この目で、奴の面 を刻みつけた
二つの影が、夜の闇そのものと同化したかのように向かい合い、周囲の空気を圧し潰すような殺気が張り詰めていた。
サンダカラ――神血オルドの使者は、一瞬たりとも無駄にしなかった。両手に握られた二振りの短剣がギラリと光り、鋭い視線は標的に突き刺さる。相手は神林評議会の重鎮を抹殺するために送られた“死の執行者”。
「ヒュッ! ギンッ!」
合図もなく、サンダカラが飛び出した。最初の斬撃が空気を裂き、続く二撃目はさらに速く――しかし敵は身をかがめ、体を震わせた次の瞬間――
「ブオォォッ!!」
影のようなその体は一瞬で黒い霧に変じた。
サンダカラは足を止め、鋭い目で左右を探る。霧が渦巻き、濃くなり、やがて巨大な腕を形作る。
「ガキィィンッ!!」
鋭い衝撃音。霧の拳を、鉄のように硬い一撃を、短剣が受け止めた。
「ドドドドドッ!」
嵐のような連撃が襲いかかる。鉄槌の嵐を前に、サンダカラは二本の剣を回転させて受け流し、火花が「バチバチッ!」と散り、闇を刹那照らした。
(こいつはただのダルマスータじゃない……)
(霧の体を自在に操り、部位ごとに“白鋼の呪”を纏わせるなんて……狂ってる)
サンダカラは大きく後ろへ跳び、「ヒュバッ!」と宙を回転して着地した。深く息を吸い込み、首の血管が赤く「ゴウゴウッ」と燃え上がるように光る。
「ブォォォォオオオッ!!」
大口から炎がほとばしり、前方の空間を焼き尽くす。
炎の向こう、敵のシルエットが「ジュウウッ」と焼かれゆく。サンダカラはさらに踏み込み、火炎を纏ったまま疾駆する。
その瞬間、彼は膝を折り曲げた。両膝に「ゴゴゴ……」と回転する二つの黒い穴が開き、光を吸い込むように渦巻く。
迷いなく、サンダカラは二本の剣をその“闇の穴”へ「ズブリッ」と差し入れた。剣は闇に飲まれ、一瞬で姿を消す。
「ゴウウウッ……!」
彼は呪文を唱え、腕が赤く「ジジジジッ」と焼けるように光り、一方の手を天へと掲げる。赤熱した鉄のように拳が輝いた。
「ブアアアアッ!!」
咆哮と共に拳が炸裂し、炎の中の影を叩きつける。
「バリバリバリッ!」
黒い体が裂け、燃え尽きる紙のように「ボウッ!」と崩れ、灰となって舞い上がった。
だが……
灰は消えなかった。
「ゴゴゴ……」と回転し、再び集まり、ゆっくりと人の形に戻っていく。
その気配に、サンダカラの本能が「ビクリッ」と反応する。素早く振り返り、剣を構えた目に決意の色が宿る。
「……ダルマスータ最上級か……」
「今回は勝てそうにないな」
影は完全に人型を取り戻し、その目に宿る光はもはや人間のものではなかった。
サンダカラは深く息を吸い込み、炎のような眼差しで睨み返す。
「俺はすでに神血との血の契約で縛られている……
たとえここで死んでも、お前を倒すまで戦う。
逃げるくらいなら、ここで灰になる方がましだ!!」
____
黄徳生は、四人の護衛と共に地下室へと急いでいた。そこには秘密の脱出口が隠されている。知る者はわずかしかいない。
その頃、屋敷の上階では銃声が絶え間なく響いていた。護衛たちは銃弾の雨を浴びせ、影の侵入者を阻もうとする。しかし、弾丸は確かに肉体を貫いているはずなのに、その男は進撃を止めない。まるで鉛の弾丸など羽虫に過ぎぬかのように。
次々と護衛が倒れ、断末魔の叫びが銃声と交じり合い、豪奢な屋敷はたちまち死の戦場へと変貌していった。
その様子を外から察したサンダカラは、なお目の前の影と対峙しつつ、家の中を横目で見やった。銃声は途切れ途切れになり、護衛の叫びは次第に途絶えていく。
「くそっ…何人を連れてきた?」とサンダカラは低く唸る。
だが、目の前の影は沈黙を崩さない。
答えはない。あるのは風のざわめきと、燃え残る炎の微かな音だけだった。
追い詰められたサンダカラは、最後の切り札に手を伸ばした。
