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バタラカッラ 最後の血統  作者: カンボロ


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二つの世界の狭間

八年――。


世の中にとって八年とは、道が築かれ、街が変わり、技術が進み、新しい世代が生まれ、やがて過去を忘れていくには十分な歳月である。


だが、アビマニュにとって八年とは、ただ一瞬の永遠。

血と痛みに染まった修行の時、封じられた力を解き放つために費やした、終わりなき試練の刻。



彼はいま、ボゴールの森の外れに立っていた。

湿った空気、露に濡れる葉、遠くで鳴く鳥の声。

そのすべてを背にして、彼の眼差しはただ一点に注がれていた。


草に覆われ、ほとんど形を失った古い塚。

その傍らに、ひび割れた小さな石がひっそりと佇む。


八年前、友アレックスが眠りについた場所。


アビマニュは膝をつき、石に触れた。

その指先は震えることなく、むしろ優しく――まるで昔日の友に語りかけるように。


そして記憶が、堰を切ったように胸を打つ。


初めて出会った日のこと。手を差し伸べてくれたアレックス。

人見知りの微笑みを浮かべながら、共に手話を学んだ少女エンジェル。

「悪を討つのは、悪の中からだ」と誓ったアレックスの決意。

そして――血に染まりながらも最後まで震えぬ声で告げた最期の言葉。

「エンジェルを…守ってくれ。何があっても。」


アビマニュは目を閉じ、涙を落とした。

だが、その瞳の奥にはもはや、かつての弱き若者の姿はなかった。


八年の修行。

八年の孤独。

そして八年かけて解き放たれたバタラの封印。


いまの彼には、世界を揺るがすほどの力がある。

かつて仲間と夢見た、想像の彼方の力が。



ボゴール、2017年。


森を抜け、村道へと歩み出る一人の青年。

着ているのは時代遅れの粗末な衣――まるで古の武人の装束のよう。

背には色褪せた古びた鞄。足には擦り切れた草履。


だが、その一歩ごとに人々の視線が集まる。

異質な存在感。歴史の書から抜け出たかのような気配。


眼差しは鋭く、しかし澄んでいる。

体は逞しく鍛えられ、佇まいは静かにして揺るぎない。


世界は変わった。

街路にはバイクの轟音が響き、商店には電子広告が瞬き、若者たちは手の中の機械に夢中になっている。


だが、アビマニュにとって八年は止まっていた。

彼は過去に置き去りにされ、そして今ここに戻った。


――自らが違う存在であることを、彼はよく知っている。


伝承と神話に抱かれた八年を越え、彼が立つのは現代という新たな戦場。

陰謀と欲望、策謀渦巻く世界。


それでも彼は歩む。

ただ一つの確信を胸に。


「俺は、真実のために立ち上がる者だ。」


______



アビマニュは足を進めた。

向かう先は、幼い頃の記憶に深く刻まれた場所──市場。


そこは彼とアレックス、そしてエンジェルが子供時代を共に過ごした場所だった。


アビマニュの歩みは確かで揺るぎない。

だが周囲の人々の視線を、彼ははっきりと感じ取っていた。

好奇心、哀れみ、そして警戒。

それらが交錯した眼差しが、通りすがる人々から向けられていた。


無理もない。

伸び放題の長い髪、放浪者のように見える擦り切れた衣服、そして背負った古びたリュック。

彼の姿は、この都会に属さない異物のように映っていた。


高層ビルの列、華やかに走り抜ける高級車、そして煌めく電子広告。

その中でアビマニュの存在は、まるで異なる世界から切り取られた断片のようだった。


彼は歩みを止めた。

街角に設置された巨大なビデオトロンが目に入ったのだ。

鮮やかな映像と響き渡るナレーションが空気を震わせる。


「――アリンビ・コーポレーション。」

澄んだ威厳ある声が響き渡る。


スクリーンに現れたのは、一人の女性。

柔らかな笑みを浮かべながらも、その瞳には揺るぎない確信が宿っていた。

ナニア・タン――アリンビ・コープの代表者。

彼女の周囲には制服姿の子供たちが並び、その顔には未来への希望が輝いていた。


「恐怖のない世界、苦しみのない世界。」

ナレーションが続く。

「アリンビ・コーポレーションは、より良い未来を実現します。

困窮する子供たちへの無償教育、すべての人に手が届く医療、そして虐げられた者たちを守る強固な法的支援。

共に歩みましょう──より明るい世界へ。」


映像は切り替わる。

かつて病に苦しんでいた老人が、今や健康的な笑顔で立ち上がる姿。

涙ながらに法廷で正義を勝ち取った女性の姿。


やがてスクリーンにはロゴが映し出される。

完璧に咲き誇るチューリップの花──希望と再生の象徴。


アビマニュは立ち尽くした。

八年もの間、深き森に籠もり、世界の歩みから取り残されてきた彼。

そして今、この喧噪の只中に立ち、目にしたのは現実とは思えぬ光景だった。


――アレックスが夢見た世界。

ギャングも、恐怖も、圧政もない世界。


その夢を、頂点に立つ者が抱いている。


気づけば、アビマニュの口元にかすかな笑みが浮かんでいた。


「見てくれ、アレックス。」

心の奥で呟く。

「高みにいる者の中にも…お前が願った世界を夢見る者がいる。」


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