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第14章 終の彼方 そして始まり

「ここって、どこだろう?」

僕はふと見上げた空が、先程までの空とは違っているのに気づいてつぶやいた。

そして、周りを見回してみる。

いつのまにか、空は夜空から昼の真っ青な空に変わり、場所も神殿の前から森の中深くに分け入った場所に変わっている。

「どういうことなんだろう?」

 僕は不思議そうに首を傾げる。

 相変わらず、緑の(こずえ)の向こうに見える空には、穏やかな青空にふわふわとした白い雲が浮かんでいる。

 僕はしばらく、周りをキョロキョロと見渡しながら、森の奥へと進んでいった。

 だが、誰一人の姿もない。

「う―ん、誰もいないのかな?」

 僕がそうつぶやきかけた、その時だった。その耳が遠く聞こえる歌声を捉えた。



  さよならと言えなくて

  本当にごめんね

  この星空(そら)に輝く小さな星

  あなたのそばにいたかった



 懐かしい声と旋律。あの時、レーブンブルクの街で、リーティングさんと一緒に歌った歌だ。微かなその声と、言葉までははっきりと聞き取れないが、そのフレーズだけは不思議と耳に残る。

「リーティングさんの・・・声?」

それは細く悲しげで、今にも消えてしまいそうな女の子の、いやリーティングさんの声だと分かったとたん、僕は声に向かって走り出していた。


 歌に導かれて、森の奥へと僕が駆け出してゆくと、そこには小さな小屋があった。その小窓の向こうに見えるのは、確かにリーティングさんだ。

 リーティングさんは寂しそうに、誰に聞かせるというわけでもなしに、たった一人で歌を歌っている。そこは、小さなベットが一つあるだけの、小さくて薄暗い部屋だった。

 僕の瞳には、リーティングさんはまるで暗闇の中の一輪の花のように見えた。

 僕は歌を邪魔したらいけない気がして、立ち去ろうとする。だが、なかなか、彼女から目が離せないでいた。

もしかしたら、そんな彼女の姿に見とれ、声をかけることも、立ち去ることすら忘れていたのかもしれない。

「あの時の歌を歌っているんだ。 リーティングさん」

 僕はあの時の、レーブンブルクでの出来事を思い出し、顔を赤らめてみせる。

 けれど、彼女の声は小さく、無粋(ぶすい)な壁に隔てられ、ここまで来てもなおその言葉までは、はっきりと聞き取れない。

 僕はもっとリーティングさんをよく見ようと、そしてもっと歌をよく聞こうと、無意識のうちに小窓にへばりつく。

「あっ・・・・・!」

その時、僕は思わず、小窓の隅に落ちていた金属片を踏んでしまう。バリィと鋭い音がし、わざと歌を邪魔するかのように、無粋な音を響き渡らせる。

「誰?」

 リーティングさんが気づいて、顔を上げる。

 僕は照れながら、最初の質問をした。

「ねえ、リーティングさん、久しぶりだね。 どうして、ここにいるの?」

 その質問の意味が分からなかったのか、リーティングさんは不思議そうに僕を見る。

僕は慌てて、思いつくことを片っ端からまくしたてる。

「レーブンブルクの街の北の森で僕達を助けてくれてありがとう! ずっと、伝えたいと思っていたんだ。 本当にありがとう!」

 片手を胸に当てて願うように僕は言った。

 リーティングさんは小窓に近づき、僕を見つめながらささやいた。

「あの、誰ですか? お会いしたこと、ありましたか?」

 僕はその言葉に驚愕し、表情が凍りつく。

まるで、予想外の攻撃を受けた戦士に、よく似たうろたえ方だった。

「なっ、何言っているんだよ・・・・・。 僕を名もなき大陸に導いてくれたのは、リーティングさんじゃない!」

 僕は動揺を隠せずにいた。訴えかけるかのごとく、叫んだ。

 だけど、リーティングさんは黙って首を横に振るだけだった。

 どういうことなんだろう?

 リーティングさんが、僕のことを知らないはずがないのに・・・・・!?

