人助け
梅雨が明けたというのに雨の日が多い。今日は休みで推しのライブがあるのに雨だ。外出するのに荷物が多くなるのは嫌になる。
仕事に行く日よりも早く起き身支度を始める。推しに会いに行くために不恰好ではみっともない。だからといってキメ過ぎるのも恥ずかしくなる。ほどほどにまとめる。あとはグッズをバッグに詰めて支度は完了だ。
傘を手にバス停へ向かう。地方のオタクは遠征も一苦労だ。バスと電車を乗り継ぎライブ会場まで行かないといけない。それでも当日出発で間に合うならまだマシなのかもしれないがグッズの列に並ぶのは厳しい時間だ。
雨だからバスが遅延していないといいのだが……
そんなことを考えてバス停に向かっていると先を歩く親子連れが目に入ってきた。
母と子。
2人とも俺と同じバスに乗って休日のお出かけでもするのだろうか。
俺も33歳、推し活じゃなくて婚活に切り替えてもっと他に足を付けた人生にするべきじゃないのか、休日が推し活かゲームかマンガかアニメの生活でいいのか……
考えながら歩いているとバス停に着いた。やはり前を歩いていた親子もバスを待っている。
まだバスも来ていないが、時間通りならもうすぐ来るはずだ。平日の通勤の時もこのバスを使うが渋滞で時間通りに来ないことも多いが今日は休日で道も空いている。時間通りに来るだろう。
そろそろかなと思いバスが来る方向に顔を向ける。
しかし来たのはバスでは無かった。
暴走したトラックがバス停に向かっている。
親子は会話しているのか気付いていない。
このままでは3人とも巻き込まれる。
反射的に道路の反対側へ親子を押す。次の瞬間、身体に激痛が走る。
悲鳴が聞こえた。恐らく事故を目撃した親子のものだ。悲鳴を上げたなら助かったということだ。良かった。
空に舞う推しのグッズが目に入る。これが俺の見る最後の景色になるのか。
ライブへ行きたかったが目の前の親子を放っておくことはできなかった。
せめて天国へ行きたい。
背中に冷たい感覚が伝わり目を覚ます。
床は石で出来ているのか。
天井は知らない、というか見えない。どれだけ高いのか、闇が続いている。事故の後とかはSNSでよくある見知らぬ天井、とかやるために病院の蛍光灯が見えるものじゃないのか。
背中は石の床だし、病院でないことは分かった。
上半身を起こして周囲を確認する。
四隅に灯籠があり火が灯っている。正面に現代ではなかなか見ないようなアンティークの豪華が椅子。
そこに一人の少女が座っていた。
アーモンドのような目に筋の通った鼻、それでも幼さの残る口元、長い黒髪は両側で綺麗に結われている。座っているから身長まで分からないが、どことなく今日ライブに行く予定だったグループの中の推しメンに似ている。似ているどころがそのままだ。
夢の中?
「困惑するのも無理もない。わらわは転生の女神。姿はこの転生の間に来たものの好みに合わせて見え方が変わるのじゃ」
それは逆に不便じゃないのか。
口に出さなくてもどうせ伝わるのだろう。
「転生前のサービスみたいなものじゃ。転生先では現世での想い人には会えないからの」
不要なサービスに思わなくも無いが悪い女神じゃなさそうだ。
それに転生の間って言ってたということは事故で死んで転生して異世界で活躍するというオタクなら少しは夢見るお約束の展開になるのか。あまりハードな戦闘が多い世界は嫌だな、ハーレム展開も疲れそうだし、のんびりできる所がいい。
この希望は聞いてもらえるのか。
口に出さなくてもどうせ伝わるだろうから頭の中で考えてみた。
「物分かりはいいが、あまり横着するではない。ちゃんと希望があるなら口に出せ。ただ、行き先は決まってるからそなたの希望には添えない。そこそこ戦闘もあるかもしれない。わらわの希望としては一人の少女を救って欲しいのだが」
救うってことは戦闘は確定なのか。
「異世界への転生を断るなら死後の世界へ行くかまた現代日本に転生して赤子からやり直せるが、そこはそなたが選ばせてやろう」
とことん優しいように聞こえるが死後の世界が天国とは限らないし転生を断ったからと地獄行きもあり得る。
だからと言って現代日本に再び戻っても面白みがない。
「少女を救えるか分からないですが転生します」
「そなたのその判断、嬉しく思うぞ。数多の世界に幾人もの転生者を送ったが先々で色んな苦労もあるが頑張るのだぞ」
苦労の話が先に来るのか。
「まぁ、そんなに心配するな。簡単にそなたの行き先を説明するとある王国の領土を管理する王族の一人の少女を補佐して欲しい。魔法はある世界だが魔法は大変貴重な世界だ。そなたはその世界に魔法剣士として転生してもらう。魔法が使えるだけで少しチートな世界だからお得だろう。それとついでに身体能力もバフをかけておこう」
お得だろう、って簡単に言ってくれる。あと、さらっと言ってるが少女って王族ってことはお姫様じゃないのか?
そんなの救えるのか?
「もう少し詳しい説明を…」
「ステータスの確認をしたい時は手を開いて念じれば見えるから、そうこんな感じに。次も詰まってるからそろそろ転生するから覚悟を決めて」
ステータス確認のポーズなのか、手を開いたまま話し続けている。
「だからもう少し説明を……」
「良い転生ライフを!」
女神は開いた手を振っている。別れの挨拶のつもりか転生の儀式の動作か分からない。
ただ、それが現代というか転生前に見た最後の景色というのは間違えがなかった。




