血の玉座
夜の帳を裂き、暁が風を連れて訪れる。
死は死を呼び、扉となり、変革への道を開き、権力を奪い取るために現れる。
丘の頂に聳え立った荘厳な屋敷――
黄徳生の館は崩れ、墓所と化した。
黄と四人の護衛は瓦礫の下に埋もれ、共に滅んだ。
残された兵たちは皆傷つき、力を失い、
そして巨大な身体を持つサンダカラの姿も跡形もなく消え去った。
外の世界が真実を知ることはない。
いずれの〈法守衆〉の教団にも“清掃隊”が存在し、
真実を覆い隠し、痕跡を拭い去り、凡俗の眼から秘め事を守り続けるのだ。
――
一方その頃、別の神林評議会の屋敷にも混乱が渦巻いていた。
雲起は頭に弾丸を受けて死んでいた――己の手で引き金を引いたと噂される。
彼を守る数十の護衛も皆倒れ、血と傷に覆われていた。
一夜にして、二人の神林評議会の長が命を落とす。
再び――またもや――黒虎は蝕まれ、
正体不明の敵にその力を少しずつ喰い尽くされていく。
…
喧騒から遠く離れた、工業地帯の片隅。
古びた織物工場の奥深く――外界から隔絶された特別な一室があった。
そこに、ジョナサン・ワンは静かに腰掛けていた。
鋭い眼差しに秘められた計略。
彼はただ一人、最も信頼する存在を待っていた。
ギィィ…と扉が開く。
ジョナサンが顔を上げる。来た――バタラカラ。
間もなく、もう一人のバタラカラも室内に足を踏み入れる。
二つの影が対峙し…そして一つの肉体へと溶け合った。
ジョナサン・ワンは微笑む。
その瞳は炎のごとく妖しく輝く。
「嵐がさらに膨れ上がる前に……すべてを終わらせる。」
彼は立ち上がり、声を張り上げる。
その声は轟き渡り、壁に反響する。
「待ち望んだ日が――ついに来た。」
「革命だ。」
_____
三日前 ―― 追跡の夜
鋭い刃がスポーツカーの屋根を突き破った。
ジョナサンは瞬時に身をかがめ、ハンドルを右に切る。
金属が軋む音とエンジンの咆哮が闇を切り裂く。
だが、追っ手たちは知らなかった。
その車には、ジョナサン自身が乗ってはいなかったのだ。
別の密室――無数のモニターと4Dプロジェクターに囲まれた部屋で、
ジョナサンは シミュレーション用の車両 に座り、ハンドルを握っていた。
その装置は単なる訓練機ではない。
現実の車を遠隔操作するための 操縦席 だった。
実車の運転席には、最先端のプロジェクターが稼働していた。
そこに映し出されるのは、完璧な 4Dホログラムのジョナサン。
剣が振り下ろされても、それは幻影を裂くだけ。
だが追跡者たちには、あたかも本人がそこにいるようにしか見えなかった。
ジョナサンは額に汗を浮かべ、画面に映る現実の光景を凝視する。
剣が何度も迫るたび、彼は冷静にハンドルを操り、紙一重でかわしていった。
しかし運命は決して変わらない。
銃弾の雨が車体を撃ち抜き、タイヤを貫いた瞬間――
実車は制御を失い、山道の崖へと落下した。
シミュレーションの中でも激しい衝撃が走り、
機体全体が震える。
そして――
「ドオォォンッ!!」
轟音と共に爆炎が夜を裂いた。
車は深い谷底で火柱を上げ、炎に呑まれた。
同時に、シミュレーションルームのすべてのシステムが沈黙する。
モニターは闇に閉ざされ、人工のエンジン音も消えた。
ジョナサンは静かにシミュレーターの扉を開け、外へ出る。
大きく息を吐き、だが口元には冷たい笑みを浮かべていた。
白衣を纏った老教授のもとへと歩み寄り、肩に手を置く。
「……この玩具は、龍も、虎も、そして神でさえも欺ける。
やはり天才だな、教授。」
_____
朝日が昇りはじめ、光が邸宅東側の大きな窓ガラスを突き抜け、臨時会議室を照らした。
外気はまだ冷たく、窓には露が残っていた。だが、その部屋の中は怒気が燃え盛り、夜明けの冷気を押し流していた。
普段は静寂に包まれるマイケル・ワンの邸宅は、この朝、まるで要塞だった。
正門は重警備、黒塗りの車列が整然と並び、廊下には部下たちが緊迫した顔で行き交っている。
すべては昨夜の惨劇への応答――二人の神林評議会の議員が命を奪われたあの襲撃に。
残された六人の評議員が円卓に座る。表情には悲嘆と怒り、そして不安が入り混じっていた。だが、その中には、ただ静かに嵐を待つ者もいた。
マイケル・ワンは卓の端に立ち、拳で分厚い机を叩きつけた。
ドンッ――!
