2 知らない未来にヴァンパイア(2)
「……こんな状況で独り言ですか。…………変なの」
これが彼女の、私が能力を使ってから最初の一言だった。
「いや、だったらそんなこと言う必要はないはず」
彼女は自分で考えた仮定を否定するように、私の本意を推理するかのように呟いている。
今なら攻撃できと思ったけれど、それはしなかった。
彼女は、考えながらも警戒を抱いているように見えたから。
なんでそうだとわかったかといったら、グルグルと建物の中を回っていたからだ。
そして、しばらくグルグルと塔の中を回っていた彼女の結論を聞く。
「……あなたの能力。もしかして、それですか?」
――――正解。
けど、私は沈黙を貫く。
そこで口を動かしたら、正解だと言っているようなものだから。
私はすぐに、別のことを考えた。
トリラは今、回るのをやめていた。
…………今しかない。
「『ゼウス』」
〈いのり! それは――〉
小声で唱えると、いきなり空は暗くなる。
それもそうだ。だって、私が魔法を唱えたのだから。
そしてそれは、最初に異世界に来た日のように大きな雷鳴が聞こえた。
(…………っ)
雷の音を近くで聞くのは何回やってもなれないんだろうなと思いながら、私は目を開く。
けれど、最初の日と違ったところが1つ。
「なん、で………………?」
——————トリラに雷が当たってないの?
「やはり、先ほどの『アテナ』は、あなたの能力なのですね? そして、先ほど呟いていた『ゼウス』も」
(っっっ!)
やっぱり、というトリラの奇怪で静かな笑顔が見えた。
理解された。
でも、どうして?
なんで当たらなかった……?
――――ここが屋内だからだ。
(何やってんだ……! 私は……‼)
ここが屋内だから、雷なんて彼女には当たらない。
どうしてそれに気づかなかった?
バカだ、本当に。
こんなことに気づかないで、1回分の魔力を無駄に消費し、相手に能力に気づいてしまったのだから。
こんなことを考えていたからいけなかったのだろうか?
彼女が知らずと目の前に迫ってきていて――。
バチン、という音がした。
その音を合図に、まとっていた光がシャボン玉が割れるかのように壊れていく。
(……盾が壊れた⁉)
けど、それで終わらせるわけにはいかない……!
「『ヘルモーズ』!!!」
北欧神話の『ヘルモーズ』は北欧神話の王『オーディン』の息子で、兄を救うため冥界へと走ったとされている。
「っっっ!」
そしてそれを、私は初めて彼女に命中させた。
(当たった……‼)
……ということで頭がいっぱいになって注意力が散漫になっていたのがいけなかった。
「~~~~~~~~~~~っ!」
大きく立てた爪で腕を襲われた。
できたのは、ハロウィンメイクに似た大きなひっかき傷。
血もぐろぐろしく流れていて、それはケチャップが腕の上でかけられているよう。
〈……爪でここまではいかないだろ! ナイフかよヴァンパイアの爪は⁉ …………って思うけど、トリラの場合はそれがすべてなんだよね…………〉
(…………そうらしいね)
教師、今それを言うタイミングではない。と思ったが、それを発するのもおっくうな状況だ。
もう1時間はたっただろうか?
でも、命がけの1時間だ。まだ本当は10分ぐらいかもしれないし、実は3時間もやっているかもしれなかった。
〈……いや、ちょうど1時間ぐらいだよ。こんな状況なのに、いのりの腹時計は正確だね〉
(腹時計って言うなら体内時計と言ってよ……)
とにかく、1時間たったらしい。
これが『まだ』なのか、『もう』なのか。
どっちでとらえればいいのか、さっぱりわからない。
戦いの状況はあんまりだ。
私自身、情けないことに疲れてきてしまったのか全力を出そうとしても早く飛べない。
長距離走の後に速く走るのができないのと同じような感覚になる。
でもそれは、トリラも変わらないんじゃないかな、と思う。
どっちも体にたくさんの傷をまとっていた。
……いや、トリラはそこまでではないかもしれない。
もうそこら中が痛くて痛みさえも忘れてしまいそう。
…………つまり、まだ状況は最悪。
そして思う。
偶然かもしれないけれど。
(この戦いが、海の言っている『嫌な予感』だったのかな……?)
