伏見城の若造、銀次
城門の外から、四万の軍勢の鬨の声が、地鳴りのように響いてくる。
「銀次! さっさと持ち場につけ!」
大きな傷跡のある荒くれ者の兵士が、銀次の背中を突き飛ばした。銀次は、よろけながらも、なんとか立ち直る。
(ったく、口の利き方も知らねぇ若造どもが……)
銀次は心の中で毒づいた。かつてのやくざの親分としての威厳は、この時代では通用しない。ここでは、ただの若造兵士。しかし、銀次の心は、いつのまにか、やくざの抗争に明け暮れたあの頃に戻っていた。
(千九百対四万……。こりゃ、ヤバいな。だが、やるっきゃねぇ。俺は、こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだ)
銀次は、そう心に誓うと、腰に差した刀に手をかけた。
「おい、銀次。熱いのはいいけど、ほどほどにしとけよ。俺らは、ただの捨て駒なんだからな」
別の兵士が、銀次の肩を叩いた。銀次は、その言葉に、はっと我に返った。そうだ。ここは、やくざの世界ではない。命のやり取りは、日常茶飯事。そして、自分は、ただの若造兵士。
「……わかってる」
銀次は、ぶっきらぼうに答えると、持ち場へと向かった。
城門の上には、鳥居元忠が立っている。その顔には、死を覚悟したような悲壮な決意が滲み出ていた。銀次は、元忠の姿を見て、かつて、自分が組のトップとして、組員たちを率いていた頃を思い出した。あの頃の自分も、元忠と同じように、悲壮な覚悟で、組員たちを守っていた。
「親分……」
銀次は、思わず、そう呟いた。しかし、元忠は、銀次の声には気づかない。
「者ども! 家康の殿のため、この城、死守せよ!」
元忠の声が、城内に響き渡る。その声に、兵士たちの士気が上がる。しかし、銀次は、その声に、どこか違和感を覚えた。元忠の声には、どこか、死を急ぐような、焦りにも似た感情が混じっているように感じられたのだ。
(こりゃ、ダメだ。このままじゃ、全滅だ)
銀次は、そう直感した。やくざの抗争で、数々の修羅場をくぐり抜けてきた銀次の勘が、そう告げていた。このまま、元忠の言う通りに戦っても、勝てる見込みはない。
銀次は、周囲の兵士たちを見た。彼らの顔には、恐怖と不安が浮かんでいる。彼らは、鳥居元忠を尊敬している。しかし、それ以上に、死を恐れている。
(なんとか、しねぇとな……)
銀次は、そう心の中で呟くと、あることを思いついた。やくざの抗争で、何度も使った、あの手だ。
「おい、お前ら! よく聞け!」
銀次は、大きな声で、兵士たちに呼びかけた。
「なんだ、銀次。うるせぇな」
兵士の一人が、銀次を睨みつけた。しかし、銀次は、構わなかった。
「お前ら、死にたいか?」
銀次は、そう言った。兵士たちは、銀次の言葉に、一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。
「……聞くな」
一人の兵士が、そう答えた。
「じゃあ、俺の言うことを聞け」
銀次は、そう言うと、兵士たちに、ある作戦を提案した。それは、やくざの抗争で、何度も使った、奇想天外な作戦だった。
兵士たちは、銀次の作戦を聞いて、呆気に取られた。
「お前、馬鹿じゃねぇのか?」
「そんなこと、できるわけねぇだろ!」
兵士たちは、口々に銀次を罵った。しかし、銀次は、構わなかった。
「お前ら、このまま死ぬか、それとも、一か八か、俺の作戦に乗るか。どっちだ?」
銀次は、そう言った。兵士たちは、銀次の言葉に、一瞬、沈黙した。そして、やがて、一人の兵士が、静かに言った。
「……わかった。俺は、お前の作戦に乗る」
その言葉を皮切りに、次々と兵士たちが、銀次の作戦に乗ることを表明した。
「よし! 決まりだ!」
銀次は、そう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
「さぁ、てめぇら! もうひと稼ぎすっか!」
銀次の言葉に、兵士たちの顔に、希望の光が宿る。
こうして、伏見城の籠城戦は、元やくざの親分・銀次と、若造兵士たちによって、奇妙な方向へと進んでいくのであった。




