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小さな恋の物語  作者: やまちゃぁん


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3/5

第3話:気づいてしまった想いと、雪の予報

 十二月半ば。

 冬休みが近づき、学校全体がどこか落ち着かない空気に包まれていた。


 それでも、窓の外に飾られた小さなツリーや、教室に貼られた雪の結晶の飾りを見ると、自然と心が浮き立つ。


(クリスマス……どうなるんだろう)


 早瀬結衣は、窓際の席から外を眺めながら、ふとそんなことを考えていた。


(木島……はどう思ってるのかな)


 あのショッピングモールの日から、二人の距離は確かに縮まった。

 話すときの空気が前より柔らかくて、少し照れくさくて、心臓が無駄に動く。


 でも、それが——何なのか。


 名前をつけようとすると、胸がくすぐったくなって考えられなかった。


「おーい、早瀬。先生来るぞー」


「わ、はい!」


 前の席の女子に声をかけられ、結衣は慌てて席へ戻った。

 その拍子に、ぽたりと一つ、胸の奥で小さな波が動く。


 ——気づき始めていた。


 この気持ちは、ただの意識じゃない。


 もっと特別なものだって。


   ◆


 放課後。

 結衣は、今日は久しぶりに自主練習に参加することにした。


 トラックには吐く息が白く残り、冬らしく冷たい風が吹く。

 顧問はいないが、部員同士で軽くアップを始めていた。


「結衣、今日は来たんだね」


「うん、なんとなく走りたくてさ」


「なんとなく、ねぇ? なんとなく誰かさんに会ってソワソワしてるとか?」


「なっ……!! ち、違うし!」


 先輩がにやにやして肩をつつく。

 しかし先輩は容赦ない。


「結衣さぁ、最近すっごく顔に出てるよ?」


「え、えーと、その……」


「好きな人できた?」


「ち、ちが——っ!」


 否定しようとすると、言葉がつっかえる。


(なんで言えないんだろ……)


 本気で違うなら、即答できるはず。

 でも言えないのは、それが嘘だから。


(いや、でも……まだ“好き”って決めつけるのは……)


 内心でぐるぐるしていると、先輩はまた肩を軽く叩いた。


「まあいいよ。中学の恋ってさ、気づく前に始まってるからね」


 からかい半分の言葉なのに、胸の奥がずきん、と反応した。


(……気づく前に、始まってる……)


 その言葉が、練習中もずっと心に残った。


   ◆


 一方そのころ、木島悠斗は家の机に向かっていた。

 ……が、定跡書(戦法書)をを開いただけで、ページはまったく進んでいない。


(集中できねぇ……)


 将棋の定跡を覚えようと決めたのに、読んでいるところは同じところにとどまり続ける。


 結衣が笑った顔。

 差し出したチョコを嬉しそうに抱えた顔。

 ふらっとしたときに近くで見た、マフラーの向こうの柔らかい目。


(全部、思い出すんだよな……)


 昔から口喧嘩ばっかりしてきた相手なのに。


 お互い言いたいこと言って、からかいあって。

 意識なんて、一度もしたことなかったのに。


(なんで……あの日から、こんなに気になるんだよ)


 それを考えようとすると、胸の奥で何かがうずいた。


「……あーもう」


 ごろりとベッドに転がる。


 そのときスマホが振動した。


 画面を見ると――結衣から。


『今、何してる?』


 胸が一瞬で熱くなる。


(なんだよこれ……)


 返信するべきなのに、指がすぐには動かない。


 深呼吸して、ようやく打ち込む。


『棋譜呼んでた。そっちは?』


 数秒後、返ってきた。


『走ってきた! いま帰り!』


(走ったあとに送ってきたのか……)


 そこまで考えて、気づけば顔が緩む。


『風邪ひくなよ』


 送ってから、しまったと思う。


(なんか……優しすぎたか……?)


