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バタラカッラ 最後の血統  作者: カンボロ


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第三章 派閥

ジョンは愛用のバイク、くたびれたアストレア800にまたがり、夜の街を走っていた。

アクセルを回すたびに、エンジンはガタガタと苦しそうにうなり、穴の空いたマフラーからは「ガゴゴゴッ!」と不機嫌な咆哮が響き渡る。

まるでバイク自体が「もう勘弁してくれよ」と文句を言っているようだった。


だがジョンにとっては誇りの愛車。

ジャケットをはだけ、鼻にはサングラス、頭には古めかしいヘルメットをちょこんと乗せ――安全より見た目優先。

彼はまるで世界で一番高価なバイクに乗っているかのような気分で、胸を張って走っていた。

実際は今にも崩れそうな鉄の塊にすぎなかったが。


その夜、ジョンは昼間市場で出会った「山男」との約束の場所へ向かっていた。

「一体どこの出身だ? どうしてあんなに強い? それに――あのボロい鞄……やけにパンパンだったな。」

考えれば考えるほど、ジョンの頭の中で怪しい想像がふくらんでいく。


にやりと笑いながら、彼はひとりごちる。

「ふふふ……全部カネで詰まってんじゃねぇのか? よし、会って、ぜ~んぶいただいてやるぜ。」

その後、誰もいない夜道に「ワッハッハッハ!」と響き渡る高笑い。

道行く野良犬まで振り返って首をかしげるほどだった。


古いバイクを左右に振りながら、ジョンは水たまりを器用に避け、屋台の並ぶ歩道をすり抜けていく。

街灯は薄暗く、濡れたアスファルトには彼の影が揺れていた。


やがて、約束の場所にたどり着く。

高速道路の高架下――壁一面にカラフルな落書き。

「国を返せ!」「アホな権力者!」「生き地獄、死んでも報われず!」

怒りの言葉がそこら中に叫ばれていた。


ジョンにとっては見慣れた光景。

ここで彼はよく「用心棒代」を回収しに来ていた。

不満を飲み込むしかない小さな商人たちから、毎回ちょろちょろと金を吸い上げていたのだ。


バイクを歩道の端に止め、周囲を見回す。

サングラスを外し、目を細める。

しかし――待ち人の「山男」の姿は、どこにもなかった。


暗闇の中から、突然ひとりの青年が姿を現した。

全身黒ずくめ、大きなジャケットにポケットだらけのズボン。髪はきれいに刈り込まれ、表情は読み取れない。彼はジョンの前に立ち止まり、じっと見つめた。


ジョンは眉をひそめる。

「……誰だコイツ? 昼間の田舎者はどこいった?」


青年は近づくと、軽くジョンの背中を叩いた。

ただの小さな合図。しかしそれで十分だった。


ジョンは目を細め、数秒後には目を見開いた。

「えっ……まさか……お、おぉぉ!? お前、田舎者!? マジかよ! ぜんっぜん気づかなかった! そりゃ雰囲気変わりすぎだわ!」


アビマニュは黙ったまま、ジョンのおしゃべりを聞き流した。

市場での出会い以来、彼は理解していた。――古い姿のままでは、あまりにも目立ちすぎる。

だからこそ、都会に溶け込むために衣装を変えたのだ。

今夜の彼は、ただの通りすがりに見える青年だった。


ジョンはしばらくアビマニュを凝視し、本当に本人であることを確認すると、ようやく口を開いた。

「で? 用件はなんだ? ……あ、その前に、名前なんて言うんだ?」


アビマニュは静かに両手を上げ、指を器用に動かし始めた。

A……B……I……M……A……N……Y……U……。


ジョンはその手の動きをじっと見つめ、やがてコクリと頷いた。

「アビマニュ、ね。オッケー。よし、家に来い。家でならゆっくり話せるだろ」


そう言うと、ジョンはバイクに飛び乗った。キックを一発――エンジンはガラガラと苦しそうに唸り、耳障りな轟音が夜空に響く。


