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親父と呼ぶにはまだ早い

 石田方の総攻撃は、伏見城を落とすどころか、銀次の奇策と兵士たちの奮闘によって、一週間にわたって食い止められていた。城内には、依然として緊張感が漂うものの、兵士たちの間には、どこか希望の光が宿っていた。


 そんな中、城門の外に、一人の武将が現れた。


「申し上げます! 島津義弘様の甥御おいご、島津豊久様が、城門の前におわします!」

 兵士の報告に、元忠は静かに頷き、城門の櫓へ向かった。銀次も、元忠の後に続いた。


「鳥居元忠殿におかれましては、この度の籠城、見事な采配にて感服いたしました。つきましては、降伏なされ、ご一命を保たれることをお勧めいたします」

 島津豊久は、城門の外から、静かに、そして礼儀正しく、そう告げた。


 元忠は、豊久の言葉に、静かに頭を下げた。


「島津殿、そのお気持ち、まことにありがたく存じます。しかし、それがしは、家康公に、この命を捧げると誓っております。降伏など、ありえませぬ」

 元忠は、きっぱりと、そして力強く、そう答えた。


 銀次は、元忠の言葉を聞き、思わず元忠の腕を掴んだ。


「鳥居様! あんた、本当に死ぬ気か! 家康の捨て駒になるのは、もったいねぇ!まだ、生きる道はあるはずだ!」

 銀次は、かつてのやくざの親分としての経験から、元忠の命を惜しんだ。しかし、元忠は、銀次の言葉に、静かに首を横に振った。


「黙れ、銀次! わしは、家康の殿に忠義を尽くす。それが、わしが選んだ道じゃ!」

 元忠は、そう言うと、銀次の頬を、思い切りぶん殴った。銀次は、よろけて、壁に手をついた。


「捨て駒だとわかっていても、貫く忠義がある! それが、わしらの生き様じゃ!」

 元忠は、銀次を叱りつけた。銀次は、元忠の眼光に、再び、気圧された。しかし、その眼光の奥に、かつての自分と同じ、不器用な、しかし、熱い生き様を見たような気がした。


 銀次は、頬の痛みをこらえながら、元忠を見つめた。


「くそ……。頑固な親父だぜ……」


 銀次は、思わず、そう呟いた。元忠は、銀次の言葉を聞き、一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに、元の厳しい表情に戻った。


「何を申すか、若造が」

 元忠は、そう言いながらも、その口元には、かすかに笑みが浮かんでいるように見えた。


 銀次は、元忠の背中を見つめながら、心の中で、誓った。


(いいだろう。あんたがそこまで言うなら、俺も、この命、預けてやるぜ。この伏見城、あんたと一緒に守り抜いてやる)


 銀次は、そう心に誓うと、再び、持ち場へと戻っていった。


 一週間が経ち、元忠と銀次の間には、不思議な絆が生まれていた。血の繋がりはない。しかし、互いの生き様に、どこか通じるものを感じていた。


 そして、その日の夜、銀次は、一人、櫓の上で、満月を見上げていた。


「……親父」


 銀次は、そう呟いた。銀次の目には、かつてのやくざの親分・金城銀次ではなく、若造兵士・銀次としての、新たな人生が映っていた。


 こうして、元やくざの親分と、忠義の武将の、奇妙な親子関係が、伏見城の籠城戦の中で、深まっていくのであった。

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