親父と呼ぶのは、来世で
銀次は、ゆっくりと目を開けた。白い天井、消毒液の匂い。そこは、入院していた病院の、見慣れた病室だった。
「親分……!」
「銀次さん……!」
家族や、若頭を先頭にした子分たちが、銀次のベッドを囲み、涙を流していた。銀次は、自分が生きていたことに安堵するが、同時に、何かがおかしいと感じた。自分の身体は、もう動かない。
「ああ、銀次さん。お迎えに上がりましたよ」
その声に、銀次は視線を動かした。そこには、スーツ姿の眼鏡をかけた、細身の男が立っていた。男は、銀次に向かって、にこりと微笑む。
「あんた……誰だ?」
銀次がそう尋ねると、男は眼鏡をクイッと持ち上げ、答える。
「私は死神と申します。あなたの魂を、あの世へ案内するために参りました」
銀次は、自分が死んだことを悟った。だが、不思議と、恐怖は感じなかった。まるで、長い夢を見ていたかのような、どこか、不思議な感覚。
「不思議な夢を、見てた気がするな……」
銀次は、そう呟いた。
「ええ、とても不思議な夢でしたね。伏見城での、元忠様との日々。そして、親子の水杯……」
死神は、銀次の言葉を肯定した。銀次は、死神の言葉に、驚きを隠せない。
「あんた……なんで、その夢のことを……」
「夢ではありませんよ。あれは、あなたの魂が、死の淵で体験した、もう一つの人生です」
死神は、そう告げた。銀次は、死神の言葉に、衝撃を受けた。あの、元忠との熱い日々が、夢ではなかった……。
「そうそう、その元忠さんという頑固そうな男性が生まれ変わったら、あなたの父親になるとか言って、あの世に400年以上もとどまって困っているんですよ」
死神は、そう言い、微笑んだ。
銀次は、驚いた。
元忠が約束を守って400年も待っていてくれたなんて……。
「まさか……」
銀次は、信じられない思いで、死神を見つめた。
「ええ。あなたの来世で、元忠さんは、あなたの親父となるようです」
死神は、銀次の心の内を見透かしたかのように、そう答えた。
銀次は、静かに、そして力強く、言った。
「そうか……。親父……」
銀次は、満面の笑みを浮かべた。
こうして、元やくざの親分・金城銀次は、忠義の武将・鳥居元忠と、400年の時を超えて、来世で再会を果たすことになるのであった。
終




