だいぶ昔のことですから。 ですが、お嬢さんの方は覚えていらっしゃったようですがね?」
ちらり、と男がアクアに視線をやった。鋭く暗い眼差しに、アクアはびくんと背中を震わせた。
「また、お会いしましたね、お嬢さん。 以前はどうも」
「おい、どうしたのだ?」
いぶかしげなレークスに答える余裕もなく、アクアは震える唇をこじ開けた。
「嘘・・・・・、嘘です! あなたが生きているわけがない! 私達の街を滅ぼしたあなたが生きているわけがない!」
「そう、ですね。 私とクロレスは以前、アグリー=ピース、あなたに倒されたのですから」
その言葉に、突如、アグリーの心に動揺が走った。
生きているはずがない――。
そう心の中で何度も何度も繰り返すが、アグリーの目の前にいるのはまぎれもなく、あの時戦った男だった。
アグリーは、喉を裂かんばかりの大音響を上げる。
「貴様は・・・・・ブレインなのか!?」
「ご名答。 アグリー=ピース、あの時の恨みを晴らしに参りましたよ」
襲撃者ブレインが、にたりと笑って一礼した。
「ほう、あいつらに敵がいるのは驚きだが、つまりだ。 少しは魔王の配下として染まってきたということだな」
その様子を、いつのまにか遠巻きにして見つめていたレークスが感嘆の吐息を吐く。
「わくわくするね! レー兄」
ティナーは指をからませながら、胸をどきまきさせた。
「なにがだ?」
「勇者と巨大怪獣の戦い、ドキドキするね❤」
うっとりと瞳を輝かせ、ティナーはこくこくと頷いた。
「そ、そうか・・・・・?」
レークスが呆れたように首を傾げる。
巨大怪獣ではないと思うが――。
そんな二人を尻目に、アクアは両手を胸に当て、動揺を隠せないまま声を張り上げた。
「どうして、どうして、あなたがここにいるの!」
「簡単なことですよ。 わたくしがあの時、本当は死んでいなかった。 それだけのことです。 もっとも、このクロレスを復活させるのには、いささか時間がかかってしまいましたけれどね。 しかし、まさかわたくしも、あなた方があの地の魔王の城にいるとは思いませんでしたがね」
「そんな・・・・・」
今度こそ、アクアは打ちのめされた。よろけたところを、がしりと誰かにつかまれる。
それは怒りで顔を赤く染めた、リアクだった。
「貴様は、俺様が倒す!」
「先程、クロレスにやられた負け犬が、余裕ですな」
ブレインがすっと、ごつごつとした手のひらを前に突き出す。
「やかましい、元祖負け犬!」
リアクは愛用の剣を抜き払う。
「あいつが剣を使うところは初めて見るな」
珍しいものでも見るかのように、レークスは吐き捨てる。
「いつも、レー兄に、剣を抜く前にやられているもんね!」
「まあな」
ティナーがそう言って微笑むと、レークスは満足げに頷いてみせる。
「今度こそ、倒してみせる!」
アグリーは指を突きつけてそう宣言する。
そして同じように、アグリーも愛用の剣を抜き払った。
「私達の故郷を滅ぼしたあなただけは、許さない!」
アクアは手のひらを前に広げると、呪文を唱え始める。
その光景を、ブレインがさも愉快そうに眺めた。
「面白い、あなた方の成長を見させていただきますよ!」
どこから調達してきたのか、刃の光もまばゆい新品の洋剣を、ブレインはがちゃりと構えた。
「ブレイン」
ざっ、とアグリーは一歩前に出た。そのまま、真っ直ぐクロレスへと、ブレインへと近づいてゆく。
「セルウィンの配下である貴様を、今度こそ倒してみせる!」
「それは、どうでしょうか?」
決然とした表情でそう言い放つアグリーに対して、ブレインはにやりと余裕の笑みを浮かべた。
戦いの幕は、クロレスの怒りの咆哮が放たれるとともに切って落とされた。
「くっ!」
