子供格闘
「ただ座して善を成すのみでは、何も変わらぬ……
世を変えようとせぬ限り、変化など訪れはしない。」
アレクスの声は震えていた。されど、その言葉には確かな力が宿っていた。
彼の言葉は、二人の胸奥に小さき火を灯し、やがて炎となる予兆を秘めていた。
「権力を握る盗賊どもが、常に政の庇護を受けるかぎり……
富める者が法に抱かれ続けるかぎり……
貧困も、苦難も、そして隔たりも、決して消えぬ。
民はただ税の田畑とされ、骨まで搾り取られるのだ。」
その眼差しは、冷たく残酷な世を睨み据えて燃え立っていた。
エンジェルもアビマニュも、言葉を失い黙すのみ。
されど、その言葉は深く胸に刻まれ、決して消えることはなかった。
「お前たちに、我が道を歩めとは申さぬ。」
夜の闇を貫くごとき虚ろな眼差しのまま、アレクスは言葉を続けた。
「誤りかもしれぬ……。されど、これこそが我が選びし道。
苦難より生まれし子の、避け得ぬ宿命なのだ。」
しかし、アビマニュは揺らぐことなく応えた。
「兄が選ぶ道ならば、我もまた共に歩む。エンジェルも同じであろう。」
その日より、三人の生は変わった。
糧を求める合間に、彼らは身を鍛え、拳を磨き始めた。
飢えも、寒夜も、石のように硬き街も、彼らの足を止めることはなかった。
やがて地下の闘技場に身を投じ、賭け事にすら身を任せ、
そこで初めて「勇気」とは何か、「倒れる」ことと「立ち上がる」ことの意味を学んでいった。
アレクスにとって、それは生きるためだけではなかった。
闇の世界に潜り込み、その内部から崩し去らんという大望があったのだ。
その道は険しく、茨に覆われていた。
されど始めねば、夢は夢のまま終わろう。
「夢を叶えるために歩むこと、それこそが戦いである。
もしその途上にて死すとも……悔いなど残らぬ。」
十二歳の口より紡がれるとは思えぬ言葉であった。
されど、アレクスの眼差しには年齢を超えた成熟が宿っていた。
彼は自ら鍛えるばかりでなく、師を求め続けた。
強き拳を持つ者を見れば近づき、
一つでも技を乞い、血を流してでも学ぼうとした。
彼にとっては、学ぶ術すべてが武器であり、敗北すら糧であった。
そしてある時、街の師の一人より語られる古き伝説を耳にする。
それは――ダルマスータ(徳の子 ) の名を持つ者たち。
生まれながらに戦いの血を宿し、秘されし修練により鍛え上げられた人々。
彼らはただの戦士にあらず。
凡人には決して打ち破れぬ存在である、と。
その噂に、エンジェルは息を呑み、アビマニュは沈黙した。
だがアレクスの胸奥では、信じる道がわずかに揺らぎ始めていた。
なぜなら伝え聞くところによれば、
ダルマスータの中には、闇に身を落とし、悪をも守護する者がいるという。
もしそれが真実ならば――
アレクスの選びし道は、思い描いていたよりもなお深き闇と絶望に満ちているのかもしれぬ。
_____
私たちの日々は、もはや子供のものではなかった。
アレックスが自らの道を選んだその瞬間から、私たちもまた、二度と戻ることのできない激流に呑み込まれていった。
朝――私たちはボロ小屋の冷たい床で目を覚まし、空腹を、安い食堂の残り飯や固くなったパンで満たした。
昼――道端の師から教わった基本の型を、何度も繰り返し体に叩き込んだ。
夜――アレックスは地下の闘技場から帰ってきた。体は傷だらけでも、その瞳だけは炎のように燃えていた。
私にとって、それは単なる稽古ではなかった。それこそが、私たちの生き方だった。
エンジェルと私はただ一つの役目を負っていた。アレックスを支えること。兄が選んだ道で、決して倒れぬよう、その背を守ること。
シラットは基礎だった。呼吸を整え、足を踏みしめ、拳を打ち込む。痺れるほど繰り返し、やがて手の感覚が失われても続けた。
だが、アレックスは違った。彼は一つの技に留まらない。出会う師ごとに、倒した相手ごとに、何かを持ち帰る。速い突き、強い構え、奇妙だが有効な防御。
私はしばしば息を呑んだ。
まるで彼の体には、出会った全ての戦士の記憶が刻まれているかのようだった。
まだ幼いのに、彼はすでに百人の影を背負った戦士のようだった。
「アビ。」
ある夜、血まみれの腕を押さえながら、アレックスが言った。
「もし俺が倒れても、もし夢半ばで失敗しても…お前とエンジェルは立ち続けろ。これは俺一人の旅じゃない。」
否定したかった。兄を一人で行かせるわけがないと叫びたかった。
だが、喉に詰まった言葉は声にならなかった。
心の奥で分かっていたからだ。これは兄が選んだ道であり、私たちにはただ、その背を押し、祈り、そして失われた子供時代を捧げることしかできないのだと。
今や、私たちの生は稽古そのものだった。朝も昼も夜も。
拳、蹴り、構え、呼吸。
体はすでに子供のものではなく、路地裏の戦士のものへと変わっていった。
そしてアレックスが再び闘技場に立つたび、
私はエンジェルの手を強く握りしめ、二人で同じ祈りを胸に繰り返した。
――兄が倒れぬ限り、世界は私たちを倒せない。




