第5話:クリスマス・イブと、勇気の一歩
雪はまだ小さく舞い続けていた。
夜の街灯に照らされ、白い世界が淡く光る。
結衣は家の窓から外を眺めて、そっと息をつく。
心臓の奥がざわざわして、まるで雪の粒が胸の中で跳ねているかのようだった。
明日はクリスマス・イブ。
毎年、家族とケーキを食べるくらいで終わる日だけれど、今年は少し違う。
——悠斗と、初めて二人で過ごすかもしれない。
思うだけで、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
バカ話をして笑い合ういつもの関係とは、確実に違う緊張が混じっている。
結衣は布団の中で、スマホを手に取り、思わずメッセージを打とうか迷った。
『明日、雪、見に行く?』
送信ボタンの上で指が止まる。
返事が来たらどうしよう、照れすぎて何も言えなくなったら……。
胸が張り裂けそうになる。
結局、勇気を出せずに布団を握りしめるだけだった。
◆
翌朝。外は前日の夜からの雪で、学校の屋根や道路は一面の銀世界。
結衣は厚手のコートにマフラーをぐるぐる巻き、通学路を歩く。
手袋の中の指先も、少し震えている。
教室に入ると、悠斗が窓際の席に座っているのが見えた。
昨日までのぎこちない距離感は、今朝も続いている。
視線が合う。
お互い一瞬、何を言うべきかわからず、顔をそらす。
でもその沈黙さえ、胸を高鳴らせる。
放課後まで、二人の会話は少なめだった。
しかし心の中では、互いのことばかり考えている。
◆
放課後。校門を出ると、雪はまだ舞っていた。
結衣は通学路を歩きながら、ふと立ち止まる。
その時、悠斗が背後から声をかけた。
「結衣、待って」
振り返ると、悠斗が少し照れたように立っている。
雪の白さに包まれた悠斗は、普段より少し大人びて見えた。
「……悠斗」
二人の距離は、自然と近くなる。
手袋をした手を少しだけ差し出し、悠斗が言った。
「雪、見に行こう。写真も撮ろう」
結衣は少し驚く。けれど、嬉しさが胸を満たす。
「う、うん……行こう」
二人で歩き出すと、雪の上に足跡が二つ並ぶ。
心臓の音が止まらず、互いに意識せざるを得ない距離。
笑い声も、言葉も、自然と出てくる。
雪の冷たさを忘れるくらい、胸の奥が熱くなる。
悠斗は途中で立ち止まり、結衣を見た。
「……あの時のこと、覚えてる?」
「うん……あの時、ありがとう」
悠斗は微かに頷き、目を逸らす。
結衣の手をそっと握る。
「……結衣、俺……その……」
言葉が途切れる。雪の音だけが、二人の間を包む。
結衣も同じ気持ちで、顔を赤くしてうつむいた。
「……私も……」
互いに言葉を交わさなくても、胸の奥で感じていることがある。
それは、ただの友達以上の感情だ。
悠斗は小さく息を吸い込み、勇気を振り絞る。
「結衣……好きだ。ずっと、ずっと」
結衣は一瞬、雪の粒のように固まる。
そして、ゆっくりと顔を上げ、笑顔を見せた。
「私も……悠斗のこと、気になってた」
その瞬間、雪が二人の周りでふわりと舞い、まるで祝福しているかのように降り注ぐ。
手と手がしっかりと重なり、心臓の音が止まらないまま、二人は歩き出す。
笑いながら、互いの距離を確かめ合い、自然な会話が戻る。
でも、二人の心には確かに、変わらない想いが宿っていた。
——友達以上、恋人未満の距離から、ついに一歩踏み出した二人。
雪の街を歩くたび、胸の音は止まらず、
小さな恋の物語は、静かに、でも確かに動き出したのだった。




