3.イケメン女子
「放課後、顔貸せ。茶室の裏の小屋あたりだ」
え、まだ、朝のホームルーム前というのに、放課後の予約かよ。気が早えな。
俺は、言い返えそうかとも思ったが、こいつの迫力にはなぜか、逆らわないのが得策と思えて、ああ、と返してしまうんだ。
「逃げるなよ。待ってるからな」
「わーった、行くよ」
俺は、ユウに何用かとも聞かずに、やや面倒くさげに返事して、逃げるようにトイレに駆け込んだ。
普通、女子からお誘いあったら、思春期男子は、ドキドキしちまうものだが、コイツの誘いだと、まるで果し合いだ。別のドキドキがしてしまう。
こんなこと、コイツに言われるのって、俺くらいなんだよな。幼馴染というか、ある一定時期までオトコだと思って付き合ってたからなあ。
あいつとは、小学校の時に知り合ったんだが、当時は学校が違ってて、中学で一緒になったんだよな。中学は制服だったんで、ある時、八合わせて、お互いびっくりな出会いだった訳だ。
そこから、昔のように仲良くって訳にいかず、なんというか、険悪ムードが割とあった。
高校になった今は、中学時代ほどはギスギスはしていない。と、思いたい。こうやって、お誘いされたりする訳だし。
「よーユキ、お前、柏木と何かあったんか?」
用をたしてる状況で、祐司が隣に入って肩をたたいた。
おっと、なにすんだよ。イチがぶれるだろうが、と、俺はイチの先が白い陶器からはずれないよう維持した。
「何にも、ねーよ」
「何にもなくはねーだろうよ。おまえら、昔、ダチだったんだろう。こりゃ、告白かね」
「その妄想では、俺がオ・ン・ナ役なのか」
「そりゃモチのロンだろう。あのイケメン女子だぞ。あいつがオンナ役なワケねーだろが」
それは全くもって納得できんが、ホームルームが始まっちまう。担任の体育教師、井坂は、今時いない暑苦しい、昭和な熱血教師だから、いろいろめんどい。
俺は、祐司を振り切って、教室へと戻った。
教室に入るとジャージ姿の井坂が居て、教壇に座って、「お前ら、席につけ」とはやし立てている。
柏木は席に座っている。俺を目で追うそぶりもなく。何事もなかったかのうように、すました顔で、井坂のうざい説教を聞き流していた。
「こら、ユキ。早く、席につけ」
くそー、井坂まで、ユキ呼ばわりか。この呼び名、高校生活、ずっとこのままだろうな。
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そんなこんなで昼になった。
「で、脈ありか?」
「何の話だ?」
大盛カレーをほおばる俺に、嫌な質問を祐司は投げかける。メシがまずくなるような話しはヤメロ。
「柏木だよ、柏木。あいつ結構、お前に惚れてんじゃねーの。いつもお前のこと睨みつけてるし」
「いや、それ惚れてるっていうのか?」
「あいつ的にはそうなんじゃねえかと思ってさ。ガキんとき空手道場で仲良かったんだろう、お前ら」
「あいつをオトコと思い込んでた時の話な。それに小学校の時の話だ」
「あいつは、あいつで、お前を自分と同じ、オンナ野郎と思ってたんだってな」
「まあ、世の中、奇麗な男の娘も珍しくねえからな。オンナ野郎も居ておかしくはないとは思うがな。俺は顔こそオンナっぽいかも知らんが、心も体も男なんだがな」
「じゃ、俺みたいに短く髪切れよ」
「それはダサくて嫌だな」
俺は笑い飛ばした。
俺が髪を伸ばしている理由は、角刈りがダサいということ意外に、既得権益の行使という部分も多分にある。
既得権益というのは、店の店員が俺の容姿から女子と勘違いして、お得なサービスしちまうことを言うのだ。
その時は、俺も相手の夢を壊さぬよう、可愛らしい裏声を使い。姉貴の外面ポーズを模倣するのさ。それで相手も得した気持ちを得て、お互いWinWinなのさ。
「それよりもお前、ほんとに昨日の緑の光を見なかったのか?」
「家に帰ったら、異様に眠くて、寝ちまった」
これが真実なんだよな。ただただ、眠かった。妙な夢は見ちまったが。
「実はある脳波の波長の者だけを眠らせたとか?」
オカルト好きの直哉が、割って入る。
「お前、昼練は?」
「部長が失恋して、落ち込んで練習にならなくてよ。抜けて来た」
「楢崎の奴、また失恋かよ。女子剣道部員、全員に声かけまくってるだろう。ひとつきに一人。
念入りに調査してのアタックだからな、警察沙汰にならないのが不思議だよ。今回は誰にアタックしたんだ?」
楢崎とは、中学が同じだった祐司も、呆れ顔で直哉に聞く。
「先日引退した、鬼河原 静香元部長だよ」
「引退した3年生か、アイツやるなあ。男子剣道部、団体戦も個人戦も予選落ちしてんのに、勝負どころ、間違ってねえか?」
「そんで、さっきの話だけどよ。お前が眠くなったのって、もしかしたら、緑の光の波長の影響かもな?」
「なんか根拠あんのか?」
直哉は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、スマホでカルトニュース記事を見せてくれた。
緑の光は、日本海の上空あたりを中心出ていたそうなんだが、中国の山東省ある地区では、集団睡眠事象が起きていたとのことだった。なんか、眉唾だな。タブロイドサイトだし。
「ユキ、お前、眠らされているうちになんかされてたりしてな」
「体を女体化されてたとかなあ」
祐司が笑いながら言う。ありうるとうなづく二人だが、俺はうなづけない。
「そうなったら付き合ってもいいって奴、結構いるぞ。お前、男女問わずに、それなりに人気あるからな」
「おまえって、なんつーか、親しみやすいんだよな」
親しみやすいと言ってくれるのは、ちょっと嬉しいけど。この話題、やめないか?
「そうそう、むしろ、実はオンナでしたとカミングアウトしないかと期待を寄せる奴は結構おおいぞ」
何がオンナでしただよ。夏に井坂の引率で、クラスで一泊の海水浴旅行してバーベキューしたろう。
温泉にも入って俺の名刀村雨をみなで拝んでたじゃねえか。悪ふざけで、風呂の垣根倒して、女子にも晒しやがって、粗末じゃねえけど、自慢するものでもないから、気まずかったぞ。
「おい、何の話だ」
祐司のダチがからんで来る。
「ユキがさ、例の緑の光を浴びて女体化したんじゃねーかという仮説話をだな・・・」
「おおお、それ面白そうだな・・・・」
更に、話が肥大する。これはもう手に負えん。この場を出るかと、俺は、カレーを飲み物的に胃袋に流し込むと、さっさと学食を去ることにした。
その時、視線の先にユウの姿が目に入った。後ろ姿だ。女子ソフトボール部のキャプテンと話している。あいつ、スポーツ万能だからな。スカウトも受けるだろう。
こうしてみると、後ろ姿は、普通の女子だよな。
ちょっとした突風が吹付け、柏木のスカートの裾がめくれ上がり、一瞬ではあるが縞模様な布地が見えた。俺の目は釘付けになった。
あいつ、なかなか俺好みのマニアじゃねーか。
今朝の果たし状のような呼びつけは、まさか、・・・・・・アホなこと考えるのはやめよう。