時空改変
目を開いた瞬間――
俺は、静まり返った洞窟の中にいた。
川の水が、腰を下ろしていた岩の周囲をゆっくりと流れている。洞窟の壁は湿り、冷たい。太陽の光は一切届かず、ただ一定の冷気と、大地そのものが呼吸しているかのような気配だけが満ちていた。
水滴が落ちる。
その音は洞窟の奥へと反響し、長く伸びてから、やがて消えた。
時間はゆっくりと流れている。
――あまりにも、ゆっくりと。
俺はこの場所を知っている。
ここが、俺の試練の始まりだ。
直感が正しければ、まもなく四人のパンダワが現れる。
俺は立ち上がった。
闇の奥から、四つのプラーナの脈動が立ち上がる。
強く、鍛え抜かれ、互いに調和した律動――間違いない。
彼らが近づいてきている。
気づかれる前に、動かなければならない。
目を閉じ、洞窟の外を思い描く。
再び目を開いたとき、視界の先にはかすかな光――洞窟の入口があった。
その前に、四つの人影が浮かび上がる。
一歩、川を踏み越えた瞬間。
空間が、柔らかな布のように折り畳まれる。
一息の間に、世界がずれた。
俺は、洞窟の外に立っていた。
森の空気はまだ澄んでいる。
周囲のプラーナは静かで、乱れがない。
振り返る。
洞窟の口はまだ開いており、その奥から、四人が歩調を速める気配が伝わってくる。
迷っている時間はない。
両手が自然と印を結ぶ。
掌に一文字が浮かび上がり、淡い光を放った。
――「閉じろ」。
掌を地面に当てる。
微かな振動が広がる。
岩が動き、洞窟を支えていた古い根が張り詰め、やがて土砂とともに崩れ落ちた。
重い音を立て、洞窟の入口は塞がれる。
まるで洞窟そのものが、身を隠すかのように。
中で、彼らが足を止めた。
戸惑いが伝わってくる。
状況を測ろうとする気配。
俺は仮面を被り、耳を澄ませた。
「くそっ! ジュダは何をしている!
なぜ俺たちをここに閉じ込めた!」
――ビーマの声。力が膨れ上がる。
「分からない、兄上」
落ち着いたが鋭い声で、アルジュナが続ける。
「これは彼の最初の任務のはずだ。
だが……今の行動は、裏切りに見える」
ナクラとサデーワの低い呟き。
そこには困惑と失望が滲んでいた。
俺は、静かに目を閉じる。
ああ……その通りだ。
定めに逆らう道は、確かに狂気に映るだろう。
この選択が正しいかどうか、俺にも分からない。
ただ――教えられた通りに、行動しているだけだ。
彼らがすぐに脱出することは分かっている。
動きはすでに揃い始めている。
この程度の崩落、彼らなら突破できる。
問題は、時間だ。
俺は周囲を見渡し、地形と流れを測る。
彼らを、少しでも長くここに留める。
洞窟の外で稼いだ一秒一秒が、
彼らと塔との距離を引き延ばす。
視線を森へ向ける。
川の流れは、奥地の部族の領域へと続いている。
決断は、すでに下された。
彼らを傷つけるつもりはない。
争いを起こすつもりもない。
俺は、この世界を――
この一点で、可能な限り食い止める。
もしこの道が犠牲を求めるのなら、
それを背負うのは、俺ひとりでいい。
突然、
かつてのユディシュティラ――アーリヤの声が、頭の奥に響いた。
「お前の力だ……」
彼は静かに言った。
「空間を越える能力。それは、いつでも使うことができる。」
彼が一歩、近づく気配がする。
「だが、肉体がまだ完全に慣れていないうちは、必ず“間”が必要だ。
次に使えるまで、およそ三十分。
熟練するほど、その間隔は短くなる。
だが――決して自分の身体を軽んじるな。」
一瞬、沈黙が落ちる。
そして、声の重みが変わった。
「本当に警戒すべきなのは、空間ではない。
時間を越える力だ。」
