通常以上
「すべての標的を制圧! すべての標的を制圧!」
無線からオペレーターの声が響いた。
ファルハンは静かに息を吐いたが、その表情に安堵はなかった。
「よし。容疑者は全員生きたまま確保しろ。医療班を呼べ、すぐに応急処置を行え」
その命令は冷静かつ厳格だった。
無線が一瞬、沈黙する。
——あまりにも簡単すぎる。
ファルハンは目を細めた。
——本当に、これだけなのか?
煙がゆっくりと薄れていく。
混乱の轟音も次第に静まっていった。
その時——
埠頭の端、影の奥から一つの影が現れた。
仮面をかぶった男が、まっすぐ立っていた。
背は高く、黒い装束は夜と一体化している。
動かない。
逃げない。
武器を構えもしない。
ただ——
包囲する警官たちを、静かに見つめているだけだった。
「標的は未制圧! まだ一人立っている!」
小野寺(※Kompol)ラトナの叫びが無線を切り裂く。
ドン!
一発の銃声。
弾丸は標的の脚を正確に貫いた。
——だが、男は倒れない。
ラトナは息を呑む。
ドン!
二発目が、もう一方の脚を撃ち抜く。
……反応なし。
男は、まるで痛みを感じないかのように立ち続けていた。
一瞬の沈黙の後、ラトナが低く、しかしはっきりと告げる。
「司令官……この標的は普通ではありません。
弾は確実に脚を貫通していますが、それでも立っています。
他部位への射撃許可を要請します。」
ファルハンは言葉を失った。
胸の奥で、冷たい疑念が響く。
——まさか……今回、本当に“奴ら”が関与しているのか?
——こいつは、一体何者だ……。
「許可する」
やがてファルハンは低く、だが揺るぎない声で言った。
「残存標的を無力化せよ。他の標的は確保を優先する」
「了解。司令官!」
次の瞬間、一斉射撃が始まった。
弾丸の雨が仮面の男を襲う。
血が流れ、埠頭の床に滴り落ちる。
それでも——倒れない。
弾は肉体を裂くが、致命傷には至らなかった。
夜の空気が銃声によって引き裂かれる。
ラトナはコンテナの陰に身を屈めた。
拳銃の弾倉は空。
荒い息を吐きながら、彼女はなおも立ち続けるその男を見つめる。
「将軍……彼は何者なんですか?」
無線越しの声が震える。
「銃弾が通じません!」
数秒の沈黙。
やがてファルハンの声が返ってきた。
冷静で、抑制され、しかし強い圧を帯びている。
「落ち着け、ラトナ。集中しろ」
「アルファチーム、一点集中射撃だ。散開するな」
「——必ず、倒す」
____
すべての銃口がその男に向けられた。
数百発の弾丸が彼の体を貫いたはずだった。しかし、倒れる気配は一切ない。
仮面の男は静かに俯き、地面に転がっていた拳銃を拾い上げた。
次の瞬間、警告もなく、彼は一人の警官に銃口を向けた。
轟音が夜を裂き、警官の体がよろめき、肩から血を噴き出して倒れた。
「ターゲットが反撃しています!
司令官、ご指示を!」
ラジオ越しに、ラトナの震える声が響いた。
すでに現場に降り立っていたファルハン将軍は、鋭い視線で仮面の男を見据えた。
男は影のように動き、混乱の中へと溶け込んでいく。
顔は完全に仮面に覆われていたが、かすかに光る白い眼が、ファルハンの胸を強く打った。
――まさか、噂に聞く存在なのか。
人知を超えた力を持つ者たち……
長く表舞台から姿を消していた“異常者”たち。
だが、なぜ敵に味方する?
(このままでは危険すぎる……)
「全ユニット、後退しろ!
今すぐ撤退だ!」
ファルハンの命令が、ついに下された。
「撤退ですか!?
司令官、敵は一人だけです!
我々には十分な人数がいます!」
コンテナの陰に身を隠しながら、ラトナが叫ぶ。
ファルハンは重く息を吐き、次々と倒れていく部下たちに目を向けた。
「数の問題じゃない。
これは通常の状況じゃない。
後退しろ、ラトナ。命令だ。」
しかし、部隊が完全に下がる前に、仮面の男が一気に距離を詰めた。
瞬く間に警官隊の中央へ飛び込み、
一人の警官の武器を叩き落とし、
それを拾って別の警官へ発砲した。
混乱に乗じ、武器取引の犯人たちが反撃を始めた。
状況はさらに悪化し、彼らは次々と銃を手に取り、警官たちに向けて発砲する。
数人の警官が倒れていった。
再び、激しい銃撃戦が始まった。
警官たちは、すべての犯人を射殺せざるを得なかった。
その場に立っているのは、ただ一人――
“常識を超えた存在”だけだった。
その時、警官の一人――
いや、警官に扮した人物が通信を始めた。
彼の名はビマ。
警察を支援するために派遣された、パンダワの使者である。
「兄上、状況が悪化しています。
銃撃戦が発生しました。
そして……
敵の中にダルマスータがいます。
強大な力を感じます。
銃弾がまったく効きません。
どんな術を使っているのか、分かりません。」
通信の向こうから、落ち着いた声が返る。
「正体を明かさずに、対処できるか?」
「……やってみます。」
ビマは静かに答えた。
「無理はするな。
すぐに向かう。」
そう言い残し、通信は切れた。




