バタラの次元。
人の世――
陰謀、政治、金、そして血にまみれた世界の裏側に、もう一つの世界が広がっている。
それは バタラの次元。
常人には触れることのできぬ領域。血脈、古き儀式、あるいは宿命によって選ばれし者だけが辿り着ける秘された境界。
その世界は 七つの霊なる壁 によって隔てられている。
そこに至る門を開くことができるのは、選ばれし存在――
すなわち ジュルクンチ(導師) と呼ばれる者たちだけである。
そして門を越えた先に広がるのは、小宇宙のごとき異界。
人の歴史には記されぬ土地、
バタラの血を継ぐ者が鍛えられ、試され、超越の力を得るための場所である。
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「別の世界……? こんなものが存在するなんて、俺は知らなかった。」
喉が渇き、思わず唾を飲み込む。胸は震え、今まで感じたことのない感覚が全身を駆け巡る。
黄金の光を踏み越えた瞬間、全身に戦慄が走った。毛穴という毛穴が逆立ち、俺に告げる――この旅はもはやパンドゥの後を追うだけではない。思いもよらぬ宿命へと足を進めているのだと。
迷いに囚われながらも、俺はパンドゥの背を追い、次々と現れる霊門をくぐる。ひとつの門と次の門の間はわずか三十歩ほど。しかしそこには空間も、時間も、現実さえも引き裂く隔たりがあった。
三つ目の門を越えたとき、直感が囁いた。振り返ると、背後には見知らぬ世界が広がっている。思わず足が止まり、胸が震える。それでも再び歩みを進めた。
やがて七つ目の門を越えた瞬間、眩い光が一斉に弾け、そして静かに消えゆく。門々は大地へと沈み、痕跡すら残さない。俺はただ、全く異なる現実の入口に立っていた。
足元の大地は見知らぬもの。だがそれは過去に汚されていない、真新しい白紙のようだった。
吸い込む空気は澄み渡り、心の奥深くへ染み込む。生まれて初めて味わう感覚――静寂、そして安らぎ。
背負っていた重荷が、置き去りにした世界と共に溶け去ってゆくようだった。
視線の先に、壮大な建物が立ちはだかっていた。寺院とも城とも言えるその姿は、荘厳な彫刻に彩られ、両脇には武人の石像が並び、永遠の守護者のごとく立ち尽くしている。
そこに刻まれた文字が目に入る。
「宗血寺」
パンドゥは迷うことなく歩みを進め、手招きで俺を導く。胸に渦巻く疑問を抱えたまま、俺も従った。
門をくぐった瞬間、息を呑んだ。
眼前に広がるのは巨大な道場。そこには数十人、いや百を超える人々が集い、鍛錬に励んでいた。
子どもから若者、大人に至るまで、男女の区別なく、皆が流麗な戦舞のごとき修練に没頭している。
ある者は剣を握り、大地を震わすほどの気迫を放つ。ある者は槍を振るい、獲物を追う狩人のように俊敏に舞う。別の者は矢を放ち、沈黙の中で空を裂く鋭さを見せた。
その光景から目を離せない。
「ここは一体……?」心の奥で呟いたその声は、己にしか届かない。
だが、パンドゥはまるで聞こえたかのように振り返り、薄く微笑んだ。
「ここは宗血寺。――バタラの次元の中だ。」
その言葉は道場の息遣いに溶け込みながら、静かに響いた。
「ここで戦士たちは鍛えられる。そして彼らは皆……我らも含めてダルマスータ。
バタラの血を継ぐ者、ヌサンタラの守護者だ。」
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私たちが中へ足を踏み入れた瞬間、場の空気が静まり返った。 庭にいた人々は皆、パンドゥが通り過ぎると同時に頭を垂れ、その姿を光のように敬った。
その時の私はまだ気づいていなかった。パンドゥは、ただ自分を兄と名乗った者ではなかったのだ。彼こそが ジュルクンチ(導師)――大寺院の主にして、門を守る者だった。
私たちは石畳が整然と並ぶ回廊を進んでいった。道の両脇に立つ修行者たちは皆、微笑みを浮かべながら迎えてくれた。だが、その中には深い敬意を帯びた眼差しもあり、私はますます混乱した。
「パンドゥとは一体何者なのか?」
遠くで、目を奪われる光景が広がった。二人の修行者が道場で戦っていたのだ。彼らの動きはあまりにも速く、常人の目では追いつけない。攻防の一挙一動が流れるように繋がり、まるで死の舞踏のように鋭く、美しく、そして恐ろしかった。私は息を呑み、心を奪われた。
――ここが超人たちの住処なのか?
胸の奥で問いがこだまする。
――本当に自分は、この世界の一部なのだろうか? 彼らと同じ存在になれるのだろうか?
…
間もなくして、パンドゥは私を寺院の奥深くへと導いた。そこは他の場所とは異なる特別な空間だった。静寂が支配し、神聖な気配が漂い、重苦しい圧が魂そのものを揺さぶった。
そして、私はその人に出会った。
薄暗い光の中で静かに座禅を組む尊き姿。顔立ちははっきり見えぬが、そこには計り知れぬ叡智が覆いかぶさっていた。
彼こそが――大導師。
ヌサンタラを護る七人の守護者のひとり。
七人のバタラのひとり。
バタラ・グル。