「その技は、両刃の剣だ。
世界を救うこともできる……
同時に、自分自身を殺すこともな。」
胸の奥が、強く締めつけられる。
「通常の状態では、時間のプラーナは一週間の周期でしか安定しない。
それが、安全圏だ。」
「だが、追い詰められた状況なら――
最後に使ってから八時間後、無理に引き出すこともできる。」
「二度までだ。」
彼ははっきりと言った。
「それが、人の身体が耐えられる限界だ。
たとえ、確実に損傷を残すとしても。」
まっすぐに、こちらを見据える気配。
「三度目の使用……
それは、死を意味する。」
沈黙が、空間を支配した。
「分かっている。」
彼は低く言った。
「だからこそ、俺はそれを選んだ。」
「三度目を使った。
そして、その代償として――
四人のパンダワを救った。」
そこに後悔はなかった。
ただ、受け入れだけがあった。
彼は背を向け、存在がゆっくりと薄れていく。
「忘れるな、ジュダ。」
声が遠ざかる。
「お前の選択は、お前一人の運命では終わらない。」
「大きな力には、必ずそれに等しい責任が伴う。」
その言葉と共に、声は完全に消え――
残された重みだけが、
今やすべて、俺の肩にのしかかっていた。
洞窟の奥深くから、爆発音が轟いた。
その振動は大地を伝い、足の裏にまで届く。
無理やり塞いだ古い岩壁は、もはや耐えきれなかった――爆薬の力、ビーマの怪力、そして最も脆い一点を見抜くアルジュナの計算。そのすべてが重なった結果だ。
俺は、ゆっくりと息を吸った。
……やはり、彼らはいつもこうだ。
洞窟の壁が崩れ落ちる。
古い根が引き裂かれ、巨岩が川辺へと弾き飛ばされる。
土煙の中から、四つの影がほぼ同時に飛び出した――迷いなく、鋭く、即座に戦闘態勢へ移る。
距離を、これ以上詰めさせるわけにはいかない。
俺の手が、意志とは無関係に動いた。
深く刻まれた記憶に導かれるように、印が一つ、また一つと結ばれる。
そして、俺は掌を大地へと叩きつけた。
振動が走る。
目の前の地面がひび割れ、次の瞬間、内側から弾け上がった。
地の底から、四本の巨大な鎖が現れる。
黒く、重く、まるで意思を持つ生き物のように標的へと突進した。
速すぎる。完全に避けることはできない。
三人が、瞬時に捕らえられた。
ビーマ。
アルジュナ。
ナクラ。
鎖は彼らの身体を絡め取り、動きを封じる。
鎖の節々には、淡く光る封印札――古代の文字がはっきりと刻まれていた。
――「眠れ」。
力が抜け、抵抗が静まる。
呼吸が、次第に穏やかになっていく。
だが、サデーワだけは逃れた。
彼は軽やかに動き、わずかに遅れた鎖の隙間を縫う。
足取りは地面に触れていないかのようだった。
その集中――鋭く、冷静で、研ぎ澄まされているのが伝わってくる。
だが、空間の術で、俺はすでに彼の背後にいた。
再び印を結び、俺は掌をサデーワの背中へと当てる。
彼の背に、一文字が灯った。
――「眠れ」。
サデーワは動きを止め、力なく崩れ落ちる。
冷たい川の水が、彼の身体の周囲を静かに流れていった。
抵抗はない。恐怖もない。ただ、安らぎだけがあった。
四人は、静かに横たわっている。
川の水が穏やかに流れ、彼らの身体を包み込むように濡らし、
その眠りを守るかのようだった。
俺は、ひとり立ち尽くす。
木々と薄い霧の向こう、遠くでラザレスの塔が青く瞬いていた。
その光は安定している。遠い。
だが、確かに――感じられる。
その光は、俺の胸に静かな安らぎをもたらした。
まるで、涼やかな風が吹き抜けるように。
……許してくれ、兄弟たちよ。
俺には、ただ時間が必要だっただけだ。