 僕はうーんと頭を悩ませてみるが、もちろん、何も分かるはずがない。

 僕は大きな溜息を付くと、気を取り直して言った。

「僕はダイタだよ。 リーティングさん、もしかして、この部屋から出られないの?」

「鍵がないと開かないんです。 私にかまわず――」

「じゃあ、鍵を探してくるよ。 絶対に君を助け出すから! 約束するよ!」

 僕はリーティングさんの話を最後まで聞きもせずに走り出した。だが、数歩もいかないうちに戻ってきてしまう。

 そして、間の抜けた声で訊いた。

「鍵ってどこにあるの?」

「私に構わず、早く逃げて下さい! もうすぐ、私を捕まえて、私の――夢月のミリテリアになろうとするあの人達が戻ってきてしまいます! 早く、逃げて下さい!」

 小さな悲鳴を上げるように、リーティングさんは叫ぶ。

 でも、僕は笑顔のまま、畳かけるように「鍵」と繰り返す。

 そんな僕の強引さに参ったのか、リーティングさんは小さな声でそれに応える。

「・・・・・あの人達が持っています」

「じゃあ、ここで待っていたら、会えるよね!」

 僕がそう笑顔で言うと、リーティングさんはさらに顔を青ざめる。

「そんなことより、早く逃げて・・・・・」

「心配しないでよ。 約束したでしょう! 必ず助けるって! だから、大丈夫!」

 はかない声でそう訴えかけるリーティングさんに、僕は小指を立てて、小窓に押し付ける。小指をからませる約束の仕草だ。

 けれども、リーティングさんは両手を後ろに隠して悲しそうに首を振る。

「必ず、君を守ってみせるよ!」

 僕はそんなリーティングさんににっこりと笑いかけたが、リーティングさんは両手で顔を覆ってうつむいた。

「お願い! 早く逃げ――」

 リーティングさんの声をさえぎるように、高らかな高尚が響き渡った。

「それはもう無理な話だ!」

「えっ?」

 背後から突然聞こえてきた罵声(ばせい)に、僕は驚いて振り返る。

すでに、数人の男の人達に、僕は囲まれていた。僕はいくつもの剣に突きつけられ、とても逃げられる状態じゃない。

 彼らは僕を森の奥へと投げ出して、ことさら乱暴に扱った。

「ふん。 貴様も、夢月のミリテリアとなろうとする輩か」

「ちっ、違うよ! 僕はリーティングさんを助けたくて!」

 僕がそう訴えても、まだ彼らはいぶかしげに眉を寄せる。

 彼らはもう一度、うさんくさげに僕を見つめた。

 そして、ひときわ荒く鼻息をついて、

「やっぱり、怪しいな」

「だから、違うんだってば!」

 必死に弁明しながら、だんだん僕は悲しくなってきた。

「まあ、いい。 我々の姿を見られた以上、生かして返すわけにはいかんな!」

 彼らの中で一番、偉そうな男は、嬉しそうにニヤリと笑った。それは偉そうにしているが、そう振る舞い扱われることが好きなだけで、中身の伴わない俗物の笑いだ。

「くっ、くそっ!」

僕が顔を上げた時、その目の前には男の剣の剣先があった。

あの男は興奮にその目を見開き、薄笑いさえ浮かべて、僕の眉間に剣先を突きつけている。

「やめて下さい!」

 そう叫んだのはリーティングさんだ。

「私、できるかぎり協力します。 だから、もうやめて下さい!」

 それを聞いて、男はにやりと笑う。

「最初から、そういう態度を取ればいいんだ。 が、今後のためにも逆らった代償は高くつくってことを、二度と俺に逆らう気など起こさぬように、その目に焼き付けてやる」

 そして、剣先を僕に向けたまま、リーティングさんを、他の彼らを、横目でゆっくりとじらすようにねめつける。

「これで、俺は夢月のミリテリアか!」

 男はにやっと満足げに笑った。

 僕は悔しかった。この男にとって自分は、リーティングさんに言うことを聞かせるためだけの存在でしかないことが悔しかった。

僕がここにいることで、リーティングさんが意に沿わぬことに従わせられようとしている。

死ぬ気で逆らうことはできるだろうが、それこそがリーティングさんを苦しめることになる。自分がいなければ、いやもっと強ければ、夢月の力を使えば、負けはしないと思う。いや、せめて、こいつらの好きなように振る舞わせたりはしない。

