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バタラカッラ 最後の血統  作者: カンボロ


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55/66

夜の空

現代____


メトロ警察本部、二階。

建物全体が静まり返り、空気は張り詰めていた。


書類の山が積み上げられた黒いデスクの上で、一台の携帯電話が微かに震えた。


画面に表示されていたのは――

三日月の絵文字、ただそれだけだった。

名前もない。番号もない。


国家警察・公安情報局長

イルジェン・ポル・アンディカ・プルタマは、書類をめくっていた手を止めた。


鋭さの奥に疲労を宿した眼差しが、携帯の淡い光へと向けられる。

数秒間、彼は黙したままだった。

まるで、その呼び出しに応じるべきかどうかを慎重に量るかのように。


(……また彼女か。)


心の中で小さく呟き、深く息を吐く。

そして、通話ボタンを押した。


「……ああ。」


受話口から聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声だった。

静かだが、どこか切迫した緊張を孕んでいる。


「こんにちは、局長。お忙しいところ失礼します。

……私です。“夜空よぞら”――いえ、“ラングィット・マラム”。」


アンディカは眉をひそめる。


「分かっている。――今回は、何の件だ?」


「違法な武器取引です。金額は……およそ五十億ルピア。」


アンディカは背筋を伸ばし、声の温度が一段下がった。


「その情報、どれほど信頼できる?」


「九割は確実です。」


「場所は?」


「ランプンの廃れた埠頭です。」


「日時は?」


「三日後。」


その瞬間、通信は途切れた。

ぷつり、と短い音を残して。


沈黙。


室内には、壁時計の秒針が刻む音だけが響いていた。


アンディカは暗転した携帯の画面を見つめる。

黒いガラスに映る自分自身の顔を、しばらく見つめ――

ゆっくりと息を吐いた。


「……まったく、あの女はいつも独自のやり方だ。」


彼は机の端に置かれていた赤いファイルを手に取る。

表紙には、太字でこう記されていた。


『極秘任務 ― 最優先』


ファイルを開き、並んだ名前のリストに目を走らせる。

そして再び、重く濃い沈黙が部屋を支配した。



_______



別の場所


街の片隅に、一見すると荒れ果てた古い建物が建っていた。

だがその内部は――まったく別の世界だった。


無数のモニターが暗い室内を照らし、

青い光の中でデジタル地図、諜報データ、衛星映像が次々と切り替わっていく。


部屋の中央で、一人の女性が衛星電話を静かに閉じた。

その顔立ちは穏やかでありながら、揺るぎない威厳を帯びている。

彼女の名は――ナニア・タン。

**アリンビ・コープ **の代表にして、コードネーム「夜の空」の名で知られる存在だった。


ナニアは電話を金属製のテーブルに置く。

隣では、髪の乱れたアメリカ人の男がキーボードとマウスを操っている。

ヘッドセットを装着し、眼鏡の奥の瞳がモニターの光に反射した。

彼の名は――ハンク・ミラー 。

通信追跡の専門家であり、世界でも有数のサイバー分析官だ。


「ありがとう、ハンク。」

ナニアの声は静かだが、確かな意志を宿していた。

「あの武器取引は、絶対に起こさせない。」


モニターの光が彼女の頬を照らし、冷たい決意を映し出す。

その前に、五人の影が立っていた。

彼らはそれぞれ異なるワヤンの仮面をつけ、体を闇に包まれている。


それは、民話の中でしか語られなかった伝説の名――

パンダワ五(パンダワ/導きの子孫)。


「……パンダワ。」

ナニアが静かに、しかし威厳をもって呟いた。


五人の影は同時に片膝をつき、頭を垂れる。


「はい、姫君ひめぎみ……」

彼らの声が低く、モニターの光の中に響いた。


ナニアは一人ひとりを見渡し、そして隣のハンクへと視線を向ける。


「ハンクと共に、最良の戦略を立てなさい。」


彼女は一瞬だけ言葉を止め、視線を部屋の隅へ移した。

そこには、五十代半ばの男が静かに座っていた。

研究者の白衣をまとい、白髪交じりの髪。だがその瞳は若者のように鋭く光っている。


「……イマン教授 」


男は無言でうなずき、手元の黒い箱を軽く叩いた。

それがすべてを語っているようだった。


「イマン教授は、今回の任務のために最高の装備を用意してくださった。」

「この世界は、あなたたちの存在を知らないだろう……だが――均衡は、我々の一歩一歩にかかっている。」


モニターの青い光が、部屋の全員の顔を照らす。

闇と光の狭間で、五つの仮面がゆっくりと立ち上がった。

その沈黙には、確かな意味が宿っていた。


____



夕陽が地平線に沈み、街の空が淡い橙に染まる。

五人の**パンダワ(導きの子孫)**は、ハンクとイマン博士を後にして静かに歩き出した。

彼らの足音だけが、金属の通路に響く。行き先は――地上の誰も知らぬ、地下最深部。


エレベーターの扉が閉まると同時に、機械音が低く唸りを上げ、彼らを地の底へと運ぶ。

降下するにつれ光は薄れ、最後にはエレベーターの表示灯だけが闇を切り裂いていた。

やがて扉が開く。

そこは冷たい金属の匂いと無機質な静寂に満ちた空間だった。


自動照明がゆっくりと灯る。

五基のカプセルが整然と並び、その周囲には緑色の液体が満たされたガラス管が立ち並んでいる。

微かな光を放つ液体の中では、古代スウケツの紋章が脈打つように震えていた。


「またこの“薬”を飲むのかよ……」

ひとりが小さく呟く。


すぐに隣の男がからかうように答えた。

「毎回文句を言うのはお前だけだ、サデワ。」


「だって、あんな苦い液体、誰が好きなんだよ? 毒を祈りながら飲むみたいだ。」


ユディシュティラ――彼らのリーダーが、静かに笑う。

「子供みたいなことを言うな、サデワ。あの液体は毒ではない。“鍵”だ。」

彼は一歩前に進み、五つのカプセルを見渡す。


「あれは我らの身体を“瞑想界”と繋ぐもの。

二日間、飢えも渇きも忘れ、ただ精神だけが生き続ける。」


その声には揺るぎない力が宿っていた。

「この時間で心を清めろ。二日後――我らは全力で動く。

そして今度こそ、失敗は許されない。」


彼は迷うことなく、緑色の液体を一気に飲み干した。

他の四人もそれに続き、液体が体内に広がるとともに、

ひやりとした感覚が全身を包み、やがて静かな安らぎへと変わっていく。


それぞれが自らのカプセルへと入り、

カシャン――という音とともに透明な扉が閉じられた。


数秒後、部屋の照明が一つ、また一つと消えていく。


完全な闇。


そこに残るのは、微かな呼吸音と、遠くで響く機械の鼓動だけ。


五人のパンダワ(導きの子孫)は静かに眠りにつく。

――しかし、魂は既に別の世界を歩き始めていた。

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