Switch2発売から数百年が経過した
Switch2の発売から、長い時が過ぎた。
国際情勢の変化や、原材料の枯渇などが重なり、Switch2の製造は年々困難になっていった。そのような中で、Switch2抽選の当選確率はもはや宝くじの1等を当てるよりも低いと言われるようになった。Switch2の当選者は選民思想を強め、当選者だけでコミュニティを作って落選者を排斥するようになり、大きな社会問題となった。しかし、Switch2当選者は日々その影響力を強め、その頃には政府の要人もSwitch2当選者だけで占められるようになり、政府ももはや落選者の救済のために動くことはなかったのである。
その一方で、落選者たちも決して褒められた行動を取っていたわけではなかった。Switch2入手のために手段を選ばなくなった彼らが起こした、当選者を狙った窃盗や強盗は数え切れぬほど報道された。悪質な転売行為も横行し、これまた社会問題となった。Switch2落選者によって組織された反政府グループ「Virtual Boy」が、永田町で起こした大規模な暴動は、今や義務教育で誰もが習う話だ。
このような中で、ついにSwitch2当選者と落選者は国内で完全に隔離されて生活することになった。先述の通り、政府はすでにSwitch2当選者のみで占められていたので、反対者はいなかった。政府の中枢は、度重なるテロの標的となった東京を離れ、Switch2を製造する会社の本社のある京都に移っていた。日本は新たな首都となった京都を中心に急速に発展。大都市となった京都の周囲には、落選者の移入を阻む強固な壁が築かれた。壁の向こうではバイクに乗った牛達が巡回しており、許可なく侵入したものは即座に発見され、拘束されたのち地下のバナナ鉱山で死ぬまで働かされるらしい。もっとも、侵入に成功した者はこれまでいないと言われているから、それが事実かどうかは我々落選者には分からない。
我々は京都から漏れ聞こえるSwitch2のプレイ音声に思いを馳せつつ、京都の周囲に広がる広大なスラム街で、Switchを遊び続けるほかないのだ――。
「もう諦めろ。期待しても裏切られるだけだ」
隣で織間が呆れたように言う。俺と同じその日暮らしをしているスラムの仕事仲間だ。
「可能性が低いとはいえ、応募しなければ当たることはないだろう。それとも、このスラムで一生暮らすつもりかよ」
今日、もう何度目か分からないSwitch2の当選発表が行われる。この日のために、俺はSwitchを遊び続けてきた。Switch2の製造数が限りなく少なくなったことで、応募の条件も厳しくなってきていた。今回はついにSwitchのプレイ時間が1年間で3,000時間を超えることを要求されていたが、俺はその条件を余裕でクリアしていた。もっとも、その厳しい条件を越えた先で、さらに宝くじ並みの当選確率を引き当てなければならない。
織間が首を振りながら言った。
「俺たちはもうここで暮らすしかないんだよ。前にも言ったが、俺の家系は代々、Switch2の当落に外れ続けている。親戚一同、一人もSwitch2当選者を出したことがない。何代も前には、Switch用のゲーム開発をしていたご先祖様までいたんだ。水族館を舞台にしたゲームとかいう話だったが……そのご先祖様でさえ、一度も当選しないままだったんだ」
「だからと言ってお前の代で応募をやめたら、お前の子孫代々このスラム暮らしになるぞ」
「もう俺は子孫を残すアテもねえよ。ここで終いさ」
織間はニヒリストらしく片頬だけで笑って言った。
そこでスマートフォンが震えた。俺は慌ててメールを確認する。
――文面は、もう何度見たのかも分からない、いつもと同じ内容だった。
確率が低いことは分かっていたが、それでも気分は沈む。
「ほらな、言った通りだ」と織間が言う。だが、声には少し同情が滲んでいるのが感じられる。
「まあ、そう気を落とすな……。どちらにしろ天文学的な確率なんだ。それより、今日の夜の発表の方に期待しよう」
俺は暗い気分のまま頷いた。
Switch2の開発会社が今夜、重大発表を行うとSNS上で発表していた。重大発表だというだけで、詳しい内容は分からない。
新作ゲームの発表だろうか? 旧式のSwitchしか持っていないスラムの人々も、製造社によるゲームの発表は大好きだ。願わくば、Switch版も同時発売してくれれば良いのだが。あるいは、Steamかその他の媒体でもリリースするかだ。そうでなければ、我々のようなスラムの人々にできるのは壁の向こうの上級国民が投稿するプレイ動画を眺めるくらいしかできない。