それなのに、何故か、全く夢月の力が使えない。

僕は悔しげに拳を震わせる。

力が欲しい、こいつらを倒せるような力を、リーティングさんを護れるような力が欲しいと、僕は心底思った。

 その時だった。

 ターンと戦ったあの時のように、僕の頭の中に聞き覚えのある女性の声が聴こえてきた。

「あなたに、ミリテリアの力を。 夢月のご加護を」

 それは確かに、リーティングさんの声だった。


気がついてみると、リーティングさんがまるで祈るように僕のことを見つめていた。

 そして、僕とリーティングさんの周りを、不思議な虹色の光が交差していた。

「ミリテリアの力・・・だと!?」

突然の出来事に、男は驚愕する。

いや、彼だけではない。彼のその仲間も恐怖で顔を歪めている。

「ゆ、夢月の力だと・・・!?」

彼らは怯えた表情で僕を見ていた。

特に寸前まで偉そうに振る舞っていたあの男は、今、目の前で起きた突然の出来事に、今までの強気な態度も忘れ、慌てふためき逃げ出した。

そして男が動いたとたん、僕は軽快なステップで男へと迫っていった。

そして、持っていた剣を抜き払う。

「り、リーティングさん、力を貸して! レバエレーションズー―っ!」

 雄叫びを上げた僕の叫びとともに、剣が虹色の光に包まれていく。僕は渾身の力を込め、彼を剣でなぎ払った。

「ひっ、ひいぃぃ・・・・・!!!」

何とか致命傷を避けた男は、僕を一目見ると、一目散に逃げ出した。彼の仲間達もそれに続く。

僕は彼らが落とした鍵を拾うと、小屋の扉を開ける。

「ダイタさん、大丈夫ですか?」

 扉が開くと同時に、リーティングさんが僕の元に駆け寄ってくる。

「ありがとう。 リーティングさんが僕を助けてくれたんだよね」

 剣を柄に直した僕は、まず大きく深呼吸し、そして笑顔をリーティングさんに向ける。

 するとリーティングさんも、今にも泣きそうな、けれどほっとしたような微笑みを返した。

「あの、ダイタさん」

 しばらくして、リーティングさんがおずおずと僕に語りかける。

「ん?」

 きょとんとする僕に、リーティングさんは真意の眼差しで見つめた。

「私も・・・・・、私も、あなたと一緒に連れて行ってもらえませんか?」

「へっ?」

リーティングさんは頬を染めて、はにかむような笑顔を見せた。

「ずっと、そばにいたいんです! ダイタさんのそばに!」

 そしてリーティングさんは、何も言わずに僕にしっかりと抱きついてきた。

 僕はただ、顔を真っ赤に赤らめて、照れくさそうに頭をかいているしかなかった。



「ダイタさん、大丈夫ですか!」

 気がつくと、僕の目の前にはマジョンの姿があった。

 いつのまにか、僕は元いた場所に、神殿の前に立っている。

「あれ?」

「どうかされたのですか?」

 マジョンは心配そうに僕を見つめている。

「リーティングさんは・・・・・」

「えっ?」

 マジョンはきょとんとする。

そして、ある事に気づき、ハッとした。

「・・・・・いえ、ダイタさん、一人でしたけれど」

 マジョンは申し訳なさそうに、顔をうつむかせた。

 そしてその時、僕が持っていた星のかけらを見て、驚く。

「白昼夢でも見たんじゃないのか」

 いまだにその事に気づいていないフレイが、呆れたようにつぶやく。

今のって何だったんだろうか。

もしかしたら、僕の記憶に関係あることなのかな。

「あの、何か、思い出されたのですか?」

「えっ、そういうわけじゃないんだけど・・・・・」

 マジョンにそう聞かれると、僕は困ったように頭を抱える。

