宿命
その夜、アビマニュは不思議な夢を見た。
彼は乾ききった荒れ地を、一人歩いていた。
容赦なく照りつける太陽が肌を焼き、喉を焦がす。
遠くに見えたのは、見覚えのある影。
──かつて何度か食べ物や金を与えた、あの乞食。
だが彼はもう現実の世界では見かけなくなっていた。
痩せこけた体、擦り切れた衣服、そして一本の木の杖。
「あなた……?」アビマニュは声を発した。
その瞬間、彼は驚愕した。
──声が出ている。失われたはずの言葉が、今、彼の口から零れていたのだ。
「はっ……! 僕は、また話せる……? これは夢なのか?」
乞食はゆっくりと頷いた。
「そうだ。この場所は“夢の次元”──お前を呼び寄せたのは、他でもない私だ、アビマニュ。」
その言葉に、少年は息を呑む。
彼は目の前の存在が、ただの乞食でないことを悟り始めていた。
「……あなたは、一体誰なんですか?」
乞食は静かに微笑み、目を細めた。
「私が誰であるかなど、重要ではない。大切なのは……お前だ。お前は“偉大なる宿命”を背負う子なのだ。」
「僕……? なぜ僕なんです? 僕は、そんなものはいらない! 僕はただ……兄と姉と共に、今のままで幸せなんです!」
少年の叫びに応えるように、その姿がゆらめき始めた。
やせ細った乞食の影は、やがて堂々たる男へと変貌する。
白く輝く顔に、王衣のような衣をまとい、体躯は豊かで、威厳に満ちていた。
アビマニュは息を呑み、後ずさる。
その存在が何者であるのか、まだ完全には理解していなかったが──
彼の目の前に立っていたのは、まさに「善の意志」を具現化した存在、サン・ヒャン・ウィセサその人であった。
「多くを語るつもりはない……我が子よ。」
威厳ある声が大地を震わせるように響く。
「お前の内には、まだ目覚めぬ力が眠っている。私はそれを“七つの封印”で縛り、かすかな欠片──爪の先ほどの力だけを許した。」
アビマニュは言葉を失い、拳を握りしめる。
「これから、お前の宿命はさらに重くなる。だが、道を照らす者が必ず現れる。その時まで……心を強く持て。お前の“偉大なる運命”が、お前を待っている。」
その声は風となり、光となって荒野を包み込んだ。
アビマニュの胸に、説明できぬ熱と恐怖、そして希望が入り混じる。
──そして夢は、静かに閉じていった。
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その日が、ついに訪れた。
アレックスにとって特別な日――。
ただの浮浪児ではなく、一人の戦士として認められる日。
秘密の招待状が、俺たちの手に届いた。
そこには甘い言葉が並ぶ。大きな賞金、特別な訓練、そして台頭しつつある組織の護衛へと昇格する機会。
アレックスは迷いもなく信じていた。
「これは俺の決意に応える道だ」と。
だが――その前夜、俺は夢を見た。
灼けるような大地を歩き、正体の掴めぬ影と対峙する夢。
「宿命」という言葉が胸を刺し、目が覚めたとき、呼吸は荒く、胸の奥に冷たい予感が残っていた。
嫌な胸騒ぎは、現実にまで染み込んでいた。
夜明け前。薄闇に沈む掘立小屋の片隅で、アレックスはすでに立ち上がっていた。
汗を飛ばし、拳を振り、影と戦うように身体を動かす。
一太刀ごとに、祈りのような、そして警告のような響きを放っていた。
俺はただ見つめることしかできなかった。
胸に渦巻く不安は、冷たい鎖となって心を締めつける。
この背中は――必ず闇へと歩み出してしまう。
そして、その先には罠が待つ。
そんな確信めいた予感が、離れなかった。
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彼ら三人は、約束された闘技場へと歩みを進めていた。
それは、ひとりの少年が大きな決意を胸に夢へと向かうための試練の場――。
しかしアビマニュの胸は不安に締めつけられていた。
彼は何度もアレックスを止めようとしたが、その足取りは揺るがなかった。
アビマニュは前を歩くアレックスの肩を軽く叩いた。
振り返ったアレックスに、アビマニュは必死に手を動かす。
――行くな……やめてくれ……。
だがアレックスは真っ直ぐに彼を見返し、静かに首を振った。
「いいんだ、アビ。俺は行く。この機会を逃すわけにはいかない。」
アビマニュは隣にいるエンジェルを振り返った。
胸の奥から込み上げる焦燥を必死に抑えながら、手で訴える。
――彼を止めてくれ……悪いことが起こる気がするんだ……。
しかしエンジェルは、前を進むアレックスの背中を見つめ、微かに笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、アビ兄。きっと、すべてうまくいくから。」
その言葉は、アビマニュの心をほんの少しだけ慰めるに過ぎなかった。




