69.お披露目イベント
結局、何も分からないままイベント当日を迎えてしまった。
ヨーンの話が無ければ国民的アイドルとアイドル系インフルエンサーが作る異世界アイドルイベントなんて楽しみでしかないのだが、楽しめる気分ではなかった。
アイドルグループ名はジーアール。タモツが咄嗟にガルメロをアルファベット表記にして上二つの文字から取った。こちらはアルファベット表記のことは知らないし名前はすんなり受け入れられたとタモツが話していた。
街はお祭り騒ぎだ。みんなそれぞれ自分のしたい表現をしていて楽しそうだ。
出店も出ている。特設会場はガルメロの城壁内部には作れなかったので都市の外に作った。この地域は魔獣も出ないので安全だという判断だったようだが、それはやはりフラグでしかないよな、って思ってしまう。この出店は会場までも楽しく彩る動線になるということでタモツが提案して出店者を募ったらしい。仕事ができる男だ。
一応、ナズマには何か起きるかもしれないことを伝えた。本人はヨーンだけでなくタモツにも注意すると言っていた。
俺はスタッフではないが関係者ということで特別な入口から会場へ入った。憧れの関係者入場の夢がこの世界で叶った。
「やぁ、タロウ。今日は楽しんでいってね」
ミネスに挨拶をした後、こう言われた。
何とミネス自身もステージに立つらしい。しかも、ジーアールのセンターなのだ。自分の領土でアイドルセンターデビューする領主はインパクトがあるしガルメロの民が見たくなる気持ちも分かるが、警備上どうなのかという心配もある。
「でも、こんなふりふりで丈が短い衣装は可愛いけどちょっと恥ずかしいかな。女王様に見られたら怒られちゃうかも。君たちの世界の"あいどる"はこんな衣装来て歌って踊って人前に立つなんて凄いね」
ミネスはそう言うと笑いながら舌を出した。もうこの仕草が王女というよりアイドルなのだ。こんなの目の前で見せられたら推してしまう。
シノブもメンバーなのでこの場にいるが話しかけては来なかった。しかし、俺がミネスの姿を見て鼻の下を伸ばしているのが見て、しっかりしろと目線で訴えてくる。俺はすみませんと心の中で謝った。
タモツがステージの方を案内してくれた。
特設ステージは木で組まれているが立派なものだった。
マイクやスピーカーは無いが、代わりに音を反響される魔道具を使ってマイクやスピーカーにするとのことだ。これは王都でも研究されているが、舞台装置に使えるような技術はガルメロでも盛んに研究されているらしい。やはり場所によって特色がある。
音楽は音源を再生することはできないので生演奏なのだが、その方が元の世界より豪華だと思った。
「そなたがキッタカールから来た転生者ですかな」
「これはこれはヨーン殿。彼がその転生者のタロウ殿でござるよ」
タモツに紹介されて俺は頭を下げた。この男がヨーンか。
全然、悪人には見えない気前のいいおじさんだった。
「芸術の視察に来ているということでしたな。キッタカールのような地だとまだまだこういうのは乏しいでしょうから是非学んでいってくださいな。もしキッタカールにも儂の目にかなう人材が出てきたら是非紹介してください。それでは今日は楽しんでいってくださいな。タモツさんも舞台の最終確認しっかりお願いします」
ヨーンの言い方は少し嫌味な感じにも聞こえるが悪人には見えなかったが、詐欺師は善人面で近付いてくるというし気が抜けない。俺も自分の人を見る目に自信があるわけではないし、タモツやシノブを今は信じるだけだ。
「終始、あんな感じで成金貴族の嫌味っぽさは少しあるでござるがほんとに悪事を企てているのか分からなくなるでござるよ」
タモツも半信半疑のようだ。
「何も起こらず無事に終わればそれでいいんだよ」
俺は気休めを口にした。
タモツの最終確認も終わり、ジーアールのメンバーの衣装やメイクの準備も順調に進んでいるとのことで観客の入場が始まった。演奏のための楽団の人たちも徐々に準備を始めていた。
観客の入場が終わり、いよいよイベントが始まる。
何か起こるかもしれないと思っているのは俺とタモツとシノブ、それと騎士団のナズマだけだが警戒している。
「みんなー、今日はジーアールの"でびゅーいべんと"に来てくれてありがとう! 今日は思い切り楽しんでいってね!」
ミネスが観客に向けてステージから呼びかけた。マイクやスピーカーの代わりになっているのは反響石というものを使った魔道具と説明された。音を響かせるだけの石で使い道がないとされていたものをこうやって活用することを思い付いた人達がこの世界にはいるのだから、どこの世界も変わったことをやる人間はいるのだなって感心してしまう。
それにしても可愛い王女がアイドルの衣装を着てこんな風に呼びかけたら民の心も鷲掴みだろう。実際に観客の熱狂は凄まじいものだった。
「じゃあ、私が今から『王女で"あいどる"なのはー?』って呼びかけるから、みんなは『ミネスー!』って返してね。今日は王女とかそういうのは無しでミネスって呼んでね」
ジーアールはコールアンドレスポンスをするらしい。それにしてもミネスのMCは様になっていた。元々、王女として人前で話すこともあり人前に立つことは慣れているかもしれないが、これだけの数の観客を前にしても物怖じしていない。
ジーアールは五人組なのだが、ここでビビらず話せるのはミネスとシノブくらいではないだろうか。俺には無理だ。
「王女で"あいどる"なのはー?」
「ミネスー!」
全員が一斉に名前を呼ぶのは迫力があった。空気が揺れる。
観客だけでなく、ステージ上のメンバーや楽隊、警備をしている騎士団とありとあらゆる人がレスポンスを叫んだ。
「じゃあ、次はー」
ミネスが次のメンバーの紹介をしようとそこまで言ったが、会場の様子が何かおかしくなっていることに気付いた。
すると、舞台袖から反響石の魔道具を持ったヨーンが舞台に上がってきた。
「残念ながらジーアールのお披露目はここまでです。皆さんはそこから動かないでください。今から説明するので動かず聞いてください。そしたら命までは取りませんから。動いたら後悔しますよ」
ヨーンが観客にそう伝えた。
しかし、観客はおろか誰からも不満の声が出てこない。会場は静まり返ったままだ。
「儂は皆さんの声を人質に取りました。黙って従ってください。あっ、黙って従ってって言っても今は声が出ないんでしたね。あれ? 面白いこと言ったつもりですが笑い声が聞こえませんね? つまらなかったですか? いや、笑い声も出せないんでしたっけ?」
ヨーンが笑えない冗談を言った。