アグリー達は申し合わせたように、左右に散ってそれを逃れる。
だが、それは、細胞が分解するかと思える程の重低音で、周囲数十キロを揺るがした。
塔が唇音で崩れ、逃れていたアグリー達全員がショック状態で落ちてゆく中、レークスとティナーは耳を押さえてつぶやいた。
「すっ、すごいね・・・・・」
「うるさいだけだ」
感心したように目を輝かせたティナーとは逆に、レークスはうんざりしたかのように抗議の声を上げた。
「こ、こうなったら!」
リアクは額を押さえながら、不機嫌に唸った。
「俺様の新必殺技で・・・・・」
右足をだんと出すと、リアクはびしっとクロレスに言い放った。
「超ウルトラスーパースペシャルデラックスエキスサイトシルバーデンジャラスキ〜〜〜〜ック――!!!!!」
リアクは長い必殺技を叫びながら、そしてクルクルと回りながら、クロレスにキックを炸裂させた。パキッと鈍い音が響き渡る。
「やったな! リアク!」
アグリーは思わず歓声を上げた。
だが――。
「ぐあっ!?」
リアクはいきなりの激痛に、思わず叫んでしまう。
そして、絶叫する。
「何故だ! 何故、俺様の新必殺技が効かないばかりか、俺様の足がやられるんだ!?」
右足を押さえて、右膝がいとも簡単に屈してしまったリアクを見て、アクアはげんなりとした表情をみせた。
――やっぱり、兄さん、骨を折ってしまったんですね――。
意気消沈したまま、アクアは悲しげにそう思った。
どうやら、敵を倒すどころか、リアクは逆に攻撃をして骨折をしてしまったらしい。
アクアがそうしみじみと感じている間に、リアクは自信ありげにニコニコしながら、再びかろうじて立ち上がった。
「ふっ、なかなか、やるようだな。 俺様にここまでのダメージを与えた敵は、貴様が初めてだ。 だが、俺様の新必殺技はあれだけではないぞ! 喰らえ! 必殺技、パートⅡ!!」
リアクはクロレスに向かって、勢いよく飛び跳ねる。
「波動流派雷風獄炎ヘッドバット―――ッ!!」
リアクの放ったヘッドバット――つまり頭突きは、クロレスの胸に命中する。
「こ、今度こそ、やっ、やったのかな?」
アグリーは恐る恐るつぶやく。
言っていることとは違い、まるでそんなことはあり得ないような言い方だ。
すかさず走り寄ったアクアが、リアクに声をかける。
「大丈夫? 兄さん」
アクアは真剣な顔でリアクの前にしゃがみこむと、リアクの右足に治癒魔法をかけ始めた。
「何をやっているのだ。 俺様は・・・・・」
荒い呼吸の合間に、リアクはつぶやいた。
頭と脇腹を抱え込むようにしてリアクは咳き込んでいる。
「何故だ! 何故、俺様が攻撃する度に俺様にダメージが返ってくるんだ!!!!!」
困惑したリアクは、再び大声で絶叫した。
そんなリアクの様子を、アクアは悲しげな表情のまま、見つめていた。
――兄さん、まだ、自滅していることに気づいていないんですね――。
アクアははあっと溜息をついて、がくんと肩を落とした。
それに、とアクアは思う。
今まで、兄はいろいろな人達に挑戦してきたんだけれど、誰にも勝てた例がなかったはずなのだ。
でも、間違いなく、そのことを兄に指摘しても、それが伝わることはないだろう。
そう思うと、尚更、アクアは思いっきり傷心してしまうのだった。
「何がしたいのか、分かりませんね」
ブレインは楽しげに笑った。
そして、アグリーに視線を向ける。
「次は、あなたの番ですよ。 アグリー=ピース」
不適に笑うブレインに、アグリーは黙って剣を構えた。
「ふっ、以前は、まぐれでかろうじて勝てた我々の前にひるみませんか」
ブレインは嘲笑するかのようにつぶやくと、クロレスに振り返った。
