宗血
オイビソノはまだ白い髑髏の仮面をつけ、背には勝者のマントをまとい、腰には勝利のベルトを巻いたまま、ホテルの部屋の前に立っていた。
彼を案内してきたマックスがドアの前で立ち止まり、落ち着いた、しかしどこか威圧的な声で告げた。
「これからは、ここがお前の居場所だ。」
マックスはカードをスキャナーにかざす。ピッという電子音と共に、ドアが自動で開く。
「地下には特別な訓練室がある。勝利した戦士だけがそこに集まる。次の試合は一週間後だ。それまで好きなだけ鍛えろ。」
オイビソノは黙って頷き、言葉ひとつ発さず部屋へと入る。
ドアが閉まると同時に、マックスは静かにその場を去った。
黒い大きなバッグを床に放り出す。
歓声の熱をまだ帯びた勝者のマントを、乱暴に部屋の隅へ投げ捨てる。
勝利のベルトも外し、ソファに叩きつけるように放った。
彼はゆっくりと腰を下ろし、白い髑髏の仮面を外す。
額には汗、顔にはまだ乾ききらぬ傷。
その仮面を両手で強く握りしめ、節が白くなるほど力を込める。
虚ろな目で仮面を見つめ、低く呟く。
「ダルマスータの血… 善き者の血…。
だが、この腐りきった世界では……」
唇が歪む。
「ただの見世物だ。悪党どもを喜ばせるための、安っぽい娯楽に過ぎん。」
苦悶。憤怒。嫌悪。憎悪。
すべてが渦を巻いて胸を締め付ける。
そして、忘れようとしても消えぬ記憶が甦る。
――まだ少年だった頃。
痩せた足で石畳を踏みしめ、霧に包まれた山道を登る。
その先に、天を衝くように立つ壮麗な寺院があった。
彼の隣には一人の男。決して忘れられない導き手の姿。
寺院の姿が視界に現れた瞬間、少年オイビソノの足は止まった。
大理石の柱に刻まれた紋様、漂う香炉の煙、鳴り響く太鼓の音。
そのすべてに圧倒され、ただ立ち尽くす。
男が振り返り、薄く微笑んだ。
「ここがお前の居場所だ。
ダルマスータの血はここで鍛えられ、ダルマへと昇華される。
世界の均衡を守る力となるのだ。」
二人は中へと歩みを進めた。
広大な中庭。
子供から壮年まで、数百人の修練者が声を張り上げ、拳を振るい、大地を蹴り鳴らしていた。
門をくぐった瞬間、無数の視線が少年に注がれる。
好奇、威圧、期待、疑念――そのすべてが突き刺さる。
導きの男は堂々と立ち、声を張り上げた。
「彼らは皆、お前の兄弟だ。
我らは――スーケツ(宗血)の一門。
今日からお前も、その一員だ。」
______
マックスが車に戻ると、ジョンとウィンはすでに中で待っていた。
ドアが**バタン!**と閉まる音が響く。
彼はすぐに口を開いた。
「なあジョン、お前の“山の男”の友達はどこに行ったんだ?」
ジョンは深く息を吐き、スマホを差し出した。
「マックス…ややこしいことになるかもしれない。でも、これを読んでくれ。」
画面にはアビマニュからのメッセージが表示されていた。
「あの闘士…鉄拳のオイビソノ、その素顔を知っているのはお前たち三人だけだ。
俺が代わりに闘う。どうなろうと構わない。
この金は置いていく。後は任せる。
もしエンジェルの情報が入ったら、すぐに知らせてくれ。」
マックスは長くジョンを見つめた。……ゴクリ、唾を飲み込む。
やがてジョンがドサッと分厚い封筒を取り出し、中身を見せる。
「なんてこった…」マックスは呟き、口を半開きにした。
「こんなにあるのか…」
「どうする?」ジョンとウィンが同時に問いかける。
ピリッとした緊張が車内を満たした。
マックスは顔を押さえ、低く言った。
「オイビソノは特別な力を持っていた。…本当に、あの“山の男”が代わりになれるのか?」
ジョンの目は揺るがない。
「違うぞ、マックス。アビマニュ…あの山の男も、ただの人間じゃない。」
マックスは目を瞬かせ、再び確認する。
「本気か?」
ジョンは力強くうなずいた。
シーン……
短い沈黙。
そしてマックスは長く息を吐き、決断した。
「…まあ、問題ないだろう。」
三人は互いに視線を交わす。
次の瞬間――
「「「俺たちは金持ちだ!金持ちだ!金持ちだぁぁ!!!」」」
車内に三人の声が**ドドドォッ!**と響き渡った。
______
ホテルの部屋は静まり返っていた。
聞こえるのはエアコンの唸りと時計の針の音だけ。
突如――ギィィ…
窓の方から擦れるような音がした。
オイビソノは即座に顔を向ける。
21階の窓がゆっくりと開き、薄いカーテンが夜風に揺れる。
暗闇の向こうから、ひとつの影が忍び込んできた。
その影は背が高く、大きな黒いジャケットに身を包み、
ポケットだらけの暗いズボンを履き、顔は影に隠れている。
動きは軽やかで、音ひとつ立てない。
まるで人ならざる者のように。
オイビソノはソファから立ち上がり、全身を緊張させて一歩踏み出した。
やがてその影が近づき、顔が光に照らされる。
――アビマニュ。
低く冷たいが、警戒を孕んだ声が響く。
「お前…さっき車の中に一緒にいた奴だな?
まさか…お前もダルマスータなのか?」
足を止め、真正面から見据える。
部屋の空気が一瞬で重く張り詰めた。
「なぜ窓から…忍び込んだ?」




