4 世界三大魔(2)
「ここがぼくたちの国、『アース・キラルク』です」
ライやメイについて行って到着したのは、1つの大きな城を中心に城下町のように商店街で栄えた場所だった。
目の前には、横浜にある中華街のような門に、ライが説明してくれた「アース・キラルク」といった文字が書かれていた。
「別名『大地之国』って言われているんだ~!」
先ほどまで暗い顔で姉の存在を願っていたとは思えないほど、メイは朗らかな様子で補足する。
(どうしてだ……?)
商店街には魔物だけではない、現実世界での私と同じ人間の姿も多く見かける。
むしろ、その人数は魔物より多かった。
「この国って人間も住んでいるんだね……」
正直言って、驚きだ。
魔物は人を襲うものだという不文律が、あちらには存在するのだから。
「いのりちゃん、何言ってるの~? 今の時代は共存共栄だよ? 悪魔や魔人が人を狩っているとでも思った~?」
メイの考えは大当たりだった。
でも、これってどう返したらいいんだ……?
そのとき、私の名前を呼ぶライの声が聞こえる。
顔を向けると、とても冷たい眼差しを私に向けていた。
「……偏見はやめてください」
この世界にそんな文化があるのかは知らないが、スライディング土下座をすることにした。
「ここが姉さんの部屋です」
これは、スライディング土下座をしてから少したった後。
私は城の中を案内されていた。
メイの部屋――「女王室」と金色のネームプレートに書かれた部屋に入る。
そこには、女王室にふさわしいものがたくさんあった。
見るからにふかふかで、3人は入るのではないかとも思えるベッド。結婚式場にありそうなシャンデリア。1人で座るにはもったいないほど大きなテーブル。
私たち庶民と比べてあまりにも豪華な部屋だった。
それを1人独占して使っているのが現実だと近しい年齢になる彼女となると恐ろしい。
一方で、私の家はどこかで見たような家の造りだった。
白を基調にした壁と、茶色を基調にしたドアやクローゼット。
部屋の隅にはメイの部屋にあったのとはまた違う机とイスのセットがあった。
「往来魔って聞いたから、姉ちゃんが昔教えてくれた異世界の部屋をイメージしたの!」
お姉ちゃん、本当に天才かよ……。
知識が豊富すぎて、メイの部屋ぐらい恐ろしい。
ありがとうと、感謝の言葉だけ伝え、私は元の世界へと向かう。
指輪を回して家に着くと、そこは自分の部屋だった。
どうしてだろうか。
いのりの部屋は、美鈴の部屋とそっくりだ。
十月。先月までと違って、涼しい風が頬をなでる。
ところで、私は今、アース・キラルクの巡回を終え、メイの部屋へと向かうところだった。
2週間ほど前だろうか、異世界に再び訪れたときにメイからこの国の守り魔――俗に言う警察になってほしいと依頼されたのだ。
警察といっても1週間に一度、国の様子をパトロールするだけ。
お礼は異世界でのごはんのまかないと、国の無料での滞在許可。
そしてごはんは食べに来ても来なくてもいいらしい。
何それ最高では?と思った私は、二つ返事で了承したのだ。
「終わったよー」
私はとてつもないほど豪華な女王室のドアを叩き、メイに伝える。
「ありがと~。今日はごはん食べてく?」
私は必要ないと教えると、メイはいつもと変わらない笑顔で言った。
「ちょっと伝えたいことがあるから、少しだけ部屋で待ってて~」
前回とは少しだけ違うながらに違和感を持ちながら、私はいのりの部屋へ向かった。
部屋に戻ると、家の造りと似た部屋にあるベッドに私は倒れこんだ。
うつ伏せの姿勢のまま、私の部屋を1周見回す。机の上には皆が嫌っているだろうアイツが乱暴に散らかっていた。
(宿題やらなきゃ、か……)
もちろん、アイツとは学校の宿題のことである。
渋々と勉強机に向かい、本当の家から持ってきた鉛筆と消しゴムを手に取る。
小学6年生にとって少し難しい単元であろう、比の問題だった。
〈『26対42の比を簡単にしましょう。』か~。いのりは解ける? ちなみにぼくはもうわかったよ〉
(……ケンカ売ってる?)
問題を解く度、毎回教師が見下すような満面の笑みを浮かべているのが想像つくことを口にするので、さすがに沸点に近づいていた。
〈売ってないよ。でも、いのりとぼくで勝負したら圧勝する自信しかないね〉
見事な売りっぷりである。
(結局ケンカ売ってるじゃん)
〈売ってないって〉
こういうことをするから問題が進まない。
教師の軽口が終わると、うるさいきしみ音がなった。
完全にドアは封鎖していたので、これはドアが開いた音だろう。
私がドアの方に顔を向けると、そこにはメイとライの2人が立っていた。
「Hallo」
メイが流ちょうな英語を言いながら手を振っていた。そのメイの姿を見たライは執事のように一礼をする。
きっと、さっき言っていた「伝えたいこと」をしに来たのだろう。
私は軽く「どうしたの」と言う。
「今日の仕事の前にやる予定だったキットを忘れちゃってさ~。今から一緒に作ろうって思ったの~」
どうやら、渡しそびれていたものがあったらしい。
メイがライに視線を向ける。すると、ライは打ち合わせをしていたかのように何かを取り出した。
それは、ソフトボールのような小さくて白い球体だった。
メイはライがその球体を取り出したのを確認すると、ようやく説明を始める。
「追っかける系の技があったら、これに魔法をかけてほしいの。犯罪者が現れたときに捕まえるんだ~!」
元気に言っているが、内容は随分と物騒だ。
「それで、魔法。あるかな~って‼」
メイは目を一番星のようにキラキラと輝かせている。
これは何が何でも見つける必要がありそうだ……!
〈何かあったっけ?〉
グッドタイミング!!! 脳内国語辞典!!!!!
〈『フェンリル』や『ヘルモーズ』は突進系だからすぐ消えちゃってアウトでしょ~〉
いつもは満面の笑みを浮かべていそうな場面を教師は無視して記憶をさかのぼる。
私は神話ノートを開いて様々な神や神話のキャラクターを調べていた。
今はギリシア神話のページに入っている。
(『ゼウス』に『アフロディーテ』、『ポセイドン』……)
どれも違うと判断しながらページを進めていくと、蛇の姿をした者と書かれていた。
――ケクロプス。ギリシア神話の王で尾が蛇の形をしているらしい。
私はノートをみんなに見せる。
メイとライは日本語は読めなさそうだったが、教師は驚いたように目を丸くしている様子が見えた。
「蛇だから、追いかけてくれるんじゃないかな……」
「それはいい案かもしれません。防犯ボムには最適そうです」
「防犯ボム? 何それ……?」
〈コンビニにあるカラーボールの異世界版〉「防犯用ボールの強いやつ~」
同時に話されて何を言っているのかわからない。
「OK?」
そしてメイから出るのは流ちょうな英語。
カタカナに近い気がするが、「ノー」と答えておいた。
「とにかく、防犯用ボール。だからこれに能力使って」
私はケクロプスを呼び覚ます。
「い~よ~! じゃあ、このまま他の4つも作っちゃお~!」
「おー…………?」
他の4つの防犯ボムに、私はそれぞれ『ケクロプス』を召喚させる。
結果、一日に使える魔力の3分の1が消費される。
一気に魔力を消費したことによるものであろう疲れを引き起こしながら、私は解放を求め現実に帰る。
やっと起きたふりをしてリビングに行くと、「寝る時間が長い」と軽く怒られてしまった。
時刻は正午を指していた。