タイムリミットまで、4時間。
残り魔法使用回数、およそ14回。
「――――」
その技もまた、かわされてしまった。
(またか…………)
すばしっこいなら突進系でゴリ押そう……と思ってやっているけど、なかなかうまくいかない。
けど、自分もトリラの攻撃が当たっていないだけ、まだマシだ。
(……あぶなっ‼)
ギリギリのところでかわしていく。
(…………たぶん、同じこと考えているんだろうな……)
〈そうだね……。でも、それだけじゃ丸く収まらない。……戦争とかって辛いけど、正義と正義のぶつかり合いだ。それに対しては、どんな世界でも言えるんじゃないかな〉
教師は苦笑いでもしているかのようだ。
私は適当に「そうだね」と返す。
でも、本当にそうなんだとも感じさせられる。
〈3時間〉
教師が発した一言は、タイムリミットの半分が過ぎていることを意味していた。
だけど状況は1時間たったときとまったくかわらなくって。
強いて言うならば、どっちの方も体力が削られているということだけ。
攻撃はかわしかわされが続いている。
「――――」
私は神様の力をお借りするために、唱える。
よい結果は現れなかった。
〈残り4回〉
教師の無慈悲な宣告が、アニメやドラマでよくある爆破予告みたいに思えてくる。
一進一退の攻防ってこういうことを言うんだなぁ、と。
命がけの戦いさながら思うこともあった。
〈戦は深く考えさせてはくれないよ。あんまり考えすぎちゃダメ。少しでも思考に全集中注いじゃったら、逆に撃たれて負けちゃうから〉
さすが教師……と言いたいところだけど、そんな時間も惜しく感じてしまう。
でも、そのアドバイスは適格だった。
〈戦いを制する者は、ひらめき力と判断力だ。こういう戦いだったら、なおさらね〉
でも、いったいどこでその知識を蓄えてきたのだろう?
(いいや、違う……!)
そんなこと考えてるなら、教師の言葉を信じて行動しろ……! 私…………‼
「『オケアノス』っ‼」
オケアノスは、ギリシア神話の海神。海流が神格化された者らしく、どうやら世界の果てを意味する言葉でもあるらしい。
オケアノスの怒りによって、ここが海だと見間違えてしまうほどの水が塔の中を流れてトリラは襲われる。
「うっ……!」
(当たった……‼)
彼女は少し残っていた空気を多く含む室内に手を伸ばして叩きつける。
これを何回も繰り返していた。
〈今だよ……!〉
(わかってる…………‼)
「『ヘルモーズ』、『ヘルモーズ』、『ヘルモーズ』!!!」
1つの神だったはずだ。
それなのに、その神は3つになっていた。
3つの1人の神は、トリラに向かっていく。
ぢゃぷん、と。
そこで奇怪な音が聞こえた。
――――そして、3つで1つの神は同時に消えた。
静かな沈黙が続く。
〈まさか……〉
その「まさか」は正解だった。
「どうして……⁉」
一瞬見た瞬間は、絶対に嘘だと思った。
けど、こうとしか考えられない。
あの3つの攻撃を、すべて避けられたんだ。
本当だと信じた後に私を襲ったのは、勝利への失望だった。
教師も、悲観的な未来を想像しているのか、独り言を呟いている。
それが私の脳内にも届いていて、それがより私を悲観的にさせた。
〈今、消費したのは3つ分。ということはあと1回……? これで仕留められるのか…………?〉
(教師、わかってるから……! 一旦黙ってて…………‼)
〈うん、ごめん〉
――あと1回しか魔法が使えない。
あと1回で。
どうやって?
頭がガンガンしてくる。
ばちゃ、と。
そのときに、さっきとは違う水の音がした。
私はその音が聞こえた方向――後ろに目を向けた。
そこには空を飛んで、何かを待ち遠しくしているトリラの姿があって……。
彼女は、その何かを欲しがるかのように私に手を差し伸べてきた。
(……っ!)
トリラの様子を見ながらも、私は数メートルの距離を後方移動する。
(どうして……⁉)
いつもはそれで終わることが多かったトリラが、今はそんなこと忘れて無我夢中になって追いかけているようだった。
シマウマを追いかけるライオンみたいな。
(このヴァンパイア、さっきから何を考えて……)
ヴァンパイア。
それが、彼女の企みの最大のヒントだった。
ヴァンパイア。
日本語では吸血鬼のことを意味している。
そして吸血鬼は、その名の通り血を食料とする怪物。
それだけじゃない。
実際、彼女は最初にそうやってきたではないか。
(まさか、戦い中に食事をして失血させるつもり……⁉)
そう考えると、彼女の今の行動にも理解ができる。
だって、ついでに今までの飢えを満たせるのだから。
(逃げ切るしかない‼)
絶対に、トリラに食事はさせない。
(絶対に、トリラのエサにならない!)
そう心の中で叫んだころには、オケアノスによって現れた水は立ち去っていた。
残り魔法使用回数、1回。