契約婚ってなんだったかしら?
ざまぁのない、ゆるふわハッピーエンド。
世界観はなんちゃって西洋風?ぐらいのご都合ゆるふわ設定。
全てがゆるふわご都合主義で出来上がったお話です。
「それでは不束者ですが、末永く幸せにするつもりですので、よろしくお願い致します」
いつもと違う自然体な笑顔で、向かい側に座ったイーサンが頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願い致します?」
慌ててノエルも頭を下げながら、挨拶をする。
語尾が疑問形なのは、『末永く幸せにします』の言葉にあるだろう。
だって二人は契約婚なのだから。
事の発端はこの国の第三王子リーヴァイと公爵令嬢ノエルの婚約にある。
いや、もう少し遡るならば、ノエルが生まれたトランジェット家がとてつもなく貧乏だったというところから始めたほうがいいのかもしれない。
建国三代目の頃の弟が臣籍降下した公爵として歴史のあるトランジェット家だったが、歴史が長ければ浮き沈みがあるもの、かもしれない。
今まさに沈みそうなのは、名ばかりの公爵家で優秀な人材を輩出できず、無駄に家格が高すぎることから優秀な人物を見つけても爵位が低い貴族では婿取りもできず、縛りプレイで世代交代をした結果と、先代によって作られた借金のせいだろう。
もはや名ばかりの公爵家は使用人を減らし、使用していない部屋を封鎖して少ない使用人の手間を減らし、ノエルの父の代からは夕食を一品減らしても困窮する生活は地滑りする一方。
何代か前には王女様が持参金と一緒に降嫁してくれたお陰で僅かながらの余裕はあったらしいが、屋敷の維持費やら税金やら、相応の生活に必要な経費やら、何をやってもお金は足りないまま。
せめて領地経営や商売に秀でた人間でもいれば良かったが、血筋と外見と頭は良くても才能が凡庸とあれば儲けることもできやしない。
管理職にもなれない残念な中年向けの職務をこなすために出仕して、定時になったら帰ってくるトランジェット公爵に渡される給与では、黒字に盛り返せるはずもなく。
そんな傾くばかりの公爵家に婿に入りたい貴族はいないわけでもなかったが、どうにもこうにも王家に近い血統や爵位といったものを狙う下心や野心ばかりで、放っておくと世渡り下手なトランジェット家が魑魅魍魎に食い潰されてしまうと王家が何事にも難色を示したことで、一人娘であったノエルの婚約者は決まらないまま。
目前に迫る没落にトランジェット家は諦めムードで、ノエルも爵位返上後に路頭へと迷うことがないよう、侍女として勤めに出られるようにと行儀作法以外にも侍女としての雑務を叩きこまれる日々。
今まで干渉してきた王家もそれを知って、さすがにやり過ぎてしまったと反省したのか、側室の産んだ第三王子であるリーヴァイを相応の持参金と共に婚約者として差し出してきたのだ。
これでノエルの代までは何とかなると両親は安堵したが、ノエル自身は顔が真っ青になる事態だった。
人身御供にされたリーヴァイは、学園でノエルの親友であるアンナ子爵令嬢と秘密の恋仲だったからだ。
今流行の恋愛小説に例えるならば、公爵令嬢であるノエルは悪役令嬢だっただろうし、リーヴァイとアンナはヒーローとヒロインで真実の愛だろう。
残念ながら悪役令嬢とヒロインといった立場などではなく親友であるし、なんなら二人から恋愛相談を受けていたぐらいだ。どうしたって悪役令嬢ではない。
ノエルは二人が幸せになってほしいし、リーヴァイは恋愛対象ではなかった。
リーヴァイから見てもノエルは天然系妹のような相手だったし、アンナと結婚できるようにと色々裏で手を回しているところだった。
だから仲が良さそうだからという理由だけで婚約者にされてしまうのは、二人にとっては悪夢でしかない。
こうなると何としてでも婚約を解消に持ち込むしかない。