「アグリー=ピースは、わたくしの獲物ですよ。 手を出さないで下さいね」
そしてまた、アグリーを見た。
「ふふふっ、いいでしょう! あなたには、再びお見せしましょう。 このわたくしの力を」
ブレインは陽気に笑うと、虚空から剣を取り出した。炎に包まれた真っ黒い剣だ。
それはブレインの愛用の剣で、かって戦った時、アグリー達を散々苦しめた剣だった。
「終わりですよ。 アグリー=ピース」
剣を一文字に振るって、ブレインは近づいてきた。
アグリーは応戦しようと試みるが、一瞬早く、ブレインの横薙ぎに放った剣が衝撃波を伴ってアグリーを襲う。
「くっ!」
アグリーはかろうじて、その攻撃を踏み留めることに成功する。
だが、次の瞬間、ブレインの放った巨大な炎のドームがアグリーを包み込んでいた。
「アグリー様!」
アクアが小さな悲鳴を上げる。
「アグリー!」
リアクが顔を上げて、声の限りに叫ぶ。
だが、何の返答もない。
「あっ!」
ティナーが驚いて、目を剥くように顔を上げた。そっと手を口元に触れる。
そんな彼らを見て、にやりと勝利を確信するブレインとクロレス。
平然としていたのは一人だけ。乾いた表情で成り行きを見守る、レークスだけだった。
「アグリーが貴様に、貴様らなんかにやられるわけがない!」
噛みつくような勢いで吐き捨てるリアクの後ろで、アクアはがたがたと肩を震わせていた。まるで、今起きたことが信じられないように身体を強張らせる。
アグリー様は大丈夫・・・・・。
そう信じているのに、何故か震えが止まらなかった。
アクアは床の上に座り込むと、身体を固く丸めて震え始める。彼女の見開かれた目は何も見ておらず、口は空気を飲み込もうと開閉を繰り返すが、けれど胸は呼吸の兆候をなかなか示さない。
「アクア、しっかりしろ!」
リアクがアクアの手をしっかりと掴むと、アクアは少し落ち着いたのか、リアクの胸に抱きつく。
「さあ、終わりにしましょう」
アクアを守るようにその前に立ったリアクに向けて、ブレインは剣を構える。どうやら、一緒に切り裂くつもりらしい。
「やばいよ、レー兄!」
ティナーが今にもやられそうなリアク達から目を背けて、声を上げる。
が、レークスは腕を組んだまま動かない。
「レー兄!!!」
ティナーが我慢できずに声を上げた時、
「なにぃ!」
ブレインの悲鳴がこだました。
「えっ?」
ティナーはびっくりして、ブレインがいた方向を見る。
そこには、ティナーの父であるラストが立っていた。その隣には、ティナーの母であるミューズも微笑んでいる。
どうやら、ブレインの一瞬の隙をついて、ラストが間合いを詰め寄って、彼に致命傷を与えていたらしい。
その背後で、アグリーが荒い呼吸を立てながらも、にこりと笑みを浮かべていた。
いささか、傷を負っているようだが、大丈夫なようだ。
「アグリー!」
リアクはガッツポーズをしながら、嬉しそうに叫んだ。
アクアは声が出なかった。
ただ、大きく頷くと、少し寂しげに笑った。彼女の瞳から、涙かぽろぽろとこぼれ落ちてゆく。
「この・・・・・こわっぱがぁっ!」
残されたクロレスは、怒りの咆哮を放つ。「原子すら残らぬほどに粉砕してくれるわ!」
クロレスは右腕を振りかぶった。拳の周りに炎が渦を巻いて轟音を発する。
「次は貴様か」
ラストは腕を組んだまま、平然と炎の熱気を受け止める。
「砕け散るがよい!」
クロレスは言い放つや、炎の拳をラストに叩きつけた。ラストの何十倍もある巨大な拳が炎とともに迫る。
「ラスト様!?」
避けようともしないラストに、アグリーは悲鳴を上げる。
だが――。
「これで終わりか」
ラストはほんの数ミリも動かずに右手だけで、パンチを受け止めていた。
すごい・・・・・!
