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第13章 君がいた物語

今回から本編に戻っています。

 少女というものは、夢に誘われてふわふわと舞い上がってしまうものだと言われているけれど、私――レミィランもまさにそんな一人。

 長い黄緑色の長い髪に、どこか幼さの残る顔立ち。一見すれば、どこにでもいる普通の女の子。

 けれど私の夢は、砂糖菓子のように甘い恋でも、白馬の王子様に手を差し伸べられることでもない。

 ただある人に認めてもらいたいだけ。

 私の夢は、夢の世界の夢の存在である私の夢はただ一つ。

 ただ一つの夢の実現こそが、私の夢。

 私の現実(ゆめ)がかなったら、消えていった夢達は私の思い出となるのかな。



「ふわあぁぁ・・・っ」

 気の抜け切った声をあげて、丸めていた背中を僕はぐうっと伸ばした。

 顎がつってしまうのではないかと思えるほどの大きなあくび。

「なんていうか、ものすごく暇だよね」

 手の甲で目元をこすりながら、僕はしみじみとつぶやいた。

つぶやいてから、そう思えてしまう自分の神経の太さに、僕は苦笑してしまう。

 僕の目的はちっとも果たされていなかったりするんだけど――ね。

 星のかけらを手に入れるためバリスタの港町に訪れた僕達は、ひとまず二手に別れることにした。僕とマジョンは宿屋の確保、フレイとふららさんとファミリアさんは、機密船へ星のかけらを譲ってくれるように交渉をしに行ったのだ。

本当は、機密船にはみんなで行きたかったのだが、何でも今、夢月の神殿――フォレシア神殿から『夢の聖女様』が来ているらしい。そのため、今このバリスタの港町は活気に満ち溢れていた。

下手をすれば、宿が取れずに野宿決定になってしまう。

人混みを必死にかきわけて、僕達は何とか宿を取ろうと探し回ったのだが、どこもすでにいっぱいの状態だった。

どこもかしこも取れず、絶望的だった僕に、マジョンが神殿にある併設の宿なら空いているかもと教えてくれたのだ。

でも、併設の宿なんて名ばかりで、二段や三段のベットが押し込められるだけ押し込まれた小さな部屋が二つあるかぎりだった。椅子も机もなく、ただベットだけがあるいわゆる物置状態といった感じだ。

それでも野道で、焚き火で囲んで雑魚寝よりはマシだと思い、僕達はその部屋を二つ借りることにした。

「そういえば、『夢の聖女』って一体どんな人なのかな?」

 人混みでにぎわう町を部屋の窓から見渡しながら、僕はつぶやいた。

 噂の夢の聖女――。

 僕は彼女のことを全く知らなかった。

どんな人なのか、どうしてそう呼ばれているのか、それすらも知るよしもなかった。

 『夢の聖女』っていうからには、やっぱり、夢月の女神であるリーティングさんと何らかの関係があるのかな?

 それとも・・・・・。

「夢をお告げとして与え、そして私達、神官を導いて下さっている方です」

 再び、僕があくびをしかけた時、背後から声が聞こえた。

僕は慌てて口をふさいで、後ろにあるドアを振り返る。

 そこに立っていたのは、はにかんだ笑顔を浮かべているマジョンだった。

「ええと・・・」

 僕は照れ隠しのように頭をかくと、勢いよく座っていたベットから立ち上がった。 

 そして、戸惑いながらも疑問を口にする。

「それって、神殿の巫女みたいなもの?」

「はい」

 マジョンは僕に笑顔で大きく頷いて、僕の言葉を肯定しつつ、話を自分の方へと持っていく。

「私達、神官の由縁も正にそこにあるんです」 

「由縁?」

 僕が不思議そうな顔で首を傾げると、マジョンは少し切ない表情で先を進める。

「つまり、私達は夢月の女神様を信仰していますが、神殿の根幹は、まだまだ夢の聖女様のお告げに頼っているんです。 昔、一人の大神官様が食料も水も失い、荒野で一人彷徨っていたそうです。 しかも、いつしか霧にまかれ方向感覚すら失っていたらしいのです」