実際に悪役令嬢のようないじめ行為をしたらどうだろうかとノエルが提案するも、後の二人からはノエルの穏やかな性格的に難しいと却下。
ならば本当のことを話してはどうかとアンナが言えば、王家や貴族の謀略的な部分をよく知っている残りの二人が、今のタイミングでそんなことをしたらアンナと子爵家が処罰されるかもしれないと首を横に振る。
いっそ駆け落ちでもしようかとリーヴァイが口にすれば、養える生活基盤がないのに止めてくださいと女性二人が怒る。
結局それを解決してくれたのは、リーヴァイの従兄で大商会の末っ子であるイーサン・プライスだった。
この国に多い赤茶色の髪と瞳を持ちながらも、平凡に埋没することない外見の持ち主で、人当たりの良い笑顔と柔らかな話し方がいかにも裕福な商家の人間らしいものだ。
平民ながら商会としての歴史は長い名家の直系として、親戚としてはリーヴァイに近く、それゆえ学園内での側近としてお世話係を任されていた内の一人である。
リーヴァイの母親は他国へも商いの手を広げる国一番の大商会の末娘で、災害などの際には多くの支援金を国に献上し、一代限りの爵位が与えられたことによって夜会へと姿を現して、大事に育てられたその末娘が国王陛下の心を射止めるに至ったのだ。
まあ、実際は用意された脚本であり、散財する王妃殿下によって浪費された寒々しい国庫に入れる金を探していたという、政略的なものに商会が乗っただけなのだが、黄金妃と呼ばれたリーヴァイの母親と持参金は、感謝と共に王族や臣下に迎えられた。
当時の持参金は国家予算一年分に匹敵するともいい、それを湯水のように使おうとした王妃様が病気を理由に隠居させられたが、華やかな黄金妃の陰で淡々と事務的に行われたため、生家以外は騒ぎ立てることもなく終わったらしい。三人が生まれる前の話である。
王妃様が生んだ王太子は非常にまともだったので、黄金妃はリーヴァイを学園の卒業と同時にどこかへ婿入りさせるか臣籍降下させると、早い内から公言していた。
だからか、力のない公爵家はパワーバランスを考えると、本人達の意思を除けば非常に良い婿入り先だったのだ。
リーヴァイとの婚約解消に必要なのは、『トランジェット家を維持できる持参金』と『何かしらの有能な人材』と『根拠がありそうな真実の愛を偽ってくれる人物』だ。
それらを兼ね備えているのは、交友範囲内でだとイーサンだけであり、そんな彼が契約婚を提案してくれたのだ。
身分は足りていないが先に外堀を埋めることと、黄金妃の推薦があれば多分なんとかなるだろうという。
リーヴァイとアンナの恋が周囲に知られることが無いようにと三人一緒にいたので、必然的にノエルも彼と話すことは何度もあったが、いい人だとは思うものの、結婚の対象とか異性とかいった目で見たことはなかった。
イーサンはノエルの意見を尊重したいという前置きをしてくれた上で、ノエルの答えを待ってくれた。
今まで婚約者などおらず恋もしたことはなかったノエルだが、こうやって意志を尊重してくれる相手ならば、契約婚であっても上手くいくのではないかと思う。
ノエルとて貴族であるから、親と王家が許す相手と結婚するのだとは思っていた。
または爵位を返上して王宮で侍女として出仕するか、家庭教師などの職業婦人として働くことも考えていた。
学業で良い成績を修めつつ、行儀作法や侍女としての雑務といったことを容易く習得できるぐらいには優秀であるし、貴族の華やかさと裏の汚さの清濁を果実水の如く呑み干せるのがノエルの性格である。
胆力があるという話ではない。生来の気質としてのんびりとしているだけ。
豪胆な性格をしているのならば、とっとと王太子でもリーヴァイでも狙って、お家再興に邁進していただろう。
そうならないぐらい、朽ちていくままにあろうとするトランジェット家に危機感や野心や熱意といったものはないのだ。