そして、夢の聖女であるレミィランさんに出会ったこと、先程のリーティングさんのことを簡単に説明した。

「あの、夢の聖女様に・・・・・?」

「うん。 何だか、僕のことを知っているみたいだった」

 僕はそう言って、自分の手のひらにある星のかけらをじっと見つめる。

 この星のかけらも、どうやら彼女からもらったものみたいだし。

 う―ん。

「で、どういう人なんだ」

 にんまりと嬉しそうに含み笑いを浮かべながら、フレイは訊いた。

「ど、どういう人って言われても・・・・・」

 僕はやっぱりといった顔で慌てる。

 フレイなら、絶対にそう聞いてくると思った・・・・・。

 僕はそう思うと、がっくりと肩を落とした。

「ほら、あるだろう。 綺麗な人だったとか、かわいい人だったとか・・・・・。 いや、聖女様だから、可憐な人か!」

「え、えっと・・・・・」

 僕は思わずなんて言っていいか分からず、言葉を詰まらせていると。

「フレイさん・・・」

 神妙な表情でふららさんはフレイを見つめていた。

「ふららさん! ち、違うんだ! これは・・・・・」

 フレイは必死になって弁解の言葉を模索する。ふららさんとフレイは、ほぼ同時に次の言葉を発した。

「フレイさんも、その聖女様とお会いしてみたいんですね。 私もお友達になりたいです」

「あっ、その、なんだ、この世界のことを知ることも必要だと思っただけさ!」

「・・・・・・・」

 僕ははっきりと思った。

 間違いなく、会話が全く成り立っていない――と。


 僕達は次の日、神殿の祭壇の間に訪れていた。前の晩に、マジョンに頼んで『夢の聖女様』であるレミィランさんの謁見を申し込んでもらったのだ。

 僕はもう一度、『夢の聖女様』に会ってみたいと思っていた。

もしかしたら、何か僕のことについて、知っているのかもしれない。

何か、僕の記憶について、手がかりがつかめるかもしれない。

そう思って、マジョン達にそのことを相談したら、意外にも全員、それに賛成してくれたのだ。特にフレイは、絶対に反対すると思っていたから、喜びもひとしおだ。

まあ、フレイが大いに賛成してくれた理由は言うまでもないのだが。

 フレイに今回のことを話した後、しばらく、フレイはじっと何事か考えこんでいたが、ポンと手を叩く。その口元には、にやりと愉快そうな笑みが浮かんでいた。

 そして――。

「・・・・・・いいぜ!」

 言うが早いか、フレイは僕の肩を叩く。

「フレイ・・・・・・!」

 僕が嬉しそうに言うと、フレイは凄みのある薄笑いを浮かべた。

「いや、なに、俺もおまえに言われるまでもなく、そうするべきだと思っていたからな!」

「ありがとう・・・・・・」

 さぞ自信ありげなフレイの言葉に、僕は何だか嬉しくなる。

 それから僕に聞こえないような小さな声で、フレイはぼそりと言葉を付け足す。

「・・・・・・まあ、夢の聖女様に会ってみたかったから、という気持ちがないわけではないがな」

 フレイは一瞬ほくそ笑んだ。

 恐らく、僕に聞こえないように言っているんだろう。自分では。

 だが、それは僕の耳にはっきりと聞こえてしまったのだった。

 まあ、フレイらしいといえば、フレイらしいけれど――。

 僕は苦笑しながら、肩を落とした。


 やがて僕は、祭壇の間の重々しい扉を押し開ける。

「ここに、夢の聖女様であるレミィランさんが・・・・・」

 部屋に入った僕は、驚嘆の声を漏らした。今までの部屋とは違い、この部屋は、無数の小さな水晶で満たされていたからだ。天井はおろか壁にまで埋め込まれた水晶が(きら)めく(さま)は、聖女の部屋にふさわしく、まるで星空のように美しかった。

