2 知らない未来にヴァンパイア(1)
石造りの廃墟は薄暗く、不気味な雰囲気だった。
(うわ……)
灯りはろうそくの火だけ。先の見えない階段もあった。
そんな廃墟には、ゲームの世界ではモブとなっているような生き物も多くいた。
「……『ポセイドン』」
ギリシア神話の水の神、ポセイドンの名を呟く。
モブたちはその濁流に飲み込まれ、私の食糧となった。
ひたすら階段を上がり続けると、3回目の階段を上り終えた後、その上の階段は見つからなかった。
どうやらこの建物は4階建てらしい。
その最上階である4階には、重苦しい扉が私を見下ろしている。
(…………)
扉の重圧感で帰りたくなった。
<ほら、だめでしょ。帰ろうとしちゃ>
(はいはい……)
教師に強制され、私は扉を開ける――。
「あら、お客様ですか? ここに呼んだ覚えはないのですが……」
一言で表すなら、『清楚系』だろうか?
そこには1人の女の子がいた。
おとなしそうな声立ちをしているが、年齢は私と同じくらいな気がする。
黒髪で、この世界には似合わないであろう軽装をしていた。
伏し目がちなのか、常に目を閉じているようにも見える。
「すみません……。だれもいないと思ってダンジョン探索気分で開けてしま、」
「その顔のマーク」
(マーク……?)
彼女は私の謝罪に割り込んで何かを言う。
……人の話を遮るな‼
ただ、彼女の声色は大人しいものから変わっていたから、つい耳を傾けてしまう。
まるで何かを警戒しているかのような、そんな声だったから。
「あなた、『往来魔』ですね……‼」
彼女は閉じていた(?)目をかっと見開いた。
「……往来魔?」
<いのりみたいな人のことを指すの! ここと別世界を行き来している魔人って意味。『マーク』といって、目元のほくろみたいなのがその証拠になってるんだ‼>
(へぇ……)
教師が説明してくれたから『往来魔』については理解したけど、なんで私が往来魔だと確認したんだ?
「なんで、そんな警戒してそうなの?」
「実際、警戒しています。だってわたくしは、あなたたちに散々とやられたのですから」
「わかった‼ 往来魔だってことは認める! けど、私が異世界に来たのはまだ2回目だよ! 私はやってない‼」
「人違いであっても、往来魔であることに変わりはありません。あの頃の復讐、今宵始めさせていただきます……!」
聞く気0。
散々やった人たちに敵意を向けているんじゃない。
彼女は『すべての往来魔』に敵意を向けている。
つまりこのことは、彼女が私を殺そうとしているということを意味していて。
「ヴァンパイア、『トリラ・ケイライ』。今からあなたに決闘を申し込みます‼ もちろん、拒否権はありませんから!」
わからないことだらけだけど、1つだけわかることがあった。
――――彼女、トリラを殺さないと、私は死ぬ。
戦わないといけないことはわかった。
だけど今、私について私が知っているのは『魔法』だけ。
私は私の限界を知らない。
だから全力でやってったら力がなくなって死にました、というのも十分あり得る。
つまり、圧倒的不利な状況。
(トリラの魔力を削らせたら、反撃できるかな……)
ずっと戦略を考えている間も、トリラは私のことを襲ってくる。
戦いならちょっとだけなら、やったことがある。
でも、ドッチボールとかテストの点数だとか、殺し合いと比べるとくだらないものばっかりだ。
慣れない猛攻に全力で空を飛んでかわしながら、私は考え続けた。
(魔法って言ったら魔力だよね。……魔力ってどれくらいが限界なんだ…………?)
<いのり、魔力について聞きたいんだね!>
(そう! ナイスタイミング‼)
トリラは無言で、ただひたすら腕を振り続けている。
ヴァンパイアって自分で言っていたが、これでは猛獣だ。
<いのりの魔力は多い方だと思う。……平均は詳しくわからないけど、エネルギー量は大体見積もってるよ。だっていのりの中にいるからね。でも、前の『ゼウス』とか今日の『ポセイドン』を見る限り、1回の魔力の使用量も大きい……。自然回復を除くと、攻撃できるのは15回ぐらいのはずだ……‼>
教師は私のことだけじゃなくって、トリラについても教えてくれた。
すごい有能すぎる。
<逆にトリラは『ヴァンパイア』。魔力なんか存在しないんだ。いのりと違って物理しかレパートリーがないけど、体力を考えなければ『永遠に攻撃できる』>
(……‼)
体力について考えなければ、トリラは永遠と攻撃できる。
では私はというと、それはできない。
だって魔力には限度があるらしいから。
教師がさっき言っていたけど、私が回復なしで使える1日の魔法の数は15回。
それに、この廃墟を探索しているときにポセイドンを一度召喚している。
つまり、無限に攻撃できる相手を、たった14回で仕留めなければいけないんだ。
(でも、長期戦にすれば……!)
教師の言葉からするに、1日たてば、また15回分の魔力が得られるはず。
<だめだよ! 1日たってドカンと入るわけじゃない。魔力は自然に回復されているんだ! 基本的に100分に1回分の魔力が蓄えられるらしいから、最初にすべての魔力を使っちゃったらそのまま死んじゃうと考えた方がいい! 時間で考えると…………5時間ほどな気がする‼>
――制限時間は5時間。その5時間の中で出せる魔法の回数といったら、およそ17回。
(……これ、圧倒的に不利じゃんっ‼)
だけど、戦わなければいけない。
そうでもしないと、私の異世界人生はサヨナラなんだから。
何度も攻撃を避けていると、ふと1つの結論に至った。
盾を作れば少しは回避が楽になるんじゃないか、と。
そうなれば後は早い。
私は手に持っていた神話ノートを取り出してページをめくった。
「……それはどういうもので?」
(…………‼)
ノートを奪おうとする彼女をかわして、私はノートをめくり続ける。
(こんなことになるんだったら、もっと薄くしとくべきだったな……)
これはもう反省である。後で使えそうなものを厳選して薄いノートにまとめることにしよう。
今は、盾を持つ神を捜さないと。
ペラペラとめくる手を、止める。
(いた……‼)
その名は『アテナ』と言った。
ギリシア神話の王で、あの蜘蛛を殺したときに唱えたゼウスの子供。
知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神で、強い剣と盾を所持している。
女神の力をお借りになろうと、私は呪文を唱える。
(……どうして?)
勝手に口が回っている……。
<それは、魔法を発動するために必要なことだ。別に呪文なしでも発動できるけど、呪文を唱えた方が断然威力が強いからね>
私は「へぇ」とだけ教師に伝えると、そのまま呪文が流れていった。
「いつか、盾を持ち誕生した女神よ」
私は身をゆだねるかのように唱え続ける。
「今、私の力となり再び生まれよ――『アテナ』」
それが合図だった。
私の体を包み込むかのように、光の球体が現れる。
何もかも、本当の神様たちよりは弱いだろう。
だって、私は力を『借りている』のだから。
だけど、1つ言える。
かつて様々な戦に勝ってきた神様たちのように、
(――私も、絶対に勝って見せるっ!!!)
タイムリミットまで、4時間半。
残り使用魔法回数、およそ16回。