勿論家が維持できればいいぐらいの愛着はある。
同時に自分ではどうにもできないのだということも知っている。
だからこそ、優秀な人材がほしいのだ。
無知なトランジェット家に新しい風を吹き込める、古臭い自分達を変えてくれる人を。
イーサンは平民だが誰よりも最先端をいく、国一番の商会の子息だ。
彼なら自分達に無い物を持っているだろう。
「プライス様がお嫌でなければ」
巻き込んでしまって申し訳ないと思いながらノエルが答えれば、イーサンは人当たりのいい笑みを消すことなく首を横に振った。
「とんでもない。トランジェット公爵令嬢のお相手となれるならば」
こうしてノエルの契約婚は決まった。
そこからはとんとん拍子でことは進んでいく。
愚かな王子を演じたリーヴァイによって晴れ舞台はセッティングされ、アンナを愛妾にしてゆくゆくは公爵家を乗っ取る宣言が大人の手出しできない学園内で行われ、高位下位問わず貴族令息令嬢によって面白いように広められていく。
大半の生徒は真実を知っていたり、気づいていたりする者もいたが、そうであればこそ噂を広めるのを手伝ってくれた。
誰も彼もが恋愛小説とは違う、けれど小説のようなリーヴァイとアンナの真実の愛に協力してくれる。
晴れてリーヴァイは責任を問われて王子ではなくなり、ノエルには王家より少なくはない慰謝料が払われる書類が出来上がった頃、今度は秘められた恋だったとしてイーサン・プライスがノエルに求婚する。
実はリーヴァイの婚約解消は真に愛する二人のための茶番だという美談も流れたところで、王家もようやく若者たちの思惑に気づいたが、苦笑交じりに全ての手続きを強行して終わらせてくれた。
こうしてリーヴァイは黄金妃の実家が用立てた持参金を持って、アンナの家に婿入りすることになった。
ノエルは二人の仲を裂くことなく、問題を解決したことに安堵して二人の結婚式に参加すると約束するのだった。
めでたしめでたし。
と、これが物語ならここで終わるのだが、現実の人間はそうもいかない。
王家に公爵家への婿入りが認められ、実家にしっかりと持参金と小さな商会を用意してもらったという彼は、今まさにノエルの向かいに座ってニコニコしていた。
半年後に結婚式を控えた身の二人は、先日誓約書も交わした婚約者同士という間柄だ。
卒業まで後僅か。
先月に起きた婚約解消宣言騒ぎは落ち着き、今や二人きりになっても咎められないリーヴァイは、残り少ない青春を謳歌しようとアンナと二人きりの時間を楽しんでいる。
他の友人達も婚約者との残り少ない時間を楽しんだり、就職する者は手続きなどに追われているため、ノエルは必然的にイーサンと同じ時間を過ごすこととなった。
今は自習となった授業で必要な課題を終わらせたことから抜け出して、食堂のテラスで一足早い昼食を始めている。
同じクラスの生徒も数人いるが、声をかける範囲にはいなかった。
ここにきて初めて、ノエルはイーサンと二人きりになるのが初めてだと気づいた。
途端に何だか気恥ずかしくなり、相手の顔が見れないでいる。
「あの、プライス様」
「イーサン、と」
目をぱちくりとさせてノエルがイーサンを見れば、いつもと変わらない笑顔がノエルを見ていた。
やっぱり気恥ずかしくて、慌てて目を逸らす。
「婚約者となったのですから、イーサンと呼んでください。
こちらもノエル嬢、と呼んでも?」
「ええと、はい、大丈夫です」
よかった、という言葉が耳朶を打つ。そこに心なしか安堵の色が窺えたのは気のせいだろうか。
視界の端で赤茶色が、輪郭を曖昧にさせながら残っている。
「……イーサン、様」
慣れるために口にすれば、どこかこそばゆい。
もう一度口にして、それからノエルは目の前の人物の反応がないことに気がついた。
