30.直感
公衆浴場の初日は大盛況だった。
特に坑夫たちは汗を綺麗に流してさっぱりしたのかとても喜んでいた。翌日の掃除は大変だったが、みんなの嬉しそうな顔を見るとやっぱり公衆浴場を造って良かったと思えた。
掃除を一通り終えて、今日の準備も終わった。これからこれは毎日続くと思うとハードだが身体能力+スキルのおかげで体力的にはほとんど疲れていなかった。転生して得たスキルを風呂掃除に活かしているのも変な感じだが、キツく苦しい戦いの日々よりはこうして異世界で銭湯の番頭のような形で過ごしていくのも良いと思った。大きくなっていくようなら人を雇いたいが、これは公共の大衆浴場になるなら働く人への給金はどうなるのだろう。ジョルジュさんに確認しないといけないな、とそんなことを考えて浴場の外へ出て休憩していた。
「今、ちょっとよろしいでしょうか?」
エミルに声をかけられた。何か話したいことがあるようだ。
「はい、大丈夫ですよ。ちょうど浴場の支度も終わって休憩しようと思っていたところなので」
「湖の方へ散歩でもしながらお話ししましょう」
あまり他の人には聞かれたくないのかもしれないと思い、俺はそれを承諾した。
「どうかされましたか?」
湖への道中、俺が何も話さないのを不思議に思ったのかエミルから話しかけてきた。気まずい。
「今日はいい天気ですね」
元の世界でも女の人と二人きりで散歩しながら話すなんてことをほとんど経験したことがない俺はありきたりな天気の話しか振ることができない。
エミルは昨日風呂に入って今までの汚れを落として身なりを整えるとやはり王族という雰囲気が出てきていた。元の世界で換算すると同い歳の可愛い女性がいたらドキドキしてしまう。
そもそも王族相手に何を話したらいいのだろう。
「あ、そうですね。今日はいい天気ですね。もうすぐ秋になるというのに晴れている日はまだまだ暑さを感じますね」
エミルは普通に天気の話に返事をしてくれたが、こういう話をしたいわけじゃないだろう。
「すみません、なんか当たり障りのない話しか振れなくて……本当は何か話したいことがあって声をかけてくれたのでしょう?」
俺は頭をかきながらエミルに聞いた。
「そうですねぇ……それはそうですが、せっかくいい天気ですし、のんびりいきましょう。湖に着いたら話を聞いてください」
その後は俺がこの地に転生してきてからの話をしながら湖に向かった。
湖の周辺は他に誰かいるわけでもなく野性の動物も魔獣も出ることなく穏やかな雰囲気だった。
湖畔に座りながら二人で湖を見ていた。これが普通のデートなら最高だったのに……そんなことを考えているとエミルから切り出してきた。
「私は約二十五年、この村に住んでおりましたが何も発展させることはできませんでした。王族として村人たちの生活を保証するのが精一杯でした。囚われている間も村はどうなったのだろう、後任のノエルはしっかりやれているだろうか、そんな心配ばかりをしていました」
そこで一度、話を切った。こういう時は話を待つのがいいのか、声をかけたらいいのか、判断できずにいるとエミルは続きを語りだした。
「救助された後にこの村に戻ってきて驚きました。堀ができ土を盛り上げただけとはいえ防壁ができていたのですから……もちろん村の中はそんなに変わっておりませんでしたが水が村に来ていて村人の暮らしは良くなっていることくらいは想像ができました」
また話が止まった。今回はもう一度話してくれるまで待つことにした。
「戻ってきた時に心配が杞憂に終わって上手くいっていることに安心した反面、あの時は少し嫉妬しまいました。私と同じように王都で使えないと判断されたの魔法なのに何でこんなに上手くいってるの、って正直に話せば思ってしまいました。もちろんもう今はそんなこと思っていませんよ」
エミルが少しバツの悪そうな顔で微笑む。
「この一ヶ月、ノエルと色んな話をして、私たち王女に与えられた魔法は本当の力に気付いたり使い方次第で変わるということに気付きました」
「それなら良かったです」
せっかく村に戻ったのにノエルとエミルが気まずい関係で過ごすことにはならなそうで安心した。
「鉱山でズザとジャーベを連れてくる時に少し話したのですが、私は私の魔法の本当の良さに囚われている時に気付いたのです」
確かにズザに向かってそんな話をしていたような覚えがある。
「今、私に必要なものが見えるのです。それは場所でも物でも人でも、それが今必要で何か役に立つと分かると感覚で分かるのです。初めて北の地に赴任した時はここに何かあると分かり、山に来て珍しい鉱物が発見された時は鉱物や鉱脈を発見する魔法と言われたのですが、どうもそうでは無さそうなのです。二十五年、この村で直感で必要に感じてたものは全部魔法が無意識で示してくれていたような気がしていて……ただ囚われている時に命の危機を感じてからは明確にこう言えば助かるという判断ができたのです」
それは大袈裟ではないのだろうか。それならもっと早くにキッタカールに必要なものを揃えて発展できたような気がする。
「エミル様、それはまだ不明な点が多過ぎます。魔法は魔法で鉱脈を見つけていて、他のことは魔法ではなくエミル様の直感が優れていたとか……」
そうでないと俺の今までの仮説が崩れてしまう。それが怖くてエミルの考えに否定的になってしまった。必要なものが判断できる魔法は現代の科学に置き換えるのは難しい。それならまだ鉱脈を発見する魔法の方がそれっぽい技術がありそうだ。
「今回、私のこの考えを話したのはタロウ様が初めてです。転生者であるあなたなら、肯定してくれる何かを掴めるかと思ったのですが……私も話してみたもののまだ半信半疑でして……それでもノエルが自分の可能性はタロウ様に見出してくれたと話しているのを聞いて私の魔法も何か分かるのではないかと思って話を聞いてもらいました」
エミルは俺の顔を見るわけでなく湖の方を向いたままだった。その横顔は寂しそうだった。理解や賛同、もしくは何か新しい可能性を見出してくれることを期待していたが、上手くいかなかったのだから、そういう表情になっても仕方ない。
「すみません、エミル様の期待に応えるようなこと言えなくて。でも、今後魔法を見る機会が増えれば何か分かるかもしれません。一緒に考えますよ」
俺はこう言うのが精一杯だった。
「ありがとうございます。タロウ様はノエルが言うように優しいのですね。今日はそう言ってもらえただけでも良しとしましょう。それに私も誰かに考えも聞いてもらいたかっただけのような気もしますし……そろそろ帰りましょう。私たち二人でいなくなったって騒ぎになっても困りますし」
「それは困りますね、俺は帰って浴場を開けることにしますよ。鉱山の仕事が早く終わった人たちが入りに来るかもしれませんし」
「私が着任した時にタロウ様のような転生者が来てくれたらよかったのにな……」
エミルが小声で独り言のように言ったのが聞こえてしまったが、俺は聞こえないふりをした。
湖から村へ帰るエミルの足取りは少し軽くなっているように見えた。