 耳慣れない話に、僕は疑問を投げかける。

「てっきり、僕は神官って、ずっと前から夢月の女神様を信仰しているのかと思っていたけれど?」

「いえ、以前から夢月の女神様を信仰していました。 夢の聖女様が現れたのはつい最近のことなんです」

「そ、そうなんだ・・・・・」

 僕はそこで頭を悩ませた。

 そしてその後、やっとある事に気づき、顔をあげる。

「で、でも、昔のことって・・・・・?」

 僕がそう聞くと、マジョンは少し悲しそうな顔をした。

「数十年前のことなんです。 でも、実際に代々の大神官様は彼女の夢のお告げによって導かれ、神殿の根幹は、何故か今も昔も、彼女の言葉から成り立っているのですから・・・・・」

 そしてマジョンは、少し考えてから言葉を次いだ。

「・・・・・彼もその一人でした。 彼はやがて、力尽きて大地に倒れました。 そして、夢の中で一人の少女が道を示したのです。 意識を取り戻した時、霧もまた晴れつつありました。 夢の中で見た景色がそこにあり、彼は少女が示した方向へと歩き続けました。 そして一枚一枚ベールをはぐように霧は晴れ、その後に現れた景色は・・・・・」

 マジョンは言葉を切り、身を乗り出して聞き入る僕に、ちょっとバツが悪そうなはにかんだ笑顔を見せる。

「はっきりとは覚えていないそうなんです・・・・・」

 僕はガックリと肩を落とした。

 ここまできて、それはないよ・・・・・(涙)

 ううっ・・・・・。

「すみません。 そこから先のことは、まるで夢の中の出来事だったらしいというのは分かっているのですが、何を見たのかまでは分からないんです」

 マジョンは目蓋を閉じて黙り込み、歯を食いしばるようにつぶやいた。

「・・・・・私達には――母には話してくれていてもいいことなのに」

「えっ?」

 眉を寄せながら、僕は首を傾げた。

「・・・ううん、何でもありません」

 少しさびしそうな表情で、マジョンは言った。それは、どこか悲しみに満ちた眼差しだった。

 僕は一瞬、ドキッと胸が高鳴る。

 そして、何故か僕は、以前、マジョンが話してくれたマジョンのお母さんのことを思い出していた。

『いい、マジョン。 たとえどんなに願っても、決して時間は止まってはくれないの。 だからね、今、あなたができることを、やれることをしなさい。 自分のために、そして誰かを助けるために力を使いなさい。 そうすれば、きっといつか、あなたのことを、本当に大切に想ってくれる人が現れるはずだからね―』

 マジョンのお母さんが、マジョンによく言っていた言葉。

 マジョンのお母さんって、本当に強い女性(ひと)だったんだろうな。

 マジョンの話を聞いていると、本当にそう思う。

 でも、と僕は思う。

 じゃあ、マジョンのお父さんってどんな人だったんだろうか――と。

 ラミリア王国の図書館で、マジョンはお母さんの話はしていたけれど、何故か、お父さんの話はしていなかった。

 どうしてなのかな・・・・・?

 僕がそう真剣に考え込んでいる間にも、マジョンは言葉を続ける。

「・・・そして、彼は夢の中で少女に導かれては目覚めて歩きました。 彼は朦朧(もうろう)とした意識で、なんらかの魔物に()かされているのではないかと考えたそうですが、そのままフラフラとついていったそうなんです。 そして彼は遺跡にたどり着き、そこで知識を得たそうなのです。 ・・・・・いえ、もしかしたら、本当にそんな夢を見たのかもしれません。 そして気づくと、彼はまた霧のただ中にいて、再び意識を失い、そして次に気がついた時はベットの上にいたそうです。 小さな村の入り口に倒れていたのだそうです。 素性の知れぬ大神官様に、その村の人々はとても親切にしてくれました」