 けれどすぐ返事がくる。


『えへへ。ありがと』


 短いのに、妙に心臓に刺さる。


 悠斗はスマホを置き、枕に顔を押しつけた。


(……俺、やっぱり)


 胸の奥が、はっきり言葉を持ち始めていた。


(早瀬のこと……好きなのかもしれない)


 その自覚に、心臓がひどく跳ねた。


   ◆


 次の日の昼休み。


 悠斗は教室で弁当を食べていると、結衣が自然に隣の席に座った。


「木島、今日さー、天気予報見た?」


「見てない。なんかあんの?」


「雪だって。今日の夜から明日の朝にかけて、初雪の可能性だって」


「マジで?」


「うん! 今年まだ降ってないし、なんかワクワクしない?」


 結衣は目を輝かせて身を寄せるように言った。


 その距離が、悠斗には危険すぎる。


(……近い!)


 一気に心拍が上がる。


 しかし結衣は全く気づいていない様子で続ける。


「木島は雪好き?」


「べつに……嫌いではないけど」


「わー、似合わないー。木島が雪で遊んでるの想像つかない」


「誰が遊ぶって言ったよ」


「じゃ、雪だるま作らないの?」


「作んねぇよ!」


「えー!将棋の駒とかつくりそぉ(笑)」


 ふざけて肩をぽすぽす叩いてくる結衣。


 そのたびに、悠斗の鼓動が無駄に反応する。


(なんで……こんなことで……)


(俺……ほんとに……)


 弁当を食べるフリをしながら、心臓を落ち着かせようとした。


(好き……なんだよな)


 その事実をようやく言葉にした瞬間、胸の内側で何かがじんわり広がる。


 だが結衣はそんな悠斗の変化に気づかず、


「ねえねえ、雪降ったらさ——」


 と言いかけて、ふっと口をつぐんだ。


「どうした」


「ううん……なんでもない」


「なんだよ」


「……あのさ」


 結衣の指が、弁当袋の紐をきゅっと結んだ。


「もし雪降ったら、さ……なんか、こう……」


 まっすぐ悠斗の目を見られなくて、視線を落とす。


「写真とか……一緒に撮ってみる?」


 その小さな声は、冬の気配よりずっと暖かかった。


「べ、べつに……いいけど」


 悠斗は、そっぽを向いた。


「じゃあ……雪、降るといいね」


「……そうだな」


 結衣は微笑んだ。

 その笑顔は、悠斗の胸の奥の雪まで溶かしてしまいそうだった。


   ◆


 その日の夜。


 結衣はスマホの天気アプリをなんども更新していた。


(降るかな……どうかな……)


 雪が降るかどうかより、もっと気になるのは。


(木島と……写真……)


 昼休みのあの言葉を思い出すたび、顔が熱くなる。


 好きって言葉はまだ怖い。

 でも、一緒にいたいと思う気持ちは嘘じゃない。


(雪……降ってほしいな)


 窓の外を見つめたとき——


 ふわり。


 一つ、白いものが舞い落ちた。


「……あ」


 小さな雪片。


 そこから次々と、白い粒が夜の空に溶けてゆく。


「……降ってきた」


 胸の奥も同じように、静かに満たされていく。


 そのとき、スマホが震えた。


『雪、降ってるな』


 木島からだった。


『うん、いま見てた!』


『……明日の朝、もし積もったら』


『うん?』


『ちょっと早く来いよ。写真撮るんだろ』


 その言葉が、胸いっぱいに広がった。


『うん! 行く! 絶対!』


 送ると同時に、布団に顔を埋める。


(……なにこれ)


 胸の奥が、もう誤魔化せないくらい、あたたかい。


(好きになって……きちゃったんだ……)


 雪の予報は、二人の心に降る予報でもあった。


 静かで、小さくて、でも確かに積もり始める。


 明日の朝、白い世界が広がる頃——

 二人はきっと、その気持ちにもう気づいてしまうのだった。

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