毒ジュース
泡立つ朝。僕は今日も、半分だけ死ぬ。
ママは、僕を殺す気だ。
そのことは、ずっと前からわかっていた。僕が物心ついた頃から、朝の光がカーテンの隙間を淡く橙色に染めるたび、ママの目は静かに決意を宿す。
優しい笑顔の奥で、何かを飲み下すような影が揺れるのを、僕は見てきた。今朝も、同じだった。
「ほら、良い子だから、全部飲んでね」
ママの声は柔らかく、けれど指先はグラスを強く握りしめている。テーブルの上に置かれたそれは、オレンジ色の液体で満たされていた。
表面には白く細かい泡が無数に立ち上がり、ぶくぶくと小さな音を立てながらゆっくりと弾けていく。まるで生き物のように。
僕はスプーンを握ったまま、じっとそれを見つめた。にんじんの色をした、濃い橙。普通の野菜ジュースのはずだ。
ママは毎朝、台所の機械に野菜を放り込んで作ってくれる。でも、僕は知っている。あの泡の正体を――
ある朝、僕はまだ暗いうちに目を覚ました。台所から微かな機械音が聞こえたからだ。そっとドアの隙間から覗くと、ママが立っていた。
透明なボトルを手に、黄色い液体をジューサーに注ぎ込んでいる。
ボトルには赤い文字で注意書きがされていた。『口に入れてはいけません。』『毒です。』
ママはよくそう言っていた。台所の洗剤は毒だから、絶対に口に入れてはいけないと――
なのに、その毒をママは野菜と一緒にジューサーに入れ、泡立てていた。
高速で回転する刃が、毒と野菜を混ぜ合わせ、鮮やかなオレンジ色に染め上げるのを、僕は何度も見た。
「どうしたの?」
ママが微笑む。目が笑っていない。
僕がグラスに口を近づけないと、ママの指が僕の肩に食い込む。優しく、けれど逃げられない強さで。
僕は仕方なく、唇を湿らせる程度に飲んだ。泡が舌に触れた瞬間、甘くねばつく感触が広がる。にんじんとリンゴの味がする。
でも、その奥に、微かな化学的な刺激。喉の奥がちりちりと疼くような気がした。
半分だけ飲んで、僕はグラスを置いた。
「もう飲めない…」
「だめ。全部よ。ママが作ったんだから」
ママの声が少し低くなる。グラスを再び持ち上げ、僕の口元に近づける。泡が唇に触れそうになる。僕は必死に顔を背けた。
オレンジ色の液体が少しこぼれ、テーブルの上で白い泡を立てながら広がっていく。ママはため息をついた。
けれどその目は、まるで獲物を逃した獣のように、静かな苛立ちを湛えていた。
僕は知っている。ママは本気で僕を殺したいのだ。
毎朝、この泡だらけの毒を飲ませて、ゆっくりと僕の体を蝕もうとしている。
いつか全部飲まされたら、僕の内側で泡が膨らみ、肺も心臓も溶かしてしまうのだろう。
それでも僕は、今日も半分だけ飲んだ。ママを悲しませたくないから。ママは僕のママだから。
窓の外では、朝の陽が明るく輝いている。普通の朝だ。普通の家庭の、普通の野菜ジュース。
…本当に、そうだよね?
ママがグラスを片付けながら、僕の頭を優しく撫でた。
その手のひらは、荒れていて、ひどく冷たかった。
読んで頂き有り難う御座います。




