1 2つの人生(2)
(……最悪!)
ここが異世界だということはもう認めざるを得ない。
でもこれはなんだ。ここに来て早々やられるのは勘弁だ。
ちょうどそこで、腹の虫が鳴った。
(ごはん……)
あ、ない。
困ったことに、食糧もなにもない。こういう生物を倒して食材にしろということなのか?
なんとなくこの世界のシステムを理解したのだが。
悲しいことに、まだ自分の魔法がなんなのかわかっていない!
「ゼウスがいたら雷で焼き殺してくれるのに! もう、どうしたらいいの⁉」
最近友達から聞いて覚えたギリシア神話の神、『ゼウス』をかけて巨大グモらに怒りをぶつける。
その怒りは空に届いたのか、空は徐々に暗さを増していき、次第には遠くの景色が見えないほどになった。
(……?)
その瞬間、たくさんの激しい雷鳴と光が目の前に現れる。
(……っ‼)
私は慌てて耳を塞ぎ、つま先立ちになった。
辺りが完全に静けさを取り戻す。
私はゆっくりと顔をあげて、辺りを見回した。
「……え?」
なんで……?
――巨大グモがこんがりと焼けている。
<これはすごいや>
ぬいぐるみは、なんとも感心したかのように呟いた。
脳内に響いているので、呟くとは言わないかもしれない。
<いのりでいう現実世界の『神の助け』を得る者。それが君という魔人の本質だね。もしかしたら、神話のキャラならなんでもいいのかも……? それはいのりが試すまでわからないけど>
(何をしたいんだ……? こいつ……)
ひとりごとにしてはとても大きい。
私に聞いてほしいのかとつい聞きたくなってしまう。
一応、耳を傾けた。
<あと、間接的な被害は起きないらしいね。もしそうだったら今頃森林火災が起きているはずだ>
「し、森林火災……⁉」
なんとも危険なことに私は手を出しかけていたというのか⁉
たとえ危険な目に遭っていたとはいえ……、怖すぎる。
<後始末がいらなくて、頼りになるものだよ>
そいつのひとりごと(?)を聞きながら、私は指輪を回した。
もう空は真っ暗だ。夜が近い。
だって、今日はケーキが食べられるのだから。
再び目を覚ますと、そこは家だった。
時計の針は、8時半を指している。
「ただいま~」
(…………⁉)
母さんが家に帰って来た。
ナイスタイミング‼ だったのだが……。
(………………あ)
まだ宿題やってないっ!!!
宿題もなにもやってないのに出していないなんて、かなりお怒りモードに入っちゃうのでは?
私は急いで今日の宿題を引っ張り出した。
算数の計算問題集だ。
問題集を開いて鉛筆を取り出すと、母さんはこれまたナイスタイミングでリビングに来た。
「あれ、美鈴。こんなところで宿題やって。どうしたの?」
「ん? これ?」
嘘をつくために大切であろうシンキングタイムを作り出すための秘策――『えっとね』戦法に今日もお世話になる。
「あー、宿題の答えがよくわからなくってさ。教えてもらいたかったんだ」
(……………………あ)
ただし、この導き出した答えによって、とある地獄に落ちたと気づいたのはその発言を終えた後である。
「じゃあ~、復習プリント解きながら宿題やろっか~」
そう言いながら、母さんは何十枚もののプリントをコピーし始める。
――――私の母は、たまにいる勉強脳母さんなのだ。
「……わかった」
自分で言ったことだ。
私にはこの言葉しか選択肢が与えられていなかった。
ひたすら勉強をすること数時間。時計の針は11時を過ぎていた。
案の定、ケーキは翌日にお預けになってしまった。
翌日。昨日食べられなかったケーキを朝ごはんとして食べて学校に行った。
今日も、昨日からつけ始めたあの指輪が輝かしい光を放っている。
まるでお高いダイヤの指輪でもつけたかのような気分だ。
雲一つない青空が、その指輪をより光るものへと仕上げていた。
教室に入ると、すぐに機能は教えてもらえなかった時間割を確認する。
国語、算数、音楽、外国語、学活。
(……学活?)
なにかはわかる。
ただ、学活なんてそうそうないものだから、やっぱり不思議に思ってしまう。
そう思っていると、一人の女性が教室へ入って来た。
――楪奈ノ香先生。
今までの担任の先生の中でも私が一番大好きな先生だ。
かっこよくて、何から何まで憧れてしまう。
「先生……?」
そういうことなので、先生に話しかけるとなると少し緊張してしまう。そんな私を、先生は笑って会話の種にしたあと、謎に含まれていた学活について教えてくれた。
「この授業はクラスのよいところと悪いところを考えて、逆に悪いところを直そうって心がけるように頑張ろう! って授業にするつもりだけど……今日の様子によってはレクでいいかな。ほら、このクラスってアレでしょ?」
アレという言葉を聞いて私は眉をひそめた。
このクラスは去年、学級崩壊が起きている。クラス替えは2年に1回なので、このまま進んでしまったのだ。4月は一度収まったのだが、現在、再び事態は悪化しつつある。
「赤井さんを信用して言ったんだから、だれにも教えないでよねー」
先生は秘密にするように人差し指を口に近づけ、その話を強制的に終了した。
他のクラスメイトが、楪先生と楽しそうに話している。
その様子を見て、私は席に戻ることにした。
そして、あの「学活」の時間が始まった。
「では、朝から『学活』についてふしぎに思っている人もいたかと思いますが、今日は変更して、レクをやりたいと思います‼」
「レク⁉」
クラスメイトの喜びの叫びが聞こえる。
私たちのクラス、6年1組は、そこから喜びの叫びがさらにヒートアップし、教室中がざわざわとしていた。
「……静かにして」
だれかの声で、いきなり教室中が静まり返る。
「では、椅子取りゲームをやりましょう!」
先生の発言を合図に、5時間目のレクが始まった。
授業の終わり。
今まではなぜか毎回怪我人が出ていたレクが、今日は何も問題なく終了した。
安全にできたのは、何気に1年ぶりぐらいだろう。
「なんだか今日は最高だったよねー」
「うん。毎日こんな感じだったら楽しいんだろうな~」
帰りの準備中にレクについて話している人が多い中、「美鈴」という声が近くで聞こえた。
ランドセルを取り出している最中だったので黒板がある方に振り向くと、そこには一人の女の子がいる。
「海? どうしたの……?」
――中原海。
悪魔の羽を表している付け襟のような物をつけた、ちょっぴりふしぎな女の子だ。悪魔の羽の中心にある白い珠は、今日も宝石のように輝いている。
私は海とはとても仲のいい友達で、運のいいことに、『ゼウス』のことを教えてくれたのは彼女だ。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。あんま聞かれたくないから、耳借りてもいい?」
私は「いいよ」と答えて、彼女に耳を貸す。
耳元で囁いた内容は、予想外なものだった。
「助けになれてよかった」
と。
(……助けになれた?)
よく意味もわからないまま時間が過ぎていき、私は家に帰った。