「でも、それだと・・・・・」

 僕が口を挟みかけたが、マジョンはにっこりと笑って、それを止める。

「はい、彼も最初は全てが夢だと考えました。 そう考えるのが、一番自然です。 しかし、その後も少女は夢に現れて、彼も少女は、瀕死の彼が頭の中に創り出した幻だと自分に言い聞かせていたそうです。 体調が戻れば、いずれ妙な夢も見なくなると。 けれどやがて、自分が倒れていたその村が、最初に迷った場所から遥か遠く、大陸さえも超えた場所にあることを知り、彼は激しく混乱したそうです。 自分が思っている以上に記憶の脱落があり、旅をしたことを忘れているのだと彼は考えようとしました。 けれど、少女は夢に現れ続け、彼を誘い続けました。 私は堪え切れなくなり、村の人達に別れも告げず、ついにそこから飛び出したのです。 少女の導きに従ったわけではなく、少女から逃れようとしたのです」

 マジョンは僕に小さく頷いてみせる。

僕は黙って、けれども少し半信半疑で話を聞いていた。

「う、う――ん」

あまりにも突飛(とっぴ)つな話で、いまいち話が呑み込めない僕はマヌケな声で唸った。

けれど、マジョンも、そんな反応には慣れている様子で、にこやかな笑顔のまま、先を続ける。

「何の準備もせずに飛び出した彼は、再び荒野で死にかけました。 渇きで朦朧(もうろう)とした彼の耳に、少女はささやき続けていました。 足元を掘れと。 彼は逆らう気力もなく、素手で土を掘りはじめました。 すると、水が湧き出したそうです。 それから少しずつ、彼は少女の存在と言葉を信じるようになり、彼女のことを夢の聖女と呼ぶようになったそうです」

 そこでマジョンは一息継ぎ、僕を見つめた後、先を続ける。

「お告げは多岐(たき)に渡り、しかも確実でした。 けれど、直接結果をもたらしてくれるわけではありませんでした。 結果を得るには、彼自身が頭を働かせ、自分の足で歩き、手を動かさなければなりませんでした。 そして目標が大きくなるに従い、彼一人では実現することが不可能になってきました。 彼は仲間が必要と感じ、協力者を求めました。 以前の彼であれば、他人に――ましては魔族や魔物なんかに協力を乞うなどしなかったのですが、次々と実現する夢の魅力は彼を変えてしまったのです。 彼は夢を語り、彼らと夢を共有することで、より大きな夢を叶えることに幸せを感じるようになったのです。 こうして、のちにあの『魔雲の大公』の異名を持つセルウィンが誕生したのです」

 真顔で言うマジョンに、僕は一瞬、何を言われたのか分からなかった。けれど顔を引きつらせて、息を吸い込む。

 そして――。

「セルウィンって、神官だったの!?」

 口を半開きのまま、驚いている僕に、さらなる衝撃的なマジョンの言葉。

「・・・・・セルウィンは、実は・・・・・わ、私の父・・・なんです」

「えええええっ―――――――!!!!!」

 語尾の違いはあるものの、僕は――いや僕達は思いっきり声を合わせていた。

 ・・・・・って?