ポケットから小瓶を取り出す。瓶の中では、青白く輝く液体が妖しく揺れている。
サンダカラは苦笑を漏らした。
「いいだろう…俺は死ぬかもしれん。だが、お前も道連れだ。」
その言葉と共に、液体を一気に飲み干す。
刹那、全身が痙攣し、血管が青い光を帯びて浮かび上がる。息は荒く、体は膨張し始めた。
彼は古の呪を唱え、胸の前で両の掌を打ち合わせる。
「グォォォォォォッ!!」
轟音と共に変貌が始まる。皮膚は紫色に変わり、髪は伸び乱れ、牙が鋭く突き出す。声は雷鳴のように低く響いた。
「――ラクササンカ(羅刹想形)!!」
十倍に膨れ上がる力。さらに“アイス・ファントム”の薬がその力を何倍にも増幅し、今や百倍の力を得た怪物がそこに立っていた。
「今の俺は――百倍の力を持つ!」
彼は低く呟き、眼を爛々と光らせた。
そして踏み込む。
「ブァアアァァッ!!!」
重烈な拳が突き出され、同時に衝撃波が辺りを薙ぎ払う。影の男は弾き飛ばされ、豪邸の分厚い石壁に叩きつけられた。
「グラァァンッ!!」
大地を揺るがす轟音。石壁に大きな亀裂が走り、破片が飛び散る。建物全体が震動し、まるで地震が襲ったかのように揺れ動いた。
サンダカラは跳躍し、拳を嵐のごとく叩き込む。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドガアァン!!
背後の厚い壁が粉砕し、石片が四方に飛び散り、重い砂煙が立ちこめる。
闇の影の身体はすでに血にまみれ、地に叩きつけられ、力なく横たわった。
だがサンダカラはまだ足りぬとばかりに、一歩退いて膝を曲げ、深く息を吸い込む。首筋の血管が再び熔岩のように赤く輝く。
ブオオオオオオオオッ!!!
蒼き炎が喉奥から放たれ、夜を裂き、巨大な火柱となって敵を焼き尽くした。
影は灼かれ、肉は焦げ、炭のごとく崩れ落ちる。
サンダカラは胸を上下させ、荒く息をつき、口元に勝ち誇った笑みを浮かべた。――勝負は終わった、と。
だがその瞬間。
背後から、ぞくりとするほど濃密な殺気が迫った。肌を刺すほどの力。サンダカラは振り返る。
そこに立っていたのは――同じ影。無傷のまま、恐るべき“秘奥の構え”をとっていた。
その拳が大地を打ち据える。
ズドオオオオオオオオン!!
大地を裂いて雷鳴がほとばしり、巨雷が地中より迸った。サンダカラの巨体を直撃し、空へと吹き飛ばす。
「ぐっ……アアアアアッ!!」
全身は黒焦げとなり、青い血が裂け目から噴き出す。焼け焦げた肉体から立ちのぼる煙は、生臭い鉄の匂いを夜気に漂わせた。
サンダカラは地に崩れ落ち、荒い息を吐きながら瞳の光を失っていく。
――その傍らで。
業火に包まれた影の肉体は、崩壊した部分を再び集め、塵と闇を絡め取りながら、ひとつの人の形へと収束していった。
炎に照らされ、その素顔があらわになる。
若き男の顔。冷たい瞳。
アビマニュ。
あるいは、今や闇の地下世界に呪いのように響く名――
「バタラカラ」。
_____
サンダカラの視界が闇に沈み、すべてが消え去った――。
…
遠く離れた場所。
一人の男がゆっくりと目を開いた。彼は静かに胡坐をかき、顔を無表情の仏面で覆っている。
部屋は蝋燭の灯火だけに照らされ、揺れる影が石壁に不気味な模様を描いていた。
その周囲には、四つの影が立ち並んでいた。
彼らの顔は闇に隠れ、ただ沈黙の気配だけが漂う。
「――で、敵は何者だ?」
低く重い声が一人から洩れ、室内に冷たい響きを落とした。
仏面の男は長い息を吐き、ゆるやかに口元を歪めた。
見えはしないが、その奥に浮かぶのは邪悪な笑み。
「間違いない……奴は〈バタラワリ〉の継承者だ。」
さらに声を潜めながらも、確信に満ちた調子で言葉を重ねる。
「この目で、奴の面 を刻みつけた。」
くぐもった笑いが彼の喉奥から洩れた。
蝋燭の火がパチパチと弾け、その笑い声と混ざり合って、闇にじわりと広がっていった。




