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メンズコーチ異世界転生する  作者: 双子相
第1部: 黎明編 エピソード1: 【目覚めと憤怒のコーチング】
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第8話 震える足で、第一歩を

恐怖は、消えてはいなかった。

心臓は依然として警鐘を鳴らし続け、足は鉛のように重い。だが、レオンは自らの意志で、その恐怖の只中に留まることを選んだ。

彼は、ジョウイチとの日々のトレーニングを思い出す。それは、ただ筋肉を鍛えるだけの時間ではなかった。


『いいか、レオン。戦いとは、必ずしも相手を打ち負かすことではない。まず学ぶべきは、己の守り方だ』

ジョウイチは、実戦における防御の重要性を説いていた。

『攻撃は最大の防御、などと嘯くのは、圧倒的な強者が許される驕りだ。弱者には弱者の戦い方がある。まず、負けないこと。倒れないこと。嵐の中で、ただ一本、しっかりと大地に根を張る樫の木のように、立ち続けることだ』


その教えが、今、レオンの体を動かしていた。

彼は震える足を叱咤し、肩幅に開いてどっしりと大地を踏みしめる。膝をわずかに曲げて重心を落とし、両腕を上げて顔と体の中心線を守る。それはジョウイチに叩き込まれた、最も基本的で、最も重要な防御の構えだった。

その姿は、まだ頼りなく、震えてはいたが、そこには確かな「抵抗」の意志が宿っていた。

レオンは、目の前のチンピラたちを睨み据え、震える唇から、魂の言葉を絞り出した。


「もう…言いなりには、ならない」


その一言が、戦いのゴングとなった。

「…このガキがぁっ!」

レオンの初めて見せる反抗的な態度に、リーダーの女は逆上した。振りかぶられた拳が、容赦なくレオンの顔面に叩き込まれる。

ゴッ、という鈍い音が響き、レオンの視界が火花で散った。口の中に、鉄の味が広がる。

だが、彼は倒れなかった。咄嗟に顔を逸らし、腕でガードしたことで、直撃は免れたのだ。よろめきながらも、必死に踏みとどまる。

「まだ立つか!」

「生意気なんだよ!」

他の二人も加わり、暴行は激しさを増した。殴る、蹴るの雨が、レオンの全身に降り注ぐ。

レオンは、ただひたすら耐えた。教えられた通り、頭を守り、腹や脇腹といった急所を庇い、衝撃を背中や肩で受け流す 。痛みで意識が遠のきそうになる。足の力も抜けそうだ。だが、そのたびに、路地の入り口で静かに自分を見つめる、コーチの姿が脳裏をよぎった。


(倒れるな。膝を折るな)

コーチの声が、心の中で響く。

(これは、お前の戦いだ。お前が、お前の足で立つと決めたんだろうが!)


そうだ。これは、僕が決めたことだ。

痛い。苦しい。今すぐ、うずくまって泣き出してしまいたい。

だが、ここで倒れたら、僕はまた元の無力な自分に戻ってしまう。鏡の前で誓った決意も、流した涙も、全てが嘘になる。

レオンは、奥歯をギリリと噛み締めた。痛みで歪む顔を上げ、殴りかかってくる女たちの顔を、真正面から見据える。その瞳には、もはや恐怖の色はなかった。ただ、何があろうと倒れないという、鋼の意志だけが燃え盛っていた。


その、レオンの異様な姿に、攻撃を加えていた女たちの手が、次第に鈍り始めた。

おかしい。何かが、おかしい。

今までのレオンなら、一発殴られただけで泣き喚き、地面を這って許しを乞うはずだった。なのに、目の前の少年は、何度殴っても、何度蹴っても、倒れない。それどころか、ボロボロになりながらも、決して自分たちから目を逸らそうとしない。

その姿は、もはや「か弱い男」ではなかった。まるで、殴っても殴っても手応えのない、巨大な岩に拳を打ち付けているかのようだ。

女たちのサディスティックな愉悦は、いつしか困惑へと変わり、そして、じわりじわりと得体の知れない恐怖へと変質していった 。



攻撃を受けても倒れないレオンの姿に、殴っているはずの自分たちの方が、精神的に追い詰められていくのを感じていた。


レオンは、全身を貫く痛みの中で、一つの不思議な感覚に包まれていた。

それは、達成感とも、喜びとも違う、もっと根源的な実感だった。

今までは、ただ無力に暴力を「受けている」だけだった。だが、今は違う。自分の意志で構え、自分の意志で耐え、自分の意志で、この場所に「立っている」。

痛みの一つ一つが、自分が今、過去のトラウマと、この理不尽な世界と、真正面から対峙している証のように感じられた。

それは、彼が人生で初めて掴んだ、確かな手応えだった。


(ああ…そうか…)


全身の骨が軋むほどの痛みの中で、レオンは、はっきりと自覚した。


(僕は今、戦っているんだ)

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