「ダルマスータの世の復活」
その年は一五九〇年――
日本の記録に「戦国時代」と呼ばれる血と野望の世の終わりであった。
日ノ本の国は大混乱に包まれ、大名同士の戦い、権力の名を借りた虐殺、さらに異国より聖典と火器を携えた者たちが押し寄せる嵐に晒されていた。
権勢の背後に立つ最後の支配者、重流の帝は、山城の奥深き寺にて沈黙の中に座していた。
彼が対峙していたものは人の戦のみならず、更なる闇の気配であった。
山岳の高みにて囁かれた古き言葉――
「古の封印、弱まりつつあり」。
絶望と確信に包まれた帝は、最後の策を立てる。
「この世に頼る術が絶えたならば……他の世界より力を求めよ。見出すまでは帰還するな。」
かくして密かに五つの組を遣わした。
それぞれ四人の精鋭を率い、世界の果てへ散る者たち。
彼らは歴史の裏に「黒鉄の決断」と呼ばれ、禁寺の奥に秘められた記録にのみ囁かれる存在となった。
第四の組――束血の者。
十余年にわたり南方の海を渡り、彼らはついに異国「ヌサンタラ」に辿り着いた。
魂と血の結びを信じ、「真なる力は肉体のみに非ず、天地と一体となる血脈に宿る」とする哲理に名を得た一団である。
星成――異言を操る交渉の士、ポルトガルの宣教師から学び、言葉は川の流れのごとく。
玄山――旅する僧、霊気を感じ、岩と土の奥底に響く気脈を聞く。
武志――滅びた氏族の侍、祖刀の火を胸に宿す最後の戦士。
蘭丸――商人に身を偽り、香辛料と絹を運び、真の使命を覆い隠す。
――一六〇二年、ボルネオの地。
荒れ狂う海を越え、彼らの船はついに「黒き森の守護」と「人より先に生まれしもの」が住むと伝えられる島に至った。
そこはただ樹々の密なるのみならず、古き伝承の囁きが風に宿る地であった。
第三の夜、月雲に隠れし折、玄山が地に伏し震えた。
「この大地……語りかけている……何かが待っている……」
その声に導かれ、一行は誰も足を踏み入れぬ霧の谷へ。
巨岩と老樹の根が覆う崖、その奥に封じられた洞。
その闇にて、彼らは漆黒の石造を見た。未知の符文が刻まれ、いかなる国の文字にもあらず。
だが魂はそれに応えた――幾千年、彼らを待ち続けていたかのように。
地元の民、森の民はそれを聖域と守り、異国の者を拒んだ。
緊張高まり、槍と弓が構えられる。
されど星成は深く頭を垂れ、現地の言葉を以て告げた。
「我ら奪わず。我らは道を開くのみ。」
その誠により、長老はついに許した。
三日の掘削の後、封じられし洞は開き、そこに現れたのは一冊の古の書。
樹皮と青銅に包まれ、星辰のごとき記号に彩られていた。
玄山は震える手でそれを抱き、武志すらも胸を打たれた。
それはただの書にあらず、大地が秘めし心臓であった。
だが文字を読む者は無く、各地より来た者たちも皆、解せぬまま。
その折、爪哇より一人の少年が現れた。
名は霧弥魂。
痩せた無名の少年、天を見つめる瞳を持つのみ。
彼は書に触れた途端、涙を流し願った。
「我を、この書と共に、七日の間、洞に籠らせてくれ。」
七日七夜の後、彼は現れた。
額に光の印を宿し、書の頁は輝き出す。
そして彼は告げた。
「この書は、天の守護者の血を持つ者にのみ開かれる。――我が名はその証。」
その日、ソケツの者も、森の民も皆ひざまずいた。
少年はただの子ではなく、バタラの血脈を継ぐ者であった。
こうして書は霧弥魂に託され、彼は一族と共に守護者となる。
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されど北より凶報が届く。
「汝らを遣わした将軍は倒れ、新たなる権が『攘夷鎖国』を宣し、外に遣わされた者すべてを裏切りとした。」
帰還すれば死。
星成は川面に影を見つめ、玄山は帝の印を火にくべた。
「我らはもはや使者にあらず。天地の力に選ばれし守護者なり。」
ソケツの者は帰還を棄て、ヌサンタラに溶け込み、束血の誓団を築く。
彼らの使命はただ一つ――バタラの遺産を護ること。
三つの組が帰国を試み皆、惨殺された。
その惨劇は「帰還殲滅録」と呼ばれ、闇に葬られた。
残る二組は姿を消し、歴史の表からは失われた。
ただ一つの痕跡――
禁裏の奥に封じられし黒き写本、**黒刃伝記**にのみ、その名は記された。
こうしてソケツの者は日本の名を棄て、血の契りに従い「守護者」となった。
ヌサンタラの大地に根を下ろし、バタラの秘法を守り継ぐために。