「お待ちしていました、ダイタさん」

 部屋の奥に響いた静かな声に視線を移すと、黄緑色の長い髪の少女が微笑んでいた。白いワンピースに、瞳と同じ赤色のリボンを髪と胸元につけた、美しい少女だ。

あの時は暗闇でよくは見えなかったけれど、あの夜で出会った時とは全く違う服装だった。

「こんにちは、レミィランさん」

 レミィランさんは一番に部屋に入ってそう挨拶した僕に顔を向けると、何を思ったのかこんなことを言い出した。

「私のことは、レミィでいいですよ。 ダイタさん」

「へっ?」

 驚いたように、僕は目を見開く。

 少なくとも最初に出会った時は、こんな感じの性格の女性(ひと)だとは思いもしなかった。てっきり、無口でお堅いイメージの人だなと思っていたのだが。

 そんな僕の心を代弁したかのように、レミィさんはくすっと笑う。

「あの時はごめんなさい。 つい、あなたに見とれてしまったの」

 彼女のその言葉に、ピクッとマジョンが、フレイが、ファミリアさんが反応する。

「どういうことなんでしょうか?」

「どういうことですの?」

 ムッとした顔のまま、マジョンとファミリアさんが僕に言い寄ってきた。

「いや、あの・・・・・」

「ダイタ、おまえ・・・、意外と罪な男だったんだな」

 少し悔しそうに言いながら、フレイは僕の肩を叩いてきた。

 ううっ、フレイは絶対に勘違いをしている! 間違いなく、勘違いをしている!?

 僕は慌てて、顔の前で手を振った。

そして、それを不定する。

「ちっ、違うよ! ただ・・・」

 だが、ファミリアさんは僕に最後まで言わせない。

「ご心配はありませんわ、ダイタ様! わたくしはダイタ様と、これからはずっとずっと、そばにいることになりますから大丈夫ですわ❤」

 と、どさくさにまぎれて、ファミリアさんは僕に抱きついてくる。

 あうう・・・・・。

 そのとたん、マジョンは怒りで顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「何をしているんですか、ファミリアさん!」

「愛し合う二人には、普通のことですわ❤」

「普通じゃありません!」

 マジョンはそう大声で不定すると、二人は不遜な笑みを浮かべたまま、にらみ合いを始める。

「みなさん、楽しそうですね」

 ただ、一人、ふららさんだけがほがらかな笑顔でそうつぶやいた。

 僕はその隙に助けを求めて、レミィさんに声を上げる。

「どうして、僕のことを知っているの?」

 僕がそう聞くと、何故か、レミィさんは僕に顔を向けたまま黙り込んでいる。

先程までの優しい笑みはすでになく、厳しい表情で僕の前に立っていた。

「私はあなたのことを見ていたわ。 ずっと」

 厳かな声でレミィさんは言う。

「夢月の女神であるリーティングがあなたのことを知っているように、私もあなたを知っているの」

 僕のことを見据えるように、そして喰いるかのように見るレミィさんを見て、またも不思議な気持ちになった僕は、聞かずにはいられなかった。

「リーティングさんのことを知っているの? それに、やっぱり、僕のことを知っているんだね!」

「ええ。 ダイタさん・・・・・。 聞いて下さい」

 僕に背を向け、レミィさんは高い天井を見上げる。

「私には、この世界のことが手に取るように分かるの。 これから起こる未来も、そして、今までのことも。 だから、お告げとして、みんなに夢で教えてあげられる」

「何で、夢で、なんだ?」

 フレイが不満げに、疑問を口にする。

 それを聞くと、レミィさんは硬くなげに、それに答えた。

「確かに、言葉で伝えた方が早い場合はあるわ。 ですが、ほとんどは、はるか遠くの地で起こること、夢で伝えるしかないの」

「なるほどな」

 納得したかのように、フレイは大きく頷いてみせた。

「あ、あの・・・」

 僕は言いにくそうに、おずおずと口を挟む。

「それで、どうしてレミィさんは、僕のことを知っているの?」

 だけども、レミィさんはその質問には答えずに、ただ静かに告げた。

「ダイタさん、あなたは大きな流れの中で、厳しい運命を背負わされています。 それはこの世界の運命をも変えてゆくことなの」

「僕が!?」

 驚きを隠せない僕に、レミィさんは振り返る。

「ただ、ひとつだけ・・・・・、忘れないで下さい。 あなたの未来は、あなたの手の中にあります。 どんな過去が待ち構えていても、何があっても、自分が正しいと思う道を選び取って下さい。 そして自分の選択を信じて下さい。 忘れないで」

