人間の役割
土曜の朝。繁華街を抜ける宅配トラックの助手席で、俺は流れゆく雑居ビルや住宅街をぼんやり眺めていた。歩道には子供を連れた家族連れ。笑い声が聞こえる。
「土曜日の仕事で一番きついのはさ、休日の人間が楽しそうに遊んでるのを見せつけられることだよな」
俺のぼやきに、運転席から返事が返ってきた。
「そうか? 俺は休みってもんがないからな。よく分かんねぇ」
返したのは、汎用人型ロボットのアルト君だ。今日も変わらず淡々と業務をこなしている。
「もうすぐ配達先だ。車、止めるぞ」
そう言って車を路肩に停めると、アルト君は荷台から荷物を取り出し、軽やかな足取りで雑居ビルの階段を上っていった。
今じゃロボットの方が仕事は圧倒的に優秀で、運搬・接客・対応のほとんどをアルト君が担ってくれている。人間である俺の役目は、一つしか残っていない。
スマホをいじって待っていると、アルト君が戻ってきた。車を再び走らせる。人間相手なら多少は気を使う場面だけど、彼はロボットだ。助手席で仮眠を取っても雑誌を読んでいても文句は言わない。でも、俺はいつも彼と会話をする。仕事仲間として、敬意を払っているつもりだ。
道が空いてきた頃、事件は起こった。
左の路肩に停まっていた車の陰から、自転車に乗った子供が飛び出してきた。
「あっ……!」
とっさに声を上げた次の瞬間、アルト君は驚異的な反応速度でハンドルを切り、子供を避けて静かに停車した。
数年前までは、ロボットが事故を起こした際の責任を取るのが人間の数少ない役目だった。だが今では、ロボットの運転の方が人間よりもはるかに安全だ。精密な操作も瞬時の判断も、すべて機械の方が上。
だから、今の俺の“仕事”は一つだけでいい。
子供に声をかけ、無事を確認する。そのあと、また車を走らせる。
いくつかの配達を終えて帰路につく頃、アルト君がつぶやいた。
「──あー、まずいな。Wi-Fi、切れちまった」
俺は思わず笑ってしまう。そろそろ、俺の出番だ。
アルト君は車を路肩に寄せて停車し、ハザードランプを点けた。
「すまん。よろしく頼む」
そう言って胸の液晶パネルをこちらに向ける。画面には、四角い枠で9分割された画像。
俺はため息まじりに、三輪車の画像を一枚ずつ確認しながらタップしていく。液晶越しに、彼の顔が微かに申し訳なさそうに見えた。
── あんなスピードで飛び出してくる自転車は即座に見分けられるくせに、じっと止まった三輪車にはお手上げとは……。
そう思いながら俺は「私はロボットではありません」ボタンをタップした。