不思議に思い、そっと視線を向かいへと移せば、片手で口元を隠しながらも普段より紅潮した頬を隠すことができず、瞬きもせずにノエルを見ているイーサンがいた。
「イーサン様?風邪でしたか?」
体調でも悪かったのだろうか。慌てて手を伸ばそうとしたら、口元を隠したのとは反対の手がノエルの手を掴む。
珍しく彼が視線を逸らした。
「いえ、想像より破壊力が強くて」
何が、とは聞けない雰囲気だったが、体調が悪いといった様子でないことに安堵した。
「ノエル嬢」
イーサンが居住まいを正す。
「不束者ですが、末永く幸せにするつもりですので、よろしくお願い致します」
いつもと違う自然体な笑顔で、向かい側に座ったイーサンが頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願い致します?」
慌ててノエルも頭を下げながら、挨拶をする。
語尾が疑問形なのは、『末永く幸せにします』の言葉にあるだろう。
だって二人は契約婚なのだから。
言葉の意図を掴もうと少し考えたが、人の心はわからないものだと知っている。
知らないのならば聞いた方が早いのもわかっている。
なので昼食を再開したイーサンに声をかけた。
「イーサン様、一つお伺いしてもよいですか?」
「どうぞ」
「リーヴァイやアンナ、それと私が困り果てていた時に、契約婚を提案してくださったのはイーサン様でしたね」
「間違いないですね。
何か言われたりしましたか?」
「いえ、そういったことはありません。」
ただ、とノエルは言葉を続ける。
「契約婚とある以上、政略結婚以上に表面上のお付き合いをされるものだと思ったので……」
ノエルの視線が彷徨い、イーサンの手へと向けられる。
こてん、と小首が傾げられた。
「だから不思議なのです。
どうして私は、イーサン様に『あーん』をされているのでしょうか?」
イーサンは手にしたフォークを見、そうしてノエルへと再び視線を向ける。
「婚約者同士ですから」
なるほど、納得のいく回答ではある。
質問の意図を外されたことを除けば、だが。
ノエルが口を結んで見つめれば、イーサンは苦笑してそれを自分で食べてしまう。
そうしてフォークとナイフを皿に置いてから、改めてノエルへと向き直った。
「ノエル嬢、事情はどうであれ、私達は婚約者同士。
そして、いずれは結婚する間柄です」
「そうですね」
「でしたら、歩み寄ろうとする気持ちがあってもいいのではないでしょうか。
私はノエル嬢と互いを尊重し合える仲になりたいのです」
「まあ、イーサン様」
どうやらイーサンは本当にノエルと仲良くしようとしてくれているらしい。
契約婚というからには結婚前か結婚直後に、不干渉とか世継ぎの有無とか契約を結ばないといけないのか聞くつもりだったが不要だったようだ。
トランジェット公爵家の維持に協力してもらえるのならば、愛人は何人いても文句は言えないと思っていたので、この申し出はノエルにとって非常にありがたいものだった。
「本当にイーサン様には何から何まで感謝しても足りないくらいだと思っています。
私達は本当に困っていましたから」
にっこりと笑う。
「私もイーサン様の考えるように、お互いを大切にできるよう仲良くさせて頂きたいと思います」
そうしてからノエルは手元の白身魚のソテーを、いつもより大きめの一口に切り分けて、
「それでは私からも。
はい、あーん」
としたのだった。
その光景を見た者達は、一様に生温くなる視線を逸らしながら席を立ったという後日談があったのだが、当時のノエルは全く気づかなかった。
ー*ー*ー
「食堂でイチャついてんじゃねーよ、ばーかばーか」
「煩い。もうすぐ立場が逆転するんだから、媚でも売れよ馬鹿王子」
王宮から追い出される日が刻々と迫ってきているリーヴァイの部屋で、幼馴染同士の低レベルな応酬が広がるのを、間もなくお役目御免となる側近達が生温かい目で見守っていた。
