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小さな恋の物語  作者: やまちゃぁん


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第4話:白い朝と、止まらない心音

 朝の空気は、冷たく澄んでいた。

 カーテンを開けると、世界は真っ白だった。屋根も、道路も、電線も、すべてがふわりと雪で覆われている。


「……雪、だ」


 結衣はしばらく言葉を失った。こんなにしっかり降ったのは、この冬初めてだ。

 胸の奥が小さくざわつく。昨日のこと、フードコートでの出来事が頭をよぎる。


 あのとき、座っていた自分の前に突然現れた他校の男子三人。

 普段は何事もなく過ごせるはずの時間が、一瞬にして緊張に変わった。


 笑ってやり過ごそうとした自分を、悠斗が見ていてくれた。

 普段は大人しい悠斗が、あの日だけは静かに毅然と相手に立ちはだかり、何も言わずに追い払った。


 ——あの姿を見て、胸がぎゅっとなった。

 そして、妙に心臓が早く打った。


 今思い出すだけで、頬が熱くなる。

 胸の奥の音が、昨日からずっと止まらない。


 ——どくん、どくん。


 雪の冷たさとは無関係に、心の中だけが熱くなる。



 同じ頃、悠斗も自宅の窓から白い世界を眺めていた。

 寝癖のついた髪を手でかきながら、ふと先日のフードコートのことを思い出す。


 結衣が座っているテーブルの前に、他校の男子三人が寄ってきたとき。

 悠斗はラーメンを取りに行っていた途中で、視界に入った。


 しつこく絡む三人に、悠斗は普段の自分なら絶対にしない行動を取った。

 言葉は少なく、声も荒げず、ただ静かに相手の前に立っただけで、男子たちは退いた。


 ——なんであんなに胸がざわついたんだ?


 普段は慎重で、まず相手の動きを読むタイプなのに。

 結衣を守ろうとしたその瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(……ま、まさか……こんな気持ちになるなんて)


 雪の景色を見ながら、悠斗の心臓は止まらず、どくん、どくんと音を立て続けた。



 登校すると、校庭にはまだ雪が薄く残っていた。

 放課後のことを思い浮かべながら、ふたりの距離を意識する。


 教室に入ると、二人とも普段通りにふるまおうとするが、どこかぎこちない。

 昨日までなら、軽口を言って笑い合っていたはずなのに、今日は言葉がなかなか出ない。


「おはよ、結衣」


 悠斗の声は少し硬く、微かに緊張が滲む。


「お、おはよ……」


 結衣もまた、普段より声が小さくなる。

 頬が熱いことに気づいていないふりをしながら、胸の鼓動だけが激しく跳ねていた。


 クラスメイトの誰かが「また二人、何かあるんじゃない?」と囁く声も、二人には届かない。

 心の中で、あのフードコートの光景が鮮明に蘇る。


 ——結衣を守る悠斗の姿。

 その姿に、いつもとは違う感情が心に芽生えたことを、自分でも認めざるを得ない。



 放課後。雪はさらに降り積もり、学校の屋根や校庭に薄く積もっていた。

 結衣は部活仲間と別れ、ひとりで帰ろうとしていたが、足が自然に止まる。


 校舎前には悠斗が立っていた。

 昨日と同じく、目が合った瞬間、二人の間に静かな緊張が走る。


「……雪、降ってるな」


「うん……すごいね」


 お互い言葉は少ない。

 でも、視線だけで何かを伝え合うような空気が漂う。


 心臓が暴れ出し、思わず胸に手を当てる結衣。

 悠斗もまた、少し顔を赤くして視線をそらす。


「もし……雪が積もったら……」


 結衣がそっと言った。


「なに?」


「……写真、撮ってみようかな、って」


 ふとした小さな言葉。

 でも胸に刺さる。悠斗は無意識に、少しだけ笑った。


「……いいな。それなら、俺も一緒に」


 その瞬間、二人の距離は少し縮まった。

 肩が触れるか触れないかの距離で、心臓の音だけが大きく響く。


 ——どくん、どくん。


 普段なら気にもしない鼓動が、今だけは止まらない。



 その夜。結衣は布団の中で、今日の雪景色と悠斗とのやり取りを思い返していた。


(……やっぱり、気になっちゃう)


 スマホを手に取り、そっとメッセージを送る。


『雪、すごいね』


 数分後、返事が来た。


『うん。明日も、積もってるかな』


 小さなやり取りに、胸が少しずつ温かくなる。


 悠斗もまた、窓の外の雪を眺めながら同じことを考えていた。


(……俺、結衣のこと……やっぱり気になってるな)


 昨日のフードコートから、雪の朝まで。

 心臓の音は止まらず、確かに自分の気持ちを告げているようだった。


 冬の白い世界の中で、二人の心だけが静かに、しかし確実に近づいていった。

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