水杯と、親子の約束
八月に入り、石田方は総攻撃を仕掛けてきた。数の暴力とはまさにこのことで、大量の鉄砲と物量で押し寄せる敵兵に、銀次たちの奇策も限界を迎えつつあった。
「ぐわっ!」
「ちくしょう!」
兵士たちが次々と倒れていく。城壁は崩れ、あちこちから火の手が上がる。本丸を残すのみとなった城内で、銀次は血まみれの刀を握りしめ、最後の抵抗を続けていた。
「銀次! ここへ参れ!」
その最中、元忠の呼ぶ声が響いた。銀次は、敵兵を突き飛ばし、元忠の元へ駆けつけた。
元忠は、すでに多くの傷を負っていた。しかし、その眼光は、少しも曇ってはいない。元忠は、銀次に、一つの杯を差し出した。
「銀次。お前に、これを持て」
元忠は、そう言うと、持っていた酒を、銀次の杯に注いだ。そして、自分の杯にも酒を注ぎ、銀次と向き合った。
「これが、親子水杯じゃ。わしは、お前のことを、我が子のように思っていた」
元忠は、静かに、しかし、力強く言った。銀次は、元忠の言葉に、思わず涙をこぼした。
「親父……!」
銀次は、そう叫ぶと、これまでのことを、元忠に告白した。自分が、400年後の未来から来たこと。そして、末期がんを患い、死を目前にしていたこと。
「次に生まれ変わったら、本当の親父になってくれ!」
銀次は、そう懇願した。元忠は、銀次の言葉を、静かに聞いていた。そして、銀次の頬を、優しく撫でた。
「わしは、頑固だし、お前にとってあまり良い親父にはなれぬぞ……」
元忠は、そう言って、笑みを浮かべ、そして、銀次の杯を、自分の杯に近づけた。
「親父……」
銀次は、そう呟くと、元忠の差し出した杯を受け取った。
元忠と銀次は、親子水杯を交わした。それは、血の繋がりはないが、魂で繋がった、親子の約束であった。
元忠は、銀次との水杯を終えると、再び、戦場へと向かう。銀次もまた、元忠の後に続いた。
そして、その日の夜、伏見城は、落城する。元忠は、最後まで、家康への忠義を貫き、壮絶な最期を遂げた。銀次もまた、元忠と共に、この世を去った。
こうして、元やくざの親分と、忠義の武将の、奇妙な親子物語は、幕を閉じたのであった。




