自問1 君は何を求めた?
スポーツの小説ってあんまりないですよね。だから書いてみました
天才。天賦の才をもつ者のことを指すこの言葉。若き日の君たちも、この言葉をどこまで羨んだ。凡才は時として、その存在を憧れ、崇め、嫉妬し、羨み、そして...諦めた。自分にはなれないと、彼ら彼女らとは世界が違うのだと。しかし、才能とは慢心と共に枯れる。時として天才は、足元の石ころが実は希少な原石ということに気付かず、無視したのち喰われることがある。コレは、そんな彼らの物語。
『さぁ、中学硬式野球選抜全国大会決勝戦!!これまで数々のドラマを生んできた今大会もいよいよ大詰めです!』
あの日はよく覚えてる。
『7回のマウンドには中学No. 1投手野谷天治君が向かいます。今大会の防御率は0.98!大会新記録を更新しています!』
思えばあの時が...
『これが最後の一球になるのか!?』
足を大きく上げた、軽くおろして空気を蹴った反動で並進運動を起こす。遅れて出るような幻覚と唸るような右腕を強く振り抜く。
『空振り三振!!神奈中シニア優勝です!』
俺の"初めて"の全盛期だったかもしれない。
「消えた天才、野谷天治...か」
ボロボロの紙の資料が雑多に散らばっている一つの部屋。都内の賃貸オフィスの一室の中の一室。部屋の外に立てかけられているプレートにはスポーツ宣伝部と書かれている。一人の髭が朧げに生え、清潔感のない四十半ばの男はネットニュースと手元の記事を睨みつけてもう一つのパソコンに文字を打ち出す。
「二年前の中学硬式野球選抜全国大会。大会新記録の防御率0.98の記録を残した若き大投手。最速147キロの直球と切れ味のあるスライダー、そして魔球と言われたフォークボールを駆使して三振の山を築き上げた。高校は県内の強豪、東王大付属相模高等学校に進学。しかし、夏の選手権大会にて、肘の靱帯の断裂と、デッドボールにより思うように投球できず、秋頃に学校を退学。その後の動向は未だに分からず、黄金のように輝いていた才能の持ち主は今は静かに暮らしている...と」
パタンと記事を書き終えるとタバコを取り出して煙を吸っう。高校プロ関係なくいろんな選手を見てきた方だが、アレほどまでの才能はなかったと断言できる。身長176センチとそこまで高くない体から爆発的な力と瞬発力を活かした躍動感あるフォーム。あそこまでの選手はもう何年かは生まれないだろう。
「もう一度だけ取材したかったなぁー、野谷君...今何してんだろ」
「天治!早く起きなさい!」
「へーいへーい」
「お母さんもう行くから、家の戸締りよろしくね!」
「あいよーいってらー」
階段を降りたところで母さんは忙しく家を出て行った。リビングには朝飯が置いてあり、湯気は立っておらず、結構前に置いてあったのがわかる。
「レンチンするか」
身長がここ二年で5センチ伸びて、179センチになっていた。適当なニュース番組を垂れ流しながら俺は朝飯に手をつけた。
『次のスポーツニュースです。高校野球、横岳学園高校が春の県大会優勝を果たしました。やはり注目すべきはエースの瀧川...』
テレビを消してご飯を書き込んだ。もう野球はやめた。怪我をして、もう右腕は思うように曲がらない。あの時自分でも早いと思った速球は今では二桁が限界だ。なのに...