「えっ?」

 僕はハッとする。

 そこでやっと、戻ってきていたフレイ達に僕は気づく。

「嘘・・・だよね?」

 僕は半ばうろたえながら、恐る恐るマジョンに訊いた。

「本当のこと・・・です・・・・・」

 マジョンは辛らつそうに顔を曇らせた。

「ふざけるなっ!」

 そう言ったのはフレイだ。血管が千切れそうなほど、フレイは頭に血を上らせていた。大声をあげるだけでくらくらしそうだ。

 しかも、何故かフレイは、突然、マジョンでなく、僕の胸ぐらをがしっとつかみあげたのだ。

 意味も分からず、というか、全く意味もなく、僕を揺さぶるフレイに、僕は悲しくなって涙を流した。

隣のふららさんは反対に、真っ青な顔で目を白黒させている。

「じゃあ、セルウィンの配下なのか!」

「ち、違います!!!」

 すぱっとマジョンに切り返され、フレイは言葉を失った。

「私は・・・、私と弟のアグリーは、セルウィンとは関係ありません! セルウィンは、私の母を殺した仇なのですから・・・・・」

「仇・・・・・?」

 僕が訊くと、マジョンはうつむいたまま、コクンと頷く。

「だ、だけど――な」

「フレイさん」

 それでもなお、糾弾しかけようとするフレイを、ふららさんが制する。

「ふららさん・・・・・」

 フレイが振り向くと、ふららさんは真剣な顔で小さく首を横に振った。

「ちっ・・・・・」

 煮えきれない様子で舌打ちすると、フレイはベットに倒れこんだ。

 フレイとしては、かって名もなき大陸でセルウィンの配下であったターンに仲間を全滅させられたのだ。

どうしても、納得できないのだろう。

「そんなことよりもですわ❤」

「そ、そんなこと???」

 場違いなほどの明るい声で言うファミリアさんに、僕は怪訝な顔をする。

「だって、そうですわ! マジョンさんのお父さんがセルウィンでもそうでなくても、マジョンさんはマジョンさんですもの!」

 僕はまじまじとファミリアさんを見る。

 そして、僕はハッとした。

 そうだよ!

 例え、マジョンのお父さんがセルウィンでも、マジョンはマジョンじゃないか!

 そのことに変わりはない。

僕は一つ頷くと、当たり前のことを当たり前のように言えるファミリアさんが少し羨ましく思えた。

「・・・・・俺も、ふららさんの父君が、例えセルウィンや天の魔王でも君への愛は変わらないさ!」

 ふららさんの肩に手を回しながら、フレイは言った。

 先程まではマジョンのこと、責めるような言い方だったのにな。

 と、僕はしみじみと思った。

というか、いつのまにフレイはふららさんの隣に行ったのだろう。

う――ん。

「みなさん、ありがとうございます・・・・・」

 そっと涙を拭うと、マジョンは輝くような笑顔で笑った。



「で、そっちの方はどうだったの?」

 僕はホッとした笑顔を浮かべると、フレイに星のかけらのことを訊いた。

 意外と早かったため、交渉はお手のものだったのかもしれない。

「だめだ」

「うんうん。 だめだったんだ! ・・・・・って!?」

 そこで、僕はやっとフレイの言葉の意味を理解する。

 僕は目をパチクリさせながら、フレイに訊いた。

「ど、どうして!?」

「何でも、夢の聖女様がお帰りになるまでは、この神殿で、星のかけらは保管しておかなくてはならないんだそうだ」

 不満そうな顔で、フレイはそう告げた。

その瞬間、フレイがぎろりと僕を睨んでみせたが、僕はさっと視線を逸らす。

ううっ・・・・・。

何でも僕に対して、八つ当たりはやめてほしい・・・・・(冷汗)

「でも、ダイタ様〜❤ それが終われば、星のかけらを渡してくれるそうですわ!」

 ファミリアさんは、真意に満ちた表情で僕に迫った。

「一週間なんて、すぐですわ」

「いっ、一週間も!?」

意表を突かれた僕が聞き返すと、ファミリアさんは両手を胸の前に合わせて祈るように答えた。

「はいですわ! でも、ご心配は無用ですわ。 愛し合う二人には・・・、一週間は短すぎますわ❤」 

顔を輝かせながら僕を見つめ続けるファミリアさんに、僕は何も言えず、たじたじとなってしまう。

「えっと・・・」

「愛し合ってなんかいません!」

 僕の言葉をさえぎって、突然、大声で叫んだマジョンを見て、僕は思わずたじろいた。

「愛し合っていますわ!」

 そう言って、ファミリアさんはつつっと僕に身を寄せてくる。

 あうう・・・・・。

「愛し合っていません!」

 マジョンが僕をファミリアさんから引き離そうと、僕の服を引っ張った。

「愛し合っていますわ!」

 ファミリアさんも、負けずと僕の服を引っ張り返す。

「どうして、いつもわたくしの恋路を邪魔するのですの!」

「どうしてって・・・・・」

「愛し合う二人が一緒にいることは当たり前のことですわ! それとも、マジョンさんも、ダイタ様のことが好きなのですの!」

 ファミリアさんは急に強い口調になって、反撃に転じた。

「わ、私は・・・その・・・・・」

顔を真っ赤にして説明しようとしたマジョンは、ふとあることに気づいた。

「あ、あの、私、ダイタさんに見せたいものがありました! ダイタさん、一緒に来て下さい!!!」

「あっ―――!!!」

 フレイ、ふららさん、ファミリアさんの三重奏があがるより早く、マジョンは僕の手を引っ張ると神殿の奥へと駆け込んだ。

「ふっ・・・・・。 やるな、ダイタ」

 羨ましそうに、フレイはにやりと笑った。

「ずるいですわ!」

悲痛なファミリアさんの叫びをかき消すかのように、ふららさんはほがらかな笑顔で言った。

「ダイタさん達、楽しそうですね。 私も一緒に遊びたいです❤」

 

