3 世界が優しさに溢れていたら(1)
今回、説明なしに新しい言葉が出ており、それによって困惑される可能性があるため、先に説明させていただきます。
『神の子』とは『いのり』のことです。
本当は本文に書きたかったのですが、作品でトリラがいのりの名前を未だ把握していないため、このような運びにさせていただきました。
それも踏まえて、作品を楽しんでくださると幸いです。
――戦いが始まった1時間後までさかのぼる。
「――――」
その技を、私――トリラ・ケイライはかわした。
ずっと神の子の猛攻が続いていて、かわすのも少し困難になってきてしまっている。
最初は弱いと思っていたけれど、案外そんなこともなかった。
能力に恵まれたのか、それとも最初から戦いのセンスがあったのか。
どちらなのかはわからない。
けれど、互角ということは事実だった。
(今ならいけるかな……)
そう思って手刀を振るうも、彼女はそのセンスで避けてしまう。
(まただ……)
この感想を抱いたのはもう何回目だろう……?
数えるつもりはないけれど、数えたらきりがないほどなのだろう。
さて、人によっては疑問に思ったのではないだろうか?
話す言葉と思う言葉で口調が全然違うということに。
話し言葉としての丁寧な口調。
あれはただ、大好きだった両親の教えを守っているだけだ。
戦略を考えているとき。ひとりで好きなことを考えているとき。
そんなときでも丁寧に置き換えるなんて、ただ時間の無駄遣いだ。
つまり、これが本当の私なんだ。
戦いを始めて3時間が過ぎたと思う。
私の体内時計がその事実を報告した。
3時間もたったのに、この戦いに変化はない。どちらも攻撃をかわすだけだ。
自分でも肩で息をしていることがはっきりわかる。私の体は、すでに悲鳴をあげていた。
――――こんなに追い詰められるのは、生まれて初めてだ。
この3時間で得た情報。それは、慎重に魔法を唱える様子から見て、考えて行動するタイプだということだ。
そして、過去の戦いから導いた最適な方法は、油断を誘ってその瞬間を見極めて当てること。
つまり、その瞬間を見つけなければいけない。
「オケアノス」
神の子がそう言うと、大量の水が現れて私を襲った。
――先を越された。
そう思いながらも空を飛ぼうとする。
――それが一歩遅かった。
予想よりずっと、水が一気に襲ってきた。
「やば……」
……え、なんで!
「か。……けほっ。……っ!」
一回水を飲んでしまった。
とても塩辛い。吐き出そうと咳をしたら、その分大量に水が口に入ってくる。
(うっ……!!!)
大量の水は、あんな短時間でも私をむしばんでいく。
(どうしよう……!)
「『ヘルモーズ』、『ヘルモーズ』、『ヘルモーズ』!!!」
さっき私を苦しめたものが、再び襲い掛かろうとしている。
いきなり私の腕をかすめた、あの名前が再び呟かれる。
――どうすれば、回避できる?
――そうだ、これなら!
肺はキリキリと痛んでいる中、私はダメージを負っている肺に空気を限界まで蓄えさせた。
そして、オケアノスによって生まれた水に、私は入っていく。
(逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろーーーーーーーーーーっっっ!!!)
息継ぎを忘れて潜り続けた。肺が限界まで痛くなるまで、耐えないと。
時間として、30秒もたっていなかった。
私の肺は限界を迎えた。
でもどうする?
もしかしたら、まだヘルモーズがいて、息継ぎをしにあがった私を仕留めようとしているかもしれない。でも、息継ぎをしなければ溺れてしまう。
(運にすがるしかない、か…………)
私は天井から1メートルもないところにある水面に向かって上がり続けた。
「ぷはっっっ!」
痛んでいた肺に、空気というさらなるダメージが重なる。
私は彼女を見た。
神の子は、呆然と立ち尽くしている。
そこで、女神は私に微笑んでいたことを知った。
でも、体力は限界。
(回復したいな……)
私はそう思った。
(狙うか………………)
回復といったら、それしか方法はない。
だって、私はヴァンパイアだから。生き物の血を食糧とする怪物。
(たしか、血を吸いすぎてだれかを殺して怒られたことがあったな……)
『やっていることはおれらを狙っている殺魔犯と同じだ』
私が生まれてまだ少ししかたっていないときに、父から言われたことだった。
殺魔犯。
私たちみたいな、人でない種族を殺した者のこと。
そしてその殺魔犯によって、私たちの生活はめちゃくちゃになってしまった。
父に怒られたことは、どこか懐かしく、もう二度と起きないと知らされる。嬉しいのに、辛い思い出。
(殺魔犯と同じ……)
血を吸うことで、ときにはその人を殺してしまう。
(……そういうことか!)
一石二鳥の作戦があった。
私はまた貪欲に肺に空気を送り込んで、神の子の背後へ近づく。
あくまでもバレないように。
――――飛べ、私。
水から出ると、そこには後ろを向いて大きく目を見開いている彼女の姿があった。
(今なら……‼)
手。いや、腕を伸ばして彼女の肩を捉えようとする。
「……っ!」
しかし、彼女は後ろに移動して私の腕から身体を遠ざけた。
けど、私はあきらめないで追いかけ続ける。
もう今の私には、これしか勝ち目がないのだから。
少しすると、彼女の顔が青白いものに変わっていた。
(……頭の回転、速いな)
たぶん、もう私の目的を気づいている。
でも、だからと言って戦法を変える意味はない。
絶対に、あなたを喰べる。
――絶対に、あなたにはエサになってもらう。
そう思っていたときには、オケアノスの水は土へ還っていた。
(さあ、フィナーレの幕開けです)
私は彼女の背中を追い続けながら、笑みを浮かべる――――。