「レミィさん・・・・・」

混乱する頭を整理できないながらも、僕は言った。

「その、突然、そう言われても、僕には・・・・・」

「そうですね。 ごめんなさい」

 レミィさんの表情に優しさに満ちた笑みが戻る。

「でも、何かあった時には、私の言葉を思い出して下さいね」

 そう言ったレミィさんは、微笑んではいたが、どこか寂しげだった。



「ダイタさん・・・・・」

 祭壇の間でレミィさんとの謁見を終えた後、僕はマジョンに呼び止められた。

「どうしたの? マジョン」

「私、分からなくなりました」

 どこか、沈んだ表情のマジョンに、僕は首を傾げる。

「私、ずっと、夢の聖女様を恨んでいたんです。 父が変わったのは、あの人のせいだから・・・・・。 でも・・・、分からなくなってしまいました」

 マジョンはうつろな瞳のまま、顔をうつむかせる。

「私、ずっと前に、ここの神殿に入りたくないって言った時がありましたよね。 それは、あの時も、夢の聖女様がいたからなんです」

 僕はそれを聞いて、目を丸くする。

「えっ? でも、あの時は、別に何の噂とかもなかったじゃない!?」

 驚きを隠せない僕に、マジョンは悲しげな表情を見せる。

「何でも、あの時はお忍びできたそうなのです。 でも、私は、どうしてもあの人のことが許せなくて――。 あの人のいる神殿から逃げ出してしまいたかったです。 そんな時、ダイタさんと出会って・・・・・」

 マジョンの瞳から幾度となく、涙がこぼれ落ちてゆく。

「ご、ごめんなさい。 私・・・・・、私・・・・・」

 今にも消え入りそうな声で言うマジョンに、僕はきっぱりと言った。

「じゃあ、レミィさんに感謝しないとね!」

「えっ?」

 マジョンは虚を突かれたように、ぽかんと口を開けた。

 僕はにこっと満面の笑みを浮かべる。

「だって、そのおかげで、マジョンに出会えたんだから! マジョンと一緒に旅ができるんだから!」

 僕はしゃきっと背筋を伸ばした。

「だから、謝ることなんてないよ。 マジョンに出会えて、ふららさんやフレイやファミリアさん達に出会えて、僕は本当に本当に、幸せなんだから!」

「ダイタさん・・・・・」

 マジョンは嬉しそうに胸に手を当て、天を仰いだ。

「ありがとうごさいます」

「う、うん」

 僕はあらぬ方向を見つめた。顔を赤らめたままで。

「こ、これからもよろしくね。 マジョン」

「はい!」

 マジョンもつやつやした頬を染めて、日だまりのような笑顔を見せた。


 


 人は目覚めたとたん、夢を忘れる。

 現実であれば、遺跡という痕跡を残すこともあるけれど、人の想い出にも刻まれず、霧散(むさん)するのが現実ならざぬ夢の定め。

 私は夢の世界の夢の存在。

 私の姿は見えても、人はいずれ忘れてゆく存在。

 何度私が人の夢を訪れても、人は私から目を逸らし、目覚めたとたんに、私の姿も声も、私と出会ったことすらも、全て忘れてしまうもの。

 それでも、何万人もの夢を訪れ、何万回の夢を紡げば、微かな私の足跡が、現実世界で影響を及ぼすことが、ないではない。

  私は運命の糸を紡ぎ、(はた)の上に模様を描き出そうと苦心する。けれど糸は、いつも私の指をすり抜けて、それぞれの模様を描こうとのたうち回る。

 私の夢は、夢の世界の夢の存在である私の夢はただ一つ。

 ただ一つの夢の実現こそが、私の夢。

 私は必ず、私の夢を実現してみせる。

 私が目覚めを手に入れた時、今ある現実は夢となる。

 その時、私が何者なのか、『あなた』が思い出せるように、私はこうして今を綴る。


 『あなた』に会える時は、もうすぐなのだから・・・・・。

次回はレークス達の話です。

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