アビマニュは無言でバイクを見つめた。ボロボロの車体、ところどころ錆びついたフレーム、色あせたステッカー。どう見ても時代遅れの代物だった。


ジョンはその視線を感じ取ると、フッと鼻で笑った。

「ナメんなよ、エスメラルダ様を!」

そう言ってハンドルを誇らしげに叩いた。

「このバイクは最新モデルよりタフなんだぜ!」


だがアビマニュはまだ動こうとしない。ジョンはため息をつき、半ば強引に彼の腕を引っ張った。

「いいから乗れって! ゴチャゴチャ言わずに!」


アビマニュは少し躊躇いながらも、結局後ろに跨った。

走り出すと同時に、夜風が彼の頬を撫でていく。


その団地は高くそびえ立っていた。だが、決して立派でも近代的でもない。

外壁の塗装は色あせ、あちこちにひび割れが走り、通路にかかる小さな橋は踏み込むたびにわずかに揺れた。

それが建物の老朽化によるものなのか、あるいはジョンの大柄な体重のせいなのか、アビマニュには判別できなかった。


ジョンは古びたアストレア800を、駐車場とは呼べないほど狭い隙間にねじ込むように停めた。

エンジンを止めると、隙間から白い煙が立ちのぼり、熱された金属の匂いが鼻をつく。


「大丈夫だ、大丈夫。心配すんなよ」

ジョンは得意げにハンドルを叩いた。

「このエスメラルダなら5人乗せても余裕だからな!」


アビマニュは無言で見つめ返すだけだった。心の中でつぶやく。

――五人……? このボロバイクに?


二人は狭く湿った階段を上り始めた。床は滑りやすく、薄暗い蛍光灯がちらつく。

だが、途中ですれ違う住人たちは次々とジョンに声をかけた。

軽く会釈する者、名前を呼ぶ者、冗談を飛ばす者――まるでジョンはこの団地のローカルスターであるかのようだった。


やっと十一階にたどり着いたとき、ジョンは小さな一室の前で立ち止まった。

戸口の横には年季の入った長椅子と、壊れかけた家具が無造作に積まれている。


「ちょっと待ってろ、片づけるから」

ジョンはそう言って家の中に消えた。


アビマニュは扉の横に立ち、窓の外を眺めた。

そこからは、遠くまで広がる街の灯りが瞬き、団地の下には小さな池があり、街灯の光を映して揺れていた。

涼しい風が吹き込み、この狭苦しい空間にも一瞬の静けさをもたらした。


そのとき、不意に二人の子どもが家の中から飛び出してきた。

「こんにちは、おじさん!」

元気いっぱいに駆け寄ってくる。


一人はアビマニュの右手を掴むと、丁寧に口づけをした。だがその目は何かに気づく。

「おじさん、タトゥーある! でも小さいね。パパのはもっと大きいよ!」


アビマニュは思わず手を引き、タトゥーを隠した。だが、もう一人の子も負けじと彼の手に口づけし、満面の笑みで手を引っ張る。

「おじさん、中に入って!」


アビマニュは抵抗せず、素直に家の中へと足を踏み入れた。

部屋の奥では女性が赤ん坊を抱いており、もう一人の若い女性がジョンと一緒に荷物を片付けていた。

とはいえ、片付けるというより、ただ物を部屋の隅に押し込んでいるだけだった。


「入れよ、兄弟。散らかってて悪いな!」

ジョンは妙に陽気な声を上げた。

そして若い女性に振り返る。

「ジェニー、コーヒー二つ頼むな!」

「はい、兄さん」

ジェニーは頷き、台所へ向かう。その途中で一瞬アビマニュと視線が交わり、彼女はにっこりと笑った。


ジョンはその様子を横目で見ながら、心の中でニヤリと笑う。

――完璧だ。これでアイツは俺の生活の苦しさを目の当たりにする。

俺には子どもが三人、妻と妹を養わなきゃならねぇ。きっと同情する。

そしたら……助けてくれるに違いねぇ。


そしてもし運が良ければ――


「……全部の財産を、俺に渡してくれるかもしれねぇ!」


ジョンはこらえきれず、ひとりでククッと笑った。



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