アグリーは思わず、感嘆の吐息を漏らす。
「な、なんだと!?」
クロレスの驚愕をよそに、すかさずラストが詰め寄り、抜く手も見せずに剣を振るった。それと同時に、クロレスの身体が両断され、クロレスが力を失って倒れる。
「我々の存在をわかっていなかったようだな」
ラストは一息つくと、まだ息のあるブレインをあざ笑うかのように言った。
「おのれ・・・・・」
怒りに震えながら、ブレインは周囲を見回す。
「もう、手はないだろう」
ラストがブレインに剣を突きつける。そこに苦しげなアグリーの声が重なった。
「ブレイン・・・・・、貴様の最後だ!」
青い顔をして叫ぶアグリーを見ても、ブレインはただ不遜な笑みを浮かべているだけだった。
「・・・・・無駄なことです。 我々の今回の使命は貴様らを、アグリー=ピース、貴様を倒すことではないのですから」
「なにぃ!」
アグリーはそれを聞いて、驚きの声を上げる。
ブレインは傲慢な笑みを浮かべると、愉快そうに言葉を続けた。
「我々の今回の使命は、地の魔王を天の魔王の元に連れてゆくことなのですよ。 もっとも――」
ブレインはラストを一瞬、睨むと、フッと冷笑を浮かべる。
「あなた方のせいで、地の魔王には会えずじまいでしたがね」
そこで、ブレインは苦悶の声を上げた。
「ふふふっ・・・・・、で、ですが、すべてはあの(・・)方の思惑どおりに事は進んでいますよ。 ま、魔のミリテリア、ス、スチア=ローゼンブルも、魔王グレイス様の手に落ちたのですから―――――」
最後にアグリーを睨みつけたブレインは、がっくりと地面に倒れ伏せた。
戦いが終わった後も、アグリーは、いや、アグリー達はその場から一歩も動けないでいた。気まずい沈黙だけが続く。
――どういうことなんだ!
アグリーは心の中で激しく詰問する。
何故か、アグリーの心に、言い知れない不安と恐怖が襲った。
魔のミリテリア、スチア=ローゼンブル。
アグリーの瞳に、以前、ラミリア王国で出会った時のスチアの笑顔が過ぎる。
あの時、やはり、あのアイズとイアズという魔族にさらわれてしまったのだろうか――。
それに、魔のミリテリア。
どういうことなんだ?
「くっ・・・」
アグリーはぐっと言葉を詰まらせた。拳を突き立てたまま、ふるふると肩を震わす。その顔は一気に、まだ熟れていないリンゴのように、青ざめた表情に変わってしまう。
それにと、アグリーはレークスを見つめる。
あの天の魔王が、何故、今更になって地の魔王を――、レークスさんを求めているんだろうか?
ブレインが言っていたあの(・・)方・・・・・って?
アグリーはきつく唇を噛み締めた。先程の戦いでの勝利も、手放しで喜ぶ気にはなれなかった。まるで、心に氷水をかけられた気分だった。
「アグリー様―!」
「おい、アグリー!」
振り向くと、アクアとリアクがアグリーに対して手を振っていた。
既に、レークスさん達は先に階段を降り始めている。
「今、行くよ!」
そう答えた後、アグリーは一瞬、後ろを振り返った。
スチアさん・・・。
彼女が本当に、あの魔王グレイスのミリテリアなのか―。
アグリーは首を大きく横に振り、両手で拳を作るとぎゅっと握り締めた。
いや、例え、そうだったとしても、僕が彼女を、魔王グレイスから、魔のミリテリアという束縛から救い出してみせる!
必ず、護りとおしてみせるさ!
煮えきるような熱い勇者魂を燃やしながら、アグリーは彼らの元へと歩き始めた。