「もう十分だ!」低くも轟く声が響いた。
「我らはあまりに多くを失った。護衛を強化し、警備を倍にしても、神林評議会の者は次々と倒れた。偶然ではない――侮辱だ! そして、こんな所業ができるのはただ一つ…ダササカだ! よって本日、我は戦を宣言する!」
言葉は壁に反響し、部屋を炎のように満たした。
だが、その余韻が消える前に――ギィイ、と扉の開く音が響いた。
全員の視線が一斉に向かう。
そこに立っていたのは――死んだはずの男。
ジョナサン・ワン。
彼は静かに歩み入る。その隣には死神のごときバタラカラが影のように寄り添い、背後からは数人の護衛が続いた。
会議室は衝撃に包まれた。評議員の何人かは目を見開き、椅子から半ば立ち上がる。
しかし三人だけは、泰然と座ったままだった――創設者ツァン・ゼンセン、リャン・グオウェイ、そしてレンディ・ジャオ。
彼らの眼差しは揺るがず、まるでこの瞬間を待ち続けていたかのように。
マイケル・ワンの瞳が怒りと驚愕に見開かれた。
「ジョナサン…これは一体どういうことだ!?」
他の評議員たちは怒号を上げる。
「すべてお前の仕組んだことか!? 黒幕はお前か!?」と、憤怒のキエン・リレンが叫んだ。
ジョナサンは手を上げ、ざわめきを制した。声は冷静だが、刃のように鋭い。
「落ち着け、神林評議会の諸君――」
彼は一拍置き、薄い微笑を浮かべた。
「……ああ、そうだ。すべては、俺の計画だ。」
最初に……私は己の夢である闘技場を実現するため、数多の大口献金者へ近づいた。
その中には、最初期から私を支え続けた投資家――ここにいる、ゼン・セン殿も含まれている。」
ジョナサンは静かに、しかし計算高い声で告げた。
「なっ……!? お前も、この裏にいたのか、ゼン・セン!」
マイケルは怒号を放ったが、ゼン・センの口からは一言も返らず、ただ沈黙だけが会議の空気を圧した。
「第二に――私は血を異にする者たち、真なる闘士の血を持つ者だけを狙った。
彼らこそが、私の使命を果たすための駒となる。」
「第三に――ダササカを利用し、わずかな圧力を加えさせた。
互いに利益を得る協力関係だ。これによって、お前たちには敵の正体が見えぬまま混乱を深めることになる。」
「第四に――時代遅れの思想に縋りつく評議会の老人どもを排除する。
世界は変わった。もはや彼らの思考は時代に通用しない。」
ジョナサンの声は鋼のごとく冷たく響いた。
「ダササカの役割はあくまで一時的なもの。私が頂点に立つ時、それは終わる。
――ゆえに、マイケル・ワン殿。私は貴殿に要求する。
この座を、潔く私に譲り渡せ。」
その言葉に、マイケルの顔は怒りで真紅に染まった。
長年抑えていた激情が、溶岩のように噴き出す。
机の下に隠していた拳銃を掴み取り、震える手で息子に銃口を突きつける。
「やめろ、父上。」
ジョナサンの声は低く、囁きに近い。だがそこには明確な脅威が潜んでいた。
ジョナサンは激情に駆られ、ついに叫んだ。
「俺は覚えている! 母を殴りつけ、欲望のはけ口にしたあの夜の数々を!
母を塵のように扱い、土着の血を持つという理由だけで、俺を自分の子として認めようとしなかったお前のことを!」
ジョナサンは鋭い視線を三人の信奉する評議員へと送った。
刹那、三人は同時に拳銃を抜き、冷たい銃口をマイケルへと向ける。
場内に凍りつく沈黙が落ちた。
残る三人の評議員の顔は蒼白になり、椅子から立ち上がりかける。
「私に逆らう者には……破滅しか待っていない。」
ジョナサンは淡々と、揺るぎなく言い放った。
「――黙れ、この悪鬼め!」
マイケルが引き金を絞る。
だが、ほとんど同時に三つの銃声が重なった。
轟音が響き渡り、マイケルの体は激しく揺さぶられ、鮮血が宙に散った。
ジョナサンの肩に手が置かれる。
バタラカラだった。
彼の気配に包まれた瞬間、マイケルの放った弾丸は硬き鋼に弾かれるが如く跳ね返り、無力に壁へと撃ち込まれた。
「ぐっ……!」
マイケルの体はよろめき、机に崩れ落ちた。
その瞳は虚ろなまま、かつて己を取り巻いた忠臣たちを見つめた。
ジョナサンはしばし黙し、顔を伏せる。
その頬を一筋の涙が伝った。哀惜ではなく、葬送の儀式のように。
「――今日この日をもって、私こそが黒虎の首領である。」
声は静かだが、鋼鉄の響きを持って響いた。
彼は背を向け、会議室を去った。
足音が続き、護衛と新たな派閥の者たちがその後を追う。
銃声と怒号の余韻が渦巻く会議室には、ただ一つの事実が残された。
――権力は移り、革命の鐘が打ち鳴らされたのだ。