「さてと、学校行きますか」
自転車を漕いでる時に、時たま自転車を漕ぐ野球部のバックを見ることがある。土がついて汚れ、高校の名前が刺繍された特注のバック。野球を思いっきり楽しめてる奴らを見ると無性に心が締め付けられた。
「もう未練なんてないはずなのに...」
県立狩野川高等学校。あの夏、肘に響いた鈍い痛みと、どうしようもない何もできない無力感がただ心を締め付けた。いつものようにボールを投げようとしたその時だった。ピッタリボールが引っ付いたように、手から離れない。腕がしならない。所謂、イップスというやつになってしまったのだ。野球が出来なくなった瞬間、もうどうでも良くなった何もかもが。そこからはすぐに退学して、野球とは無縁のこの学校に転校するに至る。自分を選んでくれた監督さんや、励ましたチームメイトを俺は自分勝手に裏切ったのだ。机で突っ伏していると、ゴツンと鈍い痛みが放課後のチャイムと共に頭に響く。
「お前、そろそろ部活こいよ!」
俺がシニア時代共にバッテリーを組み、全国優勝を果たした友、桂馬心。小柄だが肩も強く、打撃はそこまでだが守備のスペシャリスト。スカウトは来ていたが自分の体躯と経済面を考え、特待でなければ私立進学は考えていなかったらしい。結果、高校はこの名もなき県立に入ったのだ。
「知ってんだろもう俺の右腕は死んでんだわ。それに...」
退学する時、快く見送ってくれた先輩や同級生、そして監督、コーチの優しい表情が胸を締め付ける。
「もうやる気も出ねえんだわ」
「へー」
心は右腕を掴むと、俺の指を強く広げ出した。そこにあるのは何かを強く握りしめた後に手に残る細い線。
「まだハンドグリップやめてないんじゃん。何がやる気がねえだよ」
「っ!!うるせぇな、離せよ!!」
そのまま教室を飛び出して、出入り禁止の屋上へと俺は逃げた。柵に寄っかかりながら校庭を見下げると、野球部の大きな声とボールを叩く打撃音。
「いいなぁ」
打撃音が胸を貫く。あんなに楽しそうに野球をする奴らが羨ましくて恨めしい。
「帰ろ」
カバンを持って帰路に着こうとしたその時だった。勢いよく突っ込んできた何かと俺はぶつかって、尻餅をついた。前を見ると、少女が必死に眼鏡を探している姿だった。
「メガネ、メガネ...!!」
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます!」
少女は眼鏡を掛け直すと、持っていた書類を大事そうにもう一度抱きかかえ、急いで走ろうとしたその時。彼女は立ち去ろうとした俺の手を掴んだ。
「あの...何かようでも?」
「その、もう野球はしないんですか?」
「!」
見知らぬ少女は気弱そうだが、芯のある声で俺の胸を貫いた。
「...もう投げれないんだよ。右肘は治ったけど、イップスでもう...投げれないんだ」
「私、重松由依っていいます。野球部のマネージャーです。桂馬くんから色々聞きました。貴方ならピッチャーじゃなくてもやれるところはたくさんあると思いますが...」
「ピッチャーじゃないと!!」
「!?」
そうだ。あの時、俺に夢をくれた人に追いつきたくて俺は投手になったんだ。
「野球は...嫌いですか?」
「...」
その言葉は俺が一番欲しい言葉だった。ここで嫌いと言えば、もう野球とは関わらないで済む。なのに、
「...クソッ」
なのに、なんで俺は
「俺は...」
嘘がつけない
「大好きだよ!大好きさ!野球が!」
涙は自然に溢れてた。好きが、溢れた。やっぱり俺は野球をもう一度。
「やりましょう!野球!」
「え?」
「左は大丈夫なんですよね?なら左投げでもう一度再開すればいいんです」
簡単に言ってくれる。左に転向するのは俺でも考えた、しかしできなかったのはハードルと昔の自分とのギャップに苦しめられるからた。
「貴方は努力ができる人だと桂馬くんから聞いてます。だからもう一度、野球をやってみませんか?」
「...」
そんなに強い目で見られたら、やるしかないだろ。桂馬は俺のことを信じてくれた。なら、アイツの期待に応えたい。
「やる、俺は何をすればいい?」
これは、俺がもう一度、天才ではなく、凡人として夢を追い求める物語だ。