人々が、京都を包囲する壁に設置された巨大なモニターの周りに集ってきていた。俺と織間も、その人混みの中に混じってモニターを見上げる。放送時間まではまだ少し時間があり、我々には手が届かないSwitch2のゲームのコマーシャル映像が流されている。スラムの人々はそれを物欲しげな目つきで見上げている。
「一体何の発表なんだろうな」
俺は織間に聞いた。
「さあ……Switch2の増産だったり、Liteみたいな廉価版発売のニュースだったらいいんだけどな。あるいは、ついにSwitch3の発売か……」
俺は息を呑んだ。その可能性は考えていなかった。もし増産されるとしたら、天文学的な確率の当選に全てを賭ける日々から解放されるかもしれない。もしくは、Switch3が発売されるとしたら、今の社会構造すら根底から変えるようなことになる。現在Switch2を持っている壁の中の当選者たちさえ、その地位が盤石ではないということになる。Switch3を持った者が新たな支配者層に収まり、その少し前までSwitch2当選者として得た地位が、無意味なものになる可能性さえある。そうなるとこれは恐ろしい発表になる。
俺がそんなことを考えていると、放送開始の時間が来た。
「皆様お待たせいたしました……」
いつものナレーションの声のように聞こえるが、俺は僅かに違和感を覚えた。何かが違っている気がする。
「何だかやけに音質が悪くないか?」
俺は織間にそう聞いたが、織間は何も気にならないようだった。
「そうか? いつも通りのような気がするが……それより、放送を聞けよ」
俺はまだナレーションの声に違和感を持ったまま、黙って放送を聞くことにした。
「今回の放送では、当社の新たな業務への参加者の公募を行います」
「公募?」
織間がそうつぶやいた。意外な内容に、周りで聞いているスラムの人々の間からもざわめきが起こる。
ナレーションの声が続ける。
「募集の対象は、『壁』の外にお住まいの全ての方。詳しい業務の内容はまだお教えできませんが、業務を担当するにあたり、業務の間は特別に『壁』の中、京都への入場を許可します」
周囲のざわめきがさらに大きくなる。
「なお、本業務への応募方法は音声データの提出をもっての応募とします。音声データでは、Switch2に対しての熱い思いを語っていただきます。審査基準についてはお教えできませんが、その内容を審査のうえ、1名の採用を予定しています」
1名。これもまた気の遠くなるような低確率になるだろう。だが、応募しなければ当選することもない。
その他、募集に関するいくつかの情報を伝えると、やがて放送は終わった。
俺は織間に言った。
「何だか変な放送だったな」
「ああ。でも壁の向こうに入るチャンスだぞ。お前は応募するんだろう?」
「もちろん。業務の間だけかもしれないが、向こうに行くチャンスだ」
少しの間考えてから、俺はまた言った。
「それにしても、やっぱりあのナレーション、少し変じゃなかったか?」
「またそれか。俺は、別に何も感じなかったけど」
「やっぱり変だよ。だって、いつものナレーションなら……」
俺は咳払いをしてから、いつものナレーションの声真似をした。
「もうすぐ発売! ソフトラインナップ!」
織間は噴き出した。
「確かにいつものナレーションに似てるな。俺には、違いは分からないけど。応募には、音声データを送るんだろう? そのモノマネを送ってやるといい。採用担当も噴き出すだろう」
織間は笑いのツボに入ったらしく、そう言ってからもしばらく笑っていた。
長い書類の確認の後、ようやく俺は壁の検問を通された。
どれくらいの確率を突破したのかは分からない。だが、俺はあの公募に見事選ばれた。何が評価されたのか俺には見当もつかないが、とにかく今日ついに俺は壁の向こうに行く。
今回の業務には厳しい守秘義務があるということで、織間や他の誰にも今回のことを言うことはできなかった。詳しい話を伝えられずに急に姿を消すことになったことに後ろめたさを感じる一方で、代わり映えのしないひどい暮らしを続けるばかりのスラムを離れられることは気分が良かった。
壁を通された先には、すでに出迎えの車が来ていた。まさか運転手付きの車で本社まで送ってもらえるとは、ちょっとしたVIP気分だった。
会社の中に通されると、俺はぎょっとした。正面受付には何人もの人がいたが、そのうちの数人は明らかに人間の姿ではなかったからだ。そういえば、聞いたことがある。壁の中ではスラムよりはるかに技術が進んでいる。そこでは、身体を機械化することで寿命を延ばすのがすでにかなり一般的になっている。スラムではほとんど見かけることはなかったが、社内に入ってからすでに何人もそれらしい者を見かけているからには、それは事実なのだろう。
俺はある部屋に通され、そこで契約書などを確認した。ついに壁の中に入り、この会社で仕事をするのだと思うと、緊張のあまり内容はちっとも頭に入ってこなかったが、それでもサインをした。俺はそこで担当者に聞いた。
「それで、業務というのは具体的になにをするんですか?」
担当者は無表情で答えた。
「あなたには、ある原稿を読んでもらいたい。我々は送っていただいた音声データを聞き、あなたがそれに適任だと判断しました」
やがて、取り交わすべき書類をすべて処理すると、俺は収録室に通された。
「こちらが台本です。こちらを読んでいただくのがあなたの仕事になります」
俺は受け取った台本をぱらぱらとめくり、目を丸くした。これは「ダイレクト」の原稿じゃないか! 俺がいつも、スラムのモニターから見ていたSwitch2の情報を、直接、届ける番組のものだ。
「本当にこれを?」
「もちろん。収録までしばらく時間がありますので、よく読みこんでおいてください」
ようやく収録を終えた。このような仕事は初めてで、かなりの数のNGを出した。本当にこれで大丈夫なのかと不安に思ったが、収録に立ち会ったスタッフは満足げだった。そして、他の誰もが知り得ない、Switch2の情報を先に知ることができた! それは、何物にも代えがたい喜びだった。
「いやあ、よくやってくれました」
スタッフの中の一人が俺に声をかける。彼もまた、すでに体の大部分を機械化している一人だった。顔も機械になってしまっているので、表情は分からないが、声色からして喜んではいるらしい。
「ありがとうございます」
俺はそう答え、少し考えてから言った。
「すみません、聞いてもいいですか」
「私に答えられる事なら、なんでもお答えしますよ」機械の男は答える。
「募集の時のナレーションの声が、いつもと違うと感じていたんです。今回のダイレクトのナレーションは俺がやったということは、もう、以前のナレーションの方はいないんですか?」
機械の男は、しばらく黙ってから言った。
「まあ、そういうことになります。彼はSwitch2の発売から百年以上もの間、ナレーション担当として、声帯以外の身体を機械化して延命し、仕事に当たっていました。しかし、ついに有機体の声帯に限界が来てしまったんですね。この部分は、機械にすると声が変わってしまうので、置き換えることができなかったんです。残念ながら、その間一度もSwitch2に当選することはありませんでしたが……」
俺はSwitch2のために働きながら、一度もSwitch2に当選しなかったその男のことに思いを馳せた。
「それと、Switch2の最新情報は機密情報ですから、毎回記憶を処理してもらうことになっていました。それによる脳への負担も、ついに限界を迎えたのでしょう」
「記憶を処理?」
「機密情報ですから。しかも、彼はSwitch2を持っていないということは、壁の中の情報を外に持ち出す恐れがある。それはまずいですよね。なんとしても、忘れてもらわなければならないんです」
俺は背筋が寒くなるのを感じた。俺も同じ仕事をしている。ということは、つまり……。
「そうです。あなたも、同じことをしてもらう必要がある」
機械化された男はいつの間にか、銀色の棒状のものを持っていた。彼は続けた。
「高いリターンを得るには、それなりに高いリスクが必要ということですね」
光が発せられた。俺が体験したここしばらくの記憶が、真っ白になっていくのを感じる。全てが消えていく……。
0% 0% 0%
その少し後、壁の外に記憶を失くした男が現れ、スラムで少しの間の話題となった。しかも、壁の外では珍しい機械化した身体の持ち主だった。彼が何者なのかは誰にも分からず、興味本位で話をしようと試みる者もいたが、まともな受け答えもできないようで、やがて皆話しかけてみるのもやめてしまった。しばらくして、その男が壁の向こうと行き来しているのを見たという者が現れたが、どうせ何かの見間違いだろうということで、大して話題にもならず、その噂も少しすると消えてしまった。