 ――いや、遊びじゃないし――。



 僕はマジョンに引きづられて、神殿の一番奥の部屋の前に立っていた。

 ほかの部屋とは感じが違うドアである。重厚感がある、頑丈そうな造り。ドアノッカーも、神々しい聖女を模したものである。

 これまで見た限り、神殿のドアはどれも大して違いのないデザインをしていた。儀式の間、祭壇の間などは、さすがに特別な造りをしていたが。

 ということは、ここ、特別な部屋なのかな?

 ノックをしてから、マジョンはそっとドアを押した。しばらく使われていなかったのだろうか。手ごたえが少し重く、引っかかるようだった。

「夢の聖女様の肖像画です」

 部屋に踏み入れた瞬間、僕の視線は壁に釘つけになった。

「これって!?」

 僕は吸い寄せられるように壁に近づいてゆく。

 壁には豪華な額で守られた大きな絵が、一枚飾られていた。

 長い黄緑色の髪、大きな瞳、ふっくらした頬、細い身体、吸い込まれそうな美少女だった。僕と同年代で、まるで生きているように額縁の中で微笑んでいる。

 絵だというのに、どこか不思議な感じがひしひしと伝わってきた。

 それほど、満ち足りた、とても温かな少女の肖像画だった。

僕は自分でも理由が分からなかったのだが、その少女の顔を見つめていると不思議と心が落ちつくような感じがした。

 僕は胸元で指を組み合わせると、ぼうっと夢見(ゆめみ)心地(ここち)でつぶやいた。

「こんな素晴らしい絵、想像とかじゃ描けないよね。 こんな聖女がいるなんて、・・・・・会ってみたいな!」

「ずいぶん、気に入ったみたいですね。 ダイタさん」

 マジョンはにっこりと微笑んだ。

 マジョンも気に入った絵なのだろうか。肖像画から視線を外していなかった。

「こんな素晴らしい絵が、ひっそりと飾られているだけなんてもったいなさすぎるよね。 ここの大神官様に頼んで、もっとばば―んと飾ってもらったら!」

 口にしながら、僕は我ながらいい考えだと目を輝かせた。

「ねえ、早速、お願いしに行こうよ! マジョンも一緒に行こう」

「待って下さい!」

 マジョンは僕の袖口をつかみ、悲しそうに見上げた。

「この絵はだめなんです」

「そんなの言ってみないと分からないと思うんだけど?」

 マジョンは僕を見据えて強く言った。

「・・・・・この絵はだめなんです。 私も素敵な絵だとは思っています。 でも、それだけじゃないみたいな気がして・・・・・」

 そう言うと、マジョンの頬にそっと涙が伝わった。

 それを見て、僕はぎゅっと唇を噛み締めた。

 そういえば、マジョンのお父さんであるセルウィンは、彼女の導きによって変わったって言っていたっけ。

「マジョン・・・」

 僕は声を震わせてそう呼んだ。

 だが、何故か、次の言葉が出てこない。

 マジョンは涙のうるんだ瞳で僕を見返すと、涙を拭いて言った。、

「ダイタさん、そろそろみなさんのところに戻りましょうか?」

「う、うん」

 僕はそう言ったが、言葉に戸惑いの色を隠せないでいた。

 そして、そんなマジョンに何もしてあげられない僕の不甲斐なさに心を痛めていた。


「で、どうだったんだ?」

「えっ? 何が?」

 戻ってくるなり、フレイにそう耳打ちされて、僕は首を傾げてみせた。

 そんな態度にげんなりときたのか、フレイはこれ以上とない直球なセリフを吐く。

「だ・か・ら、二人っきりはどうだったんだ?」

「へっ・・・・・?」

 フレイに真顔でそう言われて、僕は思わず、取り乱してしまう。

 顔を真っ赤にしながら、僕は慌てて答えた。

「ど、どうって、肖像画を見ただけだよ」

 僕が慌ててそう取り繕うと、フレイは不満げに僕を見た。

「本当のことか!」

「本当だってば!」

 ムキになって反論する僕を、フレイはうさんくさげに見つめた。そして、ひときわ荒く鼻息を付いて、

「やっぱり、怪しいな」

「だから、違うんだってば!」

 必死に弁明しながら、だんだん僕は淋しくなってきた。

 僕って信用性がないのかな。

 はあっ・・・・・。

「ダイタ様、今度はわたくしと二人っきりになりましょうですわ❤」

 ファミリアさんがそう言って、僕の腕をぐいっと引っ張った。

「あの、えっと・・・」

 僕は慌ててその場から立ち去ろうとするのだが、ファミリアさんが僕にしがみついて動けない。

「離れて下さい! ファミリアさん!!!」

 と、怒りの表情のマジョン。

「嫌ですわ! わたくしはもう、ダイタ様のそばを一時も離れませんわ!」

「にくいな、ダイタ」

 と、ファミリアさんの大胆なセリフに、不遜な笑みを浮かべるフレイ。

「これからはずっとずっと、一緒ですわ! ダイタ様❤」

「不潔です! ダイタさん!」

 マジョンの叫びに、僕はうめいた。

 話がもうすでに、やばい方向に言っているような・・・・・(涙)

「た、助けてほしい・・・・・」

 僕は二人の女性にもみくちゃにされながら悲鳴を漏らす。

 混沌のありさまと化している光景を、一人離れて穏やかな目で見ながら、ふららさんは肩をすくめてみせる。

「私もずっとずっと一緒にいます。 ダイタさんと」

 ふららさんがそう言って、はにかんだ笑顔を僕に向けると、フレイも容赦なく、僕に殴りかかっていった。


――ああっ・・・・・。



その後、やっと開放された僕は一人、月明かりを頼りに夜道を散歩しようとしていた。

だけど、誰もいない夜道を一人散歩するのは少し淋しい気がする。ひとまず歩き始めようとした僕は、人の気配を感じて振り返る。月明かりも差さない暗い神殿の壁に、そっとよりかかる一人の少女の影。表情も姿も闇に溶けて(おぼろ)げだけど、けれどそれが誰なのかは、すぐに気づく。

「君って、夢の聖女様だよね?」

 人影は動かず、何も答えない。

「違うの?」

人影は答えず、ただじっと、僕を見つめている気配だけが続く。

「黙っていないで何か言ってよ」

 微動だにしない。

「応えたくないなら、それでもいいよ。 でも、どうしてここにいるの?」

 そして初めて、姿と同じく闇に消え入りそうな微かな声で少女は応える。

「あなたに会いたかったから・・・・・」

 僕は怪訝な顔をする。

「どうして?」

「あなたに会えば、あの人に会えるかもしれないから」

「あの人って?」

 彼女は無言で答えた。

「僕に関係ある人? それとも、僕に記憶がないことに関係ある人?」

 彼女からの答えはない。

 僕はじっと、彼女を見つめていたけれど、やがて肩から力が抜ける。

「うん、わかった。 じゃあ、もう用はないよね? 僕はこれで! えっと・・・・・」

「私はレミィラン。 あなたとはまた会えますよ。 ダイタさん」

 僕は凍りついた表情で、レミィランさんを見つめる。

 彼女は微笑みを絶やさず、僕を見つめた後、闇に溶け込むように姿を消した。


「あっ、あれっ?」

 僕はそこでやっと、自分の手のひらにある『星のかけら』に気づく。

 僕は何度も何度も、首を傾げてみせた。

 あの人が僕に渡したのかな?

でも、レミィランさんは、僕とは直接、話して――、いや、会ってもいないはずなのに・・・・・???

 不思議に思いながらも、僕はぎゅっと星のかけらを握りしめた。

 そして、思う。


――レミィランさん、あの人は一体、何者なのだろうか――と。


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