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小さな恋の物語  作者: やまちゃぁん


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2/5

第2話:胸の音が聞こえる距離

 ショッピングモールでの出来事から、週が変わった。

 十二月の空気はさらに冷えて、朝の通学路には白い息が揺れている。


 結衣はマフラーを鼻のあたりまで引き上げながら歩いていた。

 陸上部の朝練は今はなく、余裕のある時間。けれどその余裕のせいで、つい余計なことを思い出す。


(……木島)


 あの、いつもはへらっとしてるのに、妙に真剣な顔。


 結衣の胸がくすぐったくなる。


(いや、あれは……助けてくれたからで……)


 自分に言い聞かせても、そのときの心臓の鳴り方を思い出すたびに、頬が熱くなる。


 そんな自分がむずがゆくて、わざと早足になる。


 校門に着くと、ちょうど悠斗が歩いてくるのが見えた。


 距離にして十メートル。


 普段なら気にも留めない距離なのに、今日はなぜか——


(……ど、どうしよう。なんか気まずい……)


 結衣の足が急に遅くなる。


 けれど悠斗は、こちらに気づいてしまった。


「あ、早瀬」


「ひっ……あ、いや、ひ? なんでもない!」


「お前、今完全に変な声出しただろ」


「出してない! 気のせい!」


「出してた」


「出してない!」


 やり取りはいつも通り——

 のはずなのに、心の奥はまだそわついていた。


 悠斗もまた、結衣の表情を見て、なんとなく視線の置きどころに困っていた。


「……この間のこと、さ」


「うん?」


「あー……その……」


 珍しく言いにくそうな悠斗。


 結衣も息を飲む。


「あれは……別に、なんていうか。たまたま? だから」


「…………たまたま、ね」


「うん……」


 がっかりしたわけではない。

 でも「たまたま」と言われると、胸がちょっとだけ寂しくなる。


「ま、まあ早瀬が変な絡まれ方したら、普通止めるだろ。俺じゃなくても」


「そっか……」


 嬉しいのか、残念なのか、自分でもわからない感情が胸に散った。


 昇降口に入ると、慎重気味だった会話はそのまま自然消滅した。


 二人とも、意識しすぎていた。


 けれどその後、ホームルームが始まる前、教室で再び顔を合わせる。


「……おはよう」


 結衣がぽつりと言うと、


「お、おう」


 悠斗もぎこちなく返す。


 そのぎこちなさに、クラスメイトの数人が「なんか今日あの二人変じゃね?」と言わんばかりの目で見てきたが、二人はあえて無視した。


(……なんだよこれ)


(……なんで喋るたび心臓動くの)


 ピンと張り詰めた空気が、二人だけを包んでいた。


   ◆


 放課後。


 部活動停止期間とはいえ、陸上部は自主練をする者も多い。

 結衣もトラックまで行くつもりだったが、なんとなく気が乗らずに荷物をまとめて帰ろうとしていた。


 下駄箱で靴を履いていると、横から声がかかった。


「……帰るの?」


 振り向くと、そこにまた悠斗。


「え、うん。木島は?」


「今日は部活、休み。将棋研はテスト前は完全停止」


「あー……なるほど」


 二人はそのまま歩き出した。

 特に約束したわけでもないのに、同じ方向へ。


 校舎を出ると、冷気が頬を刺す。


「さみぃ……」


「早瀬、お前薄着すぎなんだよ」


「いや陸上部ってこんな感じだし」


「風邪ひいたらどうすんだよ」


「木島に心配される筋合いないし?」


「……いや、別に心配なんか——」


 口をつぐんだ。


 でも、その一瞬の間を結衣は聞き逃さなかった。


(……え、今ちょっと心配してくれた?)


 胸がふわっと温かくなる。


 そんな流れのまま、二人は歩道橋に差し掛かった。


 ここは帰り道の途中にある小さなスポットで、夕方には風が強くなる。

 今日も例外ではなく、結衣のマフラーがぶわっと揺れた。


「わっ……」


 足元が少しふらついた瞬間、誰かが肩をつかむ。


 悠斗だった。


 その距離は、息を吸えば触れてしまうほど近くて。


「あ、ありがと……」


「お前、ほんと危なっかしいな……」


 声はいつも通り。でも距離だけが違う。


(あれ……ちょ、近い……)


 心臓が、さっきより早くなる。


 そして——

 悠斗の表情も、ほんのわずか揺れていた。


「……なあ」


「なに」


「お前さ、その……この間のこと、まだ気にしてんの?」


「えっ!?」


 唐突だった。


 その顔を見られまいと、結衣はマフラーをぎゅっと上げる。


「き、気にしてないし!」


「ほんとかよ」


「ほんと!」


 ほんとじゃないけれど。


 でも言えるわけがない。


(だって……気にしてるって言ったら……木島、どう思うんだろ)


(変に意識されたら……嫌だ)


 けれど、悠斗は思いがけない言葉を返してきた。


「……なんかさ。俺も、ちょっと……」


 そこまで言って急に言葉を止め、視線をそらした。


「……なんでもない」


「え、ちょ、今なんか言おうとしたよね?」


「なんでもない!」


「えー! 教えてよ!」


「うるせぇ!」


 声は強いのに、耳たぶはまた赤い。


 結衣はその赤さが気になりすぎて、胸がまたひとつ跳ねた。


(……なんか、やばいな)


 自分の心臓がうるさい。


 まるで、今の距離なら悠斗にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほど。


 二人は歩道橋を下り、分かれ道の手前で立ち止まった。


「じゃ、じゃあ俺、こっち」


「うん……あのさ、木島」


「ん?」


「……その……この間の、ありがと。やっぱ嬉しかったから」


 言い切った瞬間、結衣は視線をそらした。

 頬が熱い。気持ちも熱い。


 悠斗は一瞬固まって、それから——


「……べ、別に。早瀬が変なやつに絡まれんのムカついただけで……」


 そう言いながらも、目はどこか落ち着きなく揺れていた。


「でも……まあ。その……よかったよ。無事で」


 その小さな声は、冬の空気の中で意外なほど温かかった。


「じゃ、また明日」


「うん。明日」


 歩き出すと、背中にほんのり残る余韻。

 心臓はまた勝手に跳ねている。


(……なにこれ。本当にどうしたんだろ)


(木島のこと、こんなに気になるなんて……)


 結衣は胸に手をあてた。


 そこに響く音は、まだ名前を持たない感情。

 だけど確かに、二人の距離は少しだけ近づいていた。


   ◆


 数日後。


 試験習慣も終わり、学校にはクリスマスの飾り付けが少しずつ増えてきていた。


 校門の前に設置された小さなツリー。

 保健室前の窓に貼られた雪の結晶のシール。

 放送委員が流す冬ソング。


 そんな雰囲気の中、結衣と悠斗は、以前より少し自然に言葉を交わせるようになっていた。


 少しだけ、気恥ずかしさも混じるけれど。


「そういや早瀬、クリスマスって予定あるの?」


「へ? ないけど……なんで?」


「いや、別に。なんとなく聞いただけ」


 悠斗の目が、ほんの少し泳ぐ。


(……もしかして)


(いやいやいや、そんなわけ……)


 結衣は首を振りながら、胸の奥がそわそわし始めるのを止められなかった。


 そのとき、悠斗がポケットから何かを取り出した。


「これ……」


「なに?」


「この前のラーメン、奢ってもらったからさ。今日ちょっと余分に買ったから……やる」


 渡されたのは、冬限定のチョコレートクッキー。


「え……くれるの? これ」


「……嫌なら返せよ」


「いや、嫌じゃない! むしろ嬉しい……!」


 結衣の声が弾むと、


「なら、いい……」


 と言いながら悠斗はそっぽを向く。


 耳がまた赤い。


(……ほんとに、どうしちゃったんだろ)


 チョコを胸に抱えながら、結衣は感じていた。


 ——このドキドキは、前とは違う。


 ショッピングモールの日に生まれた、小さな光。

 それが今、ゆっくり大きくなっている。


 胸の音が、近くにいるだけで弾む。


 それが、なんだか嬉しくてたまらなかった。

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