「周囲の目も憚らず、雛のように間抜け面で口を開けていたらしいな。
食堂に行かなくてよかったよ」
「羨ましいんだろ。素直にそう言えばいいのに。
なんなら羨ましいが過ぎて、爺さんみたいに禿げ散らかせ」
「禿げるか!お前の方こそ爺さん似だからな!あっという間に禿げるぞ!」
とうとう応酬が子どもじみたものに変わり始め、他の側近達が止めに入る。
ちなみに禿げ散らかしているのは先代国王ではなく商会の方の祖父なので、禿げる可能性があるのはリーヴァイもイーサンも同じだと側近達は思っていたが、誰もが面倒臭いから突っ込まなかった。
喉が渇いたとベッドに転がるリーヴァイを横目に見ながら、イーサンはお茶を用意する。
ゴロリと転がったリーヴァイがイーサンを見て、口を開いた。
「お前がノエルに惚れていたってことは、学園中の誰もが知っているんだよ。……本人以外はな」
「そりゃ知ってるだろうとも。
そこら辺は抜かりなく、内緒だってことにして口の軽そうな奴に言いふらしていたし」
けろりとした表情でのたまうイーサンに、頭を抱えるリーヴァイ。
「お前って奴は、本当に外面以外は最悪だな」
目の前の奴の悪知恵に乗って良かったのか今更不安になるが、どんな悪だくみであっても誰かを陥れるものではなく、ノエルへの恋心ゆえだということなので目を瞑ってはいる。
なお、いたかもしれない恋敵を陥れていないかは敢えて聞いてはいない。
もうすぐ子爵家に婿入りするのだ。聞いて面倒事に巻き込まれるつもりは毛頭なかった。
「何とでも言っていいけど、どんなに噂を流しても本人に全く伝わらなくて、久しぶりに途方に暮れたよ」
イーサンの家は大きな商会だ。
誰もが商人としての資質を多かれ少なかれ持っていて、個人差はあれど家族も従業員も、誰もが人の機微に聡い。
けれどそれは、種類は違えど貴族も同様なはずなのに、何故かノエルには何も伝わらなかった。
貴族らしく育てられていないわけでもない。彼女の思考は相応に貴族だ。
ただ、人の汚い部分というものも理解したうえで、そのままに受け入れることができている。
何でも受け入れられる大らかな性格なのだとしても、さすがに裏の思惑への察しが悪過ぎだ。
一時期イーサンは噂を聞かなかったことにされているのではないかと疑心暗鬼に囚われていたが、清濁併せ吞むというよりも、何も考えずに全部呑んで全部吐き出しているだけだと言われて納得した。
そして正攻法は身分的にNG、外堀も埋まらないことから、リーヴァイとの婚約騒動に乗じて金という力技で勝負をかけたのだ。
結果として成功したが、両親や兄姉からはフルボッコにされた後、説教を散々食らう羽目になった。
「何であんなに鈍いんだか」
「まあ、トランジェット家だしなあ」
公爵家のこととなると、誰もがその一言で語りつくしてしまう。
トランジェット家だから。あの公爵家だから。
「本当に何だろうね、それ」
そこに悪意がないことは幸いだろう。
どこか浮世離れしたトランジェット公爵家だからこそだと、周囲にいた側近達も各々頷いている。
イーサンは溜め息を落とす。
「早々に相思相愛にならないと、公爵家乗っ取りの噂が広がるぞ」
「鋭意努力中だけど、問題無いね」
「どの口が言う」
イーサンの淹れたお茶を口にして、渋いとリーヴァイが顔を歪めた。
その顔にざまあみろと思いながら、イーサンは愛しい婚約者の顔を思い出す。
それは皆が知っている穏やかな笑顔を浮かべる公爵令嬢の顔ではなく、頬と耳を真っ赤に染めてイーサンを見返した、食堂で誰もが目を逸らしたときに柔らかな頬へと口付けをしたときのノエルの顔だった。
「この口が、だよ」
また二人きりになれた時にはもう少し触れられるといいなと思いながら、イーサンの唇